はてんこう

妄想聖人

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一一四年目の挑戦 6

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「新たに製造したレーダードローンと自動砲台と無線中継器の配置状況です」
 会議室で真結はカムイシトからの報告を受けていた。会議室には他に、佳代と雅と嘉兵衛もいる。立体映像ディスプレイには、現在の防衛状況が映し出されている。ようやく星系全域の一割近くを把握できるようになったが、万全には程遠い。
「今後、製造されるドローン等は、このように配置したいと考えておりますが、如何でしょうか?」カムイシトはパネルを操作して、現在の映像に赤い点を付け足した。
「尚、現在のペースで製造を続ければ、二割未満までは問題なく配置できるが、それ以上は資源が不足するので、新たに資源調査をした方がいい」嘉兵衛が説明を付け足した。
 二人の言葉を聞きながら、真結は映像を見つめる。旅立つ前は、軍事の素人だったが、いつまでもそのままではいられないので、時間がある時は佳代に軍事について教えてもらっていた。本職と比較すれば、素人に毛が生えた程度かもしれないが、全く理解できないのと、ちょっとでも理解できるのには雲泥の差がある。自分の意見を言うことができるようになるからだ。
「……ここなんだけど、これをこっちに配置する。というのはどうなの?」指先で赤い点の一部を別の場所に移動させた。
「それも考えましたが、破天荒丸の安全を優先しました。足元を固めるのが先決かと」
 善し悪しがあるので、一概には何とも言えない。真結にしても、そう言われると、そうした方が良いように思える。
「……カムイシトの案を――」
 通信機に連絡が入ったので、手を前に出して二人に待つように合図した。
「哨戒長より団長へ。無数の発光体を確認しました。位置を特定すると、機雷原があるあたりです」
「敵が来たの?」皆にも知らせるために、聞こえるように聞き返した。会議室に緊張が走った。
「映像が届いていないので、確かなことは言えません。もしかしたら、誤爆したかもしれません」
 無数の発光体と言っていた。それなら、誤爆するような不良品が大量に混じっていたことになる。製造から組み立てまで、全て機械が行っているので、もしそうなら工場そのものが異常を来していることになるが、嘉兵衛が定期的に点検してくれているので、その可能性は非常に考えづらい。
 真結は手で会議は終了。艦橋に行くように指示を出した。わからない時は、最悪の場合に備えるのが最善だろう。本当にただの誤爆だったら、鳥越苦労のくたびれもうけで済む。個人的な希望としては、戦闘は避けたいので、こっちの方がいい。映像が消えると、天井の明かりが灯った。嘉兵衛とカムイシトは急いで艦橋へ向かった。真結たちは歩いて続く。
「破天荒丸移動。発光の原因を突き止める」
「了解」
 通信が切れる前に真結は走り出した。慌てて二人も続いた。艦橋に着いてすぐ真結は団長席に座った。
「戦闘隊長より戦闘隊へ。直ちに帰艦し、点検と休憩に入れ。戦闘になるかもしれん」
「全火器起動」ジャーは真結に顔を向けて指示を求める。「弾頭はどうしますか?テーザー弾を使用しますか?」
「通常弾頭を使用する」
「了解」
「団長。私はどうしますか?」佳代は訊いた。
「パイロット待機室に居て」
「わかりました」佳代は艦橋を去った。
 皆が緊張した面持ちでいると、更に緊張度を高める報告が挙がる。
「無数の発光体を確認」ジャーが言った。「位置は――自動砲台の近辺です」
「戦闘警報発令。最大速力」真結はもう誤爆とか誤射とは考えなかった。間違いなく敵が接近し、攻撃しているのだ。むしろこれまで敵が現れなかったのが奇跡と言っても過言ではない。「接敵予想日時は?」
「現在の速度なら、六日後に目視圏内に入る」嘉兵衛が答えた。
 それが長いか短いかのどちらかでいえば、真結には短く感じた。ことがことだけに準備期間は長いに越したことはない。
「撮影ドローンからの映像を受信しました」ジャーは言った。
「正面に映して」
 ディスプレイに映像が映し出された。最初に機雷原が映されていたが、僅かに移動して接近してくる敵を撮影し始めた。最大倍率で撮影されているとはいえ、まだ豆粒みたいなサイズで輪郭すらはっきりしない。距離が縮まるにつれ、徐々にその姿が露わになっていくと、全員が息を飲んだ。レンズ越しでもはっきりわかるぐらい、あまりにも巨大だった。巨大過ぎて、ある距離に達すると、レンズに収まりきらない。それが大き過ぎる口を開いて暫くすると、機雷は膨張して次々と爆発した。映像が歪んだ後にブラックアウトした。ドローンも爆発したのがわかった。
 あまりの衝撃の強さに艦橋には沈黙がしばし横たわった。
「……何が起きたのか原因を探って」誰よりも早く立ち直った真結は嘉兵衛に指示した。
「……映像を分析した結果、マイクロ波を放出したようだ。簡単に説明すると、電子レンジで卵を温めたようなものだ」
「聞いたことないよ……。そんなの……」
 真結が知る宇宙害獣に電子レンジ攻撃をできる個体はいないし、聞いたこともない。泰安城から得た情報にもそのような個体は確認されていない。どの個体もその身一つで挑んでくる。数で押してはくるものの、対応の仕方はいくらでもある。だが、今回の害獣は完全に未知の存在だ。
「緊急会議を開くよ」
 完全に想定外の害獣に出現に、対応策を考える時間が六日しかないのは、泣きたくなるぐらい短過ぎた。


「敵、目視可能圏内に入った。映像を出すぞ」
嘉兵衛は正面のディスプレイに映した。これまで所々に配置した撮影ドローンから送られてきた映像で、その全体像を把握していたが、間近でしかも上から見ると、異様な姿に全員が言葉を無くす。破天荒丸は敵より上の位置を取っていた。電子レンジ攻撃を警戒してのことだ。
 河馬みたいな頭をしたツチノコみたいな外見をしている。尻尾も異様に太く長い。大きめの衛星だろうが、尻尾の一振りで、簡単に破壊できてしまうだろう。だが、一番に目を引くのは、やはりその巨大さだ。敵と比較すると、破天荒丸は小舟サイズになってしまう。顔の両脇についている三対の目が、上方を位置取る破天荒丸に向けられた。
「敵の呼称を電子蛇(でんしへび)と定める」真結は言った。電子レンジ攻撃をする蛇みたいな外見の獣だから、そう名付けた。「攻撃開始」
「攻撃開始します。核弾頭を使用します」
 飛天魚を倒すのでさえ、現在の装備では辛い。その飛天魚よりも巨大で、情報がない状況で会議を重ねた結果、真結たちが用意できる最大火力の兵器の使用に踏み切った。本来、核兵器は国際条約によって、使用を禁じられているが、それはあくまでも人間同士の約束事であり、宇宙害獣には適用されない。ただし、時間と資源に余裕がなかったため、五発しか用意できなかった。
 破天荒丸のミサイル発射管から核弾頭を搭載したミサイルが発射された。真結たちにとって、巨体であることは利点だ。目標が大き過ぎるので、外す可能性が低い。ミサイルは真っ直ぐに向かい背中に直撃した。宇宙空間に煙でできた巨大過ぎる茸が生えた。爆発衝撃波が破天荒丸を襲った。
「報告して」揺れが収まりきる前に、真結は命じた。それぞれから、破天荒丸と戦闘隊に異常は確認されず、戦闘続行は可能だった。
 真結たちは、煙が晴れるのを、固唾を飲んで見守った。カメラ越しでは電子蛇に大きな被害が認められなかった。背中の大部分が黒く焦げているようにしか見えない。
「敵の被害は?」
「――表面に火傷を負った程度だ」嘉兵衛は冷静に報告したつもりだったが、その表情は明らかに動揺していた。
 その報告に、皆が衝撃を受けた。この中で一番強い衝撃を受けたのは、哨戒長であるジャーだ。彼は兵器の専門家であり、各種兵器の破壊力や効果を熟知している。それなのに、この結果なのだ。誰もが受け入れ難い光景であった。
 真結は、嘘でしょう……。と舌の上まで来ていた言葉を飲み込んだ。昔と違い現代の核兵器はより強力になっている。あれだけ大きければ、流石に一発で倒せるとは思ってなかったが、いくらなんでも損害軽微だとは夢にも思わなかった。
「戦闘隊にも攻撃を命じて」
 破天荒丸の射線に入らないように気を付けながら、各攻撃隊も距離を詰めて攻撃を開始した。
 あちこちで爆発が起きている光景をディスプレイ越しに見る真結。はっきり言って、効いているように見えない。電磁速射砲で撃った砲弾にしても、皮膚には突き刺さるのだが、破らない。
 電子蛇は体の後ろ半分を叩きつけるように動かして、態勢を上に向けつつ、破天荒丸を丸飲みにできる大きな口を開こうとする。
「前進。敵の射線から逃げて」真結はすぐに命じるが、同時に良案を思い付いた。「敵口内に核を撃って」
 どんなに皮膚が硬くても、内側までは硬くないだろう。
 破天荒丸は前進しつつ、敵に核ミサイルを発射した。口が完全に開ききる前に口内に直撃。再び巨大なキノコ雲が発生し、衝撃波が皆を襲う。
「――生命反応検知」モニターを凝視しながら嘉兵衛は続けて報告する。「マイクロ波を放出しながら破天荒丸を追っている」
「最大速力。逃げて」常識外れ過ぎて、冷静さを失いそうになるが、それでも必死に理性を総動員して真結は命じた。
 ディスプレイを注視すると、電子蛇の口内は大部分が黒く焼け焦げていた。全く効いていないわけではないのだが、想像していたほどの傷を与えられてない。しかも、みるみる内に、黒いところがピンク色になっていく。凄まじい自然治癒力だ。
 どう頑張っても勝てる気がしなくなってきた。


 効いてなくない?
