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3巻
3-1
しおりを挟むプロローグ
『クライム・オブ・ヒーメル』――それはヘンゼル王国北方にそびえる霊峰ヒーメルの山頂を目指す山岳レース。何日もかけて登頂を目指し、最も早く山頂にたどり着いた者には、国王から勲章が授与される。
レースはヒーメル山のふもとに住む部族、ジューネ族によって管理される。
かつて王国とジューネ族は対立していた。現在では和解し、その友好関係を示すために行われる行事――『クライム・オブ・ヒーメル』にはそういった側面もあった。
俺――ユート・ドライグは、相棒のちび竜ロックと共にレース参加を決意し、王都から遥か北へと向かった。
レース初日――俺たちは完璧なスタートダッシュを決め、満足して眠りに就こうとしたその時、真っ暗な中、険しい山肌を1人で登ろうとする少女と出会った。
彼女の名はフゥ・ジューネ。なんとジューネ族をまとめる族長の娘だった!
そんな高い身分のフゥが、なぜ危険なレースに参加しているのか……?
その理由は毎年ヒーメル山の山頂に出現する高魔元素の塊『天陽石』にあった。高魔元素とは空気中に含まれる魔力のことである。
宝石のように美しく輝く天陽石は、毎年レース優勝者の手によって国王に献上される習わしだ。
しかし、周囲の魔力の流れを安定させる役割を持つ天陽石を持ち去るという行為は、ヒーメル山の環境悪化を招いていた。
フゥはレースで優勝して国王に直接会うことでヒーメル山の現状を伝え、今までとは違う友好関係の在り方を提案しようとしていた。
だが、ジューネ族も一枚岩ではない。王国との関係悪化を恐れ、沈黙を貫こうとする者も少なくない。
それでも現状を変えようと戦うフゥに協力することにした俺たちは、共にヒーメル山に挑んだ。
俺たちの行く手を阻んだのは、厳しい自然の脅威だけではなかった。
魔獣を偏愛する父の支配から脱却するためにもがく男、ラヴランス・ズール。
王国を敵視し、転覆させることでジューネ族の未来を守ろうとした男、ヴィルケ・グリージョ。
俺たちは神聖な山の中で何度も彼らと衝突した末に勝利を手にし、違う考えを持っていた彼らと意見をぶつけ合い、最終的に和解した。
その後、フゥの父であるソル族長は娘の勇気に突き動かされ、自ら国王と交渉する決意を固める。
俺も『クライム・オブ・ヒーメル』優勝者として、族長と共に国王に会うことを決めた。
そんな中、俺たちのもとに国王の訃報が届く。
困惑しながらもたどり着いた王城の謁見の間……。場合によっては、ここでジューネ族の未来が変わる。
そんな重苦しい空気の中、俺たちの目の前に現れた新国王は……かつて実家で一緒に暮らしていた俺にとって妹のような存在――リィナだったんだ!
第1章 プリンセス・ラコリィナ
目の前に立つ少女は思い出の中の姿より大人っぽくなっているが、10代の女の子と2年も会わなければそうなるだろう。
でも、印象的な桃色の髪はそのままで、まん丸でパッチリした目も変わっていない。
彼女はリィナ本人なんだ!
「ユート、会いたかった! 手紙もよこさずに2年間も何してたのよ……!」
玉座から跳ねるように立ち上がったリィナは、勢いそのままに抱き着いてきた!
彼女が着ている桃色のドレスが結構重くて倒れそうになったところを……気合で持ちこたえる。
「何も連絡をしなかったのは……ごめん。とてもじゃないけど、父さんや母さん、リィナに言えるような状況じゃなくって……」
「そうだったの!? それでも伝えてほしかったのに……!」
「今思えば……本当にそうだと思う」
泣きじゃくるリィナを見ていると、なんてつまらない意地を張っていたんだろうと思う。
父さんや母さんもきっと、俺の輝かしい活躍だけを聞きたいわけじゃないのに……。
「必ず、近いうちに家に帰るよ。今の俺にはそれが出来るんだ」
「うん、うん……! 必ずだよ……! 約束守らなかったら処刑しちゃうんだから……!」
……すっごい不穏な言葉が聞こえたな。
というか、いくら考えてもリィナがここにいる理由が思いつかない。
「リィナ、どうして王様みたいなことをしているんだ?」
「王様だからよ……! 正確には女王様! 私……王家の血を引いてたの!」
「ええっ!? でも、だとしても……年齢的に継承順位はかなり後ろの……」
「前の人たちは……みんな死んじゃったんだって」
「ええええええっ!?」
俺が山を登ってる間に何が起こったんだ!?
