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第四章

No.61 見舞い

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予言から一週間が経った。
あれ以降、カレンは再度予言をする事も無く、いつも通りに過ごしていた。
その間シンはずっと予言の意味を考えていたが、やはり何もわからず。そして何も起こらなかった。

近い間に起こる事だとは限らない。何年も先かもしれない。それはわかっているのだが、やはり今か今かと待ち構えながら過ごしてしまう。

そのせいか、最近酷く疲れていた。
身体的なものより、精神的なものの方がよっぽど堪えるらしい。


そしてアランとゾーイとも、この一週間話は出来ていなかった。アランは話をするどころか姿すら見ていない。

アランはガーロンの情報を探る為、西の大陸へと向かっていた。ゾーイも、二人きりになる機会は訪れていない。

四人共、初めの頃の様に事務作業だけが仕事では無くなった。

国中の警備の他、レイドールやナルダ、ティナンタート国の警備も任された。
シンもギルも、ゾーイもバラバラに。
カレンだけは、予言者の娘としてガーロンに狙われる可能性がある為セルビナ国の中の任務だけに留まった。

ガーディアンに所属してから、まだ二ヶ月も経っていないと言うのに、この仕事量。


「君達は運が悪かったね。」


何日か前、クラドにそう言われた。


「忙しくなるとは言ったけど、ここまで忙しくなるつもりは無かったんだけど。君達の合格が合図だったかの様に、一気に状況が悪化したからなあ。」


だが、それは期待されている証拠だ。
いくら人手が足らずとも、任せられない人物には任せないだろう。日頃のこの働きもヴァレンシア国での選抜も、自分達の力が強い証なのだ。

その事をシン以外の三人も感じていた。だからこそ寝る間も惜しんで、訓練に励んでいるのだ。時々、リアムとララ、ドーマが付き合ってくれた。

ドーマと話すのは初めてだった。ヴァレンシア国で一緒に任務に就く事になり、関心を持ってくれたのだろう。
マドズよりも年上で無口だが、(無茶苦茶なマドズと違って)きちんと指導してくれた。

リアムとララも、任務や訓練だけで無く、休憩所で顔を合わす度に話す仲になった。
クラドの情報によると、二人はどうやら恋人同士らしい。(それを聞いた後、カレンとララが夜中に休憩所で話し込んでいる所をシンは見てしまった。)


他のガーディアン達と話をするようになった事は、四人共嬉しかった。認められた気がしたのだ。

だがやはり、心に空いた穴は埋まらない。
リアムやララ、ドーマは、三人の代わりにはなり得なかった。リリィの、シャリーデアの、マドズの。

他人に他人が代わり得る事は無いのだ。
新しく、存在が追加されるだけであって。


(今日、終わったら会いに行こう。)


国境付近の警備をしながら、シンは思った。
会える人物には、会っておくべきだ。
会いたくても、もう会えない人だっているのだから。これから、そんな人がもっと多く出るのだろうから。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










夜中になってしまった。
もうとっくにリハビリは終わっているだろうが、もしかしたら既に寝てしまっているかも。そうなれば、訪ねるのは失礼だ。

月の光が照らす階段を上りながら、シンは悩んだ。扉をノックして、返事が無ければすぐに帰ろう。
ただの思い付きでの行動なのだから。

医療系は全て八階に集まっている。
その階に着き、薬品の匂いがする通路をなるべく音を立てぬ様に進んだ。

医療個室、医療個室...あった。
マドズの名前を見つけ、扉の前に立った。

と、同時に扉が開いた。


「...あっ、」


出て来たのは、カトレナだった。
驚いて後退りするシン。カトレナもシンに驚いて目を開いたが、すぐにいつもの鋭い眼光を発した。


「見舞いか。」

「あの、はい。マドズさんは...」

「起きてる。」


吃るシンに短く言い放ち、顔を背けてさっさと歩き出すカトレナ。
シンがお疲れ様です、と言葉をかけたが、カトレナは返事もせず振り返りもせず行ってしまった。


「おう、何用だ?」


その声に、シンはようやく部屋の中へと視線を向けた。
マドズはベッドに座っていた。部屋は暗く、その姿は影でしか見て取れない。
それでも、マドズが自身の記憶にあるものよりもずっと痩せ細っている事は充分にわかった。


「...特に用は無いんですけど。」

「なんだそりゃあ。」


ゆっくりと扉を閉めながら言うシンに、マドズが呆れた様に小さく笑う。

声の調子こそいつもと変わらないが、近寄ってみると見た目の変貌振りがわかる。
頬はこけ、目に鋭さは無い。十歳近く年を取った様に見えた。シンは思わず目を背けた。背けながら、ベッド横の椅子に座った。


