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第一章 出会い編
第9話 透明人間達と知られずの魔法使い令嬢〜魔法と心〜
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そうして歩くこと20分程。
ようやく街に到着した三人。
レイランドルフの名を冠する領地内の街・レント街へ。
立ち並ぶ商店や八百屋、精肉店は夕食前の買い出し客などで賑わっているこの時間帯は、人混みに紛れるのにちょうど良い。しかしやはりルードら二人が見つからないことに関係しているのか、領民ではない人間が多く人混みに紛れている。おそらく秘密裏に捜索しているのだろう。
一先ず商店街を通り抜け、小さな噴水や花壇のある公園にたどり着く。
規模も小さく木に囲まれたこの公園は密かに穴場なのだ。休日ならいざ知らず、平日のこんな時間帯では人っ子一人見かける心配はない。
中に入り、公園奥に設置された木製のベンチに二人座るよう促すと。
『パン!!』
と二人の前で両手を打ち鳴らした。
「お疲れ様でした!もう話しても大丈夫ですよ」
と、声をかけた。
道中ずっと強張って固まっていた二人の表情にようやく温度が戻るのを捉えたシェイラは、知らず緊張していた自身の肩の力を抜いた。
「…なぁ」
「はい、なんでしょうルード様?」
「聞いていいか、さっきのは魔法、だろう?」
「ええ、そうですね」
「何故俺たちの前で使った?」
「……。」
聞かれるとは思っていた。あの時シェイラは、屋敷に出る際のおまじないです、と告げて自身を含めた三人全員に『気づかず』の魔法をかけたのだから。
ただ単に、存在を気づきにくくすると言った呪い札は現実に存在するが、それはあくまで気づき難くするだけ。
視認されようが横切ろうが存在にまるで気付かれない。そんな事を可能にするのは、魔法しかないからだ。
一領民や平民、はたまた貴族であったとしても知らぬものの多い魔法は、使い手のあまりの少なさに今や唯の伝承や御伽噺の中だけのものだと思っている人間がほとんど。
しかし各国の王族や皇族、また、それに近しい者がその存在を知らない筈がないのだ。何故ならほとんどの主たる大国をまとめ上げる王自身やその側に、魔法の使い手が存在してきたのだから。
魔法使いに血脈は関係がなく、突発的に現れるのが使い手が少ない理由でありまた、その数の少なさゆえに、どの国でも喉から手が出るほどに求められている。
だからこそ何故シェイラが他国の、それも皇帝に近しい者だと公言した自分達に魔法を見せたのか。知れば十中八九、上司であり仕える主人である皇帝に知らせなければならないことも、この頭の回転の良い令嬢が思い至らない筈がないのに、何故、と。
“気紛れですわ”
そう告げてごまかそうとしたシェイラはしかし、言葉に詰まった。
少し俯き、
言葉を探すように小さな口を開閉する事数度。漸く二人に向き直るためにあげた顔は。
「誰かに‥知って欲しかったのかも知れません」
泣き笑い。そんな言葉がぴったりの脆さを含んだものだった。
サァァァ……と辺りを風が通り抜け、シェイラのボサボサの前髪がふわりと浮き上がり、その潤んだオッドアイとこの造形、表情がルードら二人に一瞬さらけ出された。
ヒュッ、と小さく息を呑む音が響いたがシェイラは気付かない。
「何を、知って欲しかったのだ?」
ルードが問う。それが殊更優しく響いたからだろうか。
気づけばシェイラは、話すつもりのなかった、森の中でも誤魔化し遠ざけた自身の『諸事情』を口に出していた。
「母が死に王都で職務に励む父とは顔を合わせることもなく。母亡き後家に入った面識のなかった後妻と連れ子の妹に持っていたものを全て取り上げられて、使用人のごとく生活すること9年。
かつての使用人は全て解雇され、身なりを整えることも許されず、新たにやってきた使用人や屋敷を訪れた商人、貴族に『出涸らし』と蔑まれてなお。あの家に留まり続けるのは、母の言葉とレイランドルフ伯爵家としての誇りが私を支えている唯その一点の理由のみです。
どのような立場になろうとも
死にたくなる位苦しくとも
飢えを感じるほどに空腹を感じようとも。
私は。シェイラ・レイランドルフは私として精一杯生き抜く。それが母との約束であり私が私として在れる唯一。
…ですが……」
またも詰まった私を目の前に立つ銀髪の美丈夫が優しく促す。
ああ………。
「だが……?何だ、この際言ってしまシェイラ。己の内に溜め込もうとするな、それではいつか壊れてしまう。言っても言わなくても変わらない事柄があるように、言えば何かが変わるかも知れない。変わらなくても吐き出せば少しはスッキリする。それならば偶には言いたいことを思いっきり誰かに言ってみるのもアリだろう?」
ほら、ここに今日お前に助けられた森の迷子が二人もいる
ニヤリと悪ガキのように笑んで軽口を叩くように告げたれたルードの表情が、言葉が何故。
(……ああ、もう駄目、ね)
「私は………。一人でいることに。父と会えないことに、頼る相手のいないことに。魔法が使えることを隠して生きることに。
色々と、本当に色々と疲れてしまっていたん、で、しょう……っ」
せっかく堪えていたのに。これでは台無しだ。
次から次へと知らず目から溢れる涙をルードが長い指で拭う。
思わず目を閉じたシェイラの唇が、柔らかい何かに、包まれた。
