心友

有里

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side→イレモノ

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自分は、何をしてるんだろうかーー

気付いたら、鏡の前に座っていた。
首筋には紅い筋、手にはナイフ。

傷は、表皮を軽く切った程度の薄いもので、到底、頸動脈は見えそうにない。

わかっている、どうせ死にはしない。
また、あの子達が喧嘩でもしたんだ。

まぁ、痛いのは自分であの子達はイレモノ越しに感じるだけだから、こんな事をするんだろう。
腕も足も傷だらけだ。

人間は、多くの場合は1人に1つの心が入っていて、それがその人の人格であり、それは、人と触れ合い、自然と成長していく。
身体が体感する事を、心も直に体感して、全ての感覚にリアリティがある。

しかし、幼少期のショッキングな出来事や、1つの心で処理できない事件が発生した時に、心を守る為に、心は分裂する。
分裂した心は別々の感情を持って、身体というイレモノの中から世界を見る。
1つのイレモノの中に2つの心、この子は更に複雑で、自分のようなイレモノにまで考えがある。

2つどころか3つ4つに別れてしまう人もいるとテレビではやっていたのでまぁ、上には上がいるのであろう。

感情移入や同調は、社会で生きていく上で最低限必要なものだ。
この子のように、心が2つで、更にイレモノ越しにしか感じない生き方をしていたら、感覚が全て薄れる。
つまり、あまり他の人の気持ちを汲み取り共感する事は出来ないだろう。

しかし、それが出来ないと社会は平気で虐げてくる。
汚物を見るような嫌悪の眼差しで、あるいは存在自体が無かったように扱われる。
心はすんなりと壊れてしまう。

この子を守る為にあの子は生まれた。
あの子は他人観察を行い、 時にはテレビのタレントから真似て他人と馴染む人格を造った。
割りと明るくて、少しバカだけど皆に嫌われない。
あの子を守る為に何度も何度もイメージし、メッキを何重にも重ねた。
そして、メッキの城壁は強固な要塞となり、この子を守るという名で閉じ込めた。

あの子がこの子を守る為に作ったソレはこの子にピッタリとフィットした鎧のように、この子の成長を阻んだ。
鎧という名の、あの子は身体と共に大きくなって、この子の幼さに誰も気づきはしない。

家族も友達もこの子にさえも。

時折、鎧の中身にふと気付いた時に、閉じ込められていた幼い心の芯がここぞとばかりに叫び、暴れ、要塞は脆くも崩れ去る。

せっかく築いた城壁が瓦礫に変わった時に初めて、抑え、閉じ込められていた幼い被害者から、長い時間をかけて築いた城壁を破壊した加害者に変わる。
そして、たじろぐ加害者は、城壁を修復する被害者にまた鎧の中へと閉じ込められるのである。

自分は、イレモノとしてこの子達を見てきた。
見て、聞いて、触って、嗅いで、味わって、情報を提供する立場として。
本当だったら、この子達ではなく、この子が体感するべき色々な体験を。
本当ならば、イレモノという概念は必要ない。
多くの人間は、イレモノの存在すらない。
イレモノを介さない世界の、感動や悲観を直に味わい、成長する。

この子にそんな日は戻るのだろうか。
この子は、それが出来るのだろうか。

自分や、あの子の存在を、完全に吸収する事が。
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