だ、誰か説明してくれ……! わかりやすく!
「詳しい話はワタクシからさせていただきましょう」
そう言ったのは、端の方で控えていた女性だった。
クラシカルなメイド服を着た落ち着いた雰囲気の人だが、顔には右目を覆うように包帯が巻かれ、首や指、脚にもぐるぐると包帯が巻かれている。
かなり大怪我しちゃったのかな……?
今更だけど、この謁見の間って、俺とロックと族長とリィナとこの女性しかいない?
『クライム・オブ・ヒーメル』はジューネ族との友好を示す儀式のようなもの。
その優勝者を迎えて勲章を授与するとなれば、騎士や貴族が両サイドに控えていてもおかしくはないと思っていたが……実際は違うのか?
疑問ばかりが頭に浮かんでくる……。
こういう時は、考えることをやめて人の話を聞くに限る。
「教えてください。この城の中で何が起こっているのか……!」
「その前にまずは自己紹介をさせていただきます。ワタクシの名前はサザンカ・サザーランド。古くから王家に仕える家系の者です。役目は主に身辺警護ですが、今はメイドの真似事も行っております。以後お見知りおきを……ユート・ドライグ様」
「い、いえ……こちらこそ」
名乗らずともあなたのことは知っていますよ……って雰囲気だ。
俺の名も売れてきたってことだと思っておこう。
「そして、そちらはジューネ族、族長のソル・ジューネ様ですね?」
「いかにも。先日、我が父の死に哀悼の意を表してくれたことに大変感謝している。しかし、まさかこんなに早くヘンゼル国王陛下が亡くなられるとは……大変残念でならない。その魂が遥かなる山々を越え、天にたどり着くことを心から願っている」
「ありがとうございます。ラコリィナ様からも何かお言葉を……」
「え、私? えっと、その言葉に亡くなった父も喜んでいると……思います。大変感謝しています、ソル・ジューネ……さん?」
ぎこちない受け答えだが仕方がない。
共に過ごした記憶がほとんどないまま死んだであろう父の気持ちなどわからないし、女王らしく振る舞えというのも無理な話だ。
リィナは少し前までただの田舎娘だったんだ。
名前もラコリィナじゃなくて、ただのリィナだった。
それがなぜこんなことになったのか……気になって仕方がない。
「では、ここ数日で王家に起こった悲劇、あるいは喜劇の話をいたしましょう。まず結論から申し上げれば、先ほどラコリィナ様がおっしゃったように、継承順位の高い王族の方々は全員お亡くなりになったのです。それも各自で計画した暗殺計画がすべて上手くいってしまって……です」
「暗殺計画が、すべて上手くいった?」
「そのままの意味です。第一王子殿下は後々足を引っ張りそうな弟妹を始末しようとし、その弟妹たちは自らが王になろうと継承順位が上の者たちを狙った……。冷酷な後継者たちの暗殺計画はどれもが研ぎ澄まされていて、どれもが完璧に機能してしまいましたとさ。これが王家に起こった悲劇、あるいは喜劇の全容です」
俺と族長は顔を見合わせる。
サザンカさんの言っていることは言葉としては理解出来るが、現実味がない。
要するに、ヘンゼル王家は、醜い骨肉の争いで滅びかけたということじゃないか!
もちろん、暗殺された王子や王女たちに子どもがいれば、世代が飛んでしまうとはいえ王家の血は絶えないというのはわかっている。
王の孫にあたるそれらの子どもたちは、王の子よりは継承順位が劣る。
彼らを抜いてリィナが女王になったということは、リィナは王の直系の子ども……?