 尖鳥の操縦席で笠は思った。でか過ぎる口を開き、体を捻りながら破天荒丸を追いかける電磁蛇に、艦と共に攻撃を続けるが、目に見える形でのダメージを確認できない。こちらの攻撃は蚊に刺された程度の痛みもないのではないかと思い始めた。
 電子蛇は大きな口をゆっくり閉ざす。ずっとマイクロ波を放出し続けるのは不可能なようだ。
 これを好機と捉えた。
「隊長より各機へ。私は弱点がないかを探る。各機は引き続き攻撃せよ」
 部下たちの返事を聞いてから、尖鳥を加速させた。敵は大き過ぎるのが仇になっているのか、動きは鈍い。戦闘機の機動力を活かすまでもなく、簡単に接近できた。電子蛇と比較すれば、蝿サイズの戦闘機に攻撃をする有効な手段がないのもあっただろう。
 背中から十メートルぐらいの高さを飛行する。間近で見ると、その巨体さを嫌でも実感できた。見下ろす視界は背中で占められ、地平を眺めているようで、宇宙空間に居るのを忘れそうになる。
 目的を果たすべく、注意深く観察する。彼女自身、何を探せばいいのかわかってないが、生物である以上、何らかの弱点はあるはずだ。
 彼女はこの時、とても集中していた。何らかの問題が発生しても、すぐに対処できただろう。だが、一つだけ失念していた。敵は初めて接触した生物だという点だ。
 笠の視界一杯に広がる背中から、無数の突起物が生えた。完全な不意打ちだった。彼女が反応する暇もなく、尖鳥を貫いた。


 尖鳥が爆散した光景は、全員が目撃した。
 破天荒丸初の戦死者が出たことよりも、電子蛇の姿に皆が強い衝撃を受けた。胴体から尻尾にかけて、太く長い針状の突起物が隙間なく生えたのだ。役目を終えたらしい突起物は、体の中へと戻っていった。
 カムイシトは戦死者の名前を何度も呼んだが、返事はなかった。
 真結は団長席に付属してあるモニターをスライドした。戦闘隊の信号が表示されている画面で手を止めた。生存を知らせる緑色の光が灯る中に、一つだけ死亡を意味する赤い光が灯っている。真結としても何かの間違いであって欲しかったが、見た通りの結果だった。
「第一航空隊の指揮は副隊長に引き継がれました」怒りに燃えながらも、カムイシトは本分を全うした。
 真結は唇から血が出るぐらい強く噛んで、気を強く保った。今はこの状況を切り抜けるのが先だ。嘆き悲しんでいる暇はない。それは後回しだった。
 雅は主君の唇から血が流れているのに気づいたが、何もしなかった。今は集中力を切らす真似はしない方がいいと察した。
「――団長より全団員に告げる。この新星系を放棄し、帝国へ帰国する」
 虎の子のはずの核兵器が通用しなかった時点で決断すべきだった。そうすれば、戦死者を出すことはなかった。どう足掻いても、あの規格外の生物には勝てない。帝国航宙軍の一個艦隊を引っ張ってきても、勝てるかどうか不明だ。
 雅を除く艦橋の全員が真結に顔を向けたが、すぐに自分の仕事に戻った。無言で団長の判断を支持した。
「最大速力」
 破天荒丸は急いで電子蛇から距離を取る。兵隊蝿と比較すると、電子蛇の速度は遅く、距離は開いていく。真結は安堵の息を、誰にも聞こえないぐらい小さく漏らした。無事に逃げられそうだ。帰り道にも害獣と接触し、戦闘に入るだろうが、電子蛇が相手でなければ、何とかできる。
「空間振を確認」ジャーは大声で報告した。
「位置は?」艦橋に緊張が走る中、真結は表情を引き締めた。
「正面と左右と上です」
 破天荒丸を包囲する形で、宇宙空間に飛天魚が現れた。くっ付いていた兵隊蝿が離れ、破天荒丸へとゆっくり近づいていく。
「概算で十二万越えです」
「現在の速度なら、一時間後に交戦可能距離に入る」続いて嘉兵衛が報告した。
「下に逃げます」ソライヤーは舵を切ろうとした。
「駄目だ」嘉兵衛が制止した。「マイクロ波の射線に入ってしまう」
「じゃあどうしろって言うの!?」ソライヤーは切れ気味に言い返した。
「落ち着け」カムイシトが一喝し、浮き足立っていた艦橋に冷静さが戻る。皆が真結に顔を向けて指示を求める。
 真結は呆然とディスプレイを眺めていた。集団で行動する捕食生物はチームワークを駆使して獲物を捕らえるのは知識として知っている。だが、相対している敵は、非常に統制の執れた軍隊であるかのようだ。絶妙なタイミングで現れて、こちらの進路を塞いだ。害獣などと言ってはいるが、とてもではないが、ただの賢い獣とは思えない。どうしてここまで執拗に攻撃してくるのか不思議でならない。
 真結の肩に手が置かれた。心がここになかった真結は、驚いて肩が撥ねた。そちらに顔を向けると、雅の穏やかな顔が見下ろしていた。
「お嬢様。皆さんが指示を待っています」
 真結は全員の顔を見回した。今にも恐怖と絶望に押し潰されそうになっているのに、何とか抑えて事態の打開を図る指示を辛抱強く待っている。
 そもそもこの冒険は、我儘から始まった。その本心を知らずに皆は付き合ってくれた。そして、不可能と思われていた、人類領域外を横断し新星系に到着した。皆の力を貸してくれたからこそ成し遂げたことだ。
 皆を死なせたくないな。
 その思いを元に真結は自分を奮い立たせた。その切っ掛けを与えてくれた雅には、感謝しかない。ここが勝負所。と肚を括った。
「戦闘隊長」
「はい」
「貴方はこの布陣をどう見る?」
「敵の移動速度から考えて、こちらにプレッシャーをかけ、マイクロ波の射線に入るように誘導するのが狙いでしょう」
「嘉兵衛。電子レンジ攻撃に、破天荒丸は耐えられると思う?」
「不可能だ」
 以上の会話から選択肢がないことが判明した。
「どこかを突破するしかないね」
「御言葉ですが」カムイシトは遠慮がちに言う。「どこかと戦闘した場合、残りの三群体が攻撃してくるのが予想されます」
 抜かりのない布陣で嫌になった。
「哨戒長。核弾頭はまだ三発残っているはずよね?」
「その通りです」
「核を上手く使いましょう」とはいえ、兵隊蝿は何とかなるが、問題は飛天魚だ。もし捕まったら逃げられずに全滅してしまう。もう一手ないと、逃げられない。
 真結は耳に装着している通信機を起動させた。
「佳代。飛天魚の相手を貴方にお願いしたいのだけど、いける?」
「お任せください」
 力強い返答に真結は安心感を得た。これで青写真は引けた。
「これより作戦を説明する」


 こんな時にではあるが、赤備の中で佳代は興奮を抑えきれずにいた。仕える主君が、この百十四年間、誰も成し遂げたことがないことをやり遂げた。月見里真結の名は、間違いなく帝国史に刻まれ、燦然と輝く。そうなるためには、無事に帝国に帰国しなければ、無駄死になってしまうが。
 だが、彼女はもう知っている。偉業を成し遂げたことを。その偉大な人物の元で、この腕を振るえる喜び。武士としてこれ以上の幸福はない。例え、今日、戦死したとしても本望だ。むしろ、幸福を抱いて死ねる。
もしかしたら、花の武士団で一生を過ごすよりも、充実した瞬間を味わっているのかもしれない。
「――以上が作戦。と言っても、強行突破という単純なものだけど」
