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3巻
3-3
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「クー! クー!」
ロックが俺の目の前を飛んで、その存在をアピールしてくる。
自分だけ何もやらせてもらえないのが不満なんだろう。
「大丈夫だ、ロック。お前にもちゃんと仕事がある! ゴミの焼却処分っていうロックにしか出来ない最後の仕事がな!」
「ク~!」
それを聞いたロックは納得したようで、おとなしく床に着地した。ずいぶんと空を飛ぶのが上手くなったけど、やっぱり地面を歩く方が楽みたいだ。普段は今まで通りテクテクと4本の脚で駆け回っている。
そんなこんなでギルドのメンバー全員が仕事をし、片付けは比較的短時間で終わった。
役割分担って……良いものだな! 過去に所属していた悪徳ギルド『黒の雷霆』では、すべての作業が俺1人に押しつけられていた。その頃とは大違いだ。
片付けが終わった後は、みんなそれぞれの部屋へと引き揚げていく。
王都に来たばかりの族長とフゥは相当疲れているだろうからな。
早めに休むように促しつつ、困ったことがあったら遠慮なく俺を叩き起こしてほしいとみんなに言っておく。
俺は俺で北の街から帰って来たばかりで疲れているから、ちょっとやそっと声をかけられたくらいじゃ起きない自信がある。
ゆえに「叩き起こしてくれ」……だ。
「久しぶりの自室は落ち着くなぁ~」
「ク~」
俺は自室のベッドに座り、ロックはテーブルの上に乗っかって伸びをする。
旅の終わりは帰って来た自分の家の良さを再確認することで締めくくられると、何かの冒険記で読んだことがあるが、まさにその通りだと思う。
第二の故郷とも言える『キルトのギルド』の1号室は、俺にとって最高の癒やし空間だ。
「……おっと、カーテンが開きっぱなしじゃないか」
王都の通りに面した窓のカーテンを閉めるべく、俺は立ち上がる。
この時間ともなると、下町をうろつく人もあまり……。
シュル……シュルシュルシュル……シュル…………。
「な、なんだ……?」
外から窓の隙間を通って、白く細長い布のようなものが室内に入り込んで来る。
「これは……包帯?」
「はい、その通りです」
突然ぬっと窓の向こうに現れたのは、包帯だらけの女性だった!
俺は驚き、悲鳴も上げられないまま腰を抜かす。
「あ、申し訳ございませんユート様。このような訪ね方になってしまい」
「え、あ……あなたは……サザンカ……さん!?」
「はい、サザンカ・サザーランドでございます」
リィナの身辺警護を担当するメイドさん……。
クラシカルなメイド服に身を包み、肌のほとんどが包帯に覆われている。
彼女は今、その包帯を触手のように操り、窓の内側に張りつかせることでロープのように固定し、2階までよじ登って来たんだ……!
ツッコミどころが多過ぎて、何から触れていいのかわからない……。
いや、身辺警護を担当する彼女がいきなり俺のところへ来たってことは、聞くべきことは1つ!
