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腹を隠さず舌も出す
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「後悔はしてるんだよ。これでもね」
毎晩21時。俺の毛をブラッシングしながら佐田(さだ)はいつも同じことを言う。
「くぅん」
ふぅん、と返したつもりが口から出た音はちょっと違った。
それでも佐田には通じたようでム、と眉をひそめられる。
「そんなどうでも良さそうにしないでよ。ユズのことなのに……」
湯水と書いてユズと読む、その名前が俺は嫌いだった。
湯水のように金に囲まれますようにと守銭奴の両親がつけた名だが、彼らには良心があるのかないのか息子の身でも悩ましい。
でも佐田だけは俺をユズと呼ぶことを許していた。
なぜなら俺の名字も定(さだ)だからだ。
俺こと定湯水と、もみじのような手だからと名付けられた佐田椛。
二人はいわゆる幼馴染である。
赤ちゃんの頃はもみじのようだったが今はすっかりゴツゴツになった手で佐田は俺の毛並みを撫でた。
もみじのようなしっとりとして赤くふくふくとした手のひらの面影は微塵もない。
俺のふわふわの体毛ごしにもわかるほど硬い手のひらが、繊細な力加減で撫でてくる。
俺は気持ちよくてごろんと腹をみせた。
すると腹も撫でてくれる。
よきにはからえ、とぐでーんと体を伸ばして身を預けた。
佐田は呆れたようにため息をつく。
「危機感っていうものがないよね、ユズは」
「ぐふ」
「それはどういう感情なの……」
佐田は俺のマズルをちょんとつついた。舌が出てますよの合図だ。
出したまましまい忘れていた舌をそっとひっこめる。
マズル。そうマズル。
犬の鼻先のことだ。
何を隠そう俺は犬である。
ふわふわふっかり、まんまるシルエットのポメラニアンだ。
首にはSADAと刻印された赤い首輪も巻き付いている。
といっても生まれた時から犬だったわけじゃない。
守銭奴の両親はヒトで、俺もヒトとして生まれた。
――ポメガバース。
俺はそういう名前の変わった体質だ。
ざっくり言うと、疲れたりストレスが溜まるとポメラニアンになってしまう。
*
二週間前のこと。
フリーターの俺は、怒鳴ってくる上司とクレーマーに疲れ果てて帰り道でポメラニアンになってしまった。
ポメからヒトに戻る手順はとても簡単で、誰かからちやほやされればいい。
だから手近な場所に住む幼馴染の佐田を頼って、ちやほやしてくれとドアをカリカリしたのだ。
『ユズ、本当にポメガだったんだ……』
佐田にポメラニアンの姿を見せたのは初めてだった。
古びた一軒家を買ってDIYしながら暮らしている佐田は俺を快く招き入れてくれた。
『…………ごめんね、ユズ』
そして、俺の首にSADAと刻印された真新しい首輪を巻きつけたのだ。
*
以降、佐田は俺を飼っている。
マメに面倒を見ながらも決してちやほやせず、俺を自分の犬だと偽って暮らしている。
決してヒトに戻そうとはしない。
散歩中にすれ違った人にちやほやされそうになったら「ごめん、この犬噛み癖あるから……」と遠ざけるという徹底ぶりだ。
「ユズは人間に戻りたくないの?」
「ギュゥ」
「どういう感情……えいっ」
「キュゥッ」
そんなことよりブラッシングの後のおやつタイムがまだだが……と催促してみたが伝わらなかったようで、お腹にもふりと顔を埋められた。
すぅーーーーと深呼吸しながらもぞもぞと動かれて、くすぐったいし恥ずかしい。
もがいてみるが佐田の大きな手のひらに小型犬の身がすっぽり捕らえられてしまい、抜け出すことは叶わなかった。
「ギャウ!! ギャウン!! ヴールルル……」
「……ごめん」
いい加減にしろよと歯茎をむき出しにして怒るとようやく佐田が離れる。
佐田の膝から床に降ろしてもらうと、後ろ足で蹴りつける仕草をしてから部屋の隅にあるYUZUと書かれた犬小屋に向かった。
扉を体で押して中に入る。
お気に入りの毛布をせっせと集めひとかたまりにし、真ん中に寝転んだ。
「ユズ、ごめん。出てきてよ……」
「ギュゥ」
「もうしないから……」
「ギャンッ! ギャンッ!」
「……ごめん……」
威嚇のように吠えれば佐田がすごすごと離れていく音がした。
この犬小屋は鍵なんてかからないし、なんなら天井を外すことだってできる。
しかし佐田はそうしない。ここが俺に許された唯一のプライベートエリアだからだ。
(……戻りたくないのかとか聞くなよ)
対外向けにSADAと書かれた赤い首輪。
欲望丸出しでYUZUと書かれたこの小屋。
佐田以外にも人間か犬が一緒に暮らせるように改造された家。
(解放する気なんてないくせに)
どれもこれも、俺がここに来る前から用意されていたものだった。
真新しい首輪。新品の小屋。
気づいた時はさすがにぞっとした。
佐田は俺を閉じ込め、俺と暮らすためにこの家を買ったんだ。
(戻りたいかなんて――答えは決まってるだろ)
毎日毎日同じことを聞くなと、脳内で佐田を踏みつけてやる。
脳内の佐田は困ったように笑い、申し訳無さそうにおやつのジャーキーをくれた。
(俺のために造られた空間。俺のための小屋。俺のための首輪)
ごろんと仰向けに転がり、毛布の中に隠しておいた骨ガムを齧る。
(――絶っっっ対戻りたくねぇ~~~~~~~!!!!)
