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偽カップル ①
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「恋人になってくれませんか」
駅のホーム、帰りの電車を待っている僕にそう言ったのはクラスメイトの宮園華。
「は?」
「は? じゃなくて、付き合ってくれませんか、って言ってるの」
どうせなんかの罰ゲームで僕に告白なんかさせられているんだ。じゃないと、友達と呼べる人が生まれた時からの幼馴染の健太以外いない根暗で陰キャの僕に、クラス一、いや学年一の美女が告白なんて血迷ってもするはずがない。
「いや、ごめん……なさい」
そう言って十五年生きてきて初めて受けた告白を断り、到着した電車へ足早に乗り込んだ。
すると彼女は、当然のようについてきて僕の隣に座った。
「いいのかな? このまま断っちゃうと、昨日のことクラス中、いや学校中に言いふらすかもよ?」
「……やっぱりあれは君だったんだね」
昨日のこととは、僕が彼女の胸を触ったことだと思う。もちろんわざとじゃない。不可抗力ってやつだ。
「いやー、まさか女子高生の胸を触って、何も言わずに出て行くなんて、ねえ?」
彼女は脅しているような、そんな顔で僕にしか聞こえないくらいの声量で言う。
「何も言わずに電車を降りたのは謝る。ごめん。でもわざとじゃないんだ――」
彼女は僕の弁明なんかどうでもいいと言うかのように遮った。
「そんなことより、私とユーチューブやらない?」
「え、なんて?」
「私と恋人になって、カップルユーチューバーとして動画を投稿しようって言ってるの。ほら、君って映像研究部でしょ? なら動画編集も出来るかなーって」
「出来るけどさ……」
「一か月でいい。付き合ってくれたら昨日のことは忘れてあげる」
こんな僕と彼女が一緒にユーチューブをしているなんてことがばれたら、それこそ周りから何を言われるかわかったもんじゃない。でも、胸を触ったことがばれることの方が怖い。わざとじゃないと僕がいくら訴えても、みんながどっちの味方に付くかなんて考えなくても答えは出ている。
僕は小さく溜息をついた。ここは彼女の提案に乗った方がいい。第一、ユーチューブでバズるなんて、そう簡単なことじゃない。
「……わかった。それで疑いが晴れるのなら付き合う」
え? と彼女は目を大きく見開いて、驚いた顔をしていた。
「え、って。君が言い出したんじゃないか」
きょとん、という擬態語が似合いそうな表情をしながら彼女は言った。
「いや、もっとたくさん断られると思ってたから、こんなに早く了承してくれるとは思わなくて」
「その代わり、絶対に言いふらしたりなんかしないでよ。ってか、わざとじゃないんだから言いふらさたら困る」
「わかった。約束ね」
そう言って笑った彼女の顔は、とても華やかだった。
「それで、いつから始めるの?」
「明日!」
「わかった。じゃあ明日部活が終わってからね」
「ちょっと、部活なんてしてる暇ないでしょ」
彼女は当たり前のように真顔でそう言った。
「だって、動画取りに行かなきゃいけないんだよ? 放課後の貴重な時間をフルに使わなくてどうするのよ」
部活にも行かしてくれないのかよ。まあ、これも身の潔白を証明するためだ。仕方がない。
「わかったよ。明日の放課後ね」
はい、と彼女はスマホを出してきた。画面には彼女のラインのQRコードが映し出されていた。
ああ、僕はカバンからスマホを取り出して、友達に追加した。
ラインのアイコンには、おそらく彼女の飼い犬であろうチワワとのツーショットが設定されていた。
「家に着いたらラインしてね」
「うん」
しばらく沈黙が続き、そのまま最寄りの駅に着いたので席を立った。
彼女は立ち上がろうとしなかった。
