全ルートで死ぬはずの公爵令嬢に転生したら、いないはずの双子の弟がいるんだけど!?

のち

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エヴァレット

 数ヶ月前のこと──


 エヴァレットは机の上の書類を指で弾いた。
 はあ、と息をつき、眉間には深い溝ができており、目頭をぐっと指で押さえる様は彼の心労が伺える。
 手持ちの書類には公爵夫人の名前こそないものの、彼女が裏で何らかの取引をしている事にはエヴァレットには確信があった。
 ただ、証拠だけが掴めない。

 ──キャロラインが何かを企んでいる。

 エヴァレットの妻、キャロライン・フォン・オルコット。
 王宮でも優雅で聡明な貴婦人として知られ、誰もが「理想の公爵夫人」と称える。
 だが、その裏には、冷酷で計算高い一面があった。
 目的のためなら手段を選ばず、邪魔者は容赦なく排除する──それがキャロラインという女だ。
 あの時から──そう、自分があの美しい侍女を愛するようになってからキャロラインは変わってしまい、裏で何かをするようになった。
 彼女が何かをしている。
 それは理解っている。
 だが、エヴァレット自身が動けば、キャロラインはさらに巧妙に隠れる。
 だからこそ、彼は些か不服ではあったが同じ家格であり、異能研究所では後輩であったセシルに依頼した。
 我が家の恥をセシルに知られるのは問題ではあったが、彼以上に優秀な人間をエヴァレットは知らない。

「エヴァレット、お前の勘は正しかったようだな」

 書類を手にしたまま、セシルが低く呟く。
 いつの間に、宰相室へ入室していたのだろうか。エヴァレットが視線を向けると、セシルは宰相室の中央、重厚な執務机の正面の来客のための応対用ソファに座っていた。

「セシル……」

 咎めるような声音にセシルは気にする様子もない。

「ノックはしたぞ。カーティスが開けてくれたんだ」
「そのカーティスはどこへ行った」
「他部署へ報告があるからと出て行った。賢い子だな、空気を読んでくれたらしい」

 カーティスはエヴァレットとキャロラインの息子であり、オルコット家の正嫡だ。
 自分の子とは思えないほど賢く、優しい子に育っている。今はエヴァレットの跡を継ぐため、宰相見習い業と領地経営について学ばせている。
 実家に中々帰してやれないのが申し訳ないところだが、キャロラインが何をしているのかわからない以上、カーティスにも実害が及ぶ可能性があるため王宮の此処、宰相室に留めておくのが最良だった。

「さて、本題に入っていいかエヴァレット?」
「ああ、すまないが頼む」
「キャロラインはならず者と取引している。平民故に足がつかないかと思ったようだが、浅はかだな。あと、それに加えて──クレアの情報も手に入れた」

 エヴァレットの指が止まる。

 クレア。

 ルネの母であり、エヴァレットが最も愛した女性。
 自分の勝手で彼女を愛してしまい、一夜の過ちを起こしてしまった。どうしても手に入れたくて、手元に置いていたかったのに彼女は突然消えたのだ。手元から零れ落ちる砂ように。
 やっと見つけた時にはルネを出産していた。
 愛人として、庶子として、招き入れると言っても彼女は頑なに首を縦には振ってくれなかった。
 それでもエヴァレットは彼女とルネを守るつもりだった。
 だが、彼が宰相としての職務に追われている間に、再びクレアは忽然と姿を消した。
 どれだけ手を尽くしても行方は掴めず、唯一わかったのは 「キャロラインが裏で何かをしたのでは?」 という確証もなあた疑念だけだった。
 それからどれほどの時間が経っただろうか。

「……クレアはどこに?」
「王都の外れにある借家に。彼女がしばらく暮らしていた形跡があった」

 エヴァレットの表情がわずかに変わり、間髪入れずに立ち上がる。

「すぐに向かう」
「悪いがそれはできない」

 セシルの顔は能面のようで、付き合いの長いエヴァレットはその表情ですぐに察した。
 熱く滾る感情が喉の奥に絡みつき、呼吸すら浅くなる。だが、それを表に出すことは許されない。
 震える瞼を強く閉じ、唇を噛み締める。爪が掌に食い込むほど拳を握りしめても、この感情は決して消えてはくれない。

それでも、涙は落ちる。

 頬を伝うことすら拒むように、睫毛の先で必死に留まるが、やがて重みに耐えきれず、静かに零れ落ちた。
 それは嗚咽もなく、ただ静かに、音もなく。まるで、胸の奥で燃え盛る激情が、唯一外へと溢れ出す逃げ道を見つけたかのように。
 涙の温度だけが、押し殺した想いの強さを物語っていた。

