Secret Garden

入江涼子

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1話

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  とある世界に、ライル王国と呼ばれる国があった。

 ここには初代国王が最愛の正妃を亡くした後、葬るために作った花園が存在する。一般的に「Secret Garden」と人々は呼んだ。が、時が経つにつれ、罪を犯した妃や王女、正式に結婚が許されなかった女性達の幽閉する場所へと変わって行く。
 現在、当代の王は名をラウルスと言った。ラウルス王は今年で五十二歳。正妻たるダリア妃との間には優秀な王太子のルキアス王子、第二子のレナルド王子、第三子で王女のロアラと三人の子宝にも恵まれた。
 そんなルキアス王太子も二十二歳、もう数年もすれば。即位も間近になっていたが。何故か、彼には婚約者がいなかった。代わりに平民の恋人でアザレアという女性がいる。
 最初はアザレアが働く食堂で話す程度だったが、次第に二人は人目を忍んで会うようになった。そんな関係が二年と続き、ついには両親であるラウルス王やダリア妃の耳にも入る。
 両親は身分が全く釣り合わず、正妃たる教養も一切身につけていないという理由から猛反対した。

「……お前は何を考えている、ルキアス」

「そうよ、そなたは貴族の中からちゃんとした正妃を選ぶ義務があるわ。なのに、よりにもよって平民の娘と恋仲になるなんて」

「お言葉ですが、両陛下。私はアザレアだけを妃として扱いたい。高慢ちきな貴族の娘など、必要ないと考えています」

「ルキアス、とにかく。平民の娘だけは駄目だ、王太子妃には相応しくない。よほど、迎えたいならば。お前を廃嫡する」

「……陛下のおっしゃる通りよ、わたくしも今回ばかりは。そなたの味方はできないわね」

 口々に言い募られ、ルキアスは項垂れる。まさか、アザレアが平民というだけでここまで両親に叱責されるとは。だが、諦め切れない。

「分かりました、アザレアを正妃にするのは諦めます。代わりに伯爵位以上の令嬢の中から、妃候補を決めますので。それで手打ちという事にして頂けますか?」

「いいだろう、余は異存はない」

「わたくしもよ」

 ルキアスは胸を撫で下ろす。内心ではアザレアに詫びたいとそればかりを思う。こうして、ルキアスは表向きは貴族の中から正妃候補を迎える事にしたのだった。

 正妃候補となる婚約者は程なく、見つかる。ライル王国でも随一の名家で有名なマーレイン公爵家の長女のイライザ嬢がルキアスの相手となった。年齢は十九歳で穏やかで聡明な才女と評判だ。赤茶色の髪に濃い琥珀の瞳のルキアスとは対照的に緑がかった銀髪に薄い複雑な色合いの蒼の瞳が目を引く美人ときた。
 ルキアスはこんな素晴らしい婚約者がいても歯牙にもかけない。ひたすら、アザレアを囲う事ばかりを考えていた。

「あの、殿下」

「どうした、イライザ嬢」

「何だか、心ここにあらずと言った感じですが。悩み事でもおありで?」

 イライザ嬢に訊かれ、ルキアスは我に返る。
 今は週に一度のお茶会の最中だ。婚約して、丁度半年が過ぎていた。

「……いや、最近は公務やらが立て込んでいてね。夜もあまり、休めていないんだ」

「そうでしたか、それは失礼しました。ならば、今日はもう休んでくださいね。私はこれにて帰りますので」

「悪いな、イライザ嬢」

 ルキアスが謝るとイライザ嬢は穏やかに笑う。そして、優雅にカーテンシーをする。静かに場を後にしたのだった。

 あれから、半月が経った。ルキアスは内密にアザレアの身柄を王宮の一画に移す。家臣の騎士や侍従達に彼女を連れてこさせ、かのSecret Garden、花園にある離宮に住まわせたのだ。待ちに待ったアザレアとの再会に彼はいつになく、浮き立つ。逸る心を抑え、離宮に向かった。

「あ、ルキ様。来てくれたのね」

「久しぶりだな、アザレア」

 少しやつれ、痩せてもいたアザレアがルキアスを迎える。離宮にはむせ返るような花々が花瓶に飾られていた。まず、白や赤など様々な色の薔薇やコスモスなどが体裁よく、生けられているが。アザレアは苦しげに佇む。

