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結局は枯れていなかった愛情のお話
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今日、私は貴族の娘の責務として結婚する。当たり前のように政略結婚である。といっても幼い頃からの許嫁ではない。相手は公爵様で、私は子爵家の娘。本来なら身分違いの玉の輿だ。というのも、相手は呪われた豚公爵と呼ばれ蔑まれ、そのことで結婚を何度も断られ続けたため私に縁談が舞い込んだ。
「…玉の輿ゲット!」
私は相手に若干の不安こそあったが、それより玉の輿を喜んだ。実際、実家の子爵家には結納金がたくさん納められて家族も喜んでいたし。
「旦那様!これからよろしくお願いします!」
「そうだな、これからよろしく頼む。…だが、今更だがいいのか?」
「はい?」
「俺は呪われた豚公爵だぞ」
両親を早くに亡くし、爵位を継いで頑張った結果ストレスで醜く肥えた旦那様。でも、それを呪われたとか酷い話だと思う。
「気になさるのなら、私と一緒にダイエットを頑張って見ませんか?」
「え」
「痩せたら素敵なのでは?」
「え」
「努力すれば結果は付いてきますよ、旦那様!」
私の言葉に旦那様は頷いた。
「な、なら…やってみるか」
「そうですか!よかった!」
「じゃあ…夜の運動から、始めようか?」
「だ、旦那様ったら!」
なんだかんだで熱い夜になった。旦那様は見かけによらずとても優しい。
「旦那様!なぜか私の通帳にたくさんの入金が!」
「ああ、私が振り込んでおいた。お小遣いだ」
「え!?多すぎです!」
「そうか?公爵夫人なら普通じゃないか?」
「ええー…お金持ち怖い…」
こんな大金がお小遣いとかみんなどうしてるんだろう。
「余るなら孤児院や養老院への寄付に回せ。あとは…教会に寄付するのもアリだな。あと領内の特産品でも大量に購入してご実家にお贈りしたらどうだ」
「なるほど!」
「あとは、投資に回すのもいい。あるいは合法の賭博とか。宝くじやカジノなんかは楽しいぞ」
「投資と賭博…」
「投資なら慈善事業とかが今のトレンドだな。どこかの会社ではスラム街に更生施設を建設しようだのと謳っていたな」
ふむふむ。さすがは旦那様。
「考えてみます!」
「まあ、あまり悩むな。好きにしろ」
「っ…!」
「旦那様…ついに…ついに!」
「ああ…ついに…普通サイズの紳士服が入るようになった!」
旦那様と夫婦の時間を重ね、協力して旦那様のダイエットに力を尽くしてきた結果。旦那様はついに、目標としていた肉体美を手に入れた。今では筋肉も程よく付いた平均体型のイケメンである。
「協力してくれてありがとう!これでバカにされることもない!心から愛してる!」
「旦那様、大好きです!」
旦那様は美貌を手に入れ、私はお小遣いを寄付と投資に回してお金と人脈を手に入れた。
これでみんな幸せ大団円。…でも、私達の時間はまだ止まらない。人生という物語には、必ず続きがあるものだ。
時は過ぎて、結婚から十数年。子宝にも恵まれて、男の子二人、女の子三人の大家族になった。みんな元気で、とても賢い良い子ばかり。私はこの幸せを心から夫に感謝して、愛していた。
「母上」
「なあに?」
「言うべきか迷ったのですが…父上が若い女と外出しているのを見ました」
息子の言葉に、思考が一瞬停止した。…まあ、考えてみれば夫は痩せてからはモテモテになった。こういうこともあるだろう。うん。報復はするけど。
「そうなのね」
「僕はどうしたらいいでしょうか…」
「…全部お母様に任せて、貴方は忘れてしまいなさい。正妻は私だし大丈夫よ。いい子」
不安そうな息子を慰めて、ようやく落ち着いたところで旦那様の元へ直談判しに行く。
「どうした?仕事中に君の方から来るなんて珍しい」
「旦那様、浮気していらっしゃいます?」
「…え?」
「あ、その反応はしてますね。ちゃんと避妊してくださいね。外に子供ができるのは迷惑です」
旦那様は私に土下座する。
「すまない!ちょっとした出来心だったんだ!ちゃんと避妊具を使っている!」
「そうですか。これからもちゃんと避妊具を使ってくださいね」
「え」
「私からはもう何も申し上げません。お好きにどうぞ」
