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013 障壁を突破せよ!

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「敵襲! 敵襲!」

 部屋の外からけたたましく聞こえてくる叫び声でカノンは目を覚ました。
 目に映ったのは見たこともない天井。それに着ている服も寝ているベッドも知らない物だった。
 数秒間カノンはわけがわからず混乱した。
 しかし、横で寝ている黒い羽根と褐色の肌を持つ小さな妖精キャピラを目にした時、これまでの記憶が鮮明によみがえった。

 邪教の儀式で強制的に異世界に召喚され、奴隷にされそうになったこと。
 自分に与えられた武器……戦車でそれを拒み、最終的には自分を召喚した司祭を倒したこと……。
 カノンの日常からは想像もできない一日だった。
 普通ならば今日も眠たい目をこすりながら学校に行き、適当に授業を受けつつ友達と話し、放課後は遊んで家に帰る生活が繰り返されてるはずだ。

 でも、今は違う。この世界には友達も親もいない。
 一度眠り、心が落ち着いたことでカノンは事の重大さに気づいた。
 みんなは今頃どうしているだろうか、向こうの世界の時間は進んでいるのだろうか、心配しているのだろうか……。
 不安が頭をよぎり、呼吸が止まるような感覚を覚える。

 だが、カノンは折れなかった。
 あのまま奴隷にされていたらカノンも普通の女の子、精神的ダメージで動けなくなっていただろう。
 しかし、今は違うのだ。彼女には強力な武器があり、この世界できた友達もいる。
 目にたまった涙があふれて頬を伝う時には、カノンの思考は部屋の外から聞こえてくる『敵襲!』という言葉に移っていた。

「残党がまだいたのかしら……?」

 ここは教団のための町だ。どこかに隠された安全な拠点があってもおかしくはない。
 そこから超武器を持った教団兵が湧いてきたのならば人々が危険だ。
 カノンは起きあがり、ベッドのそばに置かれた椅子に座っているレギーナに声をかける。
 しかし、反応がない。どうやら目を開けたまま寝ているようだった。

「レギーナさん」

 カノンはレギーナの体を小さくゆすって起こす。
 ここまで寝ずにずっと見守ってくれていたことはなんとなく察することができたので、起こすのは少し心苦しいものの、敵襲とあらば人々のリーダーをしているレギーナを起こさないわけにはいかなかった。
 数回ゆすってからレギーナは目を覚ました。

「ん……あ、私としたことが……寝てしまったか……。うっ、目が乾燥してる……」

 レギーナは水魔法で少しの水を生み出して目を洗う。
 そして何度か瞬きした後、カノンの方に向き直った。

「おはよう、よく眠れた?」

「おかげさまでぐっすりです! ありがとうございます! ずっと見ていてくださったみたいで……」

「あはは、最後には寝ちゃったからね。私もまだまだだ」

 カノンよりずっと劣悪な環境に長く居続けたレギーナだが、弱さを見せようとはしない。
 顔色はあまり良くないがニッコリと笑う。

「さて、朝ごはんにしようか? 静かな方がいいだろうし、ここに持ってこさせるよ」

「お気遣いは嬉しいんですが、なんか外から『敵襲!』って聞こえてきてそれで目が覚めたんです」

 その言葉を聞いた途端、レギーナの顔は大好きな妹を甘やかす姉のような顔から戦士の顔に戻った。
 すぐさま部屋の扉を開けて廊下に顔を出す。
 すると、ちょうどレギーナに何かを伝えようと部屋にやってきた者と会い、ベッドに寝ているカノンに聞こえないくらい低い声で数分間話し合っていた。
 それが終わると人を帰し、レギーナは一度部屋のドアを閉めてカノンの元へ戻ってきた。

「敵がいることは確かだけど、焦る必要はないよ。まあ、のんびりもしてられないけど」

「敵はどういう相手なんですか?」

「王都から定期的に来る監査騎士団さ。地方の町を見て回ってちゃんと仕事してるかをチェックしに来る奴らで、いま町から見える小高い丘に馬を止めてるのが見えたとかなんとか。ここら辺は平野だから丘の上はよく見るえるし、多くの人が確認したから嘘じゃないと思うが……はて」

「肉眼で見える距離って、すぐ対処しないといけないじゃないですか!」

「いや、カノンを焦らせたらいけないと思って……寝起きだし」

 不器用な気遣いに感謝しつつもカノンの心はもう戦闘へと向かっていた。
 敵は何かのトラブルか丘の上で動かないらしい。
 肉眼で見えると言ってもただっぴろい平野にそれらしき物がぼんやり見えただけなので、まだ馬を走らせて向かってきたとしても時間はある。

 カノンは少々名残惜しく思いつつもベッドを出て寝間着を脱ぎ、セーラー服に着替える。
 これが彼女の戦闘服になりつつあった。
 その後、部屋を出ると戦車に直行しすぐさま乗り込んだ。
 空に輝く太陽は真上に位置し、地球と同じならば今は朝ではなく昼だということがわかる。
 だとすると、カノンはざっと半日を大きく上回る時間寝ていたことになるが、ここまでの出来事を考えるとそれくらいは寝ても当然と本人は思った。

「あの丘の上さ。戦車なら見えるかい?」

「はい!」

 馬に乗ったレギーナとともに町の高台に移動したカノンは【望遠】のスコープで問題の丘を見る。
 そこには黒いローブを着た人間とたくましい馬の集団がいた。
 なぜそこに留まっているのかまではわからなかったが、確かにあの集団は教団の関係者だった。