ついてきたわけではなくて、同じ電車だったらしい。
どこで降りるの、とは聞かずに「じゃあ」とだけ言って電車を降りた。
家に着き、彼女にラインをした。
『追加しました。浦田銀二です。よろしく』
彼女からの返信は三十秒もしないうちに帰って来た。
『宮園華です。よろしくね。明日、放課後駅前に集合! 遅刻しないでね』
僕は大きく溜息をついて、スマホをベッド投げた。
すべてはあの日が原因だった。
僕は映像研究部に所属しており、そこで主に映像編集を勉強している。やりだしたら止まらない性格がゆえに、その日は部で撮った映像を家に持ち帰り夜中まで編集していた。その日、眠りについたのは朝の四時ごろ。十分な睡眠がとれず学校で眠ろうとしたがその日は六時間ある授業の内、五時間が別々の教室であり休み時間に眠ることは出来なかった。
あまりの眠さに耐えかねて、僕はその日部活を休んだ。一刻も早く帰って寝たかったからだ。でもそれがいけなかった。
帰りの電車は満員で、席に座れず吊革につかまっていた。そして電車に揺られているうつにいつの間にか眠ってしまっていた。ふと目が覚めると最寄り駅にすでに到着しており、急いで降りようと人込みをかき分けるようにして手を伸ばすと、外側を向いていた左手が何か柔らかいものに当たった。そんなことは気にせずに、いや、少し嫌な予感がしたがそれどころではなかったので無視してなんとかホームに降り立った。
振り向くと電車はゆっくりと動き出していて、ドアの窓から一人の女子高生がこちらを見つめていた。とっさに顔をそむけたが、あの制服、あの顔、見間違いでなければ彼女はうちのクラスメイトの宮園華だ。肩まである黒髪は毛先が内巻きになっていて、二重の幅が狭すぎず広すぎず、とてもきれいな目をしている、学年一の美女だ。
――どうか見間違いで、人違いであってくれ。
そう願って学校へ行くと、彼女はいつも通り友達と騒いでいた。そして僕と一度も目が合うことは無かった。
「人違いだったか。よかった」
そう安心していたのに……。
駅のホーム、帰りの電車を待っている僕にそう言ったのはクラスメイトの宮園華。
「は?」
「は? じゃなくて、付き合ってくれませんか、って言ってるの」
どうせなんかの罰ゲームで僕に告白なんかさせられているんだ。じゃないと、友達と呼べる人が生まれた時からの幼馴染の健太以外いない根暗で陰キャの僕に、クラス一、いや学年一の美女が告白なんて血迷ってもするはずがない。
「いや、ごめん……なさい」
そう言って十五年生きてきて初めて受けた告白を断り、到着した電車へ足早に乗り込んだ。
すると彼女は、当然のようについてきて僕の隣に座った。
「いいのかな? このまま断っちゃうと、昨日のことクラス中、いや学校中に言いふらすかもよ?」
「……やっぱりあれは君だったんだね」
昨日のこととは、僕が彼女の胸を触ったことだと思う。もちろんわざとじゃない。不可抗力ってやつだ。
「いやー、まさか女子高生の胸を触って、何も言わずに出て行くなんて、ねえ?」
彼女は脅しているような、そんな顔で僕にしか聞こえないくらいの声量で言う。
「何も言わずに電車を降りたのは謝る。ごめん。でもわざとじゃないんだ――」
彼女は僕の弁明なんかどうでもいいと言うかのように遮った。
「そんなことより、私とユーチューブやらない?」
「え、なんて?」
「私と恋人になって、カップルユーチューバーとして動画を投稿しようって言ってるの。ほら、君って映像研究部でしょ? なら動画編集も出来るかなーって」
「出来るけどさ……」
「一か月でいい。付き合ってくれたら昨日のことは忘れてあげる」
こんな僕と彼女が一緒にユーチューブをしているなんてことがばれたら、それこそ周りから何を言われるかわかったもんじゃない。でも、胸を触ったことがばれることの方が怖い。わざとじゃないと僕がいくら訴えても、みんながどっちの味方に付くかなんて考えなくても答えは出ている。