「リィナに何かあったんですか!?」
「いえ、特に何も。ディナーもすべて平らげておられました。健康そのものです」
「そ、そうですか……」
とりあえず、良かった……。
徐々に落ち着きを取り戻した俺は、立ち上がって再び窓に近寄る。
「中に……入りますか?」
「ええ、お願いします」
窓を開いてサザンカさんを中に招き入れる。それと同時に、自分の武器がどこに置いてあるのかを確認する。
俺は彼女のことをほとんど知らないし、訪ねてきた理由も見当がつかない。
場合によっては……身を守る必要があるかもしれない。
「重ね重ね申し訳ございません。夜分遅くに、こんな訪ね方をしてしまって」
「ああ、それは……別に気にしてませんよ」
本当は結構気になったけど、今は彼女がここに来た理由を聞く方が大事だ。
「それでご用件は……」
「ラコリィナ様を守る者として、ユート様と1対1でお話がしたいと思いました。そう、謁見の間では出来なかった、さらに深い話を……。今現在、ラコリィナ様がどういう状況に置かれているのか、ラコリィナ様がどういうお考えを持っているのか……。それを私の口から直接伝えるべく、馳せ参じた次第です」
「そう……ですか」
サザンカさんから敵意は感じられない。
ロックも大きなあくびをして、眠たいことを隠さない。警戒すべき相手の前で、こんな行動はしないはずだ。俺は警戒を解いてベッドに腰を下ろす。
「ぜひ、聞かせてください。あと立ち話もなんですので、どうぞお掛けください」
「では、失礼して……」
サザンカさんも椅子に腰掛ける。
すると、当然テーブルの上にいるロックとの距離は近くなる。
いつもなら何かしらのリアクションを起こすロックだが、今日はもう眠いのか視線をサザンカさんに向けるだけだ。
「ドラゴン……か。生きているうちに会えるとは思わなかったな」
そうつぶやいて、ロックの頭を撫でるサザンカさん。
包帯で隠されていない右目は、好奇心旺盛な子どものようにキラキラ輝いていて、この瞬間だけ彼女の素が見えたような気がした。
……ん? 見えているのは右目……?
確か謁見の間の時は右目を隠して、左目を見せていたはず……。
「では、現在ラコリィナ様が置かれている状況からお話ししましょう」
視線をこちらに向けた時には、彼女の表情は真顔に戻っていた。
むぅ……なんともミステリアスな人だ。
リィナのことだけじゃなく、彼女自身のことも聞かせてもらいたいところだな。
「今、王城の中にラコリィナ様を慕う者は……それなりにいます」
「それなりに……いるんですか?」
俺は思わず聞き返す。
いくら国王の実子とはいえ、いきなり出て来た田舎娘であることに変わりはない。
てっきり、周りは敵だらけと思っていたんだが……。
「まあ、味方がいるのは良いことなんですが……どうして、そんなことに?」
「一番の理由は、やはり亡くなられた王子や王女の評判が悪かったことでしょう。彼らに仕えるくらいなら、王としての能力が未知数でも、純粋で優しいラコリィナ様の方がいいと考える者がいるのです」
「なるほど、暴君の僕になるよりはマシって考え方ですね」
「若者ほどその考えの者が多いように感じます。王家に仕える家系に生まれたからといって、歪んだ王に命を捧げたいとは思わない……。ワタクシもその1人です。でも、ラコリィナ様はとても気丈で、聡明で、博愛の心を持ったお方です。ワタクシは今、自分の意志でラコリィナ様に尽くしたいと思える……! ただ決められた通りに生きるだけだったワタクシの人生を、あのお方は変えてくださったのです。さながら、白馬に乗った王子様がいきなり目の前に現れたようなときめき……。あぁ、ワタクシはラコリィナ様と出会うため、サザーランド家に生まれたのです!」
頬を赤らめながら、もじもじとしているサザンカさん。
誰かに言われた通りに、ただ漠然と生きるだけだった人生を変えてくれた白馬の王子様……か。
そりゃ、リィナを慕ってくれるわけだな。
それはつまり、俺にとってのロックや、キルトさんみたいな存在なんだ。
人生を変えてくれた存在のために働きたいと思うのは、当然の流れだと思う。
俺の中で今、サザンカさんは信頼出来る人間になりつつある。
こうしている今もなお、自分の世界に入り込んでリィナを褒め称える言葉をぶつぶつ言い続けている姿が演技とは思えない。