 誰も異議を唱えなかった。それぐらいしか、本当に手がないのを理解していた。だから、誰も疑問を口にしなかった。
「作戦開始」
 破天荒丸は舵を切って、左側の敵にゆっくり向かって行く。赤備たち戦闘隊は艦の周囲に展開した状態で付いて行く。残りの三群体が速度を上げて、破天荒丸との距離を詰める。
 それが真結の作戦における最初の狙いだった。三群体の進路が交わる瞬間を狙って、破天荒丸は回頭し、艦首を正面に向けながら、三群体に向かって核弾頭を搭載したミサイルを二発発射した。この攻撃で敵戦力の大幅な減少を目論んだのだ。
 佳代はここまで追い込まれた状況にも関わらず、冷静に勝機を見出そうとし、団員たちに希望を抱かせる主君に敬服せずにはいられない。もし彼女が、軍人の道を歩んでいたのなら、稀代の名将になっていたかもしれないと思わせる。
 しかし、またしても彼女らにとって、予想もしていなかったことが起きる。兵隊蝿はそれが何であるかを知っているかのように、大きく避けた。二発の核ミサイルは交差予定地点で爆発した。二発分の爆発衝撃波が破天荒丸や赤備たちを激しく揺らした。兵隊蝿たちは衝撃で、吹き飛ばされた。
 揺れが落ち着いたところで、佳代はすぐに赤備の機体チェックをした。どこにも異常は認められなかった。次に敵の残存勢力を調べた。避けたせいで、真結が期待した程の戦果は挙げられなかった。大部分の敵が生き残った。
「作戦通りにいかなかったけど、このまま進める」
 団長は全員に達した。予定では、三群体の戦力を大きく減らして、最後の一発は残りの一群体に使用するはずだった。
 破天荒丸の全ての推進器が火を噴いた。艦の速度に合わせながら戦闘隊は護衛する。最後の一群体も加わって兵隊蝿は追いかける。緩い円を描くように移動している破天荒丸は、四群体の進路が交差する瞬間を狙って、最後の核ミサイルが発射した。またも同じように、大きく避けられた。当然ながら期待したほどの戦果は挙げられなかった。
 敵との交戦可能距離に達したため、破天荒丸は通常兵器で攻撃を開始した。赤備たちも艦尾に移動して迎撃を始めた。絶望的な戦力差であったが、一つだけ救いはあった。敵は一方向から向かって来る点だ。これなら火力を一点に集中できる。もし四方向から向かっていたら、こちらの火力は分散しないといけないため、早々に全滅しただろう。
 高速洞路内での戦闘と同様に撃てば当たる状況であるが、佳代は無駄撃ちを控えた。突出していた敵だけを狙った。取り付かれたら一環の終わりだ。そんな中、第一航空隊が鬼気迫る迫力で攻撃した。通信機を通して、敵を汚い言葉で激しく罵っているのが聞こえてくる。隊長を殺された恨みと怒りをぶつけているようだ。気持ちはわかるが、多勢に無勢だ。
「冷静になれ」
 佳代は怒鳴りつけた。彼女の目には自殺行為にしか見えない。案の定、兵隊蝿に取り付かれ一機、二機と立て続けに撃墜された。他の機も取り付かれそうになっている。佳代は助けに行きたい衝動を必死に抑えた。何故なら、やるべきことがあるからだ。
「佳代。お願い」
 主君からの命令が下った。
「了解です」
 佳代は後ろ髪が引かれる思いであったが振り切った。自分が頑張れば、これ以上の死者を出さずに済むはずだからだ。
 赤備は艦首方向に向かいながら、アサルトライフルと盾を捨て光圀を抜いた。破天荒丸を追い越し先行する。こちらに向かって来る飛天魚がカメラ越しに視界に入った。間合いに入ったのを確認してから、佳代は生命力増幅放出装置を起動させた。
 これはスーパーロボットのみに搭載されている装置で、その名の通りパイロットの生命力を増幅、熱エネルギーに変換して外部へと放出するものだ。またスーパーロボットがリアルロボットよりも巨体になった理由でもある。そして使いようによっては、戦局を一変させる切り札でもある。
 変換した赤い熱エネルギーを光圀に纏わせたがまだ足りない。どんどん熱エネルギーに変換し、月を輪切りにできるサイズの刀身にした。
 赤備は光圀を上段に構えて、力任せに振り落とした。飛天魚の中心に見事に長大な熱刃が直撃したが、豆腐を切るようにはいかなかった。飛天魚の皮膚もまた、非常に高い耐熱能力を持っているため簡単に両断できない。真結が戦闘を避けた理由の一つでもある。
 刀身から柄へ。柄から両腕に伝わる感触で、刃が食い込んでいくのがわかる。
「とっととくたばれ!魚もどき!」
 彼女にしては珍しく口汚い言葉で罵った。できるだけ抑えていたが、仲間が殺されたことへの恨みや怒りが爆発した。
 長大な熱刃は皮膚を割き、内臓を焼きながら進んでいき、遂に飛天魚を両断した。
 役目を終えた佳代は、生命力増幅放出装置を停止させた。光圀の刀身は熱エネルギーの影響をもろに受けて、熔解してなくなっていた。鍔も熔けてぼろぼろだ。佳代は背凭れに全身を預けた。この装置の欠点は、使用者に多大な影響を及ぼす。具体的にはフルマラソンを全力疾走したかのように疲労困憊するのだ。本当は、あのサイズの刀身を作るだけでもかなり疲労する。全身が鉛のように重く、この場から一歩も動きたくない。この装置、一瞬ぐらいなら連続使用できるが、長時間使用には向いてないのだ。だからこその切り札でもあるのだ。
 佳代は素直に言うことを聞いてくれない体に鞭を打って、赤備を動かす。主君の元へ戻らなければならない。


「赤備が帰艦しました」カムイシトは報告した。
「全隊に帰艦を命じて」すかさず真結は命じた。佳代の頑張りのおかげで障害物はなくなった。後は皆で逃げるだけだ。
「無理です。敵との距離が近すぎるために逃げ切れません」
 何とかならないの!?と反射的に言い返そうとしたが堪えた。団長は自分であり、団長が何とかしないといけないのだ。
「哨戒長。部隊が逃げられるように援護して」
「……残念ながら無理です」ジャーは心底申し訳なさそうに答える。「残弾が十%を切りました。高熱砲だけでは十分な援護をできません」
 何とかしないと。何とかしないと。考えろ。考えろ。と必死に頭を回転させるが、焦れば焦るほどに何も思いつかない。
 イヤホンから声が発せられる。
「――史利より団長へ。俺たちはここまでのようです。肚を括ったので、逃げてください」
「馬鹿なことを言わない。皆で生きて帰るの」
「聡明な団長ならお気づきでしょう。そいつはもう無理です」
「その無理を引っ繰り返すのが団長の務め。諦めないで」
 何かがツボにはまったらしく、史利は笑い声をあげた。「勘違いされているようですが、諦めていませんよ。むしろ、これは英雄になる、またとないチャンスです。一貴族軍の一パイロットがですよ。こんなチャンスを逃したら、二度目はないでしょう。ですがそのためには、団長には帝国に無事に帰国して貰わないといけない。どうか、俺たちを英雄にさせてください。お願いします」
「団長」カムイシトは立ち上がり、真結を見上げる。二人の会話を彼も聞いていた。「どうか彼らに名誉ある死を与えてください。無駄死では報われません。俺からもお願いします」
 頭を下げるカムイシトから、真結は目を逸らした。
 どうしてこうなった?どこで間違ってしまったのか?
