愛する皇帝陛下にトドメを刺された皇后、こうなりゃヤケだと理想の皇后を目指す。

下菊みこと

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ただただ愛していたはずだった

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「何故ですか、オクタヴィアン様!愛するのは私だけだと仰ってくださったのに、何故!」

「マルジョレーヌ」

愛するオクタヴィアン様が皇后である私の他に皇妃を迎えると聞いて、抗議しに行った私。オクタヴィアン様はそんな私を抱きしめて、こう言った。

「政略結婚に、愛は関係ない。分かるだろう?」

「それなら…何故、私に愛しているなどと仰ったのですか…?」

「愛しているからだ。より強い同盟を隣国と結ぶため、あちらが差し出す姫君を受け入れるが愛するのはお前だけだ」

愛するオクタヴィアン様の言葉に〝トドメ〟を刺された私は、涙さえ止まってしまった。それを説得できたのだと勘違いして、頬にキスをして執務に戻るオクタヴィアン様。私はもう何も考えられず、気付いたら自室のベッドの上だった。

「あー…自力で部屋に戻ってダウンしたのね…」

笑える。馬鹿みたいだ。

「…愛してたんだけどなぁ」

みんな、私を笑うだろう。皇后である以上、こんな展開も予想できたのだ。私は皇后として覚悟が足りない。皇后失格だ。そう言ってみんなに笑われても仕方がない。自覚している。でも、それだけ愛していたの。それはどうか否定しないで。

「…オクタヴィアン様との出会いは、幼い日」

生まれながらの婚約者。そんな私に、幼いオクタヴィアン様は微笑んだ。

『我が婚約者は、美しいな』

生まれつきの、醜い顔の痣に悩んでいた私。両親ですら、それを理由に婚約を辞退するべきかと悩んでいた。しかし、そんな私にオクタヴィアン様は美しいと言ってくれたのだ。私はオクタヴィアン様に、あの瞬間からずっとずっと恋をしていた。

「でも。私がいつまでもグズグズ言っていたらオクタヴィアン様は困るわよね…」

もう、トドメを刺された。愛するのはお前だけなんて、嘘だ。今までのオクタヴィアン様の…皇帝陛下の言葉は全てリップサービスだったんだ。それに気付いて、トドメを刺された私の心はもう痛みは感じないだろう。だったら。

「こうなりゃヤケよ」

私は理想の皇后を目指す。それが皇帝陛下のためになると信じて。

「…でも、何ができるかしら。とりあえず、皇妃殿下を笑顔で歓迎するのは当然として。今までもそのつもりでいたけれど、より臣民達のために働かないとね。…あとは、やっぱり早めに多くの血を残さないと。皇后より皇妃の方が先に皇子を、なんて皇位継承権とか面倒くさいもの」

ということで、とりあえず今日は明日に備えて早く眠ることにした。幸い、皇帝陛下の御渡りは今日はなかった。











「今日から自分磨きはもういいわ」

「えっ」

「代わりに、その分の資金を国中の孤児院の環境改善のために充てて欲しいの。お願いできる?」

「皇后陛下!素晴らしい覚悟です!」

醜い私はせめて痣以外は綺麗でいようと、自分磨きと銘打って自由になるお金の範囲でエステなどを使い見た目を取り繕おうとしていた。しかし今ではその努力も無駄だったと分かった。皇帝陛下は私を愛してなどいないのだから。

…ならばせめて、臣民達のために使おう!それが良い皇后というものよね!

「皇后陛下…」

幼い頃から私に仕える侍女が、悲しげな表情で私を見つめていたが私はもう何も感じなかった。














「皇帝陛下、今日はありがとうございます」

「…?なんのことだ?」

「御渡り、有り難いです」

皇帝陛下は今日は御渡りしてくださった。なんとしてでも皇帝陛下の御子が欲しい私としては有り難い。皇妃殿下…正確にはまだ候補だが、彼女が輿入れしてくるのは諸々の事情で二年後。それまでに男の子をなんとしてでも欲しい!

「感謝されることでもないだろう。愛する人を抱きたいと思うのは、男なら当たり前だ」

愛する、と言われてゾッとした。何故だろう、今までなら天にも昇る心地だった言葉なのに。血の気が引いた。本気で。

だから私は、皇帝陛下にキスをして彼の口を塞いだ。

「…今日はやけに積極的だな?優しくしてやれないぞ」

「はい、皇帝陛下」

本気で優しくしてくれなくてちょっと死ぬかと思ったけど、まあそんな気分だったんだろうし仕方がないか。












私はあれからずっと、へこたれずに頑張ってみた。結果的に、私はいつのまにか臣民達から慕われていた。醜い皇后を相応しくないと嘲っていた彼らは、孤児院の運営にメスを入れ子供たちに最適な環境を提供する私に掌を返して褒め称えた。