僕は小さく溜息をついた。ここは彼女の提案に乗った方がいい。第一、ユーチューブでバズるなんて、そう簡単なことじゃない。
「……わかった。それで疑いが晴れるのなら付き合う」
え? と彼女は目を大きく見開いて、驚いた顔をしていた。
「え、って。君が言い出したんじゃないか」
きょとん、という擬態語が似合いそうな表情をしながら彼女は言った。
「いや、もっとたくさん断られると思ってたから、こんなに早く了承してくれるとは思わなくて」
「その代わり、絶対に言いふらしたりなんかしないでよ。ってか、わざとじゃないんだから言いふらさたら困る」
「わかった。約束ね」
そう言って笑った彼女の顔は、とても華やかだった。
「それで、いつから始めるの?」
「明日!」
「わかった。じゃあ明日部活が終わってからね」
「ちょっと、部活なんてしてる暇ないでしょ」
彼女は当たり前のように真顔でそう言った。
「だって、動画取りに行かなきゃいけないんだよ? 放課後の貴重な時間をフルに使わなくてどうするのよ」
部活にも行かしてくれないのかよ。まあ、これも身の潔白を証明するためだ。仕方がない。
「わかったよ。明日の放課後ね」
はい、と彼女はスマホを出してきた。画面には彼女のラインのQRコードが映し出されていた。
ああ、僕はカバンからスマホを取り出して、友達に追加した。
ラインのアイコンには、おそらく彼女の飼い犬であろうチワワとのツーショットが設定されていた。
「家に着いたらラインしてね」
「うん」
しばらく沈黙が続き、そのまま最寄りの駅に着いたので席を立った。
彼女は立ち上がろうとしなかった。
ついてきたわけではなくて、同じ電車だったらしい。
どこで降りるの、とは聞かずに「じゃあ」とだけ言って電車を降りた。
家に着き、彼女にラインをした。
『追加しました。浦田銀二です。よろしく』
彼女からの返信は三十秒もしないうちに帰って来た。
『宮園華です。よろしくね。明日、放課後駅前に集合! 遅刻しないでね』
僕は大きく溜息をついて、スマホをベッド投げた。
すべてはあの日が原因だった。
僕は映像研究部に所属しており、そこで主に映像編集を勉強している。やりだしたら止まらない性格がゆえに、その日は部で撮った映像を家に持ち帰り夜中まで編集していた。その日、眠りについたのは朝の四時ごろ。十分な睡眠がとれず学校で眠ろうとしたがその日は六時間ある授業の内、五時間が別々の教室であり休み時間に眠ることは出来なかった。
あまりの眠さに耐えかねて、僕はその日部活を休んだ。一刻も早く帰って寝たかったからだ。でもそれがいけなかった。
帰りの電車は満員で、席に座れず吊革につかまっていた。そして電車に揺られているうつにいつの間にか眠ってしまっていた。ふと目が覚めると最寄り駅にすでに到着しており、急いで降りようと人込みをかき分けるようにして手を伸ばすと、外側を向いていた左手が何か柔らかいものに当たった。そんなことは気にせずに、いや、少し嫌な予感がしたがそれどころではなかったので無視してなんとかホームに降り立った。
振り向くと電車はゆっくりと動き出していて、ドアの窓から一人の女子高生がこちらを見つめていた。とっさに顔をそむけたが、あの制服、あの顔、見間違いでなければ彼女はうちのクラスメイトの宮園華だ。肩まである黒髪は毛先が内巻きになっていて、二重の幅が狭すぎず広すぎず、とてもきれいな目をしている、学年一の美女だ。
――どうか見間違いで、人違いであってくれ。
そう願って学校へ行くと、彼女はいつも通り友達と騒いでいた。そして僕と一度も目が合うことは無かった。
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