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第一章

No.10 覚醒

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ゾーイは壊れた荷馬車の中で(床、もしくは天井、もしくは壁となる部分で)寝転がっていた。

横にはニーナを寝かせている。
まだ目は覚めないらしい。

何度か少し動いた気もするが、起き上がる事はなかったし、何しろゾーイには何の関心も無かったので、確認もしていなかった。


青い空が見える。
心地良い風が入る。

こんな素晴らしく気持ちの良い朝に、四人は今散々な目に遭っているんだろう。そう考えると不思議とゾーイは笑いが込み上げた。



気配。

ゾーイは上半身を起こした。
このまま眠ってしまいたかったのに。


「そうはいかないかぁ...」


ガン・キューブとソード・レックを持って、気だるそうに荷馬車から出た。




荷馬車から少し離れた場所に、先程襲撃した者と同じ黒いマントを着た人物が立っていた。

フードを深く被っており顔は見えないが、体格からして恐らく男だろう。


ゾーイはその男を見た。
男の右手にはナイフが握られている。

ゾーイは考え、そして理解した。



「ああ、そういうこと...」



納得したように軽く頷く。
男が動いた。瞬きの間に一瞬にしてゾーイの前まで移動し、手に持ったナイフを頭目掛けて振り下ろした。

ゾーイはそれをかわした。
ごく自然に、当たり前のように。
そうした方がいいから、そうしてやったと言う表情で。

そのまま、林の中へと走った。

男も後からついて来る。

地面は生い茂った草木で進みにくい。あちこち引っ掛けて浅い傷をつくってしまいそうだ。

ゾーイは飛んだ。
高い木の太い枝は、多少の重力がかかっても折れそうにはなかった。

ゾーイは枝から枝へ飛び移りながら、林の奥へと進んで行った。



荷馬車からはかなり遠ざかった。

ゾーイは枝の上で立ち止まった。
男の気配が近付いている。
それを確認し、地面へ降りた。

男はすぐにやってきた。
ゾーイと距離を取り、立ち止まる。

少し待ったが、男からの動きは無かった。ゾーイは微かに笑みを浮かべた。





「それで?僕を稽古してみる?」


「...馬鹿言え。」


男はナイフをしまい、低く唸った。
ゾーイはそれを見て笑った。


「災難だねぇ、アラン。」

「他人事みたいに言うなお前。」


張り詰めていた緊張の糸が切れ、男は心底気怠そうに深くため息を吐いた。

フードの奥から金色の目が光っている。相手がゾーイでなければ、それだけで死を覚悟してしまう程の鋭さだ。

ゾーイは周りに気を巡らせた。
荷馬車に三人、トルタに七人。


「アランが来てくれるだろうとは思っていたけど、それにしても結構な数だね。皆暇なの?」

「暇なわけないだろう。無理くり時間作ってんだ。クラドの阿呆が持ってきた話に、他の三人が食いつきやがってな。おかげで俺の負担は倍だ。」


そう吐き捨てる様に言い放ち、アランはわざと大きく舌打ちした。

腕組みをし、右手の人差し指が休む暇なく左の二の腕を叩いている。
心底苛立っているようだ。



「お前だって試される。荷馬車に誰か残る事は想定していたが、お前だとは思わなかった。追っ払って相手をする役に、とっさに俺が名乗り出なかったら、今頃どうなっていたか。」