むぅ……まだ頭が混乱している。
サザンカさんの話の続きを聞こう。
「当然ですが家臣たちはパニックになりました。まさか王子たちが一夜のうちに全滅なんて考えられません。かくなる上は、亡くなられた第一王子の長子を王にせざるを得ない……と思った矢先、我々は発見したのです。国王陛下が大事に大事に隠し持っていた手紙の数々を……。その手紙には『お父さんへ』と記されていました。我々は手紙の差出人を血眼になって探し……」
「そして、リィナを見つけた……と」
「その通りです。ラコリィナ様は王家の者だけが持つ指輪を所持しており、他にも国王陛下との繋がりを示す物品をわずかながら自宅に残されていました。以上のことから、我々はラコリィナ様を最後の直系のご息女と判断し、王都へとお連れしたのです」
「そう……だったんですか」
実家ではリィナは両親とまったく連絡が取れていない……ということになっていた。
でも、実はお父さんと手紙のやり取りをしているって、俺にバラしてくれたことがあった。
その文通の相手がまさか国王だったなんて、リィナも知らなかったはずだ。
「リィナ、お前まさか無理やり村を連れ出されたなんてことは……」
「それは違うよ、ユート。王都に来て女王様になることを決めたのは私。もちろん最初は驚いたし戸惑ったけど、考えているうちに使命感……って言うのかな? 自分のやるべきことはこれなんだって実感が湧いてきたの。私を育ててくれたユートのお父さんとお母さんには申し訳ないけど、自分のやるべきことをやりたいと言って村を出たわ」
「俺の両親は……なんて言ってた?」
「笑顔で『いってらっしゃい』って! 『嫌になったらいつでも帰っておいで』とも言ってたよ!」
「そうか……。俺の時もそうだったな……」
無性に両親の顔が見たくなってきたが、俺の話は後回しだ。
「それでリィナは嫌になってないか? 王都にはもう馴染んだのか?」
「少し村が恋しくなる日もあるけど、案外馴染むんだよね……この玉座が」
「馴染む……?」
「うん、私のお尻にね。ここに座るべくして座ってるって感じがするの」
「なら、いいんだけど……」
リィナの感性は独特だ。
そして、案外頑固な性格だ。独特の感性に裏打ちされた謎の自信は、他人の言葉で砕くことは出来ない。リィナが自分のことを女王だと思えば、彼女は女王なんだ。
その自信は顔つきにも表れている。
「もちろん、まだまだ仕事は覚えられていないけど、そのうち覚えてみせるわ。それに私を支えてくれるサザンカはとても聡明な人で、彼女の声は聞いていて心地がよいの。ずっと私のそばにいてほしいな」
「ワタクシなどにはもったいないお言葉……。ですが、ラコリィナ様がお望みとあらばこのサザンカ・サザーランド、いつまでもそばにおります」
「うん、頼りにしてるからね!」
ニコニコ笑顔でサザンカさんと見つめ合うリィナ。
しかし、しばらくすると真顔になり、俺の方に向き直った。
「それでユートはどうしてここに来たの? もしかして……ユートも王様の子どもなの!?」
「いやいや! それはないって!」
リィナがここにいることに驚き過ぎて、本題の方をすっかり忘れていた。
俺と族長は気を取り直し、『クライム・オブ・ヒーメル』の結果と山で起きていたことをリィナに伝えた。
そもそもリィナはこの行事のことを知らなそうだし、なんならジューネ族のことすら知らないと思う。
ある意味、返事がまったく予想出来ない相手だが……彼女の答えは単純明快だった。
「うわぁ、すごい! ユートは優勝おめでとう! 村を出てからも頑張ってたんだね! あと、難しいことはわかりませんけど山の環境が大変みたいですね。来年からは、その『天陽石』って石には触れないようにしましょう。というか、今年の石も山に返しましょう。そして、来年からの新しい行事をジューネ族と王国で考えていきましょう!」
1つの部族をあれほどまでに悩ませた問題はあっさり解決した。
だが、あまりにもあっさりし過ぎたせいで、族長はまだ信じ切れていない様子だ。
とはいえ、族長の温厚な性格では疑いの言葉を発するのも躊躇われるだろう……。
ここは代わりに俺が確認を取ろう。
「それはリィナの一存で決めてしまっていいことなのか?」
「いいよいいよ! 私が女王ですもの!」
リィナは笑顔でピースサインを作る。
ある意味、暴君の素質アリだな……!
「ただ、私はヒーメル山のこともジューネ族のこともよく知らないので、話し合いはサザンカが用意した専門家の人たちとすることになると思います。でも、安心してください。族長さんの言うことを聞くように、ちゃんと言い聞かせておきますから!」
「それはありがたい……! ラコリィナ女王陛下の寛大な配慮に、我々ジューネ族は心より感謝する!」
「フフフ……ラコリィナ女王か……! いい響きね!」
いきなり環境が変わって不安なんじゃないかって思ってたけど、案外楽しそうだ。
まさに『血は争えない』ということか。
彼女に流れる王家の血が、あの玉座を求めているのかもしれない。
「では、ラコリィナ女王としてもう一仕事させてもらおうかな! サザンカ、勲章の用意を!」
「かしこまりました」
謁見の主目的は天陽石の献上と勲章の授与だ。
色々あって存在感が薄くなっていた勲章だが、もうすぐ実物が与えられると思うとちょっとドキドキしてくる……。
今日から俺は『勲章持ちの冒険者』か……。
フフフ……いい響きだ!