 後悔しそうになったが、思考を引き戻して団長として、断腸の決断を下す。「……ブースター点火。この宙域より離脱する」
「はい……」ソライヤーは涙声で返事をした。
 破天荒丸に取り付けられた五基のブースターも火を噴いた。


 破天荒丸との距離が開いていくのをレーダーで確認した。
 本音を言えば、死にたくない。
 だからと言って、史利は自分の決断を後悔していない。何故なら、人類領域外を横断し、新星系に到着した冒険団の一員として、名を残すのが確定しているからだ。たかだか、能拡機の一パイロットで、卓抜した操縦技術を持っているわけではないのに英雄になれる。ただ死後にその栄誉に浴するだけの話だ。できるならば、生きている状態で、栄誉に浴したかった。
「史利より各機へ」敵の大軍と乱戦に入る直前なので、指揮系統は無視した。「英雄願望がある奴は、黙って俺と殿だ。付き合い切れない奴は、破天荒丸を追いかけろ。置いて行かれるぞ」
 しばし待ったが、誰も離脱しようとしない。物好きな連中が多いな。と思っていたら、通信が入る。
「――隊長……。俺は――」
「ああ。気にするな」それは部下の一人だ。「お前には可愛い嫁さんと子供がいるんだろ。早く帰って元気な姿を見せな」
 それを言ったら史利にだって両親という家族がいる。軍に居た頃に教えられたことで、出撃前に遺書をしたためて、更衣室のロッカーに入れてある。家族への言葉は残してある。親より先に死ぬ不幸に対して、凄く怒られそうだが。
「すみません。すみません。本当にすみません」
一機の飛翔が皆に背を向けて破天荒丸を追いかける。それに続くように、更に飛翔が一機。尖鳥が一機、破天荒丸を追いかける。
「他は追いかけないのか?」
正直、思っていたよりも残った。
「戦時でもないのに英雄になれる機会はないからな」
「あんたにだけ恰好良い真似はさせたくない」
「英雄に興味ないが、俺に惚れちまうぐらい、真結様に良いところは見せたいな」
「真結様が好みだったのか?」
「考えてみろ。真結様と結婚すれば、俺は貴族だぜ。人生一発大逆転の逆玉じゃん」
「自惚れ過ぎ。真結様があんたみたいなのに惚れるわけないじゃん」
「ちがいねぇ」
 戦闘隊の中で笑い声が響いた。
「そう言ってやるな。夢を見るのは自由だ」擁護する史利もしっかり笑っていた。「さてと。大それた夢の続きを見られるように、踏ん張るぞ。お前ら」
 了解。と皆が快活な返事をした。
 残弾はもうない。無謀な突撃をする気はない。ただこの場に踏み止まって、敵を一匹でも多く殺して、破天荒丸が逃げるための時間を稼ぐ。


「各機を回収しました」カムイシトは報告した。
 真結は笑みが零れた。一人でも多く連れ帰りたかっただけに、命を惜しんでくれたのは、素直に嬉しい。見殺しにするしかないと思っていただけに、その気持ちは一層強い。感謝の言葉を述べたいくらいだ。この気持ちは皆も同じようで、艦橋の雰囲気が僅かに明るくなった。
「すぐに高速洞路に――」
「高速洞路反応感知しました」ジャーが報告した。「このサイズは、艦隊規模です」
 真結の頭の上に大きな疑問符が浮かんだ。それは第三惑星の情報を積んだ、高速洞路生成装置付きのシャトルが、帝国に到着したという意味で間違いないだろう。遂に占領部隊がやってきたのだ。吉報に違いないのだが、喜びよりも困惑が勝った。
「もう到着したの?」
「それはありえないと思うぞ……」嘉兵衛が困惑した表情を浮かべる。「月見里艦隊が到着するまで、まだ二週間以上ある」
 予測していた時間の勘定が合わないのだ。それを可能にするには、最低でも月見里艦隊が、途上にある貴族領を無人の荒野の如く進むしかないのだが、残念ながら父親には、有無を言わせずに通行許可を出させる政治力はない。娘である真結は、それをよく知っている。つまり、一体どこの誰がやって来たのか謎なのだ。
「警戒は厳に。すぐに攻撃に移れるようにして」真結は警戒した。もしかしたら、他国の軍隊がやってきた可能性がある。自分たちと同様に、人類領域外の横断に挑戦したのかもしれない。もしそうだとして、問題は帝国の友好国かどうかだ。
 味方の来援だと思い、弛緩していた艦橋の雰囲気は張り詰めた。皆が緊張した面持ちで、カメラを通して宇宙空間を見つめる。
 巨大過ぎる黄昏色の洞が唐突に現れた。その中から艦が続々と姿を現す。その形状から、全てが純粋な戦闘艦ばかりだ。
「嘘でしょう……」真結の両目が全開まで開いた。艦隊は、見間違いようがない帝国軍の所属であることは間違いないのだが、月見里艦隊ではない。脳裏を掠りもしなかった所属の艦隊だった。
 どうして?と激しい混乱に襲われた。
「報告!」ジャーは切羽詰まった声を上げた。「現在位置では味方艦と衝突します!」
「下降して」我に返った真結は慌てた。
「はい!」ソライヤーは急いで舵を下に切った。
 緊急回避であるため、角度が急になり、椅子から転げ落ちないように、全員が椅子にしがみついた。
 破天荒丸は艦首を下に向けながら下降する。戦闘艦は進路上に破天荒丸がいることに気付き、急いで上昇しようとする。両艦は衝突こそ免れたが、金属同士が擦れる嫌な音が、艦内中に響き渡った。
「艦内に異常なし」
 両艦が離れたところで嘉兵衛は報告した。
 最後尾の艦隊も姿を現し、黄昏色の洞は消えた。総数一万隻を誇る大艦隊に囲まれた破天荒丸。
 真結たちはディスプレイに映る大艦隊を見つめる。青色で統一された威風堂々たる陣容。一隻一隻が、自信に満ち溢れているようだ。その姿は、真結たちにこれ以上ない安心感を与えた。
 それもそのはず。全ての艦体の両舷には九条光太陽が描かれ、上部には金色七枚梅花(こんじきななまいばいか)が描かれているのだから。帝国の人間で、上部の紋章の意味を知らない人は、まずいないだろう。衝撃が強過ぎて、破天荒丸を水平に戻すのを忘れてしまうほどだ。
「敵味方識別コードを確認」嘉兵衛は畏敬の念を込めて、その名を呼ぶ。「外討親征航宙軍(がいとうしんせいこうちゅうぐん)。第二艦隊だ」
「禁軍……」
 真結はまたの名を呟いた。
 金色七枚梅花は禁軍にしか使用を許されておらず、光明帝(こうみょうてい)直属の軍を意味する。国家元首に仕えているという自負心から、常に高い士気を有し、帝国で最高の練度を誇る。まごうことなき帝国最強の軍隊だ。だからこそ、余計にわからなかった。呼び寄せたのは月見里軍であって、間違っても帝国最強の禁軍ではない。
 第二艦隊は、迫りくる兵隊蝿の大軍を前にしても慌てず、陣形を半月陣に変更しながら前進した。
「どうする?」嘉兵衛が訊いた。
「決まっているでしょう」予想外であったが、これ以上ない味方の登場に真結の表情に力強さが戻った。「艦隊の最後尾に付いて。もしかしたら、運良く宇宙に放り出されて誰かが生きているかもしれない」
 その可能性は零と断言してもいいぐらい低かったが、せめて体の一部。もしくは遺品を回収して遺族に届けたい。
 破天荒丸は艦体を水平に戻しつつ回頭し、艦隊の最後尾に付こうとする。
 真結はモニターをスライドして、戦況図を映し出した。敵を意味する赤色の光点と、味方を意味する青色の光点が間合いを詰めた。