…とは言ったものの、報復しないとは言っていない。今まで私は、旦那様が暴飲暴食しないようストレスケアに気をつけていた。しかし放置するようになった。今まで私は、太りやすい体質の旦那様が贅肉をつけないよう毎日筋トレの指導をしてきた。しかし放置するようになった。
結果。
旦那様は豚公爵に逆戻り。醜くなった旦那様からはまた人が離れていき、落ち込んで使い物にならなくなった旦那様は成人したばかりの長男に爵位を譲った。幸い息子は英才教育を受けており、若くして爵位を継いでも困ることもなかった。
「バカな男の結末なんて、こんなものよねぇ」
「母上は平静を保っていらっしゃるのですね」
「だって、色々と当然の結末だもの。調子に乗ったあの人が浮気するのも仕方なかったし、彼の愛を信じて疑わなかった私が裏切られたのもやっぱりどうしようもないわ。発覚後に起きたことも、やっぱりどうしようもない。…とはいえ気持ちの面では、残念で仕方がないのだけど」
「父上は今、飛び地にある田舎の領地の別荘で療養しています。僕は爵位を継いで妻と結婚した。弟妹たちの面倒は僕と妻で見ます。母上は、これからは好きに生きていいのですよ」
好きに生きる。そう言われて真っ先に思い浮かぶのは。
「色々やってみたいのだけど、そのためにまずは世界を見てこようと思うの」
「世界を…」
「なんだかんだで人脈も個人資産もあるし。いいと思わない?」
「そうですね。いつからですか?」
「…実はね?もう荷造りも終わってて、今から国外に出ようと思うの」
息子は驚いて、そして痩せていた頃の夫と似たような顔で笑った。
「どうか道中、お気をつけて。元気に帰ってきてくださいね。お土産も待っています」
「すぐに帰ってくるわ!お土産期待していてね」
「はい。でも食べ物は保存が効くものにしてくださいね」
何気にちゃっかりした息子に見送られて、私は荷物を持って仲の良い侍女と共に馬車で屋敷を出た。
人脈等々を駆使して色々な国を回った。たくさんの文化に触れ、色々な価値観に刺激を受け、美味しいものに舌鼓をうった。
定期的に帰っては、お土産を子供達に配る。子供達はその度にホッとした顔で出迎えてくれて、成長した元気な姿を見られる。夫は放置。いい気味だと思うけど、何故か会えないのが寂しいと思う自分もいる。
芸術作品や民族衣装など、様々なものを見て買って、そしてとうとう全ての国を回ることができた。本格的に屋敷に帰る。気付いたら私も相当歳をとっていた。
お土産はいつしか孫の分も買うようになっていて、その孫達にお土産話を聞かせてあげると喜ばれる。
でも、もう旅は終わり。なのでこれを一区切りとして、最後にもう一度夫と会ってこようと思う。
「旦那様」
「…え?来てくれたのか?」
呆然とする夫。その体はいつのまにか枝のように細くなっていた。歳をとったのを感じる。
「…旦那様、これを差し上げます」
「これは?」
「私が旅先で作った、とある国の伝統工芸です」
「…旅。そうか、楽しかったか?」
「ええ。世界を見て回るにはこんな歳になってしまいましたけど」
私がそう言って笑うと、旦那様も笑った。
「…俺は、療養しながら色々と趣味を作ってみたんだ。ほら、この絵は俺が描いたんだ」
「え?この油絵を旦那様が?すごい!」
「だろう。俺はもう保って数ヶ月らしいが、君にこの絵を見せられて良かった」
旦那様の言葉に心臓が止まる。ああ、私は結局、なんとも思っていないつもりでもこの人を愛していたのだろう。その油絵で描かれているのは、若い日の私と旦那様。…本当に、バカな男。
「最後に、この絵を受け取ってもらえないか。バカな男の最期の頼みだ」
「ふふ、受け取って差し上げますわ」
そう言って笑ったはずなのに、目からは涙。この人がこの世界から居なくなるのは、寂しいと思った。
「…愛してる」
「私も、大好きです」
最後にお互い素直になって、けれど油絵だけ受け取って別れた。それからはもう会わず、死に目に会うこともなく、葬儀にだけは出た。これで、きっと良かった。
屋敷に戻っての生活は、楽しい。孫達を可愛がり、優雅な隠居生活。
旅で使いきれなかったお小遣いは、旅で出会った若い人達に出資もしてたくさんの芸術家を輩出したりもした。
私は結局、曽孫の世話まで見てから体調を崩した。なかなか長生きした方だろう。充実した人生だったとも思う。
