ショタジジイ猊下は先祖返りのハーフエルフ〜超年の差婚、強制されました〜

下菊みこと

文字の大きさ
21 / 61

ショタジジイは寂しい人らしい

しおりを挟む
突然のユルリッシュ様の告白に、びっくりする。

「疎まれていたって…」

「母は他国から嫁いできた姫だったんだ」

「あ、遠くの国の第三王女様だったと聞いています」

「そう。だから、ちゃんと理解していなかったんだ」

「もしかして…この国の始祖が、エルフと人間の夫婦だったことを?」

ユルリッシュ様は頷く。

「我が国が、エルフと人間の混血の一族が治める国だとは聞いていたらしい。でも、それは〝箔をつけるための御伽噺〟だと思っていたそうだ」

「…」

「まあ実際。エルフの血は長年の人間との交わりでほとんど薄れて、俺のような先祖返りのハーフエルフは貴重。本来ならそんな認識でも問題はなかった。…でも、俺が生まれてしまった」

そう言ったユルリッシュ様の表情があまりにも悲しそうで、話の途中だというのについ遮ってしまう。

「ユルリッシュ様」

「どうした?」

「生まれてしまった、なんて言い方しないでください。少なくとも私は、ユルリッシュ様に救われています。幸せな結婚なんて考えられないと思っていたのに、今は穏やかな結婚生活に満たされています。…まだ、二日目ですけど」

「…ぶはっ」

私の下手な慰めに、ユルリッシュ様は吹き出した。

「た、たしかにまだ二日目だな。うん。イザベルは面白いな」

「むぅ…」

笑われてちょっと拗ねる。ユルリッシュ様はそんな私に穏やかな表情を浮かべた。

「そう拗ねるな。そういうところも可愛いから」

「本当に思ってますか?」

「思っているとも。俺がイザベルの救いになったなら、本当に良かった」

優しい表情のユルリッシュ様に、少し安心する。

「…けどな。イザベルはそう言ってくれるが、母はそうではなかった」

沈痛な面持ちになるユルリッシュ様。私はユルリッシュ様の手をそっと握る。それくらいしかできない。

「母は、耳の尖った俺を見てびっくりしたらしい。まさか本当にハーフエルフなんかが生まれるなんて、しかもそれが自分の子だなんて。だが、我が国では貴重なハーフエルフを生んだ素晴らしい国母と讃えられ、母も賞賛を受けてからは俺を自慢に思っていたらしい」

「…」

勝手だなと思った。自分の子をなんだと思っているのか。でも、純粋な人間の国ではそんな認識でもおかしくはないのか。ハーフエルフの存在を認める国は、世界的には珍しいのかもしれない。

「だが、兄や弟たちがすくすく成長する中で俺はこの姿で成長が止まった。正確には、今後またゆっくりと成長していくんだけどな。で、母は俺を化け物だと言った」

「…そんな」

化け物だなんて。なんて酷い。

「化け物。ある意味正しいかもな。エルフでもない、人間でもない、ハーフエルフ。国にとっては貴重な存在、皇室にとっては大切な存在、教会にとっては象徴となる存在。でも、母にとって俺は異物だった。兄や弟は普通の人間だったから、余計にそう見えたんだろう」

「ユルリッシュ様…」

かける言葉は見つからない。ユルリッシュ様の心の痛みは、愛されて育った私には多分、きちんとはわからない。余計な言葉は、多分ユルリッシュ様には要らないだろう。

「それでも、父は俺を自慢の息子だと言ったし、兄は可愛がってくれたし、弟達は懐いてくれたし。だから俺を疎む母との交流はなくとも、寂しくはなかった」

「…」

「でも」

ユルリッシュ様は悲しげに目を伏せる。

「母は、異物を排除しようとした」

「え…」

「母は晩年、病気で弱って離宮で療養し、その後すぐ死んだことになっている。でも、違うんだ」

「…まさか」

「そう。母は俺を殺そうとした。その罪で幽閉され、毒杯を与えられたんだ。…こんな醜聞、表には出せないから病気ってことにされたけどな」

…なんてこと。言葉が出ない。

「母はその日、珍しく俺をお茶の時間に呼んでくれたんだ。そして母は俺に毒を盛った。どうしても、自分が化け物を生んだことが許せなかったらしい。消してしまいたかったんだと」

「…酷い」

「…そうだな。でも、母も俺の存在のせいで精神的に壊れていたんだろう。母だけが悪いわけじゃないと、俺は思う。俺も悪かったんだ。…俺は気付かず、毒を飲んでしまった。だが、ハーフエルフとして生まれた俺は魔力が桁違いだ。魔力が俺を毒から守った。血と嘔吐とともに毒をすべて吐いて、俺は三日寝込んだだけで済んだ」