「...何用だったんですか?」

「あ?何が。」

「あなたの、“ガールフレンド”は。」


その言葉にマドズは一瞬目を開き、そして声をあげて笑った。


「ふん、嫌な餓鬼め。俺が弱っているのを良い事に、今までの仕返しってわけか?」

「別に、そんなつもりは無いですよ。」


そう否定しながらも、シンは意地の悪い笑みを浮かべた。マドズもにんまりと口元を大きく歪ませる。


「お前と一緒さ。何の用も無いがフラッとやって来て、嫌味だけ言ってさっさと帰って行ったよ。」

「よく来るんですか?」

「たまにな。さっき俺が居なくなって寂しいんだろうって言ったら殴られた。」


自身の右頬をシンに向ける。結構な力で殴ったらしく、まあまあ腫れている。シンはそれを見て笑った。

マドズの問いには、イエスだろう。だからこそ殴ったのだ。ガーディアンの仲間である前に、もう消滅してしまった故郷の仲間。何も感じないわけでは無い。


「ヴァレンシア国の選抜チームに選ばれたらしいじゃねえか。お前等四人共。」

「はい。ありがたい事に。」

「訓練を怠るなよ。オーラの“溜め”を修得したらしいが、それはそんなに難しい事じゃあ無い。ちゃんと指導を受けていれば数日で身につく事だ。」

「...最低限の事だと。」

「そうだ。ああ、あくまでガーディアンではの話だがな。他国でそこまでのレベルを極めている奴は少ない。」

「そこから持続性を高めてコントロールし、様々な攻撃パターンに変えて行く事が難しいんだよ。ちゃんとした指導者が欲しいところなんだがなあ。」


だがそれは、不可能に近い。
マドズもシンもわかっていた。

ガーディアンは数が少ない。マドズやカトレナの時の様に空いた時間に見てくれる事は出来るだろうが、付きっ切りで見る事は不可能だ。


「...マドズさんが、また...」

「おいおい。何言いやがる。」


シンが言い切る前に、マドズはその言葉を聞き取ったらしい。馬鹿を言うな、と呆れた様に笑い、首を横に振った。

その答えはわかっていた。シンは黙った。
マドズはもう、ガーディアンに復帰して戦う事は出来ない。だけど、指導には当たれるのでは無いか。シンはそう言おうとしたのだ。自分を指導してくれと。


「真っ平御免だ。口だけ達者な負け犬なんか死んでもならねえ。」

「そんな...そんな言い方は、」

「いんや、俺は負けた。死んだはずが運良く生き残っただけだ。そんな野郎が未来ある若者に口出し出来るか?俺みたいになるなと言うのか?馬鹿らしい。」


最後は、半分叫ぶ様に。
それだけでマドズは息を荒げた。
見ていられなくなり、シンはマドズの胸元へと視線を落とした。

そこから、暫くの沈黙。
ようやくシンは視線を上げた。
マドズはもう落ち着いていた。冷静な、どこか悲しげな目でシンを見ている。


「...だから、他を当たれ。クラドでもドーマでもディスター所持者は他にもいる。何ならリーダーにお願いしてみろ。もしかしたら何かの間違いで受けてくれるかもしれないぞ。」

