Last Rey/Ancient Fate

蒼山とうま

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ケルトの偉大なる父

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 投げ出された茶釜。それはダグザからヒサヒデと呼ばれる男が放り投げたであった。
 普通に考えればとても奇妙な状況でしかないのだが、戦場である以上は何が武器となってもおかしくは無い。十数年もの間、戦場を渡り歩いてきた傭兵としての直感が、脳内で警鐘を鳴らしていた。
「誰だか知らねぇがやりやがったな…!?」
 全くもって戦場に関係ない茶釜が、無傷かつ、こちらに飛んでくるという状況から、リーマンは即座にそれが爆弾だということを理解した。反射的に上げられた銃口からは弾丸は吹き出されなかった。言わずもがな、トリガーを引かなかったからである。今の状況であの茶釜に何もしなかったとしても、爆発時の破片で死亡、運が良くともしばらくは戦えない体になってしまう。そうとなっては戦場にいる意味は無い。それこそ戦闘員の足手まといになる、 ただの戦犯と化すのは目に見えている現状であった。
 仮に空中で爆破解体できたとしても、至近距離にいる3体のミノタウロスは倒せない。それに加え、茶釜の破片で自分含め戦友が負傷し、戦線離脱しなければならなくなるかもしれない。そんなことは断じて許してはいけない、そう判断したのだ。しかしながら、どちらを取ってもリーマンが負傷することは恐らく、避けられないことである。
 茶釜はもう5メートルも離れていない───リーマンの頭上に位置していたのだから。
 一か八か、もうそれにかけるしか無かった。
 リーマンは自分の目の前にいる、大斧を振り上げるミノタウロスの足元目掛け走り出し、そのままスライディングで開いた足の間を、防弾チョッキを地面に擦りながらくぐり抜けて包囲を脱す。すぐに片膝を立ててライフルを構えて迫り来るであろうミノタウロスらを迎え撃つ体勢を整える。──が、直後にヒサヒデが投げ落としたあの茶釜爆弾が、ミノタウロスの壁に囲われた空間のど真ん中に落下。地面に触れた衝撃で爆発し陶器は破片と化しながら、爆風を撒き散らしてゆく。
 リーマンが足元を潜ったため、それに反応して180度反転していたミノタウロスらは、茶釜爆弾の存在に一切興味を示していなかった。それゆえに、彼らを完膚なきまでに爆風と熱風、あるいはその破片で粉々に切り裂く。あるいは、その筋骨隆々の山の峰へ破片を突き立てていった。
 リーマンは銃撃の体勢を維持したままで、グチャリグチャリと生々しく肉々しい音を立て、鉄のニオイと火薬のニオイの混ざった、鼻の曲がりそうな空気に包まれながらその崩れ去る怪牛を見つめた。
「……。」
 一言も発さなかった。
 もっとも、牛男を殺した軍人なんて今まで居ないがゆえに現状を理解出来ないというのもあるのだが、それよりも何か引っかかるような、背中にのし掛かるような何かがリーマンには感じられた。それが何なのかは、自分でもよく分からない。ただただ、ドッシリとした罪悪感に似たものが身につけた防弾チョッキの上に追加されたような感覚であった。

「うっそだろあの兵士!おい見たか義輝!あの傭兵ミノタウロスを殺したぞ!?」
 目を丸くし、鼻を鳴らしながら叫ぶのは他でもない久保江什造である。そしてその背後には──ダグザが棍棒を振り回して追いかけてきていた。そう、現在進行形で死の鬼ごっこ中である。
「什造。軽口を叩く暇があるならば、少しは此方の心配をせよ。生きるか死ぬかの瀬戸際である身を弁えよ」
 静かにその横を走るのは、眉のひとつも動かさない足利義輝。流石の剣豪将軍である、今背後を取っているのがケルト神話における破壊と再生の神であっても平然としている。
 強がっているようにも見えなくもないが、そういう事にしておこう。