「まあまあ...結局アランが空気を読んでくれて、今の所上手く行ってるんだからさ。」

「お前の行き当たりばったりには昔っからうんざりだ。キキはお前を溺愛して甘やかしているが、俺はそうはならん。」


アランはゾーイを指差し、強く言ったが、ゾーイは少しも笑顔を崩さない。
そういう所もうんざりだ。と呟き、アランはまた舌打ちした。

ゾーイは手に持ったガン・キューブをまじまじと見つめた。


「これ、僕にも発動できると思う?」


アランは肩を竦めた。


「どうだろうな...俺とキキは発動できたが、まあそれは当たり前だ。お前の場合、上手いこと調整して振り分けないと駄目だろうな。でないと武器の方が壊れちまう。」

「だろうね。細かいバランスは気にした事無かったから、タイミングを見て練習がてら参加するよ。」


「...お前はまだいい。問題は“あっち”だ。」


アランはそう言って、右側を向いた。
右側にはただ林が広がっているだけだが、二人はもっともっと先を見据えていた。

ゾーイが何も言わないので、待ちきれずアランが口を開いた。



「一応、セルビリアのこの武器はナーチャーのどの能力にも反応する。“あっち”も反応はするだろうが、あの甘ちゃんがそう上手いこと...」

「甘ちゃんだからこそだよ。」


ゾーイが笑いながら言った。
反対に、アランは眉をつり上げた。


「僕は何にも心配してないよ。」

「...どうだかな。」


ジト目を向けられ、ゾーイは困ったように笑った。だがゾーイには自信があった。
その自信の理由を聞かれると答えようが無いが、それでも揺るぎないものがあった。

アランはそれを見抜いたらしく、もう何も言わなかった。


「何にしろ、そのタイミングまで僕はここにいるよ。君もそうする?一応僕と戦ってる事になってるんだから。それとも本当に戦ってみる?」

「馬鹿が。国が消滅するぞ。俺は一旦戻る。お前には逃げられたって言うさ。」

「そうだね、お願い。」


ゾーイの笑顔と言葉を背中で受け止め、アランは一瞬にして姿を消した。

暫くアランが消えた場所を見続けた後、ゾーイは地面に寝転がり、緩やかに流れる雲を見た。

そしてゆっくりと目を瞑る。
暗闇の中で四人の成功を祈った。















ーーーーーーーーーーーーーーーー




















カレンは攫われた。

シンは一人敵に立ち向かい残った。
リリィの傷は深く、止血をしたものの、今や腕全体が真っ赤に染まり、袖から血が滴っていた。

ギルは絶望に満ち溢れていた。

満ち溢れている場合ではないとわかっているのだが、それでも無力な自分が何をすればこの状況を打破出来るか、考え付きもしなかった。

カレンを見つけ出し、取り戻したところで、さっきの男とまた対峙する事になるのは明らかだ。

セルビリアの到着まであとどれくらいだろうか。もう異変には気付いているはずだ。



「...カレン!!」


リリィの声にギルは我に返った。

視線の先にはカレンがいた。
木に縛られ、俯いている。


「リリィ、ここにいて。俺が行く。」


足取りの重いリリィを残し、ギルはカレンの元へ走った。

微かな足音に、カレンは顔を上げる。ギルがこちらに向かって来る姿が見えた。

先程までいた男の姿は無い。
カレンは恐怖に顔を歪ませた。



「ギル、来ちゃ駄目!逃げて!」



そう叫んだ時には、遅かった。

ギルは右胸から肩にかけて、酷い痛みを感じた。
そしてその痛みのわけを知る前に、次に左頬に鈍い痛みを受け、横に吹っ飛んだ。

カレンの悲鳴が聞こえる。
誰かの足音も。

ギルはその誰かに抱きかかえられた。
リリィだ。酷く青ざめている。
そんなに傷が痛むのかな、と回らない頭でぼんやり考えた。

だがそれは違った。
口の中に血の味が混ざり、ギルはやっと自分の状況を理解した。



「ギル、動いちゃだめ。」


リリィの声は震えていた。自分のシャツを千切り、ギルの傷をおさえた。

ギルは右胸から肩にかけて、大きな切り傷をつくっていた。血が溢れる。リリィの腕の傷が可愛いく思える程の傷だった。

突然現れた男は、手に持った大振りのナイフを片手でくるくると回した。付着したギルの血が地面にかかった。



「くっそ...何だよシンの奴、他の気配は無いとか言いやがって、めちゃめちゃいるじゃないか...」


「しょうがないさ、俺達の気配を感じ取れるような志願者がいたら天晴れだ。まあ、取り敢えず一人リタイアだね。」


男の表情はまるで見えないが、きっと楽しげに笑っているんだろうと感じ取れた。

男がゆっくりと歩き出した。
その後ろでカレンは泣きじゃくり、ひたすら何かを懇願している。


「...来るな!!」


リリィはギルの前に立ち、とっさにガン・キューブを手に取って前へ突き出した。

押し続けるがやはり発動はせず、ただ両手を前に差し出しただけだった。

それを見て、男が笑い声をあげた。



「何それ?壊れてる武器で戦うの?もう無駄だから諦めなって。」


そう言いながら、男はだんだんと二人との距離を詰める。

リリィは諦めず押し続けた。


「リリィ、逃げろって...無理だ」

「うるさいわね、大人しくそこでくたばってなさい。」


ギルは少し笑った。笑い声は出ず、息が抜ける音が外に出ただけだった。