「あの……サザンカさん。そろそろ話の続きを……」
「ハッ……! ワタクシとしたことが、ラコリィナ様のことになるとつい……」
ちょっと愛が重過ぎる気もするが、これを忠誠心だと考えれば、より信頼出来る。
サザンカさんは「コホンッ」と咳払いをし、話を本題に戻す。
「えっと、先ほど慕う者はそれなりにいると話しましたが、その一方で、ラコリィナ様を認めていない者も相応にいるのです。特に年寄りども……あ、長年王家に仕える者からの反発は大きいです。ラコリィナ様が粛清を行わないのをいいことに、公然と不平不満を口にしています」
「まあ、そういう問題も出ますよね……」
「サザーランド家も内部では意見が割れています。ただ、我が家はまだ静観している方で、王家に仕える他の家の中には、亡くなられた王子たちの妻や子との繋がりをさらに強めているところもあると聞いています。このままでは、いずれ衝突することは避けられないかと……」
「また暗殺で王位を争うことになる……か」
ここまでは凡人の俺にも予測出来る事態だ。
問題はどうやってそれを回避するかだが……。
話し合って解決する気はしないし、平民の俺が間に入れる気もしない……。
うつむいて考え込む俺に、サザンカさんは穏やかな声で言う。
「とはいえ、すぐには行動を起こさないと思います。今の状況はどの勢力にとっても想定外のもの……。本格的に王位を争う前に、次に担ぎ上げる人物の選定や、それを後押ししてくれる支援者を揃える必要があります。逆に言えば、今のうちに我々はラコリィナ様こそが王にふさわしいと、国民に知らしめる必要があるのです」
国民の支持を得れば、容易には殺せなくなる……か。
人気のある王を殺したところで、その証拠を掴まれ真実が暴かれたら、国民は暗殺の指示を出した人物を王と認めるわけないもんな……。
実際、亡くなった先代国王は温厚な人物だったと聞く。
あまり表立って行動する人物ではなかったから印象が薄かったが……今ならより胸を張って先代の王は名君だったと言える。
なぜなら、父である国王が亡くなってすぐに殺し合いを始めた者たちが、少なくとも父が生きている間はおとなしくしていたからだ。
俺の憶測も入っているが……血の気の多い子たちも、父を暗殺して権力を手に入れるのは不可能だと判断したんだ。
それだけ、多くの人に支持されていた王だったんだと俺は考える。
しかし、そんな王の落胤――平たく言えば隠し子のリィナが同じように民衆の支持を受けるために何が出来るのか、俺には皆目見当がつかない……。
正直、本当に王家の血を引いているのか、不審がっている人が大半ではなかろうか……。
俺が頭を悩ませていると、サザンカさんは今リィナが頑張っていることを話し始めた。
「ラコリィナ様は演説の経験がないにもかかわらず、王位を継いですぐに城の中庭に王国の民を出来る限り招いて、自分自身の言葉をお伝えになりました」
王位を継いですぐということは、俺がまだ北にいた時の話か。
「はたから見れば怪しげな出自……集まった国民からは心無い言葉を浴びせられることもありましたが、ラコリィナ様は『王に直接暴言を吐けるなんて平和な国だね!』と、演説の後に笑顔を見せていました。しかし……本当はとても動揺しておられるのがわかりました」
それが当然だ。暴言を言われ慣れている俺だって、聞き流すことが上手くなっても、心の痛みが消えるわけではないんだ。それを田舎で平和に暮らしていただけのリィナが……。
俺の前では明るく振る舞っていたけど、あれは俺を心配させまいとした強がりだったのか……。
「それ以降、ラコリィナ様は国民の前に出ていません。しかし、出自が怪しまれている以上、先代国王のように静かに職務をこなすだけでは印象が好転しないでしょう。何としても前に出る勇気を……! そう思っていた時、ユート様が現れたのです」
深刻な表情をしていたサザンカさんの顔がフッと緩んで笑顔を見せる。
「ユート様が帰られてから、ラコリィナ様はどんどん表に出る職務の予定を組んでいます。ユート様との再会が、ラコリィナ様に立ち向かう勇気を与えたのです」
……きっと、リィナも不安だったんだろう。それは女王として王都に呼ばれた時からではなく、2年前に俺が家を飛び出した時からずっと。
