胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり

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第一章

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 電車から降りて、夜道をとぽとぽと歩く。そんなに食べなかったのに何故か胃がムカムカした。下腹を撫でながら歩いていると、プンと、何か懐かしい香りがした。

無意識に顔を香りに向ける。

交差点の先に白い姿を見付けて、葉月は目を見開き固まった。信号が変わったら渡ってくる。咄嗟に、細い路地へ入って、真っ暗な細い道を必死で走った。

身体が震え、胃はさっきよりもさらにムカムカが増し、気持ち悪くて、吐きそうになって、真っ暗な路地にしゃがみこんだ。

「うぇっ、うっ、うえぇっ」

胃液が出て、急に目眩が起こって、立ち上がれない。何だこれは、こんなこと今まで無かったのに……と、ハッとする。

もしかして、これは、発情なのだろうか。オメガの発情──実は、葉月は今まで一度も発情したことが、無かった。だから、もしかして自分はオメガじゃないのかもと、そんな願望があって、目を反らしていた事が気付くのを遅くした。

(まずい、こんなところで発情なんかしたら)

ゾッとした、昨今よくニュースなどで問題視される、突発的なオメガのレイプ事件。それは抑制剤を飲まなかったオメガが悪いと責められ命を落とすオメガのニュース。

葉月は抑制剤を持っていなかった。身体が恐怖でかたかたと震え、立ち上がろうとしても、足に力が入らなくて、よろけては、しゃがみ、よろけては、しゃがみを繰り返し、ちっとも進めない。

もと来た道にも戻れず、こんな人気の無い場所で身動きがとれないなんて、怖くて怖くて。ポロポロと涙がでた。

助けて欲しい。

誰かに、誰に? スマホを取り出すのさえ、手が震えてままならない。

この路地の向こう側は、飲み屋街で、酔っぱらいや不良がうろうろしてる。

男のオメガなんて、格好の遊び道具だ。解っていたはずなのに、何度も注意を受けていたはずなのに、強がって、自分はそんな無様なオメガじゃない、そんな風にはならないって、粋がって、この様だ。

路地の向こう側から、酔っぱらいや、ホストの大きな笑い声が聞こえる。

もう夜の9時だ、早く帰らなきゃ、父親が心配する。もしも、誰かに捕まって……何かされたら、隠しとおせる自信がない。心配させたくない、オメガに生まれてきたことをガッカリされたくない、オメガを育てた事を後悔させたくない。

自分なんかどうなったって良いけど……父さんが苦しむのは見たくない。

しかも、自分の迂闊さで。

(助けて、誰か)

ジャリっと、土を踏む音が聞こえた。背後に誰かいる。声をかけ、助けを求めるべきか、それとも立ち去る事を願うべきか。回らない頭で、必死に考えた。


◆◇◆

怖い、どうしよう。背後に居るはずの人は何も話し掛けて来ない。こちらの様子を伺っているのか、もしくは、目の前の獲物をどういたぶるか考えているのか。

カタカタと震える身体では、戦えない。先の尖った傘すら持っていない。

あぁ、俺はなんて馬鹿だったんだろう。子供の鉄堅でさえ、危険を感じて必死で傘や武器を持っていたのに。

道に落ちていた小石を拾うくらいしか出来ない。こんなもの投げたって、何にもならないのに。すがるように石を集めた。

何かされそうになったら、投げる、それしか頭に無かった。

ジャリと、足音が近づく。

プンと、また懐かしい香りを感じた。ハッとする。もしかして、後ろに居るのは。

ごくりと、唾を飲み込んだ。

ジャリとまた足音が近づく。

「く、来るな」

葉月がそう叫ぶと、足音はピタリと止まった。それで解ってしまった。

自分の言うことを、無条件で聞く人間は1人しか知らない。最も会いたくなくて、かつて最も助けてくれた人。

そして、今は俺に関心の無くなったアルファ。

俺が遠ざけたアルファ。

頭がくらくらする。目が回る、駄目だこんなところで気を失ったらと思うのに、ズキズキと痛む頭を押さえて、瞳を閉じたらもう開けられなかった。

「たす……け」
「葉月ちゃん!!」

意識を失う寸前に、白い腕に抱き止められたのが解った。

こいつに、発情した身体を預けて無事で済むのか、でも、もし、俺の事をまだしつこく好きだというなら……。

かくりと、気を失ってしまった葉月を抱き止めて、鉄堅は、葉月が掴んでいた小石を、葉月の手から丁寧に取り去った。その手が少しでも傷付かない様に細心の注意を払いながら。

そして、葉月の力の抜けた、ぐったりととした身体を抱き上げ、飲み屋街から離れる為に、細い路地を出て、葉月の家へ向かった。

すれ違う人が興味深げに自分達を見たけれど、鉄堅は、鋭い眼光で喋りかけるのを許さなかった。

今の葉月を誰にも見せたくなかった。

早く安全な場所に、一刻も早く連れ去って隠したかった。月明かりなど要らないから、この人を少しでも隠して欲しいと切に願った。

誰にも見られなければ、きっと自分も見なくて済む。

嫌がられると解っていて、見つめるのは辛かった。でも、目立つから。葉月はいつも、まるでスポットライトが1人だけ当たってるみたいに目立つから、心配だった。

少しでも目を離したら、誰かに連れさらわれしまうのじゃないかと怖かった。

必要とされていないと知っていたけど、自分にとっては誰よりも必要だったから。

嫌われても、避けられても、そばに居たかった。

鉄堅は、ただ静かに、腕に抱いた人を守るように歩いた。こんなにそばに居られるのは今だけだと解っているけれど、それでも偶然居合わせたことを神に感謝した。少しでも役にたてて良かった。

高校生になった葉月は、前よりも更に美しくなっていて、自分の知らない所で、花開いていくその姿に寂しい気持ちになったけれど、仕方がない事だと思った。

自分は選ばれなかった。怖がらせるだけで、拒絶されるだけで、求められた事なんか1度も無かったのだから。

一方的に押し付けられる想いはさぞかし気味が悪かっただろう。

「ごめんね、葉月ちゃん、もう追いかけたりしないから……今日だけ許してね」

今日だけ、触れることを許して欲しい。何もしないから。少しだけ胸に抱く喜びを味あわせて欲しい。意識がなくていいから、覚えてなくていいから、どうか、嫌がらないで欲しい。

嫌われたくない。もう嫌われているのは知っているけれど。これ以上少しも、嫌わないで欲しい。

ごめんねと、呟く。勝手に触ってごめんね。










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