 ダグザのリーチに入らないように懸命に走り、時折ビルの谷間に吸い込まれ、距離を稼ごうと必死になるのだが、如何せん向こうは棍棒で全てを薙ぎ払いながら進んで来る怪人。スピード差は歴然たるものであった。
「なァんでこんなに俺ばっか追っかけ回されるんだよ!喰らえ、魔詛弾カーズ・バレットッ!」
 什造は、手のひらをダグザへ向けると、思いっきり魔詛弾カーズ・バレットの名を叫ぶ。右腕の亀裂が肩の方から順に、青白く光り出して、手のひらの中心に黒紫色の球を作り出した。そして、腕を突き出したその刹那、魔詛弾は勢いよく放たれた。ケルトの化神ダグザへと放たれた。
「悪あがきか、良いねェ。蹂躙も飽きてたところだ。さぁ来い、全力を以て反撃しろォッ!」
 ダグザは見るからにテンションが爆上がりしているようで、棍棒を更に速く、そして広い範囲で振り回しているのである。正しく、歩く災害である。
 什造が放った魔詛弾カーズ・バレットもまた、かの棍棒に当たったせいで軌道が変わり、ぐにゃりと右にうねる様な軌跡を描きながら、建設途中のビルの柱に激突した。ミシミシやれ、ピキピキ、パキパキと鳴らしながら細かい瓦礫を落とすビルの骨組みは、今にも倒壊寸前である。
「おっと残念、外したな什造ォッ!」
 あの破壊神は留まることを知らないのか。いや、そもそも留まると落ち着かない性格なのであろう。しきりにブルドーザーのごとく、ビル群を文字通り整地して回るヤツめ。
「義輝!左から剣たたき込めるか!?」
「無論、容易いことだが。如何するのだ?」
「できるなら今すぐそうしてくれ!」
 三日月宗近を手に、義輝の返答を待たずに、什造はダグザの右へ走り出す。それを追うかのように、ダグザも体を什造の向きに合わせて旋回させていく。何とか、あの棍棒が振るわれる前に懐に入り込みたい、と曖昧なワガママを心の中で呟きながら、ダグザ目掛けて突進まがいな突撃を繰り出す。
「ダァァグザァァァァッ!」
 魔詛を足元に集中させ、圧縮。そして、それを一気に解放───空高く飛び上がった什造は放物線を描きながらダグザの頭上遥な空へ。
 見上げる空には黒い人間。その影は怒りの雄叫びを上げながら自然落下の力を借りて、俺の頭を叩き割ろうとしてくるが。なるほど面白い。これだから人間は面白い。その貧弱な脳で、その脆弱な体格で俺を殺そうとするか。マグ・トゥレドで戦ったフィル・ヴォルグ供でも俺は殺せなかったのだぞ?こんなチンケな人間一匹に屈する俺と思うなよ、小猿風情が。
「調子に乗るなよ小人風情がァァァーーッ!」
 棍棒の全長は、ダグザの身長からしておおよそ3から5メートル。コンマが勝負になる。チャンスは必ず掴んでやる、そのための魔詛弾撃ちに跳躍なのだから。
 一瞬、瞬きをするほど短い時間。ダグザの背中が丸空きになった。それもそのはず、ダグザの目的は什造であり、義輝ではない。これを見越して什造は義輝に、先程「左から剣で斬れるか」と聞いたのだ。そして今、その時がやってきた。
「しめた、よくやった什造」
 義輝は内心そう思いながら、左手を鞘にかけて、腰に帯びた鬼丸国綱を抜刀してダグザの背中を討とうとする。
 什造と義輝の二面攻撃。いくら神とはいえ、この攻撃は防げまい。そう義輝は自身の経験から確信を得ていた。
「敵将ダグザ、いざ覚悟ッ!」
 武士として敵の背中を斬るのは酷だ。だが、この暴れん坊はこうでもしなければ殺せないだろう。
 銀刃がギラりと睨みをきかせながら煌めき、水流のように空をなぞって滑るその軌跡は、惑うことなくダグザの肉体へと吸い込まれる。全てが即興で考えた作戦の通りだ、あとはダグザが殺されるだけ───。
 その時だ。ダグザは急に高笑い、天をも穿つほどの大声で笑い出したかと思うと、什造を睨みつけた。
「俺を殺そうなんざぁ、100万年早いんだよォッ!決環『ケルトの偉大なる父エオヒド・オラティル』ッ!」
「なっ───!」
「こりゃマズいぞ義輝…ッ!」
 ダグザはこのときを待っていたと言わんばかりに、自身の魔詛を爆発的に解放して、決環を発動する。彼の決環は『ケルトの偉大なる父エオヒド・オラティル』。言わば、周囲の敵味方お構い無しに廃墟の下敷きとするか、ダグザの棍棒に殴り飛ばされるかの、ほぼ二択しか運命がない状況となる、最凶最悪の決環。それが放たれたと言うならば、それは什造と義輝両名の死が、実質確定したと言うことだ。