 射程に入ったところで、各艦が一斉に攻撃を開始した。攻撃しながら右舷方向に円を描くように動き、一定の距離に達してから、今度は左舷方向に円を描くように動いて攻撃する。一糸乱れぬその動きは、艦隊運用というより、集団行動のような美しさがある。敵を翻弄しつつ、着実に敵を減らしていく。思わず、真結は見惚れてしまった。
宇宙戦では接近戦と言えるぐらい、双方の距離が縮まってきたところで、各艦から外討親征航宙軍が採用している能力拡張機、鳴瀬(なるせ)が発艦した。鳴瀬も参戦したことで、艦隊はまるで一個の火の玉のようになった。青色が凄まじい勢いで、赤色を塗り潰していくのだ。侵略すること火の如しとはこういうことを言うのだろう。
「すげぇ……」真結は賞賛せずにはいられなかった。
 二時間と掛からずに、敵の大軍を殲滅してしまった。続いて、接近していた三匹の飛天魚に取り掛かった。確実に仕留めるために、一匹ずつ攻撃した。大軍で攻撃したため、ほぼ瞬殺と言っても過言ではない速度で倒してしまった。無双状態の第二艦隊に、画面端から巨大な赤い点がゆっくり接近している。見入っていた真結は我に返った。
「電子蛇に関する情報を送って」
 飛天魚でさえ簡単に倒してしまった禁軍であるが、いくら勇壮な彼らでも、電子蛇は簡単に倒せる敵だとは思えない。しかも電子レンジ攻撃をしてくるのだ。甚大な被害が出そうな気がする。
 情報を送信してから数分後に、艦隊旗艦から一機の能拡機が発艦した。鳴瀬が出せる最高速度よりも速い。味方を追い越して真っ直ぐに電子蛇へ向かって行く。それなのに、味方は誰も続こうとしない。
「嘘だろ……」ジャーの頬を汗が流れた。「発艦した機体は、天龍(ティアンロン)です」
「武君(ぶくん)まで来たの!?」真結は素直に驚いた。
 それは、その人間性、その強さを光明帝に認められた者だけが授かる称号であり、武人にとっては最高位の栄誉でもある。その強さは、万夫不当と評され、生身で能拡機を倒してしまうとか。その光景を真結は見たことがないが、そう言われている。その強さ故に、帝国の守護神とも称えられている存在だ。だからこそ、誰も続かないのも納得できる。真結にしても、武君が直接戦うところを見るのは、今回が初めてだ。
 天龍はマイクロ波の射線に入らないように避けながら、電子蛇の頭に着地した。その巨大さと比較すると、人間に留まった蝿みたいだ。天龍は右の掌を皮膚に当てて軽く押した。電子蛇の巨大な頭が破裂した。巨大な眼球、肉片。骨片が宇宙空間に四散する。
「…………誰か今の光景を説明して」映像越しに見ていた真結は求めたが、答えられる者は誰もいない。
 意味がわからない。核兵器を使用しても致命傷を与えられなかったのに、掌を軽く押しただけで、破裂するなどありえないとしか言えない。はっきり言って、現実味がなさ過ぎる。CGでも見ているような感じだ。
だが、今の光景は現実に起きた光景だ。
思考の慮外にあることをやってのけるから、武君なのだろう。生身で能拡機を倒してしまうという話は、誇張ではなく、きっと事実なのだろうと思い始めた。
 しかし、電子蛇は一筋縄でいく相手ではなかった。剥き出しの首の筋肉が盛り上がり、徐々に頭の形になろうとする。
 凄まじい自然治癒力に真結たちは言葉を無くした。仮に、電子蛇に有効な攻撃ができたとしても、倒すのに相当な火力と労力が必要になっただろう。ようやくの思いで倒しても、四匹の飛天魚にくっ付いていた兵隊蝿の大軍が控えていたので、全滅は免れなかっただろう。本当に判断を誤るところだった。
天龍は電子蛇と正面から相対し、右手を前に出して、生命力増幅放出装置を起動させた。掌から細長い熱線が伸びて中心部に突き刺さり焼いていく。熱線はどこまでも伸びて、ついに電子蛇を貫通した。熱線は巨大化していき、内側から焼きながら電子蛇を包み込んだ。装置を停止させると、電子蛇は跡形もなく消滅していた。天龍は向きを変え、艦隊の方へと戻っていく。
 人間離れしている。と真結は思わずにいられなかった。あの装置を使った佳代は、ふらふらしながら戻って来たのに、天龍――正しくは武君には疲労など見られないように、悠々とした動きだ。
「生存者の捜索を依頼して」武君への疑問は脇に置いといて、安全になったと判断した真結は命じた。嘉兵衛はすぐに通信をした。動きはすぐにあった。前衛の艦隊や能拡機が、送られてきた位置情報を元に捜索を始めた。
「旗艦から通信が入ってきたが」
「正面に映して」
「少々お待ちください」と、雅が止めた。ポケットからハンカチを取り出して真結の唇から流れ、固まってしまった血を綺麗に拭き取った。「綺麗になりました」
 真結は出血していたのは気付いていたが、今の今まで忘れていた。きめ細かい気遣いに感謝の言葉をかけてから、通信を繋いでもらった。
 ディスプレイに眼鏡を掛けた、怜悧な目付きの渋い男性が映し出された。真結はすぐに立ち上がった。この人のことは知っている。社交界で言葉を交わしたことがあった。侯爵家の当主であり、外討親征航宙軍大将にして、第二艦隊司令官を務める高柳松軒(たかやなぎしょうけん)だ。年齢は五十六歳であり、年相応の落ち着いた雰囲気を自然に纏っている。
「久しぶりだな。真結」松軒は微笑した。
「お久しぶりです。閣下。この度は御加勢頂き、心より御礼申し上げます」作法通りに頭を下げた。当然、社交辞令などではない。本心からの言葉だ。
「陛下の命である。感謝の言葉は私ではなく、陛下に述べよ。それよりも、この百十四年間誰もなしえなかったことを、成し遂げたことを祝福する。おめでとう」
「ありがとうございます。……して。どうして閣下――禁軍が来援したのか聞いてもよろしいでしょうか?」
 松軒の話によると、泰安城には二機のシャトルが到着したらしい。正直、真結は二機も到着したとは思っていなかった。宇宙害獣がうようよしている人類領域外を二機も到着するなど僥倖だ。積み荷を確認した泰安城主、華山はすぐさま高速艦に乗せ、二か所へ送り出した。月見里領と何故か帝都だ。同封されていた華山のメッセージビデオによると、この偉業を一早く陛下にも知ってもらいたかったらしい。ただ、そのために、進路上にある貴族たちの領地を、許可を求めずに通行させたようだ。メッセージを受け取った光明帝は、大変喜び、実戦形式の演習準備を終えていた第二艦隊に占領部隊として出撃を命じた。その際、光明帝は貴族領をスムーズに進めるように詔勅を持たせた。
 つまり、華山の法を無視した決断と陛下の詔勅によって、大幅に時間を短縮し、第二艦隊はやって来たというわけだ。
「これより各惑星を占領するが、気を付ける点はあるか?」松軒は訊いた。
「追加のデータを送るので、それを参考にお願いします」
「任された」松軒は軽く頷いて、映像は切れた。追加データを送ってからしばし、第二艦隊は、複数の小艦隊に分かれ各惑星へと向かった。
「天龍が着艦許可を求めているが」嘉兵衛は訳が分からないという表情を浮かべた。
 どうして?という疑問が浮かんだ。どうしてわざわざ破天荒丸に着艦したがるのか謎だったが、断る理由はなかった。