安否を知らせる手紙すら送らず、俺はちっぽけなプライドを守っていた。そんな俺との再会を喜んで、困難に立ち向かう力にまでしてくれる家族がいるありがたさ。それが今、心の底から実感出来た。
「ラコリィナ様はユート様と再会出来たことを、心の底から喜んでおられます。それはあなたが思っている以上に強い喜び……。でも、それを直接伝えるのには、恥じらいがあるのです。だからこそ、従者であるワタクシがユート様に伝えに来ました。これは知っておいた方が良いことだと……そう思いましたから」
「ええ、ありがとうございます……サザンカさん。リィナの本当の気持ちを聞けて良かったです。俺、もっと気を引き締めます! 自分に大したことは出来ないかもしれませんが、それでもリィナが頼ってくれるような兄でいようと思います」
「とても心強いお言葉です。我々の味方はいないわけではありませんが、決して多いとも言えません。いずれユート様やお仲間の力を借りる時が来ると思います」
そう言うと、サザンカさんは椅子から立ち上がった。
「ラコリィナ様のお気持ち……確かにお伝えしました。最後に何かユート様からラコリィナ様へ伝えたいお言葉はありますか?」
サザンカさんはもう帰るつもりか……。
なら、彼女自身のことを聞くのは今しかない。
「あ、よろしければ帰る前に、サザンカさんのことを聞かせてくれませんか?」
俺はいたって普通にそう言った。
……つもりだったのだが、サザンカさんはギョッとして、そのまま動かなくなった。
そして数秒後、顔を真っ赤にしながらグイッとのけ反った。
「お、およよよ……っ! まさか本命はワタクシだったのですかっ……!?」
「ほ、本命って何の話ですか!? 俺はまだあなたのことをよく知らないから、これから協力するうえで最低限のことは知っておきたいと思っただけですよ! ほら、その触手みたいに動く包帯のことも全然わかりませんから……!」
サザンカさんの体に巻き付いていた包帯が緩み、波に揺られる海藻のように動いている。
彼女の精神状態と連動しているのか!?
「あ、ああ……え? なんだ、そういうことでしたか……。お騒がせしてすみません。ちょっとした若気の至りです」
「は、はあ……」
ちょっとした若気の至りとは一体……と思っていると、緩んでいた包帯が再びピシッと彼女の体に巻き付いた。
やはり精神と連動して動いている……。
あの包帯は怪我の治療のために巻かれているのではない。何かしらの魔法道具なんだ。
「ユート様のおっしゃったことはもっともです。私も協力者として、手の内を明かしましょう。ただし、早めにラコリィナ様の元に帰りたいので手短に……です」
サザンカさんは人差し指をピンと立てて言った。
その指に巻かれている包帯は、またもやゆらゆらと動き出していた。
「すでにお察しだと思いますが、この包帯は傷を覆うための物ではありません。これは我が身を守る鎧なのです」
「鎧……? このふにゃふにゃした包帯が?」
そこらへんのナイフでも簡単に切断出来そうに見える。とてもじゃないが、これを巻いて身を守れるとは思えない。
だが、サザンカさんがこの状況で冗談を言うとも……。
「その名をバンダージェム。我がサザーランド家に伝わる王神器でございます。まあ、少々長いので普通に包帯と呼ぶことも多いのですが」
「バンダージェム……王神器?」
「古の王より授かりし神器――簡単に言うと、現代の魔法技術でも再現不可能なほど高い性能を持った魔法道具です。王家に仕える家系の中でも、力を持った一部の家系にのみ継承されています。家によって継承されている王神器の姿かたち、性能はまったく違いますが、どれも並の武器とは一線を画す力を秘めているのです」
一族の中で脈々と受け継がれる神器……。
非常に少年心をくすぐられる代物だが、敵に回る可能性があることを考えると、素直にワクワク出来ない部分も……なんて考えていると、サザンカさんが自分の持つ王神器の説明を始めた。
「王の側近を代々務めるサザーランド家の王神器バンダージェムは、包帯のように長く、軽く、切り離したり、くっつけたりも出来ます。さらに意のままに動く柔軟性、衝撃も魔法も通さない耐久性を持っています。なので、このように体に巻き付けて超軽量の鎧として使っているのです」
サザンカさんがガバッと自分のメイド服のスカートを持ち上げると、包帯でぐるぐる巻きにされた彼女の脚や腰、お腹があらわになった!