『クライム・オブ・ヒーメル』の優勝者に与えられる天陽勲章は、輝く太陽をモチーフにしたオレンジ色のメダルだ。
それを国王自らが受章者の衣服に取り付け、叙勲は完了となる。
「こういうの初めてだから、手間取っても許してね」
「構わないさ。俺のことは練習台くらいの気持ちでいい」
リィナは四苦八苦しながら天陽勲章を俺の胸に取り付けた。
金属の重みだけじゃない、何か別の重さも感じる……。
これが勲章というものか……!
「よし、ユートの勲章はこれでオッケーね! 次はキミだけど、取り付けるところがないよね~」
「ク~!」
ロックに興味を示したリィナは絨毯の上に腹ばいになり、ロックと目線を合わせる。
女王様にあるまじき行いだが、相手と目線を合わせるというのは、それだけ相手に敬意を払っているということでもある。
「キミ、お名前は?」
「クー!」
「この子の名前はロック、ドラゴンの子どもで俺の最高の相棒さ」
「へ~、ドラゴンの……ドラゴン!? あのおとぎ話に出て来る伝説の魔獣の!?」
リィナはくわっと目を見開いて、俺とロックを交互に見つめる。
あまり魔獣の知識がないであろうリィナでも、流石にドラゴンには驚くんだな。
「ああ、そのドラゴンさ。実際に大人のドラゴンに会った経験がある人もそう言ってたよ」
「王都にはそんな人もいるのね……! やっぱり都会ってすごい!」
まあ、都会がすごいというより、俺の上司のキルトさんが規格外なだけだと思うけど……。彼女のことまで語り始めると、それこそ俺が家を出てから今までにして来たこと全部を語ることになりそうだ。
話したい気持ちはもちろんあるけど……まず勲章の授与を先に進めよう。
「私はリィナっていうんだ。これからよろしくね、ロックちゃん!」
「ク~! クゥ! クゥ!」
「なるほど、ロックちゃんのおかげでユートは頑張れてるんだ」
「クゥッ! クゥッ!」
ロックは首を横に振る。
「あはは、そうだね! お互いに支え合って頑張ってるんだね。どちらかのおかげって言い方は間違ってたね」
「クー!」
なんか……普通に会話してるっぽい!?
「リィナはロックの言いたいことがわかるのか?」
「ううん、なんとなくそう思うってだけ。でも、私がそう思うなら、きっとそうなんだよ」
う~む、彼女らしいセリフだ。
昔から村で飼ってる動物に話しかけてたもんなぁ。
はたから見れば変人だけど、それで動物の病気を見抜いたこともあるし、これもリィナの才能なんだろう。
民の声どころか、動物の声も聞ける女王様ってわけだ。
「ロックちゃんの勲章はケースに入れてユートに渡そうかな。あ、ユートの分のケースも用意しておくからね。流石に勲章をつけたまま冒険者の仕事をしたら、危ない人に襲われちゃうもの」
「ああ、大事にしまっておくよ」
「後はギルドライセンスの書き換えだね。カードをサザンカに渡して」
俺はライセンスカードをサザンカさんに渡す。
各ギルドの拠点に置いてある魔法道具と同じものを使って、カードの内部に勲章の情報を刻むんだ。
こうすることで、貴重な勲章そのものを持ち歩かなくても、自分が勲章持ちの冒険者であることを証明出来る。
「……完了しました。カードをお返ししますね」
カードの裏面には、俺の胸に輝く天陽勲章と同じデザインの模様が刻まれている。
情報を読み込む装置がない現場では、この模様で勲章の有無を判断することもある。
まあ、現場で勲章が必要とされることなんてほとんどないはずだけどね。
「どうも、ありがとうございます」
「いえいえ。カードには従魔であるロック様の勲章の情報も刻まれております。必要な時にお役立てください」
勲章持ちの魔獣か……。
それは勲章持ちの冒険者より珍しい響きだ。
「よかったな、ロック」
「ク~!」
羽をパタパタ、しっぽをぶんぶんさせてロックは喜んでいる。
その姿を見てリィナはまたもや腹ばいになりロックに近づく。
「かわいいなぁ~! 私もこ~んなにかわいくて強い従魔が欲しいなぁ~!」
「まあ、警護の観点から見ても強い従魔は有用かもしれないけど、女王様に見合う魔獣となればその卵を手に入れるのがとても難しい……。いくら欲しくてたまらないからといって、周りの人に無理を言って探させるようなことはしちゃいけないぞ」