「許可を出して」真結は踵を返した。「出迎えるから、暫くお願いね」
 嘉兵衛の返事を背中で聞きながら真結は歩き出した。


 いきなり寂しくなったな。
 真結は空きが目立つ格納庫を見回して悲しみと罪悪感に襲われた。第一次調査隊を送り出した時の、賑やかだった頃を思い出すと、更にその感情が強まる。判断を間違えることがなければ、この偉業、この勝利を皆で分かち合えていたはずだ。だからこそ、誰か生きていて。と祈らずにはいられない。
「団長。お気を強く持ってください」雅が励ました。
「うん」と、真結は力強く頷いた。
 これから、お客を持て成す主として、情けない姿は見せられない。真結は傍に控える佳代を一瞥した。パイロット待機室で、宙に浮いて休憩していたのだが、主君が武君を出迎えるのを知り、わざわざ出てきた。疲労困憊で、くたくたのはずなのに、表面上は立派な護衛に見えるように無理をしている。休んでいて良かったのだが、その忠心を汲み取ることにした。
格納庫の内壁が開くと、整備士たちから感嘆の声が漏れた。全長三十メートル以上のスーパーロボット系能力拡張機である天龍の堂々たる姿が現れた。武君の機体を、こんな間近で見る機会に恵まれて興奮しているのだろう。
 真結の目からすると、それぞれに個性があると言われるスーパーロボットは、全て同じに見えるのだが、天龍の背面には四基の外部大型推進器が取り付けてある。それが翼のように見える。だが、それ以上に目を引いたのは、左肩に描かれた紋章だ。
 金色九枚梅花(こんじききゅうまいばいか)。
 本来この紋章は、光明帝しか使用できない紋章だ。それだけで武君の称号を得る人が、どれだけ特別な存在なのかわかる。ちなみに、反対の肩には、周の一字が書かれている。
 天龍は整備士の誘導に従って、赤備の隣に片膝を付いた。固定具でしっかり固定されてから、搭乗部が開いた。中から一人の老人が姿を現し、軽く蹴って無重力の中を進む。肉体年齢を差し引いても、生命力増幅放出装置を使用した後に見られる疲労状態が見られない。真結はもう一度、佳代を一瞥した。護衛は無理をしているのがわかるのに、武君は自然体だ。武君は人間離れしていると、つくづく感じた。武君は真結たちの前で止まった。
チャイナドレスにズボンというシンプルな服装をしている、この老人のことも知っている。遠目であるが何度も拝見したことがある。名前は周流(ヅウオリウ)。六十三歳の男性で、回天拳と呼ばれる拳法の達人。現在、五人しか授かっていない武君の中では最年長で、長老格でもある。というぐらいしか知らない。こうして間近で拝見すると、武君の称号を得るような、武術の達人には見えない。彼女が抱いた印象は、孫にとっても優しそうな温和なお爺ちゃんだ。教えてもらわないと、武君だとは信じられない。
 流は真結の前で頭を垂れた。「こうして言葉を交わすのは初めてですね。陛下より武君の称号を授かった。周流です」
流の身分は平民で、真結は貴族だ。身分の関係で言えば、自然な動作なのだが、真結は焦った。
「お止め下さい。周武君。こちらは命を助けて頂いた身です。礼を尽くすのはこちらです。どうかお立ち下さい」
「わかりました」真結を見下ろす表情は、温和としか表現できない。
 真結は流を応接間へ案内した。年単位で美しさを保つ特殊加工をした生け花を一つだけ置いた非常にシンプルな部屋だ。この部屋は、もし第三惑星に知的生命体が存在し、文明が発達していた場合の外交用の部屋として用意していたものだ。
 丸い机を挟んで真結と流は対面する。話を始める前に、雅が緑茶を淹れて、二人の前に置いた。
「この度は危ないところを助けて頂き、ありがとうございます」真結は頭を下げた。「まさか周武君まで来援していただけるとは思ってもいませんでした」
 心の底からそう思った。光明帝の紋章の使用を許されているとはいえ、武君は陛下の直臣というわけではないのだ。
 流はお茶を一口啜ってから、「美味い」と呟いた。静かに湯飲み茶碗を、木製の受け皿に置いた。
「正直に話せば、儂がここに居るのは偶然です。報告があった時、儂は陛下と碁に興じていたのです。そして陛下から頼まれたのです。真結様を必ず連れて帰るようにと」
「私なんかのために……」
 言ってしまえば、真結は大勢いる貴族の一人に過ぎない。光明帝の記憶に残るような派手な功績を挙げたこともない。しかもだ。我儘で冒険団を結成した、そんな自分のために、禁軍のみならず武君まで派遣してくれたことに心が震えた。
「卑下しないでください。真結様が成し遂げたことは、余人にはできなかったことでしょう。遅ればせながら、この度の偉業、おめでとうございます」
「ありがとうございます。して。周武君はこれからどうされるおつもりですか?」
「陛下の頼みを叶えるために、この艦に置いていただきたい。真結様が無事帝国に到着するまで、護衛として乗艦させて欲しいのですが」
 その言葉に誰よりも強く反応したのは、佳代だった。無理をして作っている無表情に、喜色が広がる。同じ武人として、武君と接する機会に恵まれたことに喜んでいる。
「こちらには断る理由はありません。帝国までの道程、よろしくお願いします」
 真結はすぐに行動に移した。雅に客間の用意をするように言った。その準備ができるまで、真結は流とのんびり談笑を楽しんだ。
 それから数日、第二艦隊によって行われた捜索では、生存者は発見されず、遺体の一部も、遺品となるような物も発見できなかった。わかっていたことではあるが、真結は気落ちせずにはいられなかった。第二艦隊から二十隻の艦隊に護衛されながら、破天荒丸は帝国への帰路に就いた。


 真結は極度の緊張から全身が強張っていた。歩き方もぎこちない。傍には佳代と雅はいない。理由は、同行の許可が下りなかったからだ。それは当然なのだが、二人の存在を身近に感じて、緊張をほぐしたかった。
 光明帝が住まう城館――禁裏の通路を、案内役の男性の後に付いて行く真結。今日は新星系到達を成し遂げた功績への褒美を下賜される目出度い日なのだが、喜びの感情は一切湧かない。
今日の真結は、当然、お気に入りの普段着ではない。黒を基調とした朝服を着ている。こういう機会でもない限り、まず着用することはない。壁側に等間隔で並ぶ、外討親征航宙軍と対を成す存在であり、禁裏護衛役を務める皇の武士団の団員の視線が突き刺さる。その目は好奇や敬服に満ちているのだが、緊張のせいで真結は気付かず、この服装のどこかに、おかしなところがあるのではないかと勘違いをしていた。
 目的地に近づくにつれて、真結の両足はプルプルと震え始めた。粗相をしたらどうしようと、悪い想像が脳裏を巡る。禁裏に来ること事態は、始めてではない。何度も来ている。その時は、家族が一緒で、真結が主役ではないからと、気は楽な方であったが、今回は違う。真結が主役なのだ。
 目的地である謁見の間の前に到着した。木製の扉で、大きく高さがある。扉の前には二人の団員が立っている。
「準備はよろしいですか?」案内役は訊いた。