心残りは、あのバカな男の手を離したことくらいかな。バカでも、私の中では結局可愛い人のままだった。
だから、今から会いに行くから。今度は手を離さないで欲しい。そのためにも…もう、二度とよそ見できないようにしてやる。…私はそんなことを思って、目を閉じた。
「…玉の輿ゲット!」
私は相手に若干の不安こそあったが、それより玉の輿を喜んだ。実際、実家の子爵家には結納金がたくさん納められて家族も喜んでいたし。
「旦那様!これからよろしくお願いします!」
「そうだな、これからよろしく頼む。…だが、今更だがいいのか?」
「はい?」
「俺は呪われた豚公爵だぞ」
両親を早くに亡くし、爵位を継いで頑張った結果ストレスで醜く肥えた旦那様。でも、それを呪われたとか酷い話だと思う。
「気になさるのなら、私と一緒にダイエットを頑張って見ませんか?」
「え」
「痩せたら素敵なのでは?」
「え」
「努力すれば結果は付いてきますよ、旦那様!」
私の言葉に旦那様は頷いた。
「な、なら…やってみるか」
「そうですか!よかった!」
「じゃあ…夜の運動から、始めようか?」
「だ、旦那様ったら!」
なんだかんだで熱い夜になった。旦那様は見かけによらずとても優しい。
「旦那様!なぜか私の通帳にたくさんの入金が!」
「ああ、私が振り込んでおいた。お小遣いだ」
「え!?多すぎです!」
「そうか?公爵夫人なら普通じゃないか?」
「ええー…お金持ち怖い…」
こんな大金がお小遣いとかみんなどうしてるんだろう。
「余るなら孤児院や養老院への寄付に回せ。あとは…教会に寄付するのもアリだな。あと領内の特産品でも大量に購入してご実家にお贈りしたらどうだ」
「なるほど!」
「あとは、投資に回すのもいい。あるいは合法の賭博とか。宝くじやカジノなんかは楽しいぞ」
「投資と賭博…」
「投資なら慈善事業とかが今のトレンドだな。どこかの会社ではスラム街に更生施設を建設しようだのと謳っていたな」
ふむふむ。さすがは旦那様。
「考えてみます!」
「まあ、あまり悩むな。好きにしろ」
「っ…!」
「旦那様…ついに…ついに!」
「ああ…ついに…普通サイズの紳士服が入るようになった!」
旦那様と夫婦の時間を重ね、協力して旦那様のダイエットに力を尽くしてきた結果。旦那様はついに、目標としていた肉体美を手に入れた。今では筋肉も程よく付いた平均体型のイケメンである。
「協力してくれてありがとう!これでバカにされることもない!心から愛してる!」
「旦那様、大好きです!」
旦那様は美貌を手に入れ、私はお小遣いを寄付と投資に回してお金と人脈を手に入れた。
これでみんな幸せ大団円。…でも、私達の時間はまだ止まらない。人生という物語には、必ず続きがあるものだ。
時は過ぎて、結婚から十数年。子宝にも恵まれて、男の子二人、女の子三人の大家族になった。みんな元気で、とても賢い良い子ばかり。私はこの幸せを心から夫に感謝して、愛していた。
「母上」
「なあに?」
「言うべきか迷ったのですが…父上が若い女と外出しているのを見ました」
息子の言葉に、思考が一瞬停止した。…まあ、考えてみれば夫は痩せてからはモテモテになった。こういうこともあるだろう。うん。報復はするけど。
「そうなのね」
「僕はどうしたらいいでしょうか…」
「…全部お母様に任せて、貴方は忘れてしまいなさい。正妻は私だし大丈夫よ。いい子」
不安そうな息子を慰めて、ようやく落ち着いたところで旦那様の元へ直談判しに行く。
「どうした?仕事中に君の方から来るなんて珍しい」
「旦那様、浮気していらっしゃいます?」
「…え?」
「あ、その反応はしてますね。ちゃんと避妊してくださいね。外に子供ができるのは迷惑です」
旦那様は私に土下座する。
「すまない!ちょっとした出来心だったんだ!ちゃんと避妊具を使っている!」
「そうですか。これからもちゃんと避妊具を使ってくださいね」
「え」
「私からはもう何も申し上げません。お好きにどうぞ」
…とは言ったものの、報復しないとは言っていない。今まで私は、旦那様が暴飲暴食しないようストレスケアに気をつけていた。しかし放置するようになった。今まで私は、太りやすい体質の旦那様が贅肉をつけないよう毎日筋トレの指導をしてきた。しかし放置するようになった。
結果。