「すまない」

 セシルが頭を下げる。
 誠実な男だ。
 生意気でいつも口答えばかりで研究所にいた時はこんな奴と共にこの国を支えなければならないのかと辟易していた。だが、彼に恥を晒して頭を下げ、我が家の実情の調査を頼んだ時、笑うわけでもバカにするわけでもなく、わかったと一つ返事で答えてくれた。
 この結果にセシル自身、もっと早く調べられていればと苦悩を抱いているのだろう。
 セシルが悪いわけではないのに。
 悪いのは全て、自分勝手な己である。クレアを勝手に愛し、キャロラインの狂気に気づかず、いや、見て見ぬフリをしていたのかもしれない。もし、しっかり向き合っていたら、クレアはまだ生きていたかものに。

「エヴァレット」
「……」
「ルネは、生きている」

 涙で濡れている己の顔は大層間抜け顔だろう。

(セシルは嘘をつく人間ではない。だとしたら、本当に)

 違う意味での涙が今度は頬を伝った。

 ルネが、生きている──

 それだけでエヴァレットの胸の奥が熱くなるのを感じていく。
 クレアが最後に残してくれたもの。
 今度は取り溢したくない。
 ルネは絶対に守りたい。

「ルネは、ルネは今どこに……」
「……恐らく、オルコット公爵家だろう」
「あいつは、キャロラインは何をしようとしているんだ!?」
「エヴァレット、落ち着け」

 セシルに宥められ、エヴァレットは深呼吸をし、目を閉じると、心を静めようと努めた。
 キャロライン。
 彼女が何をしているのか、どれだけ裏で手を回しているのか、それを理解することは難しい。だが、今こそそれを知る必要がある。
 そして、ルネ。彼を守るためには何をしてでも立ち向かわなければならない。

「キャロラインがオルコット公爵家で何を画策しているか、私には分からない。ただ、ルネを使い何かをしようとしているのは、確かだろう。そのならず者の言うことが正しければ、ルネは今オルコット公爵家の地下牢に閉じ込められているらしい」
「あんな、人権もへったくりもないところにか」
「ああ。自身が閉じ込めたと本人が言っている。得意げにな。キャロラインはまだルネとは会っていないようだ」
「ならばすぐにルネを……!」
「いや、今お前が動けばキャロラインの犯罪は有耶無耶になる。公爵家の汚点ではあるがその高貴な血が利用されかねないだから庶子を保護したと言われたら手出しは出来なくなってしまう。エヴァレット、お前には辛いだろうがキャロラインを泳がせる必要がある」
「だが……!」
「考えてみろ。手際が良すぎないと思わないか?自宅で急死したクレア、その後すぐに拉致をされたルネ──」
「ま、まさか……」
「これはあくまで仮定だ。だが、可能性としてはあるだろう」

 セシルが暗には言わないが、キャロラインがクレアを殺害したと言いたいのだろう。
 だとしたら、とんでもない事である。
 この国は平民であろうが貴族であろうが殺害は重罪である。そのリスクを冒してまで、キャロラインはクレアを殺したというのか。

「杞憂ならいいが、証拠がほしい」

 エヴァレットは拳を握りしめた。
 ルネを助けたい。今すぐにでも、あの家から連れ出し、二度とキャロラインの手が届かない場所へと守り抜きたい。
 だが、それと同じくらい——いや、それ以上に、クレアが亡くなった真相を知りたかった。

「……ルネは俺が助ける。しかし、同時にクレアの死の真相を突き止める」

 低く、押し殺した声で言う。
 セシルはじっとエヴァレットを見つめた後、わずかに目を細めた。

「……つまり、キャロラインを泳がせるということか?」

 エヴァレットはゆっくりと頷く。

「今すぐルネを救い出すのは簡単だ。だが、そうすればキャロラインはさらに警戒し、すべての証拠を闇に葬るだろう」

 唇を噛み締め、深く息を吐く。

「俺は……父親としてルネを守らねばならない。だが、宰相として、あの女の罪を暴く責任もある」
「……合理的な判断だな」

 セシルはそう言いながらも、どこか感心したような表情を浮かべる。

「お前がすぐに飛び出して行くと思っていたが……意外と冷静じゃないか」
「冷静でいられるものか」

 エヴァレットは苦笑し、額を押さえる。

「今すぐにでもキャロラインを引きずり出してやりたい。だが、それではダメなんだ。彼女を裁くには、確かな証拠がいる。そして、クレアがなぜ命を落としたのか、その答えも」
「……そうだな」

 セシルは腕を組み、少し考え込む。

「ならば俺は、証拠を集める。お前は宰相として、普段通り振る舞え。キャロラインに疑われないようにな」
「……頼む、セシル」

 二人は無言で頷き合った。

 ルネを救うために、キャロラインの罪を暴くために——。

 エヴァレットは、今はまだ、耐えなければならない。
 そうして、彼は決意した。
 キャロラインを、泳がせることを。
 だが、それは決して彼女を許すということではない。
 いずれ必ず、彼女を追い詰め、すべてを終わらせる——その時が来るまでは。
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