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第二章
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鉄堅は、湯船につかりながら、考えていた。目の前の理想の家族……あんな風にいつか葉月と子供を持って暮らせたら。
だけれど、男性オメガの出産は女性オメガより遥かに危険を伴う。二人の愛の結晶である子供を得る代償がもしも葉月の命ならば……それは望めない。
葉月は身体も小さく、か弱いなんて言ったら怒られるけれど、妊娠の負担はきっと大きいだろう。
安易に……ツガウことばかり考えていたけれど。いつかその命の選択を葉月に迫るということなのだ。ゾッとする。もしも葉月を失うことになったら、そんなのは到底受け入れられない。
そして、葉月も本能的に危険だと解るから、きっとこの隣のママさんに聞いたのだ。貴方が産んだのかと。不安に違いない。不安にさせたのは自分だ。
浮かれていた心に、冷や水を浴びたような気持ちになった。身体を求めるということは、妊娠の可能性があるということで、それは葉月の命を危険にさらすこと。そんな恐ろしいことを、安易に求めていたなんて。
過去の自分を殴り付けたい。葉月を守るために生まれてきたのに。葉月のために生きたいのに。葉月が健やかに生きていてくれるだけで良い筈なのに、多くを求めすぎていた。
隣で、お湯につかる葉月を見つめ、鉄堅はこの失えない人を、危険にさらすわけにはいかないと、思った。
「ママ、もう出たい」
「ん、充分温まったか?じゃぁ後十数えたら出ような」
「うん! いーち、にー」
「鉄堅、俺達も出る? おい、鉄堅?」
ぼぅっと、していた鉄堅を、葉月が揺する。鉄堅は、ハッとして、こくりと頷いた。
「葉月ちゃん充分温まった?」
「うん、俺達も十数えるか?」
「ふふ、懐かしいね、昔一緒にお風呂入った時、葉月ちゃんカラスの行水みたいにすぐ出てくから、お父さんに後五十って言われて、泣きそうになってたね」
幼い頃、葉月の家にお泊まりしたことが一度だけあった。僕は嬉しくて嬉しくて、何もかもを覚えていたくて、その日食べたカレーも、一緒に寝た布団の柄も、何度も絵日記に書いたし、最高に楽しい思い出だった。
「は? いったい何時の話だよ、俺、覚えてないよ、お前、事故で記憶が逆に鮮明に戻りすぎじゃないか?」
「そうかな? 僕は嬉しい、すごく楽しかった思い出だから」
「そう? 俺、やなことお前に言ってばかりじゃなかった? 嫌な気持ちにならない?」
「ならないよ」
眉を下げた葉月が可愛くて、心の底から愛しいと思う。
「きゅーう、じゅ! ママじゅ!」
「はいはい、んじゃ、出るか……じゃぁ、お先に、気をつけて東京に帰りなね」
「はい、ありがとうございます、じゃぁね、バイバイ」
男の子に葉月は、手をふった。男の子は、嬉しそうに手を振り替えし、抱っこされ、運ばれていくなかで、葉月に叫んだ。
「お兄ちゃん、お名前は?」
「葉月だよ、君は?」
「僕はね、光太だよ、またね」
「うん、またね」
きっともう会うことはないのだろうけれど、でもまた会えたら良いなと思った。葉月にとって、初めて会った男性オメガのお子さんだし。
「よし、じゃぁ、五十数えるか!」
「五十? 葉月ちゃん倒れない?」
「大丈夫、俺さ、記憶力弱いけど、絶対今日のことは忘れないからな、十年先で、絶対思い出語ってやる」
もしかして、昔の記憶を忘れてしまったことを申し訳なく思っているのだろうか? そんなの、気にしなくて良いのに。それでも、気にしてくれて嬉しい。
十年先の君の未来に僕が居るんだなと思ったら、涙が出そうになった。
「楽しみだな……十年後またここに泊まりにこようか」
「それ名案!俺達も子供を連れてるかもな」
