宛名のある手紙

すい

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宛名のある手紙

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「お元気ですか? ご飯はちゃんと食べていますか?」

 差出人は空欄。
 宛名には、ただ一言。
「あなたへ」
 内容はこの一筆だけだった

 なんだこれ、と苦笑した。
 いたずらにしても地味すぎる。
 けれど、封筒はどこか温かかった。ひとまず机の上に置いた。


 それからしばらくして、2通目が届いた。
「寒くなってきましたね。体を冷やさないように」
 さらに数日後。
「運動は続けていますか? 肩こりはひどくなっていませんか?」
 さらに数日後にまた届く。
 そこからまた数日後・・・と手紙は何通も続いた。

「まだあの熊のぬいぐるみ好きですか?」
 胸がざわめいた。
 熊のぬいぐるみ――子どもの頃から持っていた、あの茶色い小さな人形。
 いまでもベッドの隅に置いてあった。
 大人になっても手放すタイミングがなくて、引っ越しのたびに連れてきた。
 けれど、誰かに話したことは一度もない。

 まるで、私の生活をどこかから覗かれているようだった。

 心が沈んだときにはそっと寄り添い、
 嬉しい日には、喜びを一緒に分かち合った気さえしていた。
 ほんの少しだけ、この手紙がくれる“気遣い”に救われていた。


 数年後、私は仕事の都合で引っ越すことになった。
 新しい住所は誰にも知らせていない。
 この得体の知れない手紙とも、これでお別れだと思った。

 ところが引っ越しの翌日、
 その手紙は届いた。
「古くなったから仕方がなかったけど、お気に入りのぬいぐるみを捨てるの、悲しかったね」
 その晩は眠れなかった。
 物心がつく頃から一緒にいたぬいぐるみがないからなのか、
 その悲しさを言い当てられたからなのか、理由は分からなかった。


 ある日、ポストに何かが入る音がした。
 私は反射的に玄関を開け、配達員の姿を見つけて声をかけた。


「すみません、この手紙……どこから届いているんですか?」

 配達員は少し驚き、眉をひそめた。

「それ、未来のあなたからのお手紙ですよ」

「未来ですか?」

「ええ。未来では、寿命や記憶を通貨として、過去の自分に手紙を送れる制度があるんです。」

「……そこまでして手紙を送るのですか?」

「そうする方が、彼らの幸福観に合致するからです。」
 彼は淡々と語る。

「曖昧な記憶や未来を消し、輪郭の強い世界で痛みを抱えて過ごした時間が価値になるなんて思想が広まっているようで」

 私は言葉を失った。

 けれど配達員は静かに続ける。

「ただ、未来の内容を直接書くことは禁止されています。過去のあなたを壊さないよう残せるのは、ほんの一部の気遣いや助言だけ。」

「長くて薄い幸福を選ぶ人もいるようですが……未来のあなたは“手紙を送る人生”を選んだようですね。」

 そう言うと、彼は軽く会釈して去っていった。

 私は部屋に戻り、届いた手紙を読んだ。



「『生きていると心の宝石が削られる。
 傷ができ不安を覚えることもある。
 それでも残った宝石だから輝かしい』
 受け売りだけど、好きな言葉を送ります」 


 差出人は空欄。
 宛名には、相変わらず

「あなたへ」

 その一言だけだった。

 指先が震えた。
 涙が出た理由は分からない。
 ただ、確かにこの言葉は“私のため”に書かれていた。
 未来の私は、寿命や記憶を削ってまで、こんな言葉を届けてくれたのだろうか――。
 それを思うと、胸が痛くて、温かくて、苦しくて、
 息をするのも下手になるほど泣きたくなった。



 次の日から、手紙は来なくなった。
 ポストの中は空っぽ。
 風が吹き抜けるだけ。


 私は便箋を取り出し、初めて自分から手紙を書くことにした。

 何を綴るか悩んでいたとき、ある言葉が頭をよぎった。

 --「お元気ですか? ご飯はちゃんと食べていますか?」

 そして、便箋にこう記した。
「大丈夫だよ。私はちゃんと生きてる。
 明日も、明後日も。」

 書き終えたとき、胸の奥で静かに何かがほどけた。
 私は便箋をそっと机に置いた。

 差出人は空欄のまま。
 宛名には、一言だけ書いた。

「あなたへ」
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