さらに、元気な男の子にも恵まれた。皇妃殿下が輿入れする直前になってしまってちょっと申し訳ないが、まあお祝いごとが重なるのは良いことだろう。

「マルジョレーヌ、元気な男の子をありがとう」

「皇帝陛下のおかげです。ありがとうございました」

「…マルジョレーヌ。明日の結婚式だが」

「参加します。オスカーも連れて行っていいんですよね?」

「もちろんだ」

息子はオスカーという名前を皇帝陛下から付けられた。我が息子にぴったりの名前だと思う。

「あまり無理はしなくてもいいからな」

「…無理?なんのことでしょうか?」

「その…いや、なんでもない」

「…?皇帝陛下のそんなはっきりしない態度、珍しいですね?」

「すまない…」

…皇帝陛下はどうしたんだろう?

「じゃあ、私は明日の結婚式に備えて寝ますね!」

「おやすみ、俺の愛するマルジョレーヌ」

…鳥肌が立つ。愛する、とか気持ち悪いと思ってしまった。不敬だな、私。

「…マルジョレーヌ?」

「おやすみなさいませ」

これ以上聞いたら本気で吐きそうなので、さっさと追い返したのは許して欲しい。













皇帝陛下と皇妃殿下の結婚式は盛大にお祝いされた。私も可愛い息子をこっそりと自慢しつつもお二人を心から祝福する。私と違い美しいお顔の皇妃殿下は、私の結婚式の時と違ってもちろん祝福…されるものだと思っていたのだが。

「皇后陛下から皇帝陛下を奪うなんて…」

「若く美しいからと、それだけで愛されるものでもないだろうに」

「皇后陛下は我ら臣民に寄り添ってくださる素晴らしい方だ。皇子殿下もいらっしゃるし立ち位置が危ういのは皇妃殿下の方だろう」

…いやー、貴族ってやっぱりクソだわ。この世界で生まれ育っておいて今更だけど。

皇妃殿下は顔色が悪い。当たり前だ。隣国とはいえ他国に若くして嫁いできたのに、祝福を受けるどころか陰口を叩かれては誰だって心が折れる。普通に可哀想。しかも私っていう目の上のたんこぶもいるし。

…どうしよう、余計なことしない方がいいのかな。でもな。見捨てたら皇后失格よね。

「あとでこっそり、皇妃殿下を私の宮へ誘ってちょうだい。とびきり美味しい紅茶と、とびきり甘いケーキも用意してね」

私は結局、皇妃殿下を慰めることにした。











「こ、皇后陛下、この度はお誘い…」

「皇妃殿下!」

私はどう慰めればいいかわからないから、思い切り皇妃殿下を抱きしめた。

「え」

「うちの臣民達がごめんなさいね!でも悪い子ばかりでもないの!多分!」

「多分」

「改めて、結婚おめでとう。私は貴女を歓迎します」

私が皇妃殿下の目を見てそう言えば、皇妃殿下の美しい顔がぐしゃぐしゃに歪み涙が溢れた。

「…ありがとう、ございます!」

「皇妃殿下はきっと真面目な方なのね。もう。いちいち悪意のある言葉に反応することないのよ」

皇妃殿下が泣き止むまで抱きしめて、背中をポンポンしてあげて。落ち着いたら、美味しい紅茶と甘いケーキを一緒に食べた。

「皇妃殿下は所作も美しいわ。私ももっと精進しなきゃね」

「皇后陛下も所作が綺麗だと思います!」

「そうかしら?それならいいのだけど」

「皇后陛下は、とても向上心が高いのですね」

「それはないわ」

もう、愛されたい人はいない。もう、努力する意味はない。皇帝陛下のために理想の皇后になろうとは思うけれど、今までの皇帝陛下に愛されるための向上心とは全く別物だ。

「ともかく。私で良ければいつだって皇妃殿下の味方になるわ。頼ってね」

「はい…!皇后陛下が居てくださって、よかった!」

純粋な皇妃殿下。壊れてしまわないように守るのはもちろん皇帝陛下の役割だろうけれど、私だって出来る限り力になりたい。心が冷え切るのは、とても辛いことだから。この子までそんな思いをする必要はない。この子は美しい。皇帝陛下の寵妃となるだろう。皇帝陛下を愛していた過去の私の分まで、とびきりの幸せを感じて欲しい。














「皇帝陛下、今日も御渡りしてくださってとても嬉しいです」

「そ、そうか…!」

「ですが。皇帝陛下の御渡りがなくては、皇妃殿下も不安でしょう。少しはあちらの宮にも行って差し上げてくださいね」

「…マルジョレーヌ」

「なんです?」

あまりにも気が利かない…皇妃殿下を蔑ろにする皇帝陛下にちょっとだけイライラする。今更何を遠慮することがあるというのか。

「…いや、すまない」

「…とりあえず、今からでも皇妃殿下の元へ御渡りされては?」

「…愛する君との子供がもっと欲しい」

「」

愛する、という言葉に思わず吐きそうになって寸前で飲み込む。嘘でもやめてほしい。

「…そうですね。皇位後継者は多い方がいいですし、やはり余計な軋轢を生まないようまずは皇后である私との子を望まれるのもわかります。…皇妃殿下には、もう少し我慢していただきましょうか」