「三日も…」

「その時からバステトを飼ってるんだけどな、バステトは俺が目が覚めるまで自分の魔力を俺に少しずつ分けてくれていたんだ。だからバステトは、俺の恩猫なんだ。だから、俺の永遠に近い寿命の半分を与えて、俺の使い魔にしたんだ」

「そうだったのですね…バステト様には感謝ですね」

私がそう言えば、いつのまにかユルリッシュ様の隣に現れたバステト様はにゃあんと自慢げに鳴いた。それを見てユルリッシュ様はバステト様を撫でる。バステト様はそんなユルリッシュ様に寄り添った。

「目が覚めて俺は、何が起こったのか把握した。その頃には母は離宮に幽閉されていた。完全に体力と魔力を回復して、リハビリも終わる頃には母は墓地に埋葬されていた。母の葬儀は規模が小さかったらしい。墓地もひっそりとしたものだ。それでも、罪人としてではなく皇后として死ねたのはまだマシか」

ユルリッシュ様は、泣かない。でも、泣くことが出来ないだけだと気付いた。自分は泣いてはいけないと、そう思っているのだと。

「ユルリッシュ様」

私はユルリッシュ様を抱きしめる。ユルリッシュ様は、抱きしめられると少し震えた。

「イザベル、俺は」

「ユルリッシュ様は何も悪くありませんよ」

そう。ユルリッシュ様に罪はない。

「でも、母の精神を壊したのは俺の存在だ」

「そんなことはありません」

「母だけが悪いわけじゃない」

「それはそうですね。でも、ユルリッシュ様が悪いんじゃありません。お義母様の嫁入り前に、ちゃんと皇族のことを理解させられなかった周りの人間全員の責任です」

「…そうかもしれないけど、俺だって悪い」

なかなか強情なユルリッシュ様。でも、ユルリッシュ様は悪くない。

「そんなことはありません。現にユルリッシュ様は、みんなに望まれてここにいるでしょう?」

「それは…」

「ユルリッシュ様に救われた者はたくさんいます。今日治癒を受けた平民達だって、ユルリッシュ様を慕っているのがわかりました。みんなユルリッシュ様に感謝して、ユルリッシュ様を頼りにしているんです。ユルリッシュ様は必要な人です。少なくとも私はユルリッシュ様が必要です」

ユルリッシュ様は、ぎゅっと拳を握った。泣くのを耐えるように。

「なら…俺が悪くないのなら、俺は誰を恨めばいい?」

「…」

「母は悪くないと、俺が悪いと、自分を恨んできた。じゃあ、俺が悪くないなら、このもやっとした嫌な感情はどうすればいい?どこに向けたらいいんだ」

「…そんな感情、私とバステト様で癒して差し上げます」

「…え」

ユルリッシュ様を抱きしめる力を、強くする。

「私はユルリッシュ様に救われています。だから、今度は私がユルリッシュ様を救って差し上げます。時間はきっとかかりますが、必ず。そんな嫌な感情は、私が消して差し上げますから。だから、自分を許して差し上げてください。泣いてもいいんですよ、ユルリッシュ様」

「…ぅ、あぁ」

私の陳腐な慰めは、けれど心からの言葉だからかユルリッシュ様にちゃんと届いた。

「…なんで、どうして」

堰を切ったように肩を震わせて泣き出すユルリッシュ様。抱きしめる力をさらに強くした。

「どうして、俺を愛してくださらなかったのですか、母上…」

やっと弱音が、恨み言が吐けたユルリッシュ様。その小さな背中は、普段より幼く見えた。

静かに泣いて、泣き続けて、ユルリッシュ様は泣き疲れてそのまま寝てしまった。

ユルリッシュ様をそっと横にして、抱きしめるようにして私も寝る。バステト様は、ユルリッシュ様のお腹の上に乗っかった。

ユルリッシュ様が少しでも、救われますように。そう願って、眠りに落ちた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ
恋愛
了解です。 では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。 (本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です) --- 内容紹介 婚約破棄を告げられたとき、 ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。 それは政略結婚。 家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。 貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。 ――だから、その後の人生は自由に生きることにした。 捨て猫を拾い、 行き倒れの孤児の少女を保護し、 「収容するだけではない」孤児院を作る。 教育を施し、働く力を与え、 やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。 しかしその制度は、 貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。 反発、批判、正論という名の圧力。 それでもノエリアは感情を振り回さず、 ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。 ざまぁは叫ばれない。 断罪も復讐もない。 あるのは、 「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、 彼女がいなくても回り続ける世界。 これは、 恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、 静かに国を変えていく物語。 --- 併せておすすめタグ(参考) 婚約破棄 女主人公 貴族令嬢 孤児院 内政 知的ヒロイン スローざまぁ 日常系 猫

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...