「顔色が悪いぞ、体調が優れないようだな」

「……うん、ちょっとね。離宮に来る前から、気分が悪くて」

「分かった、すぐに医師を呼ぶよ。待っていてくれ」

 迷惑そうにアザレアは顔をしかめたが。ルキアスは素早く、廊下に控えていた騎士へと呼びかける。

「すぐに医師のコール先生を呼んでくれ!その代わり、アザレアの名前は出すなよ!」

「……分かりました、直ちに呼んできます」

 騎士は頷くと走って行く。アザレアは落ち着かなげな表情でルキアスを見た。気づかない彼を苛立たしげに睨みつけたのだった。

 二十分としない内に、医師のコール氏が離宮に駆けつけた。助手の女性も一緒だ。

「殿下、急患だとの事ですが。いかがなさいましたか?」

「ああ、コール先生。こちらは私の妃でアザレアと言うんですが。ちょっと、気分が悪いらしくて。診てもらいたいのです」

「はあ、妃殿下ですか。とりあえずは診察を始めますね」

「お願いします」

 ルキアスが言うとアザレアの診察が始まる。コール氏は肩に掛けた聴診器を手に取った。

 一時間としない内に診察は終わった。コール氏は助手が用意した洗面器の水で手を洗う。そして、タオルで拭きながら結果を告げた。

「……アザレア様は病気ではありませんよ、ただ通常の体ではないですね。懐妊なさっています」

「え、それは本当ですか?!」

「はい、おめでとうございます。けど、これからどうなさるつもりですか?」

「どうするも何も、実子として扱うつもりですよ」

「……殿下、アザレア様は見た所、正式に迎えた方ではないでしょう。このまま、中途半端な待遇をしたら。アザレア様や御子様が苦労をなさいますよ」

 痛い所をコール氏は突く。ルキアスは改めて、現実に戻された心地だ。

「確かに、先生の言葉通りです。忠告をありがとうございます」

「いえ、出過ぎた事を申しました。けれど、殿下の頭の片隅にでも置いて頂けましたら。幸いです」

 コール氏は苦笑いしながら、タオルをメイドに渡した。ルキアスは今後について考えを巡らせた。

 ルキアスは四日に一度はアザレアの元を訪れた。ゆっくりと時間は過ぎ、イライザ嬢との婚約期間も終わりを迎える。
 ルキアスは婚儀を挙げ、正妻にイライザ妃を据えた。アザレアは側妃と言う立場と扱いになる。既に離宮に来てから、半年近くになっていた。懐妊して八カ月目に入り、お腹は大きく膨らんでいる。もう、二カ月もしない内に子は生まれるだろう。
 イライザ妃は側妃であるアザレアを快くは思ってはいない。しかも、正妃たる自身より先に懐妊もしている。身分も有って無いような女と内心では思っていた。
 だから、代わりに公務に力を入れた。あの女に負けてたまるものか。その一心でイライザ妃は自身の矜持を保っていた。

 アザレアの懐妊が分かったのは初冬の十一月の中旬だ。およそ、十カ月近くが経ち、翌年の初秋の九月に産気づく。まだ、残暑が厳しい夕刻だった。離宮に仕えるメイドの一人が走って息を切らせながら、ルキアスに知らせてくる。

「……殿下、アザレア様が産気づきました!すぐにいらしてください!!」

「な、本当か?!コール先生と産婆を連れて行くから、待っていてくれ!」

「はい、お願い致します!」

 慌ただしく、ルキアスは医師のコール氏や産婆を呼んだ。二人はすぐに知らせを受け、手早く準備をする。走って離宮に向かった。

 ルキアス達が駆けつけると、もう離宮の中はてんやわんやの大騒ぎになっていた。何といっても、王太子の初めての赤子だ。アザレアが側妃であっても慌てるのは仕方なかった。

「……先生や産婆達を連れてきた、アザレアの所へ案内してくれないか!」

「あ、殿下。分かりました、先生方をお連れします!」

「頼む」

 ルキアスの呼び掛けに気づいたメイドがコール氏や産婆達をアザレアの部屋に案内する。何も自身には出来る事はないが。ひたすらに、赤子が生まれるのを神に祈った。

 アザレアのお産が始まってから、しばらく経った。夕刻から夜半に変わる頃合いになったが。まだ、アザレアのうめき声が微かに聞こえていた。

(……アザレア、無事でいてくれ!)

