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恋愛編② ウェントブルック領
セシル、求婚される
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ゴクリと唾を飲み込んで緊張を和らげ、いざリヒトと真面目に話をしようとしたら、トントンと扉がノックされた。
誰だよっ、今夜は一人で静かにウェントブルック領最後の夜を過ごしたいって言ったよね? ディーンにちゃんとみんなに伝えてね、ってお願いしたでしょう?
ブスッと膨れっ面で自ら部屋の扉を開けると、そこには見慣れた鎧姿でも騎士服姿でもない、白いシャツの前ボタンを幾つか外し、黒いスラックスを履いたルーカスが立っていた。
「セシル」
「うぐっ! な、なんだっ、お前。もう夜だぞ! 寝る時間だぞ!」
俺は咄嗟に扉から二、三歩離れて防御のため体の前で右腕を曲げる。す、少しでもこいつと距離を取らねば、襲われるぅぅっ? いやでもなぁ、俺もまだ白豚が抜けきってないしな? そんな魅力はないかもな!
でも、こんな夜に訪ねてきた時点で、お前は怪しい……。なんの用だよ。
「明日にはオールポートに帰るんだろう? 俺も王都へと戻る。少し散歩しないか?」
「はあ?」
最後の夜にお前と二人っきりで散歩だと? なんだ、その甘いシチュエーションは。断ろう、スッパリと断ろうとしたけれど、奴の捨て犬又は雨の日のずぶ濡れの子犬みたいな眼に言葉が詰まる。
そして、まんまと庭に連れ出される俺。ぐぐっ、俺ってやつは……。
今日は月がまん丸でキレイだなぁ。
ルーカスの先導でウェントブルック辺境伯の城の庭をぽてぽてと歩く。月の明かりに照らされた庭はほんのりと明るく優しい緑の葉をさわさわと風にそよがせている。星の明かりもキレイだが、今日はひと際月が明るい気がした。
ルーカスは後ろを歩く俺を気にしつつゆっくりと足を進め、庭の奥にあるトピアリーに囲まれたガセボへと案内する。ガゼボの椅子に座りキョロキョロと周りを見渡す。俺の名前だけ護衛には期待していないが、ルーカスの護衛としてウェントブルック辺境伯の騎士たちがどこかにいるはずだ。たとえいなくても。巡回している騎士がいるだろう。
ただ、俺がルーカスからの被害を訴えても取り合ってもらえるかどうか。ここは奴のテリトリーだからな。うん、最大限の警戒をしておこう。それに……俺もルーカスに釘を刺したいことがあった。
「セシル。まさか魔獣騒ぎに巻き込んでしまうとは思わなかった。危険な目に遭わせてしまい申し訳ない」
ペコリと頭を下げるルーカス。俺は月の明かりに輝くルーカスの黒髪、旋毛をじっと見つめた。
「構わない。それよりこっちも感謝する。無事に許可状が王家に届き、タロウとハナコがヴァゼーレの神獣として認められそうだ」
ルイス殿が許可状と一緒に神獣認可するように優しいお言葉を添えてくれたらしく、概ね順調にタロウとハナコの神獣キャンペーンが進みそう。なんとなく、ルイス殿にお礼を伝えると「将来の嫁のために尽力しました」とかアピールされそうだったから、ルーカスに言っておく。ルイス殿にもよろしく伝えてくれ。
「……それでね、セシル。記憶のない君に、求めていいのか迷ったんだけど……」
たぶん、ものすごいイケメン。国で五本の指に入るイケメンで高位貴族の出身で最強の騎士。性格も物腰が柔らかで紳士、ケチをつけるところが見当たらないハイスペック男子……ってこいつも三〇代のおっさん予備軍じゃないか!
そのスーパーイケメンが、白豚を前にもじもじしている。かーっ、鬱陶しい! 男ならハッキリ言いやがれ!
「俺と……ルーカス・ウェントブルックと婚約してもらえないだろうか」
「っ! そ、それは……」
断る! 拓海としては断るの一択なのだが、この体はセシル君のものである。前世の自我である俺が表面に出てきている今が異常事態なのであって、本来は天使が成長して白豚と化したセシル君が決めることだ。んで、たぶん……セシル君でもこの求愛は断るだろうなぁ……。
セシル君はルーカスを結果的に裏切ってしまったこと。娘までもうけてしまったこと。罪悪感に責め苛まれて生きてきたんだろう。本来なら、オールポート前伯爵たちと毒親ママンに嵌められた時点で、ハーディングの父上と兄上に助けを求めればよかったのだ。
でも……知られたくなかったのかな? ルーカスに、愛する人に、薬を盛られて裏切ってしまったことと子どもができてしまったことを。だから、自分に差し伸べられた救いの手を取らず、オールポートの屋敷に閉じこもり、すべてを諦めてしまったんだ。いや、もしかしたら……セシル君はここまでを終えたら自分の人生をやり直すつもりだったのかもしれない。
それが……シャーロットちゃんの結婚だ。それは彼女の幸せを無視した行動だけど、きっとセシル君はシャーロットちゃんが結婚して伯爵位を継がせたらオールポートの屋敷を出るつもりだったのだろう。そのあとはハーディング家に戻るのか、ルーカスの元に戻るつもりだったのか、静かに姿を消すつもりだったのかはわからない。
セシル君が生きる希望、最後の縁だったその未来予想図が崩れたとき、セシル君の魂はヒビ割れ、俺という異世界産の魂がひょっこりと顔を出したのでは? と疑っている。
ここまでダラダラと物思いに耽ってしまったが、つまるところ……どう返事したらセシル君の正解だが、わからないんだよおおぉぉぉぉぉっ!