「どうしましょうか? ここからじゃ流石に光線砲でも届かないと思います」

「うーん、出来る限り引き付けてから一網打尽にしたいなぁ。一人でも逃がせば私たちの反乱が本国に伝わって面倒なことになる。王を討つんだからいつかは気づかれるが、それは少しでも遅い方がいい」

 話し合いの結果、敵が町に接近するまで待つということになった。
 戦車が町から丘へ向かえばあまりにも目立ち、場合によっては逃げ出すこともあり得るという理由からだった。



 = = = = =



「まったく、隊長もしっかりしてくださいよ~」

「いやいや、すまんすまん!」

 小高い丘の上から馬に乗って目の前に迫る町へと駆け出した騎士団の面々はみな笑顔だ。
 先ほどまで隊長の男の持っている腰ぎんちゃくが破れ、そこから転げ落ちた宝石類など貴金属を探すのに手間取っていたが、それもすべて見つけいま意気揚々と移動を再開したのだ。

「別にこの手土産がなくともデゴンは怒らんと思うが、まあ俺の気持ちだな。良い接待をしてもらうからなぁ」

 この監査騎士団は監査とは名ばかりに各集落で奉仕を受け、その内容によってそこでどんな行為が行われていようとも王都には伝えないという隠ぺい行為を繰り返していた。
 カノンが受けた異世界召喚なども王都から命令されたのではなく、司祭デゴンが独断で行い成功したら王に伝えようとしていた。
 命令を受けて行えば失敗したとき責任を取らされるからだ。

「あそこにはデカい風呂があって、綺麗な女も多いし、牢獄では遊べるしで最高の場所だ。久しぶりだから今日は派手にいっていいぞ! 隊長の俺が許す!」

「ウへへ……最近最近ヤりたりないと思ってたんですよ……殺しも女も!」

「ハハハッ! そりゃあいい! 今もやってんのかなぁ引き回しのショー! あれは盛り上が……」

 隊長の言葉はそこで途切れた。
 なぜかというと、彼がこの人生で見たこともない物体が視界に入ったからだった。
 巨大な鋼鉄の箱……その側面に取り付けられた筒の黒い穴はいま自分の方に向いていると彼は悟った。
 その穴はいま赤く発光し……。

「バリア!」

 隊長の男はそう叫んだ直後、謎の物体から赤い光線が発射された。
 それ彼に一直線に伸びていき、直前に薄く発光する見えにくい壁に阻まれて拡散した。
 突然に攻撃にバクバクとなる心臓の音を聞きながら隊長は思案する。

(な、なんだありゃ!? とにかく味方ではない! だが……なんだ!? あの光線は……ルッグ! そうだ! 光線の射手ルッグが使っていた超武器があんな感じだったが、威力が違いすぎる! 奴が裏切ったわけではなさそうだ。しかし、あれを【障壁バリア】のマントを持つ俺以外に向けられたら……)

 男は混乱していた。
 射程の長いあの光線を見てからでは撤退は命令できない。背中を撃たれるのは目に見えいてるからだ。
 ならば、前に進むしかないと彼は馬を降りた。

「全員馬から降りろ! そして俺の元へ集まれ!」

 突然の出来事に困惑していた兵士たちも隊長の命令には即座に従い馬を降り、彼のもとに集まる。
 馬に乗っていては出来ない密集陣形は【障壁】によって生み出される壁で兵すべてを守るための物だった。
 彼らはその陣形でじりじりと前に進み、魔法による反撃を開始した。
 しかし、それもすぐに出来なくなった。

 筒から今度はどす黒い光線が吐き出されバリアに衝突。
 バチバチと電気と火花を散らした後にバリアの方がその威力に耐え切れずに崩壊。
 監査騎士団は全員声を出す暇も与えられず黒い光線に飲み込まれた。

「う……すごい威力……」

 光線を放った張本人にして巨大な鋼鉄の箱……戦車の持ち主カノンは顔をしかめた。
 すぐさま騎士団のもとに戦車を進め、その状態を確認する。
 奇跡的……いや、バリアが威力を減衰させたおかげで彼らは生きていた。

黒雷光線砲ブラックサンダービームはよほどのことがない限り使えないわね。こんなの消し飛んでしまうわ」

「ほんとだぜ。こいつ、いい超武器を持ってたな。命拾いしやがった」

 キャピラもカノンの肩の上で地面に転がる兵士たちを見つめる。
 彼女は教団から受けてきた仕打ちがカノンとは違うので、さほど教団の兵の生死を気にしていない。
 だが、超武器は持ち主が死ぬと失われるので、そこは気にしていた。
 超武器からスキルを奪えなければ戦車は強くならず、カノンが危険に晒される危険が上がるからだ。

「さ、超武器を回収してこれからの作戦会議ね」

「私たち反乱軍だからな」

 転がっている兵士たちの衣服は黒く焦げていたが、その中で一つだけ無事なマントがあった。
 【障壁バリア】のマントというだけあってこれ自体が頑丈だったのだ。
 カノンはそれを堂々と戦車の外に出て回収し戦車に収納した。
 兵士の拘束は他の者がやることになっているので戦車は町へと方向を転換する。

「また戦いが始まる……」

 背後に広がるただっぴろい平野を一度だけ振り返りカノンはそうつぶやいた。
 この豊かな大地の先に邪悪な王の住む都がある。
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