 ルキアスは真剣にアザレアや赤子が無事でいてほしいと願っていた。今はイライザ妃の事も忘れている。そんな折に、部屋にいたコール氏が出てきた。

「殿下、そちらでしたか」

「先生」

「アザレア様はまだ、お産の途中ですが。頑張っていますよ」

 穏やかにコール氏が言う。よく見ると、着ている上着にはシミが所々にある。お産の現実味がルキアスにも明らかに伝わっていた。
 二人が次の話題を出そうとしたら、産婆がドアを開ける。

「……殿下、先生。御子が先程にお生まれになりました!」

「え、本当か?!」

「はい、元気な姫様ですよ!」

 ルキアスは姫、つまりは王女と聞いて安堵した。アザレアには悪いが、側妃が男児を生んだら。イライザ妃が絶対に黙ってはいない。かえって、姫でアザレアは命拾いをしたと言える。

「そうか、アザレアには「ゆっくりと休んでほしい」と伝えてくれ。私は戻る」

「……アザレア様や姫様には会わないのですか?」

「明日に改めて見舞いに来る、私がいたら邪魔になるだろうしな」

 ルキアスは苦笑いしながら、アザレアや姫がいる部屋の方を見やった。コール氏や産婆は困惑の表情を浮かべた。そのまま、ルキアスは離宮を出て行ったのだった。

 生まれた姫はルイザと名付けられる。父になったルキアスは翌日、アザレアやルイザの元を訪れた。

「……ご苦労だったな、アザレア」

「はい、わざわざのお越しをありがとうございます」

「姫は元気か?」

「元気にしています、殿下にご心配をおかけしました」

「アザレア、すっかり令嬢の話し方だな。だいぶ、アレに絞られたか」

 嘲って言うと、アザレアはルキアスを睨みつけた。今にも取り殺さんとする程には憎しみや恨みが込められている。

「……全部、あんたのせいだ。あたしが何をしたって言うんだよ、こんな所に閉じ込められてさ!」

「お前を食堂から王宮に連れて来てやったのにな、恨むのは違うと思うぞ」

「あたしはあんたを受け入れるつもりはなかった、なのに。父さんを殺し、母さんまで人質にしてさ!終いには無理矢理に手籠めにまでされた!」

「声が大きい、周りにバレても良いのか?」

「構わないさ、あたしはルイザを連れて王宮を出る。もう、お前の面を見なくてすむと思うと。清々するよ!」

 苦々しげにアザレアは言った。ルキアスは皮肉げに笑う。

「……分かった、手切れ金は存分に持たせてやる。早く、姫を連れて去れ」

「ああ、言われるまでもない」

 アザレアは頷く。ルキアスは立ち上がると全く、興味を無くしたらしい。二度と振り向く事なく、離宮から去って行った。

 アザレアはすぐにでも、離宮を出たがったが。さすがに産後間もないとメイドやコール氏達に止められた。仕方なく、体力が回復するまではと留まる事を選んだ。
 しばらくして、アザレアはルイザとメイドで乳母役をしていたマリアの三人で離宮を出た。これはラウルス王やダリア妃の配慮だ。初孫であるルイザを放ってはおけないとマリアの同行を秘かに許してくれた。アザレアとマリアは平民の女性の服装で静かに街道を歩く。

