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第二章
No.25 気配
しおりを挟むギルが閃光を撃つ。そして解放された者達の周りにシールドを張る。ギルの能力が切れて倒れてしまわない様、シャリーデアが同時に治癒を施す。その動作が何度も繰り返された。
クラド達が真剣な面持ちでそれらを見守る。シン、リリィ、ゾーイはギルの身体を支えながら、大丈夫、大丈夫と何度もギルに言っていた。
ギルはとても苦しそうだった。
傷を負ってはいないものの、怪我よりももっと深い痛みを感じているようだった。
ガン・キューブを持つ腕が震えている。ゾーイがその腕を支えた。仲間達に支えられながら、ギルは無我夢中で白い閃光を放ち続けていた。
カレンはそれをぼんやり見つめていた。
何だか変な気分だ。眠い。
こんな状況なのに、とても深い眠気に襲われた。
カレンは必死に抗おうとした。瞬きを数回し、落ちかけていた頭を持ち上げた。
カトレナと目が合った。何も言わず、こちらをジッと見つめている。
(あ、そういえば...)
抗うな。カトレナの言葉。
それを思い出し、カレンは抗う事をやめた。
これで本当にただ眠ってしまっただけなら、私は本当に馬鹿だな。ああ、どうせなら皆の役に立ちたいな。
「...カレン?」
カレンの異変にリリィが気付いた。
項垂れ、微動だにしないカレン。リリィはカレンの肩に触れようとした。
が、カトレナがそれを止めた。
「触るな。放っておけ。」
「ん?なんだ、どうした?」
カトレナの隣にいるマドズも気付いた。
そしてカレンの顔を覗き込むなり、急いでクラドを見た。クラドはマドズの目の訴えに気付いたようで、マドズ、カトレナと共にカレンの姿が他に見えないよう周りを囲んだ。
リリィはその意味がわからず困惑した。
「えっ、いったい...」
「静かに。リリィ、それにシン、ゾーイも。」
リリィと、今し方異変に気付いたシンとゾーイに向かってクラドが人差し指を立てた。
他の兵士達はギルの閃光に気を取られて、このやり取りなど何も聞いていないし見ていないようだ。
それを確認し、カトレナが言った。
「カレンの目を見てみろ。真っ暗だ。こいつは今何か重大な事を“みて”いる。」
その言葉にリリィとシンが目を見開いた。
ゾーイがそっとカレンの顔を覗き込む。カレンの明るい卵色の目は、まるで光を宿してはいなかった。
カレンの目がゾーイを映した。ゾーイは珍しく、慌てたように勢い良く視界から逃れた。
「ゾ、ゾーイ?どうしたの?」
「...ううん、何でも。リリィ、前を向いておこう。カレンの能力に気付かれないように。」
そう言って、ゾーイはまたギルの身体を支えた。その様子をクラドはジッと見据えていた。
カレンはその全てを、シールドの外から見ていた。
おかしいな。中には“私”がいる。
シールドの外、こんなに近くにいるのに、操られた兵士達はカレンに見向きもしない。どうやら今の自分は存在していないようだ。
カレンは歩いた。行く先は決まっていた。
何だか嫌な気配がするんだ。向こうから。
カレンは建物の裏側に向かった。そして基地全体を囲う防壁を何も無いかの様にすり抜けた。
裏側の壁から外に出ると林が広がっていた。カレンはその林の中へと進んだ。
林の中は薄暗かった。背の高い木々によって太陽の光は遮られていた。
カレンは奥へと進んだ。ずっとずっと奥へ。
するとキチキチという音がした。
進んで行くにつれ、その音は大きくなる。
そしてカレンは“それ”を見た。
恐ろしさに叫び声を上げた。
同時に、“存在するカレン”の方も叫び声を上げた。
カレンの視界が変わった。林の中から、ゆっくりとリリィの顔に移り変わった。
「カレン!カレン!!」
カレンを揺さぶり、困惑しながらも出来るだけ小さな声で呼び掛けるリリィ。カレンの意識はようやくハッキリとしたものになった。