旦那様は豚公爵に逆戻り。醜くなった旦那様からはまた人が離れていき、落ち込んで使い物にならなくなった旦那様は成人したばかりの長男に爵位を譲った。幸い息子は英才教育を受けており、若くして爵位を継いでも困ることもなかった。
「バカな男の結末なんて、こんなものよねぇ」
「母上は平静を保っていらっしゃるのですね」
「だって、色々と当然の結末だもの。調子に乗ったあの人が浮気するのも仕方なかったし、彼の愛を信じて疑わなかった私が裏切られたのもやっぱりどうしようもないわ。発覚後に起きたことも、やっぱりどうしようもない。…とはいえ気持ちの面では、残念で仕方がないのだけど」
「父上は今、飛び地にある田舎の領地の別荘で療養しています。僕は爵位を継いで妻と結婚した。弟妹たちの面倒は僕と妻で見ます。母上は、これからは好きに生きていいのですよ」
好きに生きる。そう言われて真っ先に思い浮かぶのは。
「色々やってみたいのだけど、そのためにまずは世界を見てこようと思うの」
「世界を…」
「なんだかんだで人脈も個人資産もあるし。いいと思わない?」
「そうですね。いつからですか?」
「…実はね?もう荷造りも終わってて、今から国外に出ようと思うの」
息子は驚いて、そして痩せていた頃の夫と似たような顔で笑った。
「どうか道中、お気をつけて。元気に帰ってきてくださいね。お土産も待っています」
「すぐに帰ってくるわ!お土産期待していてね」
「はい。でも食べ物は保存が効くものにしてくださいね」
何気にちゃっかりした息子に見送られて、私は荷物を持って仲の良い侍女と共に馬車で屋敷を出た。
人脈等々を駆使して色々な国を回った。たくさんの文化に触れ、色々な価値観に刺激を受け、美味しいものに舌鼓をうった。
定期的に帰っては、お土産を子供達に配る。子供達はその度にホッとした顔で出迎えてくれて、成長した元気な姿を見られる。夫は放置。いい気味だと思うけど、何故か会えないのが寂しいと思う自分もいる。
芸術作品や民族衣装など、様々なものを見て買って、そしてとうとう全ての国を回ることができた。本格的に屋敷に帰る。気付いたら私も相当歳をとっていた。
お土産はいつしか孫の分も買うようになっていて、その孫達にお土産話を聞かせてあげると喜ばれる。
でも、もう旅は終わり。なのでこれを一区切りとして、最後にもう一度夫と会ってこようと思う。
「旦那様」
「…え?来てくれたのか?」
呆然とする夫。その体はいつのまにか枝のように細くなっていた。歳をとったのを感じる。
「…旦那様、これを差し上げます」
「これは?」
「私が旅先で作った、とある国の伝統工芸です」
「…旅。そうか、楽しかったか?」
「ええ。世界を見て回るにはこんな歳になってしまいましたけど」
私がそう言って笑うと、旦那様も笑った。
「…俺は、療養しながら色々と趣味を作ってみたんだ。ほら、この絵は俺が描いたんだ」
「え?この油絵を旦那様が?すごい!」
「だろう。俺はもう保って数ヶ月らしいが、君にこの絵を見せられて良かった」
旦那様の言葉に心臓が止まる。ああ、私は結局、なんとも思っていないつもりでもこの人を愛していたのだろう。その油絵で描かれているのは、若い日の私と旦那様。…本当に、バカな男。
「最後に、この絵を受け取ってもらえないか。バカな男の最期の頼みだ」
「ふふ、受け取って差し上げますわ」
そう言って笑ったはずなのに、目からは涙。この人がこの世界から居なくなるのは、寂しいと思った。
「…愛してる」
「私も、大好きです」
最後にお互い素直になって、けれど油絵だけ受け取って別れた。それからはもう会わず、死に目に会うこともなく、葬儀にだけは出た。これで、きっと良かった。
屋敷に戻っての生活は、楽しい。孫達を可愛がり、優雅な隠居生活。
旅で使いきれなかったお小遣いは、旅で出会った若い人達に出資もしてたくさんの芸術家を輩出したりもした。
私は結局、曽孫の世話まで見てから体調を崩した。なかなか長生きした方だろう。充実した人生だったとも思う。
心残りは、あのバカな男の手を離したことくらいかな。バカでも、私の中では結局可愛い人のままだった。
だから、今から会いに行くから。今度は手を離さないで欲しい。そのためにも…もう、二度とよそ見できないようにしてやる。…私はそんなことを思って、目を閉じた。
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