 棍棒を左腰より後方に、さながら抜刀するように構える。ダグザは、もう獲物を待つハンターと化している。什造の自由落下は止まらず、義輝も踏み込んで斬りかかっている最中。状況は逆転した───。
「ふゥんッ!」
 棍棒が振るわれる。その瞬間に空気は震え上がり、周囲の街路樹を根元からへし折られる。ビルの窓々は一瞬で割れ、柱には亀裂が入ってものによっては倒壊するものまで現れた。
 什造の元へ、一度叩けば必ず死に陥れる棍棒が迫る。振るわれたその厳つい丸太は土煙と瓦礫を舞い上げながら、瞬く間に2人を包み込む。
 什造は思わず構えを解き、右手を目元へやって、目に異物が入らないようにした。するとどうだろうか。数秒もしないうちに、右脇腹に何か硬いものが思いっきりぶつかったような気がした。目をそっちに向けると、茶色の丸太みたいな何か。
 ああ、最悪だ。これは紛れもなくダグザの棍棒だ。これは──死んだな、俺。
 棍棒は什造を貼り付けたまま、ダグザの力にしたがって振り回される。什造は遠心力に耐えられず、棍棒から引き剥がされて、廃ビルの3階に吹き飛ばされた。
 ガラスを割り、オフィステーブルを吹き飛ばし、壁を何枚もぶち抜いてようやくコピー機に背中を打って止まった。あまりの激痛に暫くは立てそうにない。ああ、最悪だ。
 腕に何とか全体重をかけて起き上がろうとするが、上手く力が入らないどころか分散して立てない。仰向けになるのがせいぜいで、匍匐ほふくができるかも怪しい状況。
 什造は思わず死を覚悟した。それもそのはずだろう。言わずもがな、自分を狙うケルト神話の最高神がすぐ近くに居るのだから。
 ゴロリと体を捻って仰向けになる。割れた窓から入り込む冷たい風によって、顔の上を横切るコピー用紙が1枚、2枚。4枚程度飛び過ぎて、什造はゆっくりと目を閉じた。
 深呼吸をしながら、神様と殺し合うとわかっていたならば、最後に1回だけでいいから禁煙を辞めたい。辞めて一服したかったなぁ。なんて、今ある欲望を呟いてみた。
 一方の義輝も、この激風に近づけずに同じくいくつかのビルの壁をぶち抜いて、吹き飛ばされたビルから5つ向こうの屋内で止まった。守霊であるゆえに、人間と比べれば負傷は軽い。だが、ガラスの破片が刺さる上に、背骨が折れそうなほどの衝撃で激痛が走る。刀を杖に、何とか立ち上がろうとするものの、上手く力が入らない。
「慢心が、仇となるか…。恐るべし、化神ダグザ───」
 什造、義輝が沈黙したと判断したダグザは、ゆっくりと棍棒を肩に乗せて、大きく息を吐いた。
 なんとも無様な戦士であろう。ケルトの父であるこのダグザに殺し合いを挑むとは。もったいない事をしたな、アイツは。
 クルリと什造が吸い込まれるように吹き飛ばされたビルに背を向けて、次の契約者を殺そう、そう思った。のだが、後ろからなんとも言えない殺気を感じた。
 それは、マグ・トゥレドで戦ったフィル・ヴォルグと同じような殺気だった。神を必ず殺す、その意思が明確に伝わっていた。なんだか訳の分からないような寒気に襲われて、再びあのビルの方を見ると、割れた窓からこちらを見ている1人の男───什造がこちらを睨んでいた。その服には無数の血が染み付いて、今もガラスの刺さった箇所から血を吹き出している。満身創痍な状態でもなお、ダグザを殺すという、その1つの目標のみで立っているかのようだった。
「貴様…。骨が砕けたはずだ、なぜ立っていられる!?」
「家族危険に晒しておいて、それは無いでしょうよ神様ァ───。妻子持ち怒らせたらどうなるのか、分かってんのか…?」
 息を切らしながら、吐息のように擦り切れそうな声でダグザへ自分の気持ちを伝える。もっぱら、人間の気持ちなんか理解できないだろうが、それでも伝えるだけ伝えてみようとなぜか思ってしまう。理由は分からない。だがなぜか漠然と、そうしないといけないと思えるのだ。