こんな快適な生活、手放せるわけないだろ、佐田め!
毎晩21時。俺の毛をブラッシングしながら佐田(さだ)はいつも同じことを言う。
「くぅん」
ふぅん、と返したつもりが口から出た音はちょっと違った。
それでも佐田には通じたようでム、と眉をひそめられる。
「そんなどうでも良さそうにしないでよ。ユズのことなのに……」
湯水と書いてユズと読む、その名前が俺は嫌いだった。
湯水のように金に囲まれますようにと守銭奴の両親がつけた名だが、彼らには良心があるのかないのか息子の身でも悩ましい。
でも佐田だけは俺をユズと呼ぶことを許していた。
なぜなら俺の名字も定(さだ)だからだ。
俺こと定湯水と、もみじのような手だからと名付けられた佐田椛。
二人はいわゆる幼馴染である。
赤ちゃんの頃はもみじのようだったが今はすっかりゴツゴツになった手で佐田は俺の毛並みを撫でた。
もみじのようなしっとりとして赤くふくふくとした手のひらの面影は微塵もない。
俺のふわふわの体毛ごしにもわかるほど硬い手のひらが、繊細な力加減で撫でてくる。
俺は気持ちよくてごろんと腹をみせた。
すると腹も撫でてくれる。
よきにはからえ、とぐでーんと体を伸ばして身を預けた。
佐田は呆れたようにため息をつく。
「危機感っていうものがないよね、ユズは」
「ぐふ」
「それはどういう感情なの……」
佐田は俺のマズルをちょんとつついた。舌が出てますよの合図だ。
出したまましまい忘れていた舌をそっとひっこめる。
マズル。そうマズル。
犬の鼻先のことだ。
何を隠そう俺は犬である。
ふわふわふっかり、まんまるシルエットのポメラニアンだ。
首にはSADAと刻印された赤い首輪も巻き付いている。
といっても生まれた時から犬だったわけじゃない。
守銭奴の両親はヒトで、俺もヒトとして生まれた。
――ポメガバース。
俺はそういう名前の変わった体質だ。
ざっくり言うと、疲れたりストレスが溜まるとポメラニアンになってしまう。
*
二週間前のこと。
フリーターの俺は、怒鳴ってくる上司とクレーマーに疲れ果てて帰り道でポメラニアンになってしまった。
ポメからヒトに戻る手順はとても簡単で、誰かからちやほやされればいい。
だから手近な場所に住む幼馴染の佐田を頼って、ちやほやしてくれとドアをカリカリしたのだ。
『ユズ、本当にポメガだったんだ……』
佐田にポメラニアンの姿を見せたのは初めてだった。
古びた一軒家を買ってDIYしながら暮らしている佐田は俺を快く招き入れてくれた。
『…………ごめんね、ユズ』
そして、俺の首にSADAと刻印された真新しい首輪を巻きつけたのだ。
*
以降、佐田は俺を飼っている。
マメに面倒を見ながらも決してちやほやせず、俺を自分の犬だと偽って暮らしている。
決してヒトに戻そうとはしない。
散歩中にすれ違った人にちやほやされそうになったら「ごめん、この犬噛み癖あるから……」と遠ざけるという徹底ぶりだ。
「ユズは人間に戻りたくないの?」
「ギュゥ」
「どういう感情……えいっ」
「キュゥッ」
そんなことよりブラッシングの後のおやつタイムがまだだが……と催促してみたが伝わらなかったようで、お腹にもふりと顔を埋められた。
すぅーーーーと深呼吸しながらもぞもぞと動かれて、くすぐったいし恥ずかしい。
もがいてみるが佐田の大きな手のひらに小型犬の身がすっぽり捕らえられてしまい、抜け出すことは叶わなかった。
「ギャウ!! ギャウン!! ヴールルル……」
「……ごめん」
いい加減にしろよと歯茎をむき出しにして怒るとようやく佐田が離れる。
佐田の膝から床に降ろしてもらうと、後ろ足で蹴りつける仕草をしてから部屋の隅にあるYUZUと書かれた犬小屋に向かった。
扉を体で押して中に入る。
お気に入りの毛布をせっせと集めひとかたまりにし、真ん中に寝転んだ。
「ユズ、ごめん。出てきてよ……」
「ギュゥ」
「もうしないから……」
「ギャンッ! ギャンッ!」
「……ごめん……」
威嚇のように吠えれば佐田がすごすごと離れていく音がした。
この犬小屋は鍵なんてかからないし、なんなら天井を外すことだってできる。
しかし佐田はそうしない。ここが俺に許された唯一のプライベートエリアだからだ。
(……戻りたくないのかとか聞くなよ)
対外向けにSADAと書かれた赤い首輪。
欲望丸出しでYUZUと書かれたこの小屋。
佐田以外にも人間か犬が一緒に暮らせるように改造された家。
(解放する気なんてないくせに)
どれもこれも、俺がここに来る前から用意されていたものだった。
真新しい首輪。新品の小屋。
気づいた時はさすがにぞっとした。
佐田は俺を閉じ込め、俺と暮らすためにこの家を買ったんだ。
(戻りたいかなんて――答えは決まってるだろ)
毎日毎日同じことを聞くなと、脳内で佐田を踏みつけてやる。
脳内の佐田は困ったように笑い、申し訳無さそうにおやつのジャーキーをくれた。
(俺のために造られた空間。俺のための小屋。俺のための首輪)
ごろんと仰向けに転がり、毛布の中に隠しておいた骨ガムを齧る。
(――絶っっっ対戻りたくねぇ~~~~~~~!!!!)
こんな快適な生活、手放せるわけないだろ、佐田め!
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