「…マルジョレーヌ、君は」

「はい?」

余計なことを口にするなよと眼力で伝える。伝われ。

「…なんでもない」

「では、始めましょうか」

「ロマンスのかけらもない…」

だって、そんなもの必要ないですもの。













結局のところ、皇帝陛下はその後も私のところにばかり御渡りされた。私達の間には皇子が三人、皇女が七人。一方で、皇妃殿下には皇女が一人だけ。それも、何故か皇族に必ず現れる銀の髪も紫の瞳も持たない茶髪に青い瞳の子。その色は、皇妃殿下の護衛の持つ色と同じ。邪推する者も多い。

「…皇后陛下」

「なに?皇妃殿下」

「私、皇帝陛下には感謝しているんです」

皇妃殿下との二人きりのお茶会はもはや恒例になり、今日も二人でお茶を飲む。そんな時に突然、そんなことを言われた。

「皇帝陛下は娘を皇女にしてくださいました」

「してくださるも何も、皇女でしょう」

「…皇帝陛下は、私を抱いたことがありません」

耳元で、誰にも聞かれないよう囁かれた。邪推は当たっていたらしい。私はどう対応するべきだろう。

「…それで?」

「皇帝陛下は、皇后陛下を心から愛していらっしゃいます」

ゾッとした。喜ぶべきかもしれない。でもなんでだろう。今の私には受け入れられないらしい。

「私が原因なんですよね?私が嫁いだのが。使用人たちが話していたのを、聞きました」

「…そう」

「原因の私がこんなことを言っても不快かもしれませんが、皇帝陛下と皇后陛下には仲直りして欲しいです」

…なんでだろう。なんか、理想の皇后とか綺麗事言ってたのも馬鹿らしくなる。面倒くさいなー。

「だから…」

「皇帝陛下がそう判断されるなら、皇女殿下のことは目を瞑ります。ですが、二度目の裏切りは許されないと思うので気をつけてくださいね」

「…は、はい」

「あと、面倒くさいので仲直りとかやめてくださいね」

「え」

皇妃殿下に、別れを告げる。

「もう、私の方から皇妃殿下をこうしてお茶には誘いません。失礼しますね」

私は、体調不良をでっち上げて仮病で宮に閉じこもるようになった。皇太子となった第一皇子ももう大きくなったし、もう頑張らなくていいだろう。閉じこもりながら、私は〝愛人候補リスト〟を開く。私がこの数年自分で貴族男性を調べ上げたものだ。もう皇后として頑張ったしそろそろ第二の人生…というとちょっと違うか。二度目の恋?を楽しんでもいいだろう。














「母上」

「なあに?オスカー」

「最近母上の元にとある貴族の男性が入り浸っていると聞いたんですが」

「あら。どこで聞いたの?」

「…父上から」

…面倒くさいなー。

「皇后としてすべきことはしてるでしょう?皇后としての公務などのお仕事とか」

「責めてはいません。ただ、父上が落ち込んでいるので」

「あら、皇帝陛下が?どうして?」

私が首をかしげると、オスカーは目を見開いた。

「まさか母上は、本気で気付いていないのですか?」

「え?」

「父上は母上を心から愛していますよ?」

愛人に選んだ男性から愛を囁かれるのは特になんとも思わないのに、皇帝陛下が絡むと愛の言葉に拒絶反応が出る。

「母上?…具合が悪いのですか!?」

「血の気が引いてゾッとして鳥肌が立っただけよ。皇帝陛下からの愛とか今の私は受け取れないみたい」

「…父上と母上は、相思相愛だったと。特に母上が父上にぞっこんだったと母上の侍女から聞きました。…愛していたから、許せないのですか?」

それを聞いて、ああと思う。

「…そうかも?」

「…なら、僕からはもう何も言いません」

「ごめんね、オスカー」

オスカーは、皇帝陛下そっくりの顔で言った。

「母上の幸せを、心から願います」











結局。私と愛人の関係は公然の秘密となった。皇帝陛下は何故か心を病み皇太子であった私の息子がさっさと皇位を継承した。壊れた皇帝陛下は皇妃殿下の元で、皇妃殿下を抱くことすらなく泣いて暮らしているらしい。皇妃殿下にも愛人がいるからなー。なんかもう本当に色々面倒くさいな。

「皇后陛下」

「なあに?」

「愛しております」

「私は愛してないわ」

愛人とのいつものやり取り。私はきっと、多くの人から非難されるだろう。それでもいい。私はもう、愛に生きるのは無理だと気付いてしまったのだから。
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