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5. 背負うものと本当の自分

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 「聞きまして?クリスティーナ様のお話」
 「えぇ、周囲の者に見放された結果、あの風変わりで有名な1年の男爵令嬢と一緒にいるっていうお話ですわよね」
 「よりにもよって、あの変わり者と昼食を摂るだなんて」
 「一時は学園の憧れの的だった方とは思えませんわね」

 廊下を歩く自分に聞こえるように令嬢たちが話す廊下をクリスティーナは毅然とした態度で歩く。それは以前と変わらない公爵令嬢として、凛とした姿勢を貫いた形である。そういった自らを非難する声に感情的になるのは美しくない。何より彼女達はクリスティーナの反応を期待しているのだから。

 王太子の婚約者ではなくなったクリスティーナではあるが公爵家の娘であり、そのような扱いは不当である。だが、学園の空気があの婚約破棄によって一変した。
 それは王太子であるルパートや周りの侍従たちに追従する、貴族令息や令嬢の貴族らしい判断の速さである。その意識がクリスティーナの存在を実際よりも軽くしているのだ。
 
 だが、クリスティーナには懸念が一つある。
 それは自身と共に過ごす事によってライリーの立場が危うくなることだ。その振る舞いが少し周りと違っていても男爵令嬢であるライリーは、クリスティーナとかかわりを持つ前の方が穏やかに過ごせていたのではないか。そんな考えが頭に浮かぶ。
 凛々しく歩みを進めながらも、クリスティーナの胸に不安がよぎるのであった。


*****


 その日、クリスティーナは元婚約者である王太子の侍従たちに注意を受けた。
 流石に女性一人を呼び出す事はしなかったが、廊下という周りの視線のある中で警告を受ける事となったのだ。

 「ウォーレス嬢、貴女の最近の振る舞いは目に余ります」
 「あら、あなたはいつから私に注意できるお立場になったのかしら」
 
 公爵令嬢であるクリスティーナに注意が出来るほどの、身分の高さを持ってはいない侍従である令息は不躾である自覚がないようだ。王太子の侍従であるということが彼を尊大にさせているのだろう。
 それでもルパートの婚約者であった頃は、歯の浮くような世辞を言って内心でクリスティーナはうんざりしていたものだ。

 そのことを思い出したのだろうか、それとも彼の自尊心を傷つけたのか、侍従の男は表情に怒りをあらわにする。
 このくらいの挑発に乗るような男では、ルパートの今後も明るくないのではとクリスティーナは思うが、直ぐに心の中で自嘲する。それはクリスティーナ自身にも当てはまることであったのだから。

 「ルパート殿下の元婚約者としてふさわしい行動をして頂きたい!それほど難しいことを申してはいないはずだ」
 
 感情的になる侍従の男を前に、あえて戸惑ったようにクリスティーナは小首を傾げる。
 「あら、私はもうあの方の婚約者ではありませんわ。それよりも今のご婚約者様のご教育に励んだ方がよろしいのではなくて?」
 「な!不敬だぞ!」

 男爵令嬢であるエイミーは、元は庶民の生まれである。公爵令嬢であるクリスティーナでさえ、長年の教育を受け、努力の上でその振る舞いを身に付けたのだ。当てつけでもなんでもない、同じ立場で苦労と努力を重ねてきたゆえの言葉である。
 だが、その思いは彼らに届くことはなく、さらに怒りを買う。

 「ウォーレス嬢、貴女がルパート殿下の婚約者であったことは皆が知っている!王太子殿下に恥をかかせない振る舞いを今後求める!」

 言いたい事だけを言い放ち、去っていく姿を呆れながらクリスティーナは見つめる。周囲にいた者はクリスティーナをあざ笑うかのような視線を送り、彼らもその場を後にする。
 一人残されたクリスティーナはぽつりと呟く。

 「大切にされた覚えもありませんのに、背負うものだけが大きいんですわね」

 小さく震えるような声で呟いた言葉はクリスティーナが初めて口にした自身が置かれた立場への不満であった。


*****

 
 「あら…」
 「どうかしましたか?」

 ガゼボでライリーから受け取った弁当箱を開いたクリスティーナは小さく声を上げる。弁当箱の中身はクリスティーナが好む食材が何点か使われていたのだ。
 以前、ライリーには「苦手なものでも食べるのが作法」とは言ったが、当然クリスティーナにも好みがある。だが、それを人前で出すのは無作法だと習ったのだ。
 一体、どうしてライリーはクリスティーナの好みに気付いたのだろうか。
 
 「いえ、その…。どうしてわかりましたの?」
 「ん、あぁ、わかりますよ!」

 ニコニコと笑うライリーだが、クリスティーナには心当たりがない。

 「お好きなものもお嫌いなものもご不満はおっしゃらずに召し上がっていらっしゃいますが、表情がほんの少し違うんです。今日はクリスティーナ様がお好きな食材をたくさん入れてみました!」

 クリスティーナの好みなど家の者も知らない。もちろん、王太子は気付きもしないだろう。
 それだけ、ライリーの前では表情が緩んでいたのだろうかと考えたクリスティーナはその考えをすぐに打ち消す。ただ、身近にいた者達がクリスティーナの心の内など気にしてはいなかったのだ。

 「好きなものがいっぱいだと嬉しいですよね。あ!もちろん、作法としては別ですね、はい」

 焦ったように言う茶色の瞳はくるくると良く動き、その表情はころころと変わる。
 彼女は公爵令嬢としてでもなく、元王太子の婚約者でもなく、クリスティーナ自身を見てくれている。

 「でも、どうせならクリスティーナ様に好きなものを食べて欲しいなーなんて。まぁ、私のわがままなんですけどね…クリスティーナ様?」

 クリスティーナの瞳からポロポロと零れ落ちる涙。 
 それに慌てるライリーだが、クリスティーナは微笑みながら首を振る。
 
 幼いころにばあやの前で流して以来、クリスティーナは初めて人前で涙を流す。公爵令嬢たるもの、その立場を守るためにも人前で弱さを見せてはならない。クリスティーナはずっと毅然と感情を抑えながら生きてきたのだ。
 
 クリスティーナを心配してなのか、慌てながらハンカチを差し出すライリー。この涙が嬉しさと安堵から来るものだと、どうやって説明すればよいのかクリスティーナにはわからず、ただ微笑みながら感謝を口にするのだった。

 

 
 
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