「アザレアさん、今日はひとまず、宿屋に泊まりましょう」

「そうしたいのは山々だけど、止めておこうよ。このまま、行ったらさ。あたしの実家があるから」

「はあ、大丈夫でしょうか」

「仕方ないよ、まあ。実家には母さんとお祖父ちゃんやお祖母ちゃんがいるはずだからさ」

「分かりました、行きましょう」

 マリアは頷くとアザレアと二人で歩くのを再開した。アザレアの腕の中でルイザが小さく、欠伸をした。

 日が高くなり、やっとの事でアザレアの実家らしい一軒家にたどり着く。マリアが代わりにとルイザを抱いた。

「……母さん、祖父ちゃんに祖母ちゃん。アザレアだ、帰ったよ!」

「……あ、アザレアじゃないか?!」

 一軒家のドアが開き、母らしき中年の女性が転がり出てきた。

「良かった、母さん。王宮から出してもらえたんだね」

「ああ、つい半月前にね。あんたがあの坊ちゃんの子供を生んだからさ、その褒美だとかで出してもらえたけど」

「そっか、あたしも今日にやっと出してもらえたんだ。まあ、ルイザもだけどね」

 肩を竦めながら告げた。母は驚きのあまり、固まる。

「……本当かい?!」

「うん、マリアさんが抱っこしているのがルイザだよ」

「何てこった、姫様を勝手にこんなあばら家に連れてきて。大丈夫なのかい?」

「……私も一緒にルイザ様を育てますので、安心なさってください」

「あ、王宮のメイドさんかい。わざわざ、すみませんね」

 母が言うとマリアはにっこりと笑った。

「詫びの言葉はいいですよ、お母様。いや、お母さん」

「……うちの娘が迷惑を掛けるね、メイドさん」

「いえ、アザレアさんはよくやっていますよ。後、私はマリアと申します。よろしくお願いしますね」

「よろしく、マリアさん。あたしはアザレアの母でイリナと言うよ」

「イリナさんですね、ルイザ様が目を覚ますと。大変ですから中に入らせてください」

 マリアが言うと母もとい、イリナは慌てて三人を中に通した。秋の空の下、一陣の風が吹いた。

 あれから、時間は過ぎ去る。あっという間に十八年が経った。
 祖父母は共に鬼籍に入ったが、母のイリナは健在だ。アザレアもマリアも四十路に近い年になったが。元気に日々を過ごしている。
 アザレアから受け継いだ柔らかい白金の髪に実父によく似た濃い琥珀の瞳が印象的な美人にルイザは育った。女性ばかりの四人で賑やかに暮らす。
 実父のルキアス王からは何の音沙汰もない。ルイザはそれに全く異存がなかった。母のアザレアや自身を追い出した男なぞ、父親でも何でもないと思っている。
 だから、このままに暮らすのが一番だとルイザは考えていた。

「ルイザ、今日も畑の野菜を採りに行くよ」

「はーい!」

 元気よく、ルイザは返事をした。アザレアやマリアと三人で向かう。麦わら帽子を被り、ハサミや籠を持つ。畑に行き、今日に成ったナスやトマトなどを収穫した。鶏小屋にも向かい、生まれたての卵も何個かを籠に入れる。
 朝食にオムレツが作れるとアザレアやマリアが機嫌よく言う。家に戻ると手早く、黒パンを切り分ける。火で軽く炙り、チーズを載せた。次に収穫したナスやトマト、タマネギなどを洗い、ミネストローネを作った。卵はオムレツに変わる。てきぱきとルイザは食器に料理を盛り付けていく。
 テーブルに並べ、カトラリーも置いた。四人で食卓を囲む。

『……女神様に今日も感謝を捧げます』

 軽く祈ったら、早速に皆で食事にありつく。ルイザはミネストローネやオムレツを味わいながらも手は止めない。気がついたら、完食していた。片付けはイリナとアザレアがやってくれる。ルイザはマリアと勉強の時間だ。家にある数少ない部屋に行き、読み書きや計算、簡単なマナーなどを教えてもらう。マリアがせめて、ルイザには最低限の教養を身につけさせたいとイリナとアザレアに掛け合った。二人は渋々、頷いた。それからは熱心にマリアは知りうる事を叩き込んだ。ルイザは今年で成人に達する。なら、どこに出しても恥ずかしくないようにと厳しくも根気強く、教育を施した。ルイザはなかなかに見込みがある。

「ルイザさん、今日はカーテンシーや他の作法のおさらいをしましょう」

「はい」

 マリアはまず、カーテンシーをその場でやるように言った。ルイザは素早く、両膝を下げて。着ていたスカートの裾を摘み、上半身を深く曲げた。その姿勢を保ち、しばらくは待った。

「……前よりかなり改善されましたね。いいでしょう、合格です」

「……うう、膝や腰が痛い」

 呻きながら、ルイザは元の姿勢に戻る。昼間になるまで、マリアの授業は続いた。

 夜になり、ルイザは簡単に湯浴みを済ませた。母のアザレアと二人で休む。マリアはイリナと同じ部屋で休んでいた。
 そろそろ、眠ろうと瞼を閉じる。が、大きく玄関口のドアが鳴らされた。ドンドンと何度も繰り返され、ルイザは起き上がる。