誰だよっ、今夜は一人で静かにウェントブルック領最後の夜を過ごしたいって言ったよね? ディーンにちゃんとみんなに伝えてね、ってお願いしたでしょう?
ブスッと膨れっ面で自ら部屋の扉を開けると、そこには見慣れた鎧姿でも騎士服姿でもない、白いシャツの前ボタンを幾つか外し、黒いスラックスを履いたルーカスが立っていた。
「セシル」
「うぐっ! な、なんだっ、お前。もう夜だぞ! 寝る時間だぞ!」
俺は咄嗟に扉から二、三歩離れて防御のため体の前で右腕を曲げる。す、少しでもこいつと距離を取らねば、襲われるぅぅっ? いやでもなぁ、俺もまだ白豚が抜けきってないしな? そんな魅力はないかもな!
でも、こんな夜に訪ねてきた時点で、お前は怪しい……。なんの用だよ。
「明日にはオールポートに帰るんだろう? 俺も王都へと戻る。少し散歩しないか?」
「はあ?」
最後の夜にお前と二人っきりで散歩だと? なんだ、その甘いシチュエーションは。断ろう、スッパリと断ろうとしたけれど、奴の捨て犬又は雨の日のずぶ濡れの子犬みたいな眼に言葉が詰まる。
そして、まんまと庭に連れ出される俺。ぐぐっ、俺ってやつは……。
今日は月がまん丸でキレイだなぁ。
ルーカスの先導でウェントブルック辺境伯の城の庭をぽてぽてと歩く。月の明かりに照らされた庭はほんのりと明るく優しい緑の葉をさわさわと風にそよがせている。星の明かりもキレイだが、今日はひと際月が明るい気がした。
ルーカスは後ろを歩く俺を気にしつつゆっくりと足を進め、庭の奥にあるトピアリーに囲まれたガセボへと案内する。ガゼボの椅子に座りキョロキョロと周りを見渡す。俺の名前だけ護衛には期待していないが、ルーカスの護衛としてウェントブルック辺境伯の騎士たちがどこかにいるはずだ。たとえいなくても。巡回している騎士がいるだろう。
ただ、俺がルーカスからの被害を訴えても取り合ってもらえるかどうか。ここは奴のテリトリーだからな。うん、最大限の警戒をしておこう。それに……俺もルーカスに釘を刺したいことがあった。
「セシル。まさか魔獣騒ぎに巻き込んでしまうとは思わなかった。危険な目に遭わせてしまい申し訳ない」
ペコリと頭を下げるルーカス。俺は月の明かりに輝くルーカスの黒髪、旋毛をじっと見つめた。
「構わない。それよりこっちも感謝する。無事に許可状が王家に届き、タロウとハナコがヴァゼーレの神獣として認められそうだ」
ルイス殿が許可状と一緒に神獣認可するように優しいお言葉を添えてくれたらしく、概ね順調にタロウとハナコの神獣キャンペーンが進みそう。なんとなく、ルイス殿にお礼を伝えると「将来の嫁のために尽力しました」とかアピールされそうだったから、ルーカスに言っておく。ルイス殿にもよろしく伝えてくれ。
「……それでね、セシル。記憶のない君に、求めていいのか迷ったんだけど……」
たぶん、ものすごいイケメン。国で五本の指に入るイケメンで高位貴族の出身で最強の騎士。性格も物腰が柔らかで紳士、ケチをつけるところが見当たらないハイスペック男子……ってこいつも三〇代のおっさん予備軍じゃないか!
そのスーパーイケメンが、白豚を前にもじもじしている。かーっ、鬱陶しい! 男ならハッキリ言いやがれ!
「俺と……ルーカス・ウェントブルックと婚約してもらえないだろうか」
「っ! そ、それは……」
断る! 拓海としては断るの一択なのだが、この体はセシル君のものである。前世の自我である俺が表面に出てきている今が異常事態なのであって、本来は天使が成長して白豚と化したセシル君が決めることだ。んで、たぶん……セシル君でもこの求愛は断るだろうなぁ……。
セシル君はルーカスを結果的に裏切ってしまったこと。娘までもうけてしまったこと。罪悪感に責め苛まれて生きてきたんだろう。本来なら、オールポート前伯爵たちと毒親ママンに嵌められた時点で、ハーディングの父上と兄上に助けを求めればよかったのだ。
でも……知られたくなかったのかな? ルーカスに、愛する人に、薬を盛られて裏切ってしまったことと子どもができてしまったことを。だから、自分に差し伸べられた救いの手を取らず、オールポートの屋敷に閉じこもり、すべてを諦めてしまったんだ。いや、もしかしたら……セシル君はここまでを終えたら自分の人生をやり直すつもりだったのかもしれない。
それが……シャーロットちゃんの結婚だ。それは彼女の幸せを無視した行動だけど、きっとセシル君はシャーロットちゃんが結婚して伯爵位を継がせたらオールポートの屋敷を出るつもりだったのだろう。そのあとはハーディング家に戻るのか、ルーカスの元に戻るつもりだったのか、静かに姿を消すつもりだったのかはわからない。
セシル君が生きる希望、最後の縁だったその未来予想図が崩れたとき、セシル君の魂はヒビ割れ、俺という異世界産の魂がひょっこりと顔を出したのでは? と疑っている。
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