「…っん?」
驚き目を開くと、銀髪の美丈夫が目を細めてシェイラの眼差しと唇を捉えていた。
そうして歩くこと20分程。
ようやく街に到着した三人。
レイランドルフの名を冠する領地内の街・レント街へ。
立ち並ぶ商店や八百屋、精肉店は夕食前の買い出し客などで賑わっているこの時間帯は、人混みに紛れるのにちょうど良い。しかしやはりルードら二人が見つからないことに関係しているのか、領民ではない人間が多く人混みに紛れている。おそらく秘密裏に捜索しているのだろう。
一先ず商店街を通り抜け、小さな噴水や花壇のある公園にたどり着く。
規模も小さく木に囲まれたこの公園は密かに穴場なのだ。休日ならいざ知らず、平日のこんな時間帯では人っ子一人見かける心配はない。
中に入り、公園奥に設置された木製のベンチに二人座るよう促すと。
『パン!!』
と二人の前で両手を打ち鳴らした。
「お疲れ様でした!もう話しても大丈夫ですよ」
と、声をかけた。
道中ずっと強張って固まっていた二人の表情にようやく温度が戻るのを捉えたシェイラは、知らず緊張していた自身の肩の力を抜いた。
「…なぁ」
「はい、なんでしょうルード様?」
「聞いていいか、さっきのは魔法、だろう?」
「ええ、そうですね」
「何故俺たちの前で使った?」
「……。」
聞かれるとは思っていた。あの時シェイラは、屋敷に出る際のおまじないです、と告げて自身を含めた三人全員に『気づかず』の魔法をかけたのだから。
ただ単に、存在を気づきにくくすると言った呪い札は現実に存在するが、それはあくまで気づき難くするだけ。
視認されようが横切ろうが存在にまるで気付かれない。そんな事を可能にするのは、魔法しかないからだ。
一領民や平民、はたまた貴族であったとしても知らぬものの多い魔法は、使い手のあまりの少なさに今や唯の伝承や御伽噺の中だけのものだと思っている人間がほとんど。
しかし各国の王族や皇族、また、それに近しい者がその存在を知らない筈がないのだ。何故ならほとんどの主たる大国をまとめ上げる王自身やその側に、魔法の使い手が存在してきたのだから。
魔法使いに血脈は関係がなく、突発的に現れるのが使い手が少ない理由でありまた、その数の少なさゆえに、どの国でも喉から手が出るほどに求められている。
だからこそ何故シェイラが他国の、それも皇帝に近しい者だと公言した自分達に魔法を見せたのか。知れば十中八九、上司であり仕える主人である皇帝に知らせなければならないことも、この頭の回転の良い令嬢が思い至らない筈がないのに、何故、と。
“気紛れですわ”
そう告げてごまかそうとしたシェイラはしかし、言葉に詰まった。
少し俯き、
言葉を探すように小さな口を開閉する事数度。漸く二人に向き直るためにあげた顔は。
「誰かに‥知って欲しかったのかも知れません」
泣き笑い。そんな言葉がぴったりの脆さを含んだものだった。
サァァァ……と辺りを風が通り抜け、シェイラのボサボサの前髪がふわりと浮き上がり、その潤んだオッドアイとこの造形、表情がルードら二人に一瞬さらけ出された。
ヒュッ、と小さく息を呑む音が響いたがシェイラは気付かない。
「何を、知って欲しかったのだ?」
ルードが問う。それが殊更優しく響いたからだろうか。
気づけばシェイラは、話すつもりのなかった、森の中でも誤魔化し遠ざけた自身の『諸事情』を口に出していた。
「母が死に王都で職務に励む父とは顔を合わせることもなく。母亡き後家に入った面識のなかった後妻と連れ子の妹に持っていたものを全て取り上げられて、使用人のごとく生活すること9年。
かつての使用人は全て解雇され、身なりを整えることも許されず、新たにやってきた使用人や屋敷を訪れた商人、貴族に『出涸らし』と蔑まれてなお。あの家に留まり続けるのは、母の言葉とレイランドルフ伯爵家としての誇りが私を支えている唯その一点の理由のみです。
どのような立場になろうとも
死にたくなる位苦しくとも
飢えを感じるほどに空腹を感じようとも。
私は。シェイラ・レイランドルフは私として精一杯生き抜く。それが母との約束であり私が私として在れる唯一。
…ですが……」
またも詰まった私を目の前に立つ銀髪の美丈夫が優しく促す。
ああ………。
「だが……?何だ、この際言ってしまシェイラ。己の内に溜め込もうとするな、それではいつか壊れてしまう。言っても言わなくても変わらない事柄があるように、言えば何かが変わるかも知れない。変わらなくても吐き出せば少しはスッキリする。それならば偶には言いたいことを思いっきり誰かに言ってみるのもアリだろう?」
ほら、ここに今日お前に助けられた森の迷子が二人もいる
ニヤリと悪ガキのように笑んで軽口を叩くように告げたれたルードの表情が、言葉が何故。
(……ああ、もう駄目、ね)
「私は………。一人でいることに。父と会えないことに、頼る相手のいないことに。魔法が使えることを隠して生きることに。
色々と、本当に色々と疲れてしまっていたん、で、しょう……っ」
せっかく堪えていたのに。これでは台無しだ。
次から次へと知らず目から溢れる涙をルードが長い指で拭う。
思わず目を閉じたシェイラの唇が、柔らかい何かに、包まれた。
「…っん?」
驚き目を開くと、銀髪の美丈夫が目を細めてシェイラの眼差しと唇を捉えていた。
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