「う、うん……わかった。なんか、急に怖くなったね、ユート……」
「あっ、いや、ごめん……。魔獣の卵探しには苦い思い出がたくさんあってさ……」
「そうなんだ……。色々あったんだね。そういう話もたくさん聞きたいけど、今日はもう時間がないんだ。女王様は案外忙しくってね。今日は会えて嬉しかったよ、ユート」
「ああ、俺もだ。また手伝えることがあったら何でも言ってくれ。女王様になってもリィナはリィナだ。一緒に暮らした家族として出来ることはするさ」
「ありがとう! ユートが王都にいてくれて、とっても心強いよ。またお城に遊びに来てね!」
叙勲式は懐かしい人との再会、そして族長の要求がすべて通る形で幕を閉じた。
俺とロックと族長は謁見の間を出て、橋を渡って城の外へ出る。そして、行きと同じように馬車に乗り込んだ。
「王都に来て本当に良かったと思う。国王に関しては想定外の連続だったが、結果的にジューネ族にとって良い答えを聞くことが出来た。それもこれもユート殿とロック殿のおかげだ」
みんなが待つギルドへの帰り道で族長が言った。
「いやぁ、まさか俺の幼馴染が女王になってるなんて考えもしませんでした。でも、彼女なら俺がいなくても、族長さんの言葉をちゃんと聞いてくれたと思います。本当に素直でいい子なんです」
「ああ、話していてわかったよ。一応は対等な立場として会話をしたが、ところどころで思わず膝をついて頭を下げそうになった。そんな姿を同胞に見られたら、また王国に対して弱気だと不満が出るだろう……。だが、敵意をむき出しにして接するよりずっとマシだ。力による支配を目指せば待っているものは『破滅』……。我々にとって学びの多い時間だった」
族長は暗殺の応酬で死んでしまった王族たちのことを言っているのだろう。
ジューネ族の内部で起こったいざこざよりも、ずっと研ぎ澄まされた悪意が起こした悲劇……。
でも、ここまで来ると喜劇にも聞こえる。
サザンカさんの表現は王家に仕える者としてはちょっと不適切だが、とても端的だった。
だがしかし、結果的には死人がたくさん出ているわけで、残された家族の悲しみは計り知れない。
そして、その悲しみは場合によって怒りや恨みに変わり、その矛先は女王となったリィナに向かうかもしれない……。
俺に彼女を支えられるだろうか?
権力を欲する王族たち、その骨肉の争いから守れるのだろうか……。
「クー!」
ロックがよじよじと俺の体を登り、肩に乗っかって来る。
「クゥ!」
「ふふっ、そうだな。俺とロックなら出来るさ」
戦うべき時が来たら戦うまでのことさ。
それまでは冒険者として牙と刃を磨いておこうじゃないか。
「族長さんはしばらく王都に滞在するんですよね?」
「ああ、ラコリィナ女王が用意してくれた者たちと顔合わせくらいはして帰りたいのでな」
「では、その間はうちのギルドに泊まるのはどうですか? もちろん、王都には良いホテルがたくさんありますし、そっちに泊まるのも全然アリだと思います」
「いやぁ、王都は少々きらびやか過ぎるのでね……。ユート殿のギルドの方が落ち着きそうだ。しばらくの間、ご厄介になろうと思う」
「ええ、ぜひ!」
こうしてギルドに帰って来た俺たち。
だが、受付にキルトさんの姿はなく、同僚のシウルさんも一緒に王都に来たフゥもいない。女性陣でお茶にでも出かけてるのかな?
「クゥ!」
「あ、ロック!」
ロックは奥の訓練所の方へ走っていく。
それを追って訓練所へやって来た俺と族長が目にしたのは……散らばったフゥの武器であるマギアガン、そして地面に転がされたフゥの姿だった! そばにはキルトさんが立っている。
「な、何が起こったんですか……!」
「おお、ユート、帰ってきたか」
返事をしたのは他でもないフゥだった。
むくりと起き上がり、白いローブについた土を払う。
そして、俺に向かってこう言った。
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