距離が近付く。近付く。近付く。

リリィは頬に涙が伝うのを感じた。
だが、もう無理だとは思わなかった。


こいつを倒し、カレンの縄を解き、ギルを二人で抱えてシンの元へ行く。
シンは丁度、あの敵を倒したところで、いつものあの自信満々な表情をして、私たちに駆け寄る。

そして四人でゾーイの元へ向かう。
ゾーイは、あの輝く笑顔で、飛び跳ねて喜んでくれるんだ。


その未来だけを想像した。

男はナイフを振り上げた。
リリィは目を閉じなかった。






ガン・キューブは発動した。


男は一瞬気を取られた。
ギルも目をまるくした。

リリィは無我夢中で一発撃った。

聞き慣れた破裂音。
あの訓練では後ろに倒れてしまったが、今回はそうはならなかった。それどころか、振動も衝撃も、ほんの少ししか感じなかった。



「...えっ、発動した!」


撃った後で、リリィは気付いた。
ガン・キューブを見ると、通常の黒い色に青い線が入り、それは血液の様に銃口へと流れている。

だが喜びも束の間、男の身体に傷は一切ついていなかった。

またもや襲う絶望。

だが、すぐに異変に気付いた。

男の姿が、水の壁を通して見ているように、ゆるやかに波打っているのだ。リリィもギルも固まった。


「これはシールド...君、ヒーリス所持者なんだ?」


シールドの外から、男が言った。
ナイフを突き刺したが、金属同士がぶつかり合ったような音を出し、ナイフは男の手から吹っ飛んだ。

ギルもカレンも、驚きに何も言えないようだった。だがリリィが一番驚いていた。


「ナーチャーだったのか。何、君、自分にヒーリスの素質があること知らなかったの?」


男はリリィの反応を見て、面白そうに言った。


「盾、拒絶、治癒。それがナーチャー、ヒーリス所持者の能力さ。勿体無いなあ、死ぬ前に能力が覚醒するなんてね。」


「治癒...?」


リリィはハッとしてギルを見た。
ギルはリリィとシールドを交互に見て、口をパクパクさせていた。

シールドがまだ発動している事を確認し、リリィはギルの隣に座って傷を見た。


ギルの服は血で真っ赤だ。
リリィは目を閉じた。

治れ!治れ!

そう懇願し、そっと目を開けた。
ギルの傷は何も変わらない。
リリィは首を横に振り、深呼吸した。


「違う、そうじゃなくて...」

「リ、リリィ?」


再び目を閉じて、ブツブツと独り言を言うリリィに、ギルが不安そうに声をかけた。が、リリィには聞こえない。
ギルの傷に手をかざし、ひたすら考えているようだ。


リリィにはナーチャーもヒーリスも、全く意味がわからなかった。

だが、この力が覚醒した理由を考えるとすれば、それは“強い想い”だ。

リリィはもう一度深呼吸した。

身体の芯が冷たい。それは次々と溢れ、リリィの身体全体に広がりつつある。丁度、水が湧き上がって来たイメージに近い。

そうだ。この水を両手へ...

リリィは目を開けた。
手の先が冷たい。全てが集った。集中し、冷静に、ゆっくりと“それ”を外へ出した。

両手は青白いオーラに包まれ、次第にギルの傷全体を包んだ。

ギルの傷は塞がりはしないものの、出血は完全に止まった。


「で、出来た...!」


安堵と達成感に、リリィはその場にへたり込んだ。シールドの外で、男の拍手が聞こえる。

ギルは自分の傷口を見て、驚きに目をまるくした。

リリィが急に黙り込んだと思ったら、急に青白いオーラに包まれ、それが両手に集まり、そして自分の出血を止めた。驚くことばかりだ。


「リリィ、今のは...」

「はい、そこまでだよ。」


男の声に、二人は飛び上がった。
驚きが大きすぎて、今の状況をすっかり考えていなかった。

リリィが男の方を見る前に、男はリリィの髪を掴み、自分の後ろへ放り投げた。


「リリィ、カレンの方へ行ってもう一度ガン・キューブでさっきのシールドを!」

「無駄だよ坊や。」


出血は止まったものの、思うように動けないギルを置いて、男はリリィの方へと歩いて行った。

リリィの様子がおかしい。
息を切らし、手足が震えている。
走るどころか、立つことすら出来ないでいる。


男はリリィの首を掴み上げた。



「小さいが見事なシールドを発動させ、出血を止めただけだとしても、治癒もこなした。上出来だよお嬢さん。」



リリィは気が遠のく中、その言葉を聞いた。

身体が冷たい。肺がうまく動かない。何か気の紛れるものが無ければ、本当にこのまま意識を失ってしまいそうだった。


「だけど、覚醒したばかりの状態でヒーリスの能力をそれだけ使えば、まあそうなるよ。苦しいだろう?すごく身体に負担がかかるんだよ。上手に使わなきゃ。」

「あと、冥土の土産にもうひとつ。」


ナイフを手に取り、男が言った。


「シールドも治癒も、ナーチャーの能力は全て、絶対なる集中が基本だ。あんな風に気が抜けちゃったら、シールドも無くなっちゃうんだよ。」


ナイフを振り上げた。
遠くでギルの声がする。もう何を言っているのか聞き取れなかった。



「じゃあね、ヒーリスのお嬢さん。」




















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