「こんな夜遅くに誰よ」

「……ルイザ、あたしが出るよ。あんたはここにいな」

「母さん、気をつけてね」

 アザレアはカーディガンを羽織り、護身用の小さな警棒を手に持つ。寝室を出て玄関口に向かった。

 しばらくして、アザレアが戻ってきた。

「ルイザ、早くここを出るよ!」

「え、母さん?!」

 慌てた様子でアザレアはルイザをベッドから出させようとする。だが、ドタドタと荒い足音がして寝室のドアが蹴破られた。

「……こんな所にいましたか」

「だ、誰?!」

「私はさる高貴な方の命で来ました、姫様」

「わ、私の出自を知っているの?」

「ええ、あなたがいると何かと面倒なんですよ。だから、消えてもらいます。ルイザ王女」

 蹴破った犯人である男はにやりと笑った。ルイザはさすがにまずいと思う。仕方なく、アザレアを自身の背中に隠す。ベッドの枕元に置いていた短剣を手に取る。

「ふうん、面倒ねえ。そんなに目障りなら、さっさと私を殺めていれば良かったのに」

「……口は達者ですね」

「褒められても嬉しくないわよ」

 ルイザはゆっくりと短剣を鞘から抜いた。そして、ベッドから出る。

「あんた、刺客ね。または暗殺者と言ったところかな」

「そうですよ、なかなかに勘がよろしいようで」

 暗殺者はおかしそうに笑う。ルイザは短剣を相手に突きつけながら、じりじりと間合いを詰めた。実はマリアや秘かに護衛役になっていた影から、護身術や剣術を習っていたのだ。また、弓矢も。何とか、影やマリアが駆けつけてくれるまでの時間稼ぎが出来たらいいのだが。その一心で母のアザレアを守る。

「ふむ、姫様。先程から私を怖がりませんね」

「伊達に庶民の暮らしをしていないわよ、あんたより厳ついおっちゃん達と一緒に森なんかに行っていたから」
 
「そうですか」

 ルイザは慎重に暗殺者の様子を伺う。相手からは不思議と殺気を感じない。もしや、自身を殺める気はないのか?
 そう思いもするが、油断は大敵だ。仕方なく、再度短剣を構え直す。

「……ルイザさん!」

 部屋の開け放されたドアから、マリアや影が飛び込んで来た。即座にマリアがルイザを庇い、影は暗殺者に剣を向ける。

「……時間切れになりましたね」

「そなた、何のつもりでここに来た?」

 マリアが普段とは段違いの低く冷たい声で問いかけた。暗殺者は笑みを引っ込める。

「私は陛下方の命で来ました、姫様を連れて来るようにと」

「ほう、傲慢にも程があるな。真っ先にルイザ様や母君を切り捨てたくせに」

「……確かに」

 暗殺者は目を伏せた。持っていたダガーナイフを鞘に収め、胸元に仕舞う。

「大変にご無礼をしました、私はこれにて戻ります」

「もう、戻るのか。姫様を連れて行かなかったら、そなたが罰せられるが」

「構いませんよ、私も愚鈍な王や正妃にはうんざりしていましたから」

 暗殺者はさらりと言う。そのまま、静かに寝室を後にした。マリアや影、ルイザ達はしばらくはその場を動けずにいたのだった。

 あれから、翌年には王弟でかつての第二王子のレナルドがクーデターを起こす。すぐに、兄のルキアス王や正妻のイライザ妃は捕らえられた。
 二人には実子がいなかったのは救いと言えようか。レナルドは圧政を続けた国王夫妻を自身で処断した。こうして、ルキアス王の治世は終わりを告げる。
 新しくレナルドが国王として即位した。ルイザは国王の姪には当たるが、即位式などには全く参加しなかった。
 ただ、しばらくして叔父としてレナルドから手紙が届けられる。

 <ルイザ嬢へ
 
 初めましてと言うべきかな。

 君が俺の姪だとは知ってはいたんだが。

 けど、なかなか叔父だと名乗れないまま、年月が過ぎていってしまった。

 本当に悪いとは思っている。

 代わりに、君の結婚相手が見つかったら。

 俺にも知らせてほしい。

 宮を出て、そちらへ行くよ。

 妻や子供達と一緒にな。
 
 敬愛する姪御へ

 レナルド・ライル>

 簡潔に綴ってあった。ルイザは国王とはいえ、自身を姪として扱うつもりの叔父に苦笑いだ。けど、楽しみではあった。マリアと返事を考えるのだった。

 翌年、ルイザは二十歳になる。教育係兼護衛をしているマリアの伝手で王都に住む大きなある商会の跡取り息子と、結婚が決まった。それを叔父であるレナルドに手紙で知らせた。
 数日後、本当にレナルドは妻で叔母に当たる妃や息子でいとこにも当たる王子達を連れてやって来た。ルイザは相手である跡取り息子もとい、ケビンを叔父一家に紹介した。
 レナルドは喜び、妃や息子達も嬉しそうだ。賑やかなひと時を皆で過ごした。

 半月後にルイザはケビンの元に嫁ぐ。二人は穏やかな新婚生活を満喫した。
 婚姻式にはレナルドの代わりに妃と息子、宰相までが参列する。さすがにアザレアやイリナが驚いていたが。
 ルイザはケビンとの間に多くの子宝に恵まれた。義両親とも仲が良く、婚家をより栄えさせたとか。
 そう、後に夫のケビンの手記には記してあった。ルイザのその後は詳細は語られていない。数奇な運命を辿った王女は今でも、人々の関心を引きつけてやまなかった。

 ――END――

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