「なぜだ。なぜ貴様は、傷を負っても立っていられる!何故そこまでして戦う!久保江什造ォ!」
 質問に質問で返された。什造は自身の質問の回答が来るだろうと思って、無言のまま5秒程度待ってみたが、ダグザは什造が立っている事に開いた口が塞がらな異様で、返事はかえってこない。
「まぁ、元々期待してなかったが。やっぱ神様だから俺の気持ちなんか理解できないよな」
 呆れ半分、感情を快楽以外全て削り取った合理主義の塊のような奴なのだから、仕方ないと思う気持ちが半分あった。神様は大抵そうなのだから、期待するだけ無駄である。
魔詛弾カーズ・バレット!」
 什造は唐突に魔詛弾を放つ。魔詛弾カーズ・バレットは真っ直ぐ、硬直するダグザの左頬を掠めて背後のビルを貫いた。
 ピキピキミシミシと音を立てる一棟のビルは、ゆっくり、ゆっくりとこちらに傾いている。
 什造は、虚ろな目のまま、先程と同じように足元に魔詛を集中させて飛翔。しかしながら今度は、真っ直ぐダグザの元へ斬り掛かるのではなく、その頭上を飛び越えて、自身が魔詛弾カーズ・バレットをぶつけた倒壊寸前のビル───しかも、よりにもよって黒紫の弾丸をぶつけたその柱の目の前に降り立ったのだ。
 馬鹿なのか?いや、馬鹿だろう。馬鹿でなければ自ら死にに行くようなところに降りはしない。と、ダグザは内心思いながらもこの好機を逃す訳にも行かなかった。
「神に喧嘩を売ったその度胸に免じて、楽に殺してやる!死ね、什造ォッ!」
 巨大な丸太が、右から迫ってくる。
 躍起になった神様が、この世の地獄からあの世の地獄へ叩き落とそうとしている。どうせなら、アイツにひと泡吹かせてやろう。
 什造は身をかがめてその棍棒をかわすと、棍棒は面白いように巨大な衝撃音を響かせながら、ヒビの入った柱にぶつかった。柱はその巨大な棍棒によるフルスイングに耐えかね、ゆっくりと什造やダグザのいる方向へと斜めってきて、その傾きは次第に大きくなると同時に速度も早くなってきた。
 ダグザは急いで棍棒を外そうとするが、柱にめり込んだ棍棒は完全に壁の亀裂とカケラによって固定されてビクともしない。その間に什造は、さながらかまいたちの様にダグザの足を斬ってさっさとビルの倒壊範囲内から脱した。
 みるみるうちにビルの影が迫り来る。ダグザは棍棒を諦めて脱そうとしたものの時すでに遅し。重心が自立可能範囲を大きく逸脱したビルは、その自重によって倒壊を始めていた。
「うおぉぉぉ…ッ!」
 短い断末魔を上げながら、巨大なコンクリとガラスの柱が頭上を覆って、ビルがダグザを土埃と砂塵で包み隠した。
 この間僅かに10秒あまり。
 ビルを倒壊させた張本人の方は、黙って煙立つその風景を黙って見つめていた。そこへ鞘に収めた刀を杖にしながら、義輝が歩いてきた。頭から血を流しながらここまで歩いてきたのだろう、その道筋は血が規則的に滴っていた。
「什造。ダグザは如何いかがした?」
「あのケムリの中。神様だからそうそうしなないとは思うが───」
「首をはねるに越したことはない。急ぎ、かの首印を取らねば再び奴は現れようぞ」
 什造は少し黙ってから、そうだな、と返答し、三日月宗近を煌めかせながら再びあの瓦礫の山へと歩み寄った。今度は頼れる義輝相棒がいる。義輝の負傷した箇所はさりげなく魔詛で応急処置を施したから、暫くは大丈夫だろう。義輝は自身の傷を塞がれたのを分かっているのか分かっていないのか、判断できないような複雑な顔で什造をチラリと見た。
「ん?どうした義輝?」
 什造が問うと義輝はただ、「何でもない」と返した。
 2人は、ダグザが埋もれる廃ビルだった瓦礫の山へ辿り着く。義輝が空気を漂う魔詛を感知するために、手を山の表面に触れた途端のことだった。グワッと見慣れた棍棒の先が飛び出して、瓦礫をさながら火山の噴火の如く弾け飛ばした。ぽっかり空いた瓦礫の穴からは、あの見なれた黄色い気味な目が光を放っていた。
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