どうやら自分は涙を流しながら叫んでいたらしい。視界が潤んでいる。
幸いな事に、ギルの閃光の音にかき消されて声は他の者達には届いていないようだ。こちらを向いているのは、ガーディアンの面々(ギルとシャリーデアも気付いたが、クラドに前を向けという動作を受けた。)だけだった。
「大丈夫なの?」
「リ、リリィ...」
震える手で、リリィの手を握る。
マドズの顔が近付いた。
「おい、何をみた?」
その言葉に、カレンは今見た事を必死に脳裏に思い浮かべた。恐ろしい、身の毛もよだつ光景を。
「この建物の裏側、防壁の外...林の中...ずっと奥に」
「ば、化け物が...」
消えてしまいそうな程か細い声で、カレンは言った。
クラドとマドズ、カトレナが顔を見合わせた。
「ゾーイ、マドズに着いて行って。」
「おう。餓鬼共、お前達も来い。」
「「えっ??」」
マドズに指を差され、シンとリリィは驚いて目を丸くした。ゾーイがギルから離れる。代わりにクラドがギルの身体を支えた。
そして困惑するシンとリリィを連れ、マドズとゾーイはシールドの外に飛び出した。
「防壁の外から怪しい気配がした。ガーディアンが向かう。全兵そのまま待機だ。」
驚く兵士達に呼び掛けるクラドの声が聞こえた。
その声が遠退く。遠退く。
四人は防壁へ到着した。マドズ、シンがディスターを発動し、壁を飛ぶ。リリィもゾーイに手伝ってもらいながら壁を越した。
そして林の中へと入った。
「二手にわかれるぞ。」
マドズの言葉に三人は頷いた。
シンとリリィ、そしてゾーイとマドズにわかれ、四人は慎重に林の奥へと進んだ。
マドズは“それ”の気配を感じ取れないようだった。だから二手にわかれるよう指示したのだろう。マドズにわからなければ、シンやリリィにもわかるはずが無い。
二人は息を潜め、出来るだけ音を立てずに進んだ。
「テストの時を思い出すわね。」
リリィはそう言いたかったが、とてもそんな事をのんびり言えるような状況では無い。その言葉は心の中に置いておいた。
林は思っていたよりも広かった。
二人はどんどん奥へと進んだ。
そして、“それ”は聞こえた。
「何か聞こえたわ。」
「こっちだ。」
口には出さず、動きだけで言葉を交わす二人。
シンはガン・キューブとソード・レックを手に取った。リリィもソード・レックを持ち、シールドを纏わせる。
今までよりも慎重に、二人は音の元へと進んだ。
(キチキチ...)
ここだ。この奥からだ。木の陰に隠れながら、シンとリリィは顔を見合わせた。
そして同時に、武器を構えて飛び出した。
「...な、何だこいつは!?」
目の前の光景に、シンは目を見開いた。その横で、リリィも同じく驚愕の表情を浮かべている。
リリィの持つソード・レックが震えた。
そこにいたのは、真っ赤な蜘蛛だ。
ただの蜘蛛じゃない。人間よりもずっと大きい、見たことも無い巨大な蜘蛛だった。
キチキチという音は、こいつの口元からずっと鳴らされていたらしい。
大蜘蛛が地面を蹴り上げ、空中で止まった。違う、糸が張り巡らされていた。
シンもリリィもあまりの事に気を取られて、反応が遅れてしまった。
「リリィ、シールドを!!」
シンが叫んだ。リリィはハッとしてガン・キューブを構えた。が、撃つ前に糸の塊がリリィへと飛んだ。それはリリィを捕らえ、そのまま後ろの木にへばり付いた。
「ごめんなさい、間に合わなかった!シン...」
その次の言葉は無かった。
リリィは項垂れた。シンは気を失ったのかと思ったがそれは違った。リリィは次の瞬間にはしっかりと前を向いていた。
が、その目は何も映していない。
「こいつだったのか...」
シンは呟いた。この惨状を作ったのは。兵士達を操ったのはこの大蜘蛛だったのだ。
リリィを捕らえていた糸が解けた。
身体が自由になったリリィは、通常のガン・キューブを構えた。そしてそれはシンに向けられた。