ほんのり頬を染めて、そう呟く葉月に、目眩がする。咄嗟に計算してしまう。今、十六だから十年後は、二十六歳、三歳の子供がいるとしたら、二十三の時の子供で……二十三は、あと、七年後。
七年後……僕は、どうしているだろうか。葉月とツガイになっているのだろうか、それとも……。
だけれど、男性オメガの出産は女性オメガより遥かに危険を伴う。二人の愛の結晶である子供を得る代償がもしも葉月の命ならば……それは望めない。
葉月は身体も小さく、か弱いなんて言ったら怒られるけれど、妊娠の負担はきっと大きいだろう。
安易に……ツガウことばかり考えていたけれど。いつかその命の選択を葉月に迫るということなのだ。ゾッとする。もしも葉月を失うことになったら、そんなのは到底受け入れられない。
そして、葉月も本能的に危険だと解るから、きっとこの隣のママさんに聞いたのだ。貴方が産んだのかと。不安に違いない。不安にさせたのは自分だ。
浮かれていた心に、冷や水を浴びたような気持ちになった。身体を求めるということは、妊娠の可能性があるということで、それは葉月の命を危険にさらすこと。そんな恐ろしいことを、安易に求めていたなんて。
過去の自分を殴り付けたい。葉月を守るために生まれてきたのに。葉月のために生きたいのに。葉月が健やかに生きていてくれるだけで良い筈なのに、多くを求めすぎていた。
隣で、お湯につかる葉月を見つめ、鉄堅はこの失えない人を、危険にさらすわけにはいかないと、思った。
「ママ、もう出たい」
「ん、充分温まったか?じゃぁ後十数えたら出ような」
「うん! いーち、にー」
「鉄堅、俺達も出る? おい、鉄堅?」
ぼぅっと、していた鉄堅を、葉月が揺する。鉄堅は、ハッとして、こくりと頷いた。
「葉月ちゃん充分温まった?」
「うん、俺達も十数えるか?」
「ふふ、懐かしいね、昔一緒にお風呂入った時、葉月ちゃんカラスの行水みたいにすぐ出てくから、お父さんに後五十って言われて、泣きそうになってたね」
幼い頃、葉月の家にお泊まりしたことが一度だけあった。僕は嬉しくて嬉しくて、何もかもを覚えていたくて、その日食べたカレーも、一緒に寝た布団の柄も、何度も絵日記に書いたし、最高に楽しい思い出だった。
「は? いったい何時の話だよ、俺、覚えてないよ、お前、事故で記憶が逆に鮮明に戻りすぎじゃないか?」
「そうかな? 僕は嬉しい、すごく楽しかった思い出だから」
「そう? 俺、やなことお前に言ってばかりじゃなかった? 嫌な気持ちにならない?」
「ならないよ」
眉を下げた葉月が可愛くて、心の底から愛しいと思う。
「きゅーう、じゅ! ママじゅ!」
「はいはい、んじゃ、出るか……じゃぁ、お先に、気をつけて東京に帰りなね」
「はい、ありがとうございます、じゃぁね、バイバイ」
男の子に葉月は、手をふった。男の子は、嬉しそうに手を振り替えし、抱っこされ、運ばれていくなかで、葉月に叫んだ。
「お兄ちゃん、お名前は?」
「葉月だよ、君は?」
「僕はね、光太だよ、またね」
「うん、またね」
きっともう会うことはないのだろうけれど、でもまた会えたら良いなと思った。葉月にとって、初めて会った男性オメガのお子さんだし。
「よし、じゃぁ、五十数えるか!」
「五十? 葉月ちゃん倒れない?」
「大丈夫、俺さ、記憶力弱いけど、絶対今日のことは忘れないからな、十年先で、絶対思い出語ってやる」
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ほんのり頬を染めて、そう呟く葉月に、目眩がする。咄嗟に計算してしまう。今、十六だから十年後は、二十六歳、三歳の子供がいるとしたら、二十三の時の子供で……二十三は、あと、七年後。
七年後……僕は、どうしているだろうか。葉月とツガイになっているのだろうか、それとも……。
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