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私は確かにあの時、殺されたはずだ。
腹に穴が開き、どくどくと流れていく血液。
痛みに悶え苦しみながら意識が薄れていく。
ゆっくりと命の灯火が消えていくのを感じる中、鉄の匂いが充満し、真っ赤な血溜まりに倒れ伏している自分が最後に目に映したものは、温かみなんてこれっぽっちもない、血と同じように真っ赤な、冷たい瞳だった。
泉地 零は高校三年の始業式、桜並木を双子の弟、霞と歩きながら春休みが終わる事へ憂鬱を愚痴ったあと、昨夜、漸く終わる事の出来たミステリー風乙女ゲーム『朱殷の瞳』の話を熱弁していた。
霞は零の影響からか男とは言え、恋愛シミュレーションゲームは好きだ。
彼女がプレイし終わった『朱殷の瞳』ももともとは霞が販売当日に購入し、早々に攻略を終えて零に貸していた。
中々、読み応えのあるシナリオにどっぷりはまり込んだ零だが、攻略対象者達への好感度が全然上がらないと涙目で訴えて霞がネタバレをしないようにアドバイスをどうすればいいのか考えなければならず困らせたのは一度や二度の話ではない。
しかし、漸く、全対象者を攻略し、全てのシナリオ、全てのスチルを回収した今、余す事なくこのゲームの良さを話せると霞も嬉しく思っていた。
「スプラッタなシーンが出た時は本当にこれ乙女ゲー?って疑っちゃったけど中々やりごたえあって面白かった!霞がオススメしてきただけあってめっちゃ良質なゲームだった」
「だろー。零が進めんの遅いせいでこの情熱をどこにぶつけていいのかモヤモヤしてたけどようやく!ようやく語れるのが本当に嬉しい!!」
仲睦まじく語り合う二人の表情は笑顔を通り越してにやけている。ぐっと拳を胸に掲げて、零が口を開こうとした時、キィィッと嫌なブレーキ音が聞こえた。
道路を走っていたはずの大型トラックが零と霞に向かって突っ込んできている。零は咄嗟に霞を突き飛ばした。
霞がどうなったか、わからないまま痛みさえ感じる暇もなく零はトラックの下敷きになり、その命に幕を下ろしたのだった。
目を開けたら血溜まりの中にいた。
充満する鉄の匂いが気持ち悪くて、吐き気がする。起き上がりたくても叶わなくて、それどころか腹部がどくどく音を立てて痛む。軽い痛みなんてものじゃない。死にそうな痛みだ。
意識が遠退くを感じて、ああ、また死ぬのかと心の中で一人呟いて、かろうじて動く目で周りを見た。
覚えているのは一つだけ、冷たく×××を見下ろす朱殷の瞳。
この光景、何処かで見た気がする。
そこで意識は途絶えた。
「うわぁぁあぁぁぁぁ!!」
凄惨すぎる夢を見たせいで悲鳴をあげて飛び起きた。冷や汗で髪が顔や首周りに纏わりついて気持ち悪い。
「ん?」
果たして自分の髪はこんなにも長かっただろうか。そしてこんなにも高級そうなふかふかのベッドが自分の寝床だっただろうか。
答えは否だ。
こんな背中の真ん中まで髪はなかったはずだ。動き重視で常にショートカットだった。そして寝る時は布団だったはずだ。
では、此処は何処だ。
ゆっくりベッドが出て鏡に向かう。自分の部屋だとは思えないのに身体が何処に何があるのか覚えている。
鏡を見て驚愕した。
キラキラと輝き、光が透けて通るような美しい白銀のストレートヘア。アーモンド状の大きなターコイズブルーの瞳、桜の花弁のような薄桃色の艶やかな唇。全てのパーツが整っており、美しい。儚げな姿はさぞ庇護欲を掻き立てられる事だろう。
ただ、今は外見の事などはどうでもよかった。
(これは、私じゃない)
そして、全てを思い出す。夢での出来事も。そして自分の前世がトラックで轢かれてその生涯を遂げてしまった事も。
「私は、泉地零だ……そんで今は『朱殷の瞳』の被害者、アビゲイル・ミッチェルだ……」
せっかく転生した先がこんな理不尽な話はない。
零、否、アビゲイル・ミッチェルは頭を抱えながら状況を整理する。
アビゲイル・ミッチェル。『朱殷の瞳』で主人公の唯一の親友にしてどのルートでも必ず殺害されてしまう不運な最初の被害者である。
『朱殷の瞳』はミステリーと恋愛、そして異能を掛け合わせたゲームである。この世界では大抵の貴族が異能力者である。異能力を持つ者は瞳が赤く輝くのだが、ミッチェル公爵家は例外であり、女性は治癒能力、男性は夢見の力を持つ。この家系に産まれる者は例外なく碧く瞳が輝く。類稀なる能力のため国王直々に庇護化に置かれており、有事の際のみ能力の使用を許可されているのだ。
アビゲイルはミッチェル公爵家の一人娘である。箱入り娘で人見知り、だが誰よりも優しく聡明な令嬢だ。
ヒロインであるクローチェは平民の子でありながら異能力を持っていた。異能力者は己の力を制御する術として必ず異能力研究所の生徒として入学しなければならないのだが、そこには貴族しかいないため、望まぬ形でクローチェは男爵家の養子にされてしまう。
自分に異能があるために大好きな家族と無理矢理、引き離されて荒んだ心に異能は応え、クローチェは研究所で破壊の限りを尽くし捕縛され監禁。数日間、続く折檻にも耐え続けてはいるものの誰も信じられない。そんなクローチェを優しく諭したのがアビゲイルだ。
(このゲーム、ヒロイン脳筋で最初は百合かと思ったし、なによりアビゲイルが聖女のような女の子でヒロイン逆じゃない?って思ったくらいなんだよね)
ゲームのあらすじを思い出しつつ、零──アビゲイルは腕を組みながら険しい顔をしてベッドに寝転がる。
(……霞は、どうなったんだろう)
このゲームを勧めてくれた双子の弟は無事なのだろうか。トラックに轢かれる瞬間、咄嗟に霞の事を庇った零は死んで生まれ変わっても尚、彼の事が気がかりだった。
(無事だといいな)
願わくば、幸せになってほしい。
そんな事を思いながら目を閉じるとドアがノックされて驚いて飛び上がってしまう。
転生してアビゲイルとしての記憶はもちろん残ってはいるが中身は零となってしまった今、上手く繕える自信がない。
このまま返事をせず、寝たフリをしよう。基本的には返事がなければドアが開く事はないだろう。
そんな事を思っていたのに、ドアはアビゲイルの気持ちを無視してゆっくりと開いていく。
(嘘でしょ!?返事してないんだけど!!)
入ってきたのは知らない少年で、アビゲイルとは真逆の月の光を映したかのような美しい金髪にラピスラズリような深い瑠璃色の瞳を持つ子だった。
(綺麗な子……)
そう思った瞬間だった。
突如、脳裏にこの男の子とアビゲイルが親しくしている様子が次々に映し出され、ズキズキと頭が痛み出し堪らずアビゲイルは呻いた。その様子に彼はゆっくり近づいてアビゲイルの手に自分の手を重ねる。
顔を上げれば心配そうにアビゲイルを伺う表情が、アビゲイルの──零の知っている表情に重なって見え、琴線に触れた。気付けばポロポロと涙を零し、目の前の男の子の本当の名前を口にしていた。
「霞……?」
男の子は困ったように微笑んで答えた。
「泣き虫なのは変わんないね、零」
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