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2. ライリーとクリスティーナ

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 ライリー・テイラーが過去の記憶を持っている事に気付いたのは8歳となった朝である。

 「これがゲームかアニメの中の世界ではないか」そう思ったライリーはまず、部屋を見渡した。そう、見た事がある部屋かを確認したのだ。
 だが、見覚えがまったくない。それどころか全体的に地味である。いや置かれた品々は悪いものではない。正しくは良い感じで力が抜かれているのだ。

 そのことで、ライリーはハッとしてベットから飛び降り、鏡の前に立った。
 そして、8歳にしてライリーは悟る。
 自分はこのゲームかアニメにおいて、モブなのだと。

 その後、ライリーは父母の会話に覚えのある名前を聞く。
ルパート・ローレンス。それはライリーが前世でプレイしたことがあるゲームのメインキャラクターの名前であった。

 このゲーム、「心に映るは君の姿」(通称ココキミ)ではプレイヤーは、主人公エイミーが貴族が通うエイシェル学園でハンサムな男性たちと青春に恋にと楽しむ恋愛シュミレーションゲームである。
 よくある題材ではあるが、豪華な声優陣とキャラクターデザインの良さでそこそこ評判となったものである。
 前世のライリーもそれを友人に薦められてプレイしてみた。その感想はというとごく平凡なものだなという印象で、その平凡なゲームのモブ令嬢とは如何せん複雑な思いであった。

 さて、平凡な恋愛シュミレーションゲームのモブ令嬢とわかったライリーは考えた。確かに自分はモブだが、モブにもモブなりの人生があるだろうと。
 その頃には、下手に断罪や婚約破棄、その他の混乱に巻き込まれずに済むだけ、モブでいいとすら思っていた。
 貴族である以上、政略結婚をしなければならない。だが、それは前世の記憶を取り戻したライリーには精神的な負担が大きい。そのため、ライリーはなんとかして貴族以外の道を探した。
 そんなことを屋敷の使用人に尋ねる8歳の子どもの言動は父や母の耳にもすぐに入ったようで、ライリーは父に呼び出された。


 父はまた良い感じに手の抜かれた作画ではあったが、このときばかりは真剣な顔でライリーに尋ねる。

「さて、君がなにやら妙なことを皆に話していると聞いたよ、ライリー」

 きょとんとした顔で父を見つめながら、内心で「ついにきたか」とライリーは思う。
 使用人に尋ねまわったのも父に呼び出されるのを計算してのことである。いつか呼び出されると思いつつ、情報を収集し、対策を静かに練っていたのだ。

 「わたしは貴族としてではなく、1人の民としてこの国に尽くし、生きていきたいんです。貴族として出来る事もありますわ。ですが、その視点は上からのものとなってしまう。わたしは同じ目線で考え、歩みたいんですの。教会に通ってそう思いましたわ」

 「教会か…確かにあそこには大勢の民が通うが、いや、しかし…」

 「修道女になる道も考えましたの。でも、それもまた民とは違う形になりますものね」

 「修道女?そ、それはあまりよくないと思うよ。うん、そうだね。大きくなってから考えるといい」

 「えぇ、お父さま」


 使用人に聞いて回るうちに、貴族から修道女になると何か問題が起こったと思われることを知ったライリーはあえてそれをチラつかせる。
 父も子どもの話で、一時の気の迷いと考えたのか、それ以降特に何も言われず、現在に至る。

 父は何も言わない。だが、日に日にライリーの奇行(と映るらしい)は増していき、この娘を嫁に出すのは問題だと思われて、16歳となる現在、婚約者をライリーは持たない。
 幸いゲームの中ということもあり、貴族としてあるまじき発言にも家族は倫理的に問題ある行動はとらなかった。このゲームが全年齢版であることに感謝するライリーであったが、そこにいてもそこにいないそんな扱いをやんわりと受け続けている。
 だが、これは前世の記憶があるライリーにとっては好都合でもあった。まずは手に職をつけようと思いつき、調理場に入り浸り始めた。料理が出来れば、それを仕事に出来る上に、庶民であれば自炊は必須である。
 そうして16歳となったライリーはそこそこの腕を持つようになっていた。


 そして今日もこうして、1人のんびりとライリーは昼食を楽しむ。
 もちろん、学園にはカフェテリアがある。平民や低位貴族用のカフェテリアと高位貴族専用のものだ。学園では平民も貴族も関係ないという前提でこれはないのではないかと憤ったライリーであったが、価格を知って納得した。身分による財布の温かさや厚みは関係大アリである。

 そのため、家族から浮いているライリーは昼食を持参している。いや、初めは貰えていたのだ。だが、毎日のカフェテリアでの昼食代を浮かし、弁当を持って行っていたことがバレて、それ以降は貰えていないだけである。
 調理場の食材は比較的自由に使えているので特に不満はない。何より、堅苦しい貴族の振る舞いを求められないのだ。1人でいるに限るとライリーは思っている。
 そんなライリーの耳になにやら、聞こえてきたのは責め立てるような女性の声だ。


 「あなたについていったのが間違いでしたわ!」
 「私達の地位も危ないんですのよ!あなたの責任ですわ!」

 貴族令嬢にあるまじく、草が生える中庭の地べたに座っていたライリーが見たのは取り巻きから責め立てられる公爵令嬢クリスティーナの姿だ。
 キャンキャンと騒ぐ取り巻きに、表情を変えないクリスティーナは静かに沈黙を守っている。

 やはり、クリスティーナは高貴であるとライリーは頷く。そもそも、公爵令嬢であるクリスティーナの婚約が破棄された要因の1つが彼女達がしでかした余計な行為だ。男爵令嬢であるエイミーを軽んじる発言を皆の前で繰り返していたのだ。
 彼女達の行為はクリスティーナによるものだと推測された。それがクリスティーナの婚約破棄にも影響を与えた。
 もちろん、王太子であるルパートの好感度やプレイヤーである男爵令嬢の行動があるのでライリーからすると、クリスティーナにはまったく否がないともいえる。
 だが、一方で前世の知識が「そういう対応も貴族の役目とも言えるわ。部下の行動を把握しないといつ寝首かかれるかわからないもの」と物騒な教えをライリーにもたらす。
 どちらにせよ、この状況はなんとかしたい。
 正しい行いをしてきたはずのクリスティーナが責め立てられているのを見るのも辛い。何よりこの状況下ではせっかく作った弁当も不味くなるとライリーは思う。

 「何を黙ってらっしゃるの!あなたはいつもそうやってわたくしたちを見下しているのだわ!」
 「!」

 その言葉に今まで沈黙を貫き通していたクリスティーナの瞳が大きく見開かれる。
 取り巻きの女子学生は気が高ぶったのか、手のひらをクリスティーナに向けて振り上げ、頬を叩こうとする。

 「ぶふぇっくしょーん!!」
 
 あまりに大きな音にご令嬢たちは驚き、振り返る。
 そこには令嬢としてはあり得ない事に、地べたに座り込み、ハンカチで鼻を擦る同じ学園の少女がいた。
 どこにでもいるブラウンの髪をした目立たぬ小柄な少女、だがこれがクリスティーナの生き方を変える出会いとなった。
 
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