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その8
しおりを挟むボタボタと
頬を伝って落ちる水滴の存在に、指摘されて初めて気がついた。
「はれ?な、なん…僕」
「…たく。どんだけ溜め込んでんだばか。
んとに社畜根性凄まじいな…しょうがねぇな」
折角うまそうに飯食ってたのに空気台無しだ、と小さく笑いながら、
大神が腕を伸ばしてきて自分の長袖の袖口でゴシゴシと僕の目元を乱暴に拭う。
「んうぅ…め、痛いぃ」
「うっせ。…ちょっと待ってろ」
そう言い置いてすぐ寝室へと向かった大神は、
スマホを片手にすぐに帰ってきた。
そして突然どこかへ電話をかけ始めた。
「あ、部長、休日にすみません。今いいですか?
ー…1時間後に会議、そうですか。ちなみにその会議って経理部の部長は、…へぇ。
いるんですね、人事関連ですか了解です」
(?!一体何を)
どうやら営業部の部長へと電話をしているらしいが一体何用で、と考えていると。
クソ上司の出席有無を確認し出してぎょっと目を見開く。
「ーえ、あぁ大丈夫ですよ変わらなくて。
というよりそろそろ本当、何とかした方が良さそうでして。
実は経理の一人が彼のせいでそろそろやばくてですね…」
「え、え、ちょっ…!」
「そうですそうです例の俺の同期の。
いや、彼だけじゃなくて他の経理連中からも話はしょっちゅう聞いてたんですがね?
たまたま昨日相当遅い時間に会社付近で遭遇したんでちょっとウチ泊めて今朝食食わせてたら会社行くってんでどういうことか聞いたら…はい。
あ、ちょっと待ってください聞きますんで。ー宇佐」
「ぇ!…な、何でしょうか」
「振られた仕事内容は?」
唐突にスピーカーマイクに切り替え口元に画面を近付けられ、
動揺しながらも何とか振られた仕事の内容を脳裏に思い浮かべる。
「え、と。年間決算期間中に終えてなきゃおかしい部長分の決算書等各書類データ(ほぼ未入力)と来週頭に必要な先月の細々とした各部領収書含めてだ、大体160件くらい…」
「…何しに会社来てんだあのクズ…ー、と、失礼。そんな訳でして。
つまり決算明けでただでさえ先週デスマーチだったはずの部下に決算に関わるもの含めておそらくここ2、3ヶ月分のご自身の仕事ごっそり就業間際にデータごと押し付けたそうで。
ー…宇佐、その書類とデータはどこに保管してある」
「あ、今日早朝にやる予定だったから書類はデスクの上にそれしか置いてないはずで。
書類製作者、部長の名前が入ってるのですぐわかると、思います。
データ関連…USBとかファイルバックアップSDとかはデスクの右一段目鍵付きに。
番号は※※※※…デスクの鍵スペアはそ、その…部長が保管してます…」
僕が言い終わると同時にマイク機能から通常の通話に切り替え、
大神は続ける。
「ーー…だ、そうです。
なんで証拠品はお手数ですが部長が…。
鍵の方は…、なんだったら経理の連中に聞けば勝手に経理部長のデスク漁ってくれんじゃないですかね?
相当恨みつらみ不満溜まり切ってたようですし。
しかも聞いてる限り彼が入社・配属されて5年間この調子らしく。
…もう無理でしょこれは。
調査入ってるって聞いてますけどここまで酷いとは流石に俺も思ってませんでしたよ。
丁度会議、人事関係って言ってましたよね?
もしかしてこれ関連だったり…やっぱり。
くくっ…本人はいつものごとく気に入らない社員を飛ばすことしか考えてなさそうですがね。
ーー、はい。はい了解しました、伝えときます。
…本人もう相当感覚麻痺してそれが普通みたく言ってましたけど無意識に泣くくらいには参ってるみたいなんで処遇・履行は迅速にお願いします。
じゃあ俺も長期出張明けでしばらく有給取ってるんでこれで。
…お忙しいところ失礼しました」
「……(一体何が起きてるんだろ)」
電話を切ってふぅ…と小さく息を吐いた大神は
「ってわけで。今日から1週間休みな、義弘」
「ーは?え、な、なんでーー?」
「なんでって、決算明けの休みだよや・す・み!
働きすぎなんだよ。お前、有給なんにも使ってないだろ」
「ゆ、有給休暇なんて都市伝説…」
「な訳あるかッッ!
ま、出社しようにも営業部部長及び経理部部長以外の上層部から直々の休暇のお達しだ。
観念して骨休めするんだな」
「休めるものなら嬉しい限りなんだけど、その、…部長が許すわけないっていうか」
「お前、なぁぁ。
今の会話電話越しに聞いててわからなかったのか?
もうこの際結論いうとおまえの上司である無能なクズは仕事しなさすぎ怠けすぎ横暴しすぎとパワハラ三昧な給料泥棒であることがバレて最低でも自主退社が決定してるってこと」
「え、何それ」
「元々苦情陳情が方々から上に上がってて調査が入ってたんだよ。
で、軽くて左遷かとか噂になって今日の会議で議題に上がるとこに来て、
お前と俺の今の報告で完全に止め。
多分自主退社じゃなくて懲戒解雇まで行くんじゃないかと俺は見てるがな。
ちなみに奴を入社させ且つ経理部部長に推薦しやがった親戚幹部は一足先に地方への左遷が決定していると俺は聞いている」
「…う、そ」
少なくとも来週お前が出社した時にはもういないんじゃないかという大神の言葉に、
言葉が出ない。
クソだ無能だ地方に飛んでくれないかと日々願っていたことが現実に叶ってしまうとか。
もう慣れすぎて現実感が全くない。
呆然としている僕の髪をわしゃわしゃとかき乱しながら苦笑いを浮かべる大神。
「我慢するのも大概にしとけよ全く。
折角の休みなんだ、5年踏ん張って来たんだから偶の有給休暇くらい満喫しとけ」
「…会社、今日、行かなくて、いい…?」
「…まだいうか」
「部ちょ…仕事もう、しなくて…ホワイトな職場、環きょぅ」
「ホワイトっておま…ああー、また泣きやがる」
「うぅぅーー…」
「しょうがねぇ奴だな。
まぁ気が済むまで泣きゃあいいんじゃねーの」
グイッと引き寄せられ、大神の腕の中に抱き込まれ。
不本意ながら。
誠に不本意ながら僕はソファーの上でしばらく大神の胸にしがみついてわんわんと泣き続けたのだった。
くそぅ 服に鼻水つけたろ
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次回、最終話です!
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