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第二章 帝国編
第29話 翠髪の男③
しおりを挟む【全く……!突然我に襲いかかってくるなど、なんという獰猛な娘御じゃ…。
まぁ物理攻撃をされたところで当たりはせんがな】
ふふん!!と得意げに語りながらモリーの暴挙を詰るオーギュスト。
モリー怒りの回し蹴りが空を切り、体制を整えシェイラを彼から引き離し、
間髪入れず次なる攻撃を仕掛けようと身を屈めたモリーを必死に止めた身としては
もう少し殊勝な態度を心がけて欲しいものだ、と
椅子に腰を下ろして疲労しきった身体を休める。
シェイラから彼について大まかな説明を受けたモリーは
すっかりいつもの調子を取り戻して優雅に私とオーギュストに紅茶を入れている。
それも少し冷めてしまったからと、
先ほどのものとは別に新しく用意した上に茶菓子まで。
当初、しがみつくようにして自分を止めるシェイラに
険しい顔を崩すことが出来なかったモリーであるが、
オーギュストがシェイラのある意味恩人であり亡き母の友であることを告げるにつれ、
みるみる態度を軟化させていった。
それどころか精霊王であるという、
普通であれば信じ難い存在を前に平然と簡素な謝罪を済ませると。
只今美味なる甘味と茶をご用意致しますと
彼の分を加えたお茶と茶菓子を素早く用意してきたのだった。
順応力が高いにも程がある。
『それにつきましては先ほど謝罪をしたではありませんか。
ー…こちらのクッキーも如何ですか』
【口の減らぬ娘御め…うむ、貰おう】
(うむ、じゃありませんわ…)
のほほんとティータイムに勤しむオーギュストと給仕に励むモリー。
彼の知り合いは自分で、モリーが世話を任された対象も自分の筈なのに
この疎外感は一体……と隣で静かに紅茶に口をつけていれば。
その拗ねた様子を見て目を細めたオーギュストが徐に私の頭を撫でた。
【どうした小娘?元気がないではないか、ん?】
『……誰のせいで疲れていると……。
それから私にはシェイラという両親がつけてくれた名前があります!』
【ふぅむ…。
人間というのは呼び方などという些細なことを気にするものなのだな】
『おーちゃん様と呼んで差し上げましょうか(どの口が言いますか)』
【うむシェイラだな、分かった!
これからはそう呼ぶことにしようではないか!!】
自分が呼び方に一番敏感なくせに……と言い返せば、
見事な掌返しでシェイラの名をしっかりと呼ぶことを了承して頭を撫でる力を強くした。
すでにソフトなよしよしからワシワシ!!に変化しており、
私の髪は鳥の巣と化している。
抗議の声を上げようとした直前となって、
参加者の聴取を終えたルードが部屋へと戻ってきたのである。
そして現在ー…。
相も変わらず冷静にルードの分の紅茶を用意するモリー。
これまた平然と茶と茶菓子を飲み食いして顔を緩ませるオーギュスト。
興味津々にオーギュストを背後から覗き込もうとしているガド。
モリーに茶を淹れてもらいながら渋面をやめないルード。
そして
次から次へと進行・発生する事態の数々に、
疲労困憊で椅子の背もたれにぐったりと寄りかかるシェイラ。
皇帝の居室はこの時、
類を見ぬほどの混沌に包まれていた。
………………………………………………………………………………
side:ルード
…………気に入らない。
本当に、気に入らない。
何が気に入らないかって?決まっている!!
今現在も尚俺の視界にシェイラと同枠内に映っている翠髪の男。
シェイラから話を聞いた今となっても存在を許容したくない理由が二つほど。
一つ。
シェイラが彼を人生における恩人であると言ったこと。
これはまぁまだ許せなくもないが。
二つ。
……いきなり姿を現した分際で、
やたらシェイラと親しげな様子を俺に見せつけてくること。
こちらが8、いや9割気に入らない理由だ。
部屋に入ったばかりの時にはまだ偶々頭を撫でていただけ、と百歩譲っていってもいいが。
この年齢不詳の人外野郎は
自分がシェイラに触れたり親しげにする度に俺が不機嫌になることを学習すると、
彼女に見えない角度でこちらににやけた笑いを見せてあからさまに彼女との接触を増やすのだ。
現に今もー…
【おいシェイラ、これを食ろうてみぃ!
甘くて美味じゃぞ?】
『え、ええ。ありがとうございますオーギュスト様…。
ですが生憎とあまりお腹は空いていないもので……』
【何、それはいかんぞ!
人間というのは物を食さんと死んでしまう生き物なのじゃろ?
どれ、ここは一つ我が直々に手ずから食わせてやろうぞ(ほれアーン)】
『ええ!?ちょっ、あの……(パクリ、もぐもぐ)
あふぃふぁふぉうふぉふぁいまふ、おいひぃれす(赤面)』
【ふふふ、そうか美味か!!(ちらり)
それは良かったのぅ(ドヤァ)♪】+頭撫で撫で
(ぐっ……精霊王め!好き勝手しやがって!!)
言葉は完全に爺の癖に!シェイラは俺のだぞ!?と独占欲に満ち満ちた台詞を
声を大にして叩きつけてやりたいものの、
仮にも人生の恩人とシェイラが慕っているようなのでそれも憚られる。
それにそれではあまりにルードに余裕がないみたいではないか。
(くそっ!!……俺だってシェイラとイチャイチャしたいっていうのに……)
好きな女の前で余裕を見せたいのも格好をつけたいのも、
皇帝もそこらの男と変わらないのである。
特に今は、心身ともに余裕がないのを
こんなことをして俺を揶揄わずともお見通しの様子なのが余計腹が立つのだ。
故にテーブルの下で行儀が悪い事は承知の上で、
苛々と小刻みな足踏みがやめられない。
そんな俺の様子をニヤついて見ている近衛がいることも
腹立ちを加速させる要因の一つである事は確かだ。
ふぅぅぅ……と聞こえよがしにため息をつく。
ぴくりと反応してこちらを向くシェイラと、
シェイラの興味が逸れて憮然とした面持ちとなった美麗な精霊王の様子に少しだけ、
本当に少しだけ気分を回復させることに成功すると、
嫉妬にまみれた視線から真剣なものへと変えた。
『さて、シェイラ。
精霊王・オーギュスト殿の話は先程してもらったから
彼については特にいう事は俺にはない。
彼は俺の友人ではなく君の守護者らしいからな』
【む、守護者ではないぞ加護を授けし者と言え!
そこの……ルードとかいうシェイラのつがいめ】
『つ、つつつ番ぃぃ!!?』
【違うのか?主に接する度にやおら独占欲に満ちた視線を送ってくるでなぁ。
てっきり主の番かと…】
番ー…つまり獣で言うところのパートナー、夫婦か。
気に食わない相手にシェイラと夫婦呼ばわりされた事で
さらに気分を回復させることに成功した俺は薄く微笑む。
『あながち間違いではないな。
ではその加護?を授けし者であるオーギュスト殿自身の事は横に置いておくとして、
今日の交流会で起こったことと俺やモリー達が一斉に倒れて後に正気に戻ったことで何かわかっている事はあるか?』
『それは…』
シェイラが隣の精霊王をちらと流し見、その視線に頷いた彼が口火を切る。
【うむ、それについては我から説明した方が話の通りが良さそうじゃの】
うんうんと頷いて爺口調で事の顛末と自分が現れた訳を語ったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※第30話に続きます。
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