「...アランさんですか。」

「まあ、あいつに教わるのが一番良い。クラドはあいつに指導して貰って、あそこまで強くなった。」

「そ、そうなんですか?」

「そうだ。ガーディアン結成時に、副リーダーがいるってなってな。リーダーがクラドを推薦したんだ。そこから数ヶ月間猛特訓していたよ。」


クラドは覚醒したばかりで、使い方も何も知らなかった。その時はマドズの方がよっぽど強かったのに、半年も経たぬ内に誰もが認める程の強さを身に付けた。

その事実に心底、驚愕した。
まさか、師弟関係だったとは。
そして驚きと共に、シンの中にある願いがより強いものへと変わった。


「あの、実は。」


迷ったが、シンは小さく言葉を発した。
発した後も迷いに迷い、次に繋げるまでに数秒を要してしまった。


「あの戦争で俺は両親を目の前で殺され、そして敵兵に囲まれたんです。」

「ああ、俺も殺されるんだと諦めた時、助けてくれたのがアランさんだった。最近わかった事なんですが...」


ぽつぽつと、呟く様に話す。
マドズは黙ってその話を聞いた。


「俺はずっと、ずっと憧れていた。アランさんの様になりたいと思ってセルビリアに志願した。」

「あの人からすれば俺はきっと、助けた沢山の人達の中の一人。だけど俺には恩人であり目標であり、とても大きな存在なんです。」

「また会えたら、と願っていましたが、会ってどうするかは考えていなかった。お礼を言って終わりだと思っていた。」


だけど。
シンは目の奥に強い光を浮かべた。
マドズの目の中にそれが映っている。


「...指導して欲しい。クラドさんの様に俺にも教えて欲しい。きっと、絶対断られるとは思いますが...」


言い始めは強く、だが最後は弱く。
折角浮かんだ光も一瞬で消え去った。
言いながらも早々に諦めるシンに、マドズは声をあげて笑った。


「良いんじゃ無いのか、駄目元で。その時断られても会う度にしつこく言っていたら諦めてくれるかもしれないしな。」

「それは流石にどうかと思いますけど。」

「気にすんな!てめえで救った命は最後まで責任持っててめえが見ろって言ってやったらいいのさ。」


そう言って、また笑い声をあげるマドズ。あまりの無茶苦茶振りに、シンも思わず笑ってしまった。
見舞いに来たつもりが、背中を押されて励まされる事になってしまった。

自分を情け無く思うと同時に、やはりマドズは尊敬に値する人物だと確認した。だからこそこんなにも寂しく、悲しいのだ。


「俺にとって、マドズさんは先輩であり、最初の指導者です。」


やっと笑いが収まり、真剣な目をしながらシンが言った。


「あなたが指導して下さらなければ、俺はこの場にいなかったと思います。もしアランさんや他の人を師としても、それは変わりません。」

「ふ、ふん...何だいきなり。」


驚いた事に、マドズは頬を赤らめ、顔を背けて照れている。いつも余裕で、よく人をおちょくるマドズがこんな顔をするとは思わなかった。
シンは満足気な笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます。かなり無茶苦茶な指導でしたが、為になりました。」

「おい、半分愚痴が入ってるぞ。」

「ああ、失礼。」


そう言って、二人共笑った。
久しぶりに笑ったな、とマドズは思った。

席を立つシンをジッと見つめる。
目の前の少年は、きっと励まされたと感謝しているのだろう。だがそれは違う。
励まされたのはこっちの方だ。


「おい、待て。」


もう時間も遅く、帰ろうとしていたシンをマドズが引き留めた。ベッドの横にある棚の中を探り、そして目当ての物を手に持ってシンへと投げた。


「俺の強さの秘訣だ。やるよ。」

「ただの害だと思うんですが。」


それは煙草だった。
マドズがいつも吸っていたものだ。
封は開いている。受け取った煙草からマドズへと視線を移し、シンはじとりと睨み付けた。


「...隠れて吸っていたでしょう?禁止されているはずですよね?」

「細かい事は気にするな!お前も大人の階段を上る時期だろ?」


そう言って意地悪い笑みを浮かべるマドズ。
全く、良い影響と同じ程に悪い影響も与えて来る人だ。だがそんなところも、色んな人に慕われている理由の一つなのだろうな。
シンは呆れた様な笑みを浮かべた。


「吸うかはわかりませんが、ありがたく貰っておきますよ。どうも。」

「おう。また寂しくなったらいつでも訪ねて来い。次は見舞いの品を持ってな。他の三人にもそう言っておけ。」

「わかりましたよ。じゃあ。」


失礼します。と頭を軽く下げるシン。
そして小さく手を振るマドズから顔を背け、扉を開けて外に出た。

扉を閉めて姿が見えなくなるまで、そして見えなくなっても尚、二人共笑顔を崩さなかった。


また、孤独な部屋に一人きりとなった。
マドズは力無くベッドへと倒れた。
話す事すら疲れる。嫌になる身体だ。
だが、疲れたおかげで“良いもの”を貰った。


「俺も、諦めてられんな。」


よもや、新米に背中を押されるとは。
そんなにもシンの中にある自分の存在が大きなものだとは思っていなかった。


「我が子を失う想いか...今やっと、その気持ちが理解出来たぜカトレナ。」


カトレナとの会話を思い出し、呟く。
もしシンが知らぬところで命を落とす様な事があれば、きっと自分もそんな気持ちになるのだろう。

これからも、守って行くべきだ。
自身と対等の立場に、もしかしたら追い抜かされるかもしれない。
だがそうなっても、半人前の彼らを知る自分達からすれば、守るべき存在だ。

ならば、こんな場所で寝転がっている場合では無いのだ。

シンに強い光が宿った事と同じ様に、マドズの中にもそれは宿った。











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