「ちょっと待ってください」真結は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。ここで粗相をすれば、家名に傷がつく。月見里家の一員として、それだけは何としても避けなければならない。月見里家の娘はやるな。と思わせるぐらいでなければいけない。気を落ち着け、腹を括った。「もう大丈夫です」
 案内役は頷いた。「月見里伯爵家四女。月見里真結様。御入室」
 左右の団員が扉を開けた。
 真結は胸を張って一歩を踏み出した。謁見の間は広々としており、天井はとても高い。派手な装飾や置物などはなく、簡素な造りであるが、清涼な雰囲気を醸しており、一種の造形美がある。
 高御座まで真っ直ぐに敷かれた、皺一つない長い赤絨毯の上を真結は、急がず遅れず進んでいく。
 謁見の間には、この広々とした空間が狭く感じるほどに、人が集まっていた。皇族。内閣総理大臣を始めとする閣僚たち。国会議員。有力から無名の貴族たち。皇を除く各武士団の領主たち。五人しかいない武君まで勢揃いしている。そうそうたる顔ぶれだ。有力貴族と呼ばれる人でも、ここまでの面子を呼び集めることはできない。真結にとって、この光景を見られるのは、年に二回だけ。光明帝の生誕祝賀の祝辞と謹賀新年の挨拶の時だけだ。しかも今回は、光明帝のために集まったのではなく、真結のために集まったのだ。自分がどれだけのことを成し遂げたのか、初めて実感できたような気がした。
 あちこちから話し声が聞こえる。本人たちはひそひそ話しているつもりだろうが、不思議と真結の耳に届いた。「大したものだ」とか「やるものだな」とか「上手くやったな」――等々、割合で言えば、賞賛する言葉が多かった。
 真結は壇上へと続く階段の手前、二十歩の位置で伏礼した。二十段の階段を登り切ると、御簾が降りており、その向こうに帝国建国以来受け継がれている高御座が鎮座している。
「静粛に」良く響き渡る声の口上官が促すと、話し声はぴたりと止んだ。一斉に高御座へ体を向け、頭を垂れた。
「四千二百年続く、栄光と繁栄の帝国の唯一無二の統治者にして指導者。現世に舞い降りし現人神。我ら帝国臣民全ての偉大なる父。第二百六十一代光明帝陛下。御出座」
 雅楽隊が厳かな入場曲を奏でる。
 絨毯の上に額を押し付けながら真結はゆっくり息を吐いた。刻一刻とその時が近づくと、心臓が早鐘を打つので、落ち着けているのだ。
 演奏が止んだ。
「一同。面を上げよ」
 艶のある声が真結の耳朶に届いた。決して大きな声ではなかったのだが、練習でもしていたかのように、同時に頭を上げた。
 御簾があるのでわかりづらいが、高御座に鎮座している人物の輪郭がぼんやりと見える。
「帝国の栄光と繁栄は、光明帝陛下の子である我らへの慈しむ御心あってこそ。これからも息災と多幸をお祈りします」躓くことなく、挨拶を無事に言えたことに、真結は内心で安堵した。
「その方、月見里真結。この度、人類領域外を横断し、新星系へと辿り着いたのは見事である。その方の功績により、諸国へ帝国の威信を示すことができた」
「非才の身には過分な御言葉。ありがとうございます」
「その方の功績は決して小さくない。朕はこの功績を高く評価している。褒美を与える前に、帝国の慣例に従い、新星系はその方に与える」
 真結は受領の返事をすぐにしなかった。新星系に到着してから、ずっと考えていたことがあるのだ。それを言いたいのだが、いざ光明帝を前にすると、決心が揺らぎそうになる。勘気に触れたらどうしよう。と怖い想像をしてしまう。
 主役が返事をしないことに、謁見の間にいる人たちの不審な目が真結の背中に突き刺さる。
「どうしたのだ?」光明帝は不思議そうに訊いた。
「おっ、恐れながら」上擦った声が出てしまった。「新星系を私の領地という話ですが、辞退させて頂きたいのです」
 ざわめきが起こった。これは仕事に対する正当な報酬であり、断る理由などどこにもない。誰もが信じられないように、真結を凝視する。真結の父親である伊具は、事の成り行きにはらはらしている。
「静まれ」光明帝が言うと、その通りになった。「理由を聞こう」
「恥ずかしながら、事の発端は、私のところに舞い込んだ縁談です。私はそれが嫌だったのですが、家格は向こうが上で断るのがとても難しい相手です。だから、大きな功績を上げて、家格以外は釣り合わないと思わせれば、断れると思って行動を起こしたのです」
 馬鹿正直に話すのは、顔から火が出そうになるぐらい恥ずかしかった。しかも、これだけ大勢の人がいる前でだ。勿論、縁談の部分はぼやかして話すこともできたが、核心を隠して説明しては、死んでいった者たちに申し訳なく思うし、報われない気がするのだ。
「私は帝国の利益ではなく、あくまで我欲のために行動を起こしたのです。それは帝国貴族にあるまじき振る舞いです。それが慣例とはいえ、帝国貴族にあるまじき行いをした私には受け取る資格がありません。新星系は陛下へ献上します」
「つまり、自らの行いを恥じているのだな?」
「はい」
 沈黙がしばし支配した。
 真結は恐々としながら、光明帝の言葉を待つ。どのような罰でも受け入れるつもりだが、家にまで害が及ぶようなら、全力で説得するつもりだ。
「……恥とは、時が経てば、薄れるかもしれない。忘れることもあるだろう。まして、言葉にしなければ、誰も知る由がなかった。それなのに、その方は心の内を話した。正直であり、誠実である。――月見里真結。気に入った」
「えっ……」生きた心地がしなかっただけに、予想すらできなかった言葉だった。誰が見ても、真結は間抜けな表情をしている。
「真結よ。改めて、その方へ褒美を授ける。朕の紋章を使用することを許す」
 謁見の間に大きなどよめきが走った。誰もが驚きを隠せないでいる。
 だが、一番驚いているのは真結本人だった。金色九枚梅花の使用を許されると言うことは、これ以上が存在しない栄誉だ。それだけに、帝国内に置いて、絶大な発言力と影響力を得ることになる。その一言で世論さえも動かせる。しかも帝国貴族が使用を許されるのは、実に数百年ぶりだ。
「静まれ」今度は言う通りになるのに、少しだけ時間がかかった。「何を驚くのだ?真結は、この百十四年間、誰も成し遂げなかったことを成し遂げたのだ。その能力は証明された。加えて、朕はその人柄を知った。お前たちも聞いていたではないか。であるならば、紋章の使用を許すに足る人物であろう」
「陛下の御考えを支持します」
 松軒が高らかに宣言した。便乗するように、ちらほらと支持の声が上がった。一部に不満そうにしている人たちがいたが、誰も異見を述べなかった。
「どうする?これも要らぬと言うのなら、他の物を与えるが?」
「非才の身には過分な恩賞ですが、陛下の御期待に持てる力の全てを持って応えさせて頂きます」
 儀礼上、二度目は断れない。これは諦めて受け入れるしかない。金色九枚梅花の使用を許されたことは、もちろん嬉しいのだが、自分でもびっくりするぐらい都合の良い夢を見ているようで、頭が追い付かない。
「これにて、論功を終える。立て」
 真結は言われた通りに立ち上がり、振り返った。
「この者に栄光と繁栄があらんことを」
