本懐・鮫河橋無頼譚

浅井

文字の大きさ
上 下
11 / 13

瓢箪から駒・三

しおりを挟む

「……どういった御用ですか」

 島村屋に入ると、ぶっきらぼうに主人からそう言われた。
 店の中は思った以上にひどい有様だった。襖は蹴破られ、壁沿いに置かれた棚もバキバキにへし折られている。
 床には反物も散らばっていた。どうやら俺たちが訪れる前から、先の男たちは店の中でひと暴れしていたらしい。
 そんな後に、人相の悪い二人組がやってくれば警戒だってするだろう。

「見ての通り、今はお客様をご案内できる状態じゃありません。また明日にでもいらしていただけると大変ありがたいのですが」
「いや、聞かせてもらう。こいつを見たことがあるだろう」

 こうした状況であれば、情報を引き出すように聞き出そうとする必要はない。
 俺は綾瀬の着物の端切れを主人に突きつけた。当然、主人の目の色が変わった。

「……どこで、これを」
「決まってるだろう。本人を預かっているのさ」

 横にいる弥左衛門がそう言うと、主人は目を丸くさせたのち、安堵のため息を吐いた。

「そうか、無事なのですね。それはいい。それなら、安心だ」

 慌てふためくのかと思っていたが、このような表情を浮かべるとは予想外だ。

「教えてくれ。あの子供は何者だ」

 俺が声を張り上げると、主人はすぐさま俺の襟元をつかみ、顔を近づけてきた。

「大声でこの話をするのはご遠慮願いたい。さっきの騒ぎで店の奥から店の者も出てきました。そのような話は今できませぬ」
「そんな暇はないだろう。とっとと……」
「……申し訳ない。あたなが考えている以上に、この問題は重い話なのだ。ほかのものに漏れると大変なことになる」

 物腰は柔らかかったが、主人の言葉の奥底には、思わずたじろいでしまうような迫力を感じる。
 主人はそれから申し訳なさそうに頭を下げると、再度、俺たちにささやきかけた。

「今のところはお引き取り願いたい。今夜、また店に来ていただければ、蔵にも案内いたしましょう」
「嘘はないか」
「当然です。いまさら何を隠すというのですか」
 
 確かに店は慌ただしく動き出し、先ほどの武士らがけり破った障子や棚の片づけを行っている。
 ここまで来て再び返されるというのは納得はできないが、確かにこうした場面で蔵に通されれば余計に怪しまれる、という主人の言は間違っちゃいない。
 俺と弥左衛門は顔を見合わせた。ヤツも「致し方ない」と言いたそうに肩をすくめている。

「……わかった。今晩、アイツを連れて来よう」
「ご配慮いただき恩に着ます。お気をつけて」

 これ以上粘っても仕方ないだろう。話はついたし、重要な鍵はつかんでいる。
 それに盗みに入らずにも済んだのだ。これ以上のことはないだろう。しかし、一つだけ聞きたいことがあった。

「いや、すまないが一つだけ聞かせてくれ。綾瀬が持っていた似顔絵はなんなのだ。なぜ俺のことを知っている」

 去り際にそう聞くと、剛毅に対応していた主人の目の色が、初めて変わった。

「ああ、あなたは三枝様の……いや、そうでございましたか。確かに目鼻立ちは御父上にそっくりでございますね」

 なぜこいつが親父を知っているのか。少なくとも俺はこの店に一度も来たことはないし、
 まあ知らないところで、呉服趣味を持っていたという可能性もなくはない。だが、改易に伴い屋敷の物品を整理したときには大したものは何もなかった。
 そんなような思いは、俺の顔に出ていたのだろう。主人は宥めるように言葉をつづけた。

「生前大変お世話になりましたゆえ、いろいろとお話することはあるかと思いますが、これも今夜いらしてください」
「……必ず聞かせてもらうぞ。御免」

 徐々に店の者らの視線が厳しくなってきたのをひしひしと感じていた。これ以上の長居は無用だろう。 
 俺たちは逃げるように店を後にした。

「しかしまあ、大立ち回りにならんでつまらんな」
「馬鹿いえ。何もなく済むのが一番だろう。楽して終わるのがいい」

 帰りの道中、弥左衛門は不服そうにしているが、慣れぬ仕事をするよりも何も起こらずに事が進むほうがいいに決まっている。
 とはいえ、綾瀬が何者なのか、鍵は何に使うのか、なぜあの店の主と親父と接点があったのかは、分かっていない。どこかもやもやは残っている。
 そうした疑問も、あとは夜中に店に行き、主人に綾瀬を引き合わせれば終わる。明日は心地よく眠れるだろう。そんなことを思いながら、再度鮫河橋へと帰っていった。
しおりを挟む

処理中です...