「くそっ、リリィ!!」
撃たれた攻撃を避けながら、シンが呼び掛ける。が、リリィは何も反応しない。
ガン・キューブの衝撃で尻もちをついたが、すぐに立ち上がりまた撃った。
その後ろから大蜘蛛がシンに向けて糸を吐く。それを避けながら、シンは少し離れた場所にある大きな木の後ろに隠れた。
「マドズさん、聞こえますか?こっちに赤い大きな蜘蛛が...こいつが全て操っていたんだ!リリィが操られた、こっちに来て下さい!」
無線でマドズに連絡を取るシン。その後ろからガン・キューブの発砲音が聞こえ、木が大きく抉れた。大蜘蛛の鳴き声もかなり近くに聞こえる。
返事はすぐに返って来た。
『おう、そっちもか。悪いがこっちにも二体いて応戦中だ。そっちはそっちでやってくれ。』
「えっ、何匹もいるんですか...?」
『そういうことらしいな。お前、今回あんまり活躍してなかったじゃないか。丁度良い機会だ。存分にディスターを使え。じゃあな。』
「ちょっと...マドズさん!?」
マドズはもう何も返さなかった。
シンは心の中で悪態をついた。が、何匹もいるのであればマドズとゾーイを待っている場合では無い。
ガン・キューブをこう何度も撃てば、リリィの細腕は壊れてしまうだろう。シンにはそれが一番気掛かりだった。
深呼吸をした。
そして、意を決し、ディスターを発動した。
木の陰から飛び出すと、すぐ前にガン・キューブを構えたリリィがいた。撃つ前に、シンがソード・レックでガン・キューブをリリィの手から弾き飛ばした。
そしてそのまま、ディスターのガン・キューブを大蜘蛛に構え、撃つ。
大蜘蛛はそれを避けたが、張り巡らされた糸はその場所から溶けて行った。
「よし...相性は良いようだな。」
巣が全て溶けて無くなり地面へ落ちる大蜘蛛。それを見てシンは確信した。勝てる。
素早い上に厄介な操り糸を飛ばして来るが、それ以外はなんてことは無い。
また糸が飛ばされた。
シンはそれを何とか避けたが、後方からリリィがソード・レックを振り下ろした。シンは咄嗟にガン・キューブで受け止めた。
そしてリリィとも距離を取る。
二対一は流石にキツイ。それに一人は仲間だ。ディスターで攻撃するわけにも行かない。ギルの能力がどれだけ便利で強力なものか実感した。
「...だが、もう終わりだ。ディスターを纏った俺のスピードはお前とそう変わらない。」
シンはソード・レックを手に取った。
大蜘蛛は幾つもの目でこちらをジッと見つめている。少し焦っているようにも感じられた。
刹那の沈黙の後、リリィと大蜘蛛が同時にシンへと襲いかかった。
見切れる動きだ。
シンは神経を、五感を研ぎ澄ました。
大蜘蛛へガン・キューブを撃つ。が、それはかわされた。次にリリィが襲いかかるが、シンはそれをギリギリで横に避けた。
そして避けながら、シンはソード・レックを大蜘蛛の方へと力一杯投げた。
大蜘蛛は丁度地面に着地したところだった。反応スピードが少し遅い。もう一度地面を蹴り上げたが、一本の足にソード・レックが突き刺さった。
「ギィィィィ!!!!」
断末魔の叫び。
足を切り落とす、という行動はしなかった。もがき苦しみながら、足から順番に溶けて行く。
「や、やった...」
胴体へ到達し絶命した大蜘蛛。
シンは息を切らしながら呟いた。
殺した。殺してやった。これでリリィの操りは解けるはずだ。そう思ってリリィを見た。
リリィは未だ虚ろな目をしていた。
操りは解けていない。
「な、なんで...」
シンは絶望した。何故だ。
だが、その理由はすぐにわかった。
(キチキチ...)
またあの音が聞こえる。
シンは周囲に目をやった。
今倒したものと同じ赤い大蜘蛛が、三匹。
いつの間にかシンを囲っていた。
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