 謁見の間で拍手喝采の嵐が巻き起こった。


 エピローグ

「その方向でお願いします」
 真結は自室の椅子に座り、机の上に置いたパソコンの画面に映る、会社の顧問弁護士の男性と最終確認をしていた。
 新星系から無事に帰宅した真結に待っていたのは、父親と姉たちによる長時間にわたるお説教だった。出張と騙された挙句、知らぬ間に冒険団を結成し、危険な冒険に出ていたことに、家族は激怒していた。無事に帰ってきたから良かったものの、一歩間違えれば死んでいたのだから当然だろう。三女に至っては泣かれた。特に伊具の怒りは収まることを知らず、真結に対して自宅謹慎を命じた。論功の際には、特別に外出を許されただけだ。家族を怒らせ悲しませたことに、罪悪感を覚えた真結は、大人しく従った。当然だが、姉たちは誰一人、助け舟を出さなかった。金色九枚梅花の使用を許された現在でも、謹慎は解かれていない。家族からすれば、どれほどの偉業を成し遂げようと、可愛い娘であり可愛い妹、ということになるのだろう。それでも、リモートがあるので、仕事に重大な支障はない。
「畏まりました」
 弁護士が頷くと画面は切り替わった。
 実のところ、真結は我が手で育て上げた、可愛い会社を手放すことにした。光明帝からの褒美の余禄として、男爵位と専用艦と城が下賜されるからだ。想像であるが、こっちが本来、下賜される予定だった褒美であり、紋章はあの時の思い付きだったのではないかと思っている。金色九枚梅花の使用を許された身で、実家暮らしでは格好がつかないので、城が到着したら、そっちに移り住むつもりだ。というのは建前で、家族は求めていない注目を浴びるのを防ぐためだ。流石に、社長と城主の二足の草鞋をできるとは思っていないので、会社を手放す決断をしたのだ。ただ、ありがたいことに、その話を役員たちにしたら、数名の幹部と社員たちが付いて行く。と言ってくれた。城を一から盛り立てないといけないので、彼らの忠誠心は言葉にできないほどありがたく、快く受け取った。
「次はイーラム様との商談です」雅は秘書として振舞う。
「はーい」
 新星系に到着したことにより、帝国の慣例に従い、帝国政府から報奨金が出た。これは、光明帝から下賜された褒美とは別だ。それを皆で山分けした。団員の数が少なかったのもあって、皆が小金持ちになった。真結の取り分は全て、遺族へ平等に分配した。それで遺族の悲しみが軽減されるわけではないだろうが、何かをしたかった。
 ソライヤーは現在、冒険譚を執筆中だ。彼女の言う通り、出版社から冒険譚を出版したい依頼が来たので、約束通り執筆者にソライヤーを指名した。
 嘉兵衛やカムイシトたちは、会社に戻ってすぐに、軍事兵器の展覧会に参加した。飛翔は、人類領域外横断を支えた機体。ということで宣伝効果は絶大で、会場の注目を独占状態らしい。数件の契約を結んだと教えてもらった。その名の通り、戌井工業は今回の件を持って、大きく飛翔するかもしれない。
 パソコンの画面にジャーが映った。「お久しぶりです。お変わりはないようですね。真結様」
「ジャーも変わりはないようで嬉しいよ。ソライヤーも変わりはない?」
「部屋に籠って飲食を忘れて集中しているので、いつか体調を崩すのではないかと心配です」
「それは……、惚気話?」
「違います」
 という、挨拶もそこそこに本題へ入る。
「メールで送ってきた計画書を読ませてもらった上で、吟味したよ」
 約束通りジャーの起業のために資金を提供したり、人脈を紹介するにあたり、そもそもどういう商売をしたいのか、まず知りたかった。色々な面倒を見る以上、それぐらいは知りたい。ただ、彼は真結が城主を務めることになる城で商売をしたいと申し出た。月見里領と比較すれば、悲しいほどに市場規模は小さいが、新規参入をするわけではないので、チャンスは沢山転がっているし、しがらみもないのでやり易い。
「前回言った問題点をちゃんと直してあったし、疑問点やおかしな点はないから、これなら営業許可証を出せるよ」
 鼻の利く商人も、城での営業許可証を求めて申請を出してきたのだが、約束をしっかり守るためにジャーを優先している。
「ありがとうございます」満面の笑みを浮かべた。
「城が完成するまで、まだ時間がかかるから、今の内に下準備だけはしっかりしておいてね」
「わかりました。すぐに取り掛かります」やる気に満ちた表情を浮かべたまま映像が変わった。
「次は?」
「本日のスケジュールでは、イーラム様で最後です」
「終わったぁ……」真結は椅子に座ったまま体を伸ばして凝りを解した。普段と比べれば、あまり働いていないのだが凄く疲れた。
「御疲れ様です」佳代が労った。
「ただいま、御茶をお淹れします」
「三人分でお願い」
「畏まりました。でしたら、御茶菓子も持ってまいります」雅は一旦、部屋を出た。謹慎を言い渡されたのは、真結だけなので、雅と佳代は普通に出入りできる。
 真結はパソコンをシャットダウンした。やるべきことをやり終え、心配事もなくなり、爽快な気分だった。
 最大の懸念事項だった縁談は激増した。それもこれも、帝国貴族が金色九枚梅花の使用を許されたという、実に数百年ぶりの快挙を成し遂げた家との婚姻関係は、単純にとんでもない箔になるからだ。娘がまた馬鹿な真似をしないように、伊具は全て断ってくれた。ただし、ある家だけは、どうにもならなかった。それは最初に縁談を申し込んだ侯爵家だ。論功の際に、大勢の前で大恥をかかされ激怒していた。あの時は、名前は伏せていたが、調べればどこの家か誰でもわかる。別に隠していたわけでもない。向こうは怒り心頭で、月見里家に対して家名に傷がついたとして賠償を求めた。要求が金品であれば、話は簡単だったのだが、自分の傘下に入れと迫ってきた。流石、貴族院でとある派閥の幹部だけのことはある。間違いなく怒っているが、金色九枚梅花は魅力的に映るようだ。中立を旨とする月見里家では、到底受け入れられない要求だ。とはいえ、現実問題、力は向こうが上だ。困り果てていたところ、意外な人物が助けてくれた。高柳松軒侯爵だ。彼が間に入って、向こうを宥めて説得してくれた。おかげで、傘下に入らない代わりに、かなりの額の賠償金を支払って手打ちになり、縁談の話もなくなった。
 論功の時もそうだったが、どうして助け舟を出してくれたのか不思議でならない真結は、理由を聞いた。親同士、子同士のどちらかで、特別に親しい間柄というわけではないのだ。
『お前は次代を担う若者たちを牽引する存在になるかもしれない。そのためにも、しがらみは少ない方がいいだろう』
 とのことだった。
 そこまで高く評価してくれていることに恐縮しつつも、自分が目指すべき貴族の姿を見た。高柳侯爵のように、自己の利益を優先するのではなく、帝国の利益を考えられる貴族になりたい。
 ティーセットと御茶菓子が乗ったカートを押して、雅が戻ってきた。
「さあ。お茶会をしようか」
 城に移り住んだら、どれだけ忙しくなるのかわからないので、今の内に三人だけの時間を存分に楽しむ。
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