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クソ野郎さんはスラム街へ消えた

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「私はお前との婚約を破棄する!今度こそ愛する恋人と婚約するのだ!」

「そうですか、では殿下」

「ん?」

「お覚悟!」

華奢なご令嬢から、豪快なパンチが入って王太子はぶっ飛んだ。










リリアナはナタリアの双子の妹だ。

ナタリアは優しくて、穏やかで、リリアナの自慢の姉だった。

なのに。

姉は病んでしまった。というのも、婚約者の王太子の浮気のせいだ。

姉は田舎の領地にそっと移り、心の療養。姉は婚約を解消され、婚約者の決まっていなかったリリアナが王太子の新たな婚約者になった。

「…お前のせいで!姉は、姉は!」

王太子に馬乗りになり殴り続けるリリアナ。リリアナの剣幕に、もはや誰も近づけない。

リリアナはずっと、この機会を待っていた。

クソ野郎を公開処刑出来る、この機会を。

そのために、嫌でもぐっと堪えてクソ野郎の婚約者という汚名を買ったのだ。

家に迷惑が掛かろうが構うものか。姉を療養と称して厄介払いして、私を代わりに使うような人の心のない奴らなのだから。まったく、なんであんな両親から姉のような天使が生まれたのだか。

「お姉様を返せ!お姉様を返せ!」

今の姉は、何にも反応しない。痛みにすら。可哀想に、完全に心を壊していた。だから最悪、一家もろとも処刑が決まろうと壊れた姉だけは見逃されるだろう。法律で障害者や病人には特別な措置が設けられている。

だから、絶対、仇は討つ。いや、殺しは流石にしないが。そのご自慢の顔を再生不能にはしてやろうとは思っている。

それは、王太子だけが相手ではない。

浮気相手のクソ女も、逃がすつもりは毛頭なかった。

「…よし」

血だらけで、全部の歯が折れて、顔がパンパンに腫れて、鼻が曲がったクソ野郎に満足すると次はとクソ野郎の立っていたところに目を向けた。

クソ野郎が立っていたところの横にはクソ女。

「…お覚悟!」

「ひっ…!」

クソ女を殴り倒し馬乗りになる。やはり誰も動けない。ドン引きどころの騒ぎじゃなく、本当に足一歩すら動かない程ただただ怖かったのだ。

「お前が!お姉様に姑息な嫌がらせなんてするから!」

女相手でもガンガン殴る。容赦なんてものはない。

「お姉様は誰にも相談できず…っ!」

泣きながら殴る。クソ野郎ももちろん憎んでいるが、それ以上にこの女が憎い。この女の仕打ちに姉は再起不能にされたのだ。

「殺してやりたい…!」

それでも殺しはしない。何故か。姉が、虫すら殺さずそっと窓から逃がしてあげるような可愛い人だったから。

姉が命というものを尊く思っていたのを、誰よりも知っていたから。

だからせめて。再起不能に社会的に殺すのだ。怪我が治っても結婚すら望めないくらい、顔を壊して醜聞を広めてやるのだ。

たとえ心の優しい姉に、嫌われるとしても。絶対に復讐は果たすと、決めたのだ。

「この、この!この!」

すでに気を失ったクソ女。その顔はクソ野郎と同じくらいぼろぼろ。これ以上やれば、殺してしまうだろう。

「…さて」

リリアナは立つ。みんな唾を飲み込む。

「…皆様、どうして私がこのような凶行に走ったかは知っての通り。このクソ野郎とクソ女の姉への仕打ちが原因でございます。姉を守らないクソ両親もぶん殴ろうと思うのですが、まだお時間くださいますか?」

みんなうんうん頷いてリリアナの両親を差し出した。リリアナの両親は恐怖に動けない。

「では、お父様、お母様。…お覚悟!」

まだまだ夜会は終わらない。断罪劇は、終わらない。















結局のところ、今回の一件。リリアナは無罪を言い渡された。リリアナも、姉を壊されたショックでおかしくなっていたと判断されたのだ。リリアナの両親もすでに制裁は受けたものとして許され、罰金だけで済み爵位や領地の没収などはなかった。罰金も、借金せずとも払える程度で済んだ。

リリアナの両親は、さすがに反省し…というかリリアナへの恐怖からナタリアとリリアナを領地に押し込めるのではなく、貴族向けのリゾート型の療養施設へ入れた。かなり恵まれた環境の療養施設なので、リリアナとナタリアも休めるだろう。

リリアナの両親はリリアナとナタリアの弟にさっさと家督を譲って隠居した。人前に出れる顔ではなくなったのだ。弟は、クソ両親を軽蔑しつつ貴族としての仕事を全うする。そして、少しでも姉達が良い扱いを受けるようにとリゾート型療養施設へ寄付を怠らなかった。

弟からみれば、ナタリアはもちろんリリアナだって優しい自慢の姉だった。精一杯守るつもりでいる。

「お姉様…綺麗な海ですね」

「…」

「お姉様、お腹空いてませんか?」

「…」

「…お姉様」

クソ野郎は廃嫡され、優秀で心清らかな第二王子が新たに王太子となった。婚約者とも仲がいいらしい。

クソ女は勘当されて、娼婦に身を落とした。しかしその顔のせいで、扱いはぞんざいらしい。

リリアナとナタリアは、寄り添いあって療養施設で暮らしているが…ナタリアは相変わらず反応を見せない。車椅子で部屋から見える海を眺めるが、リリアナの声も聞こえていないだろう。

「…そうだ!ねえ、お姉様!お姉様の好きなバーベキューをさせてもらいませんこと?職員さんは親切ですから、きっと許可をくださいますわ!」

「…」

「…お姉様、少しは何かお召し上がりにならないと…もう、点滴とフルーツを少しだけでは…お姉様…」

完全に何も飲めない食べれないわけではないが、口に運んでもせいぜい二、三口が限度。点滴と治癒魔法で無理矢理保たせている状況。

リリアナは、ナタリアがもしものことがあればととうとう泣いてしまう。姉を困らせたくなくて、気丈に振る舞ってきた。でも、もう無理だ。

「…うう。お姉様ぁー!」

ぼろぼろ涙を零してナタリアに縋るリリアナ。

しかし、奇跡というのは案外ちゃんと起こるらしい。

「…リリアナ?そんなに泣いてどうしたの?」

「…え?」

「大変。お姉様が守ってあげるから、泣かないで」

リリアナの涙に、今までなんの反応もなかったナタリアが当たり前のように動き出した。

「お姉様ー!お姉様ー!お姉様ー!」

騒がしいリリアナに、ナタリアはくすくす笑う。

「ふふ、どうしたの?もう。可愛い子、良い子ね」

案外、神様というのはちゃんと見ているのかもしれない。
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