このメイド服……上と下が一体型で、ワンピースみたいになってるんだ!
道理でスカートを上げるとお腹まで見えちゃうわけだ……!
「ちょ、ちょっと!! 全部見えてますよっ!」
「安心してください。下着は見えてません。そもそも着けてませんから」
「そういう問題じゃ……って、下着を着けてない!?」
「ええ、素肌で触れ合う面積が広い方が、バンダージェムの制御能力が増すのです。とても強い一体感があるおかげで、自分の手足のように動かせます。しかも、バンダージェムには浄化の力があって、体を清潔に保ってくれます。それはそれとして、ちゃんと毎日シャワーは浴びていますが」
さっき聞いたリィナが置かれている状況とか、リィナの本心とか、全部吹っ飛びそうなほど驚かされたが……なんとか心を落ち着けて話を続ける。
「とりあえず、スカートを戻してもらっていいですか? 体に巻かれていることはわかったので」
「では、話も戻して……バンダージェムはその特性上、複数の敵を瞬時に捕縛するロープとしても機能します。王と我が身を守りつつ、瞬時に敵を捕らえて無力化する……。それがこの王神器の戦闘スタイルなのです。反面、高い攻撃能力は持ち合わせていません。側近として、万が一にも王を巻き込むような攻撃を行うわけにはいきませんからね」
「なるほど、防御と捕縛の王神器がバンダージェムなんですね」
その家系の役割に合った王神器が受け継がれているということか。
中には破壊と殺戮みたいなヤバい代物もあるのかなぁ……。
「……不安そうですね、ユート様」
「え、ああ、まあ確かに……」
「我が王神器の力を疑っておられるんでしょう?」
「……へ?」
サザンカさんは真顔だが、わずかにムッとしているような雰囲気がある。
別の意味で浮かべた不安な表情を、変に捉えられてしまったか……。
「あのっ……」
誤解を解こうと口を開いた矢先、包帯が巻かれたサザンカさんの拳が俺の顔の前に突き出された!
思わず「ひえっ……」と声が出る俺。
「この腕に……ユート様の剣を振り下ろしてみてください。それでハッキリします」
実際にバンダージェムの防御力を試してみろってことか……。
でも、俺の剣だと本当に彼女の腕を切り落としかねないし、従うわけにはいかないな。
「俺の方も手の内を明かします」
「……ん? どういうことでしょう?」
首をかしげるサザンカさんの前で、ベッドに立てかけてあった竜牙剣を鞘から抜く。
本気の戦闘中じゃないから刃の色は白銀のままだけど、何というか……貰ったばかりの頃より、刃に風格のようなものが出て来ている。
紅色のオーラをまとっていなくても、普通の武器にはない凄みが今の竜牙剣にはある。
「この剣の刃は竜の牙から削り出された物なんです。普通の剣とはまったく切れ味が違います。それを人に向けて振り下ろすことは……出来ません」
「そ、それは……」
竜牙剣の風格にサザンカさんは気圧されている。
このまま誤解も解いてしまおう。
「さっき俺が不安げな顔をしていたのは、攻撃的で危険な王神器が敵に回った時のことを考えていたからです。その時、俺はリィナを守ることが出来るのか……と。もちろん、どんな相手であれ戦う覚悟はありますけどね」
俺の言葉を聞いて、サザンカさんは突き出した拳を下ろし、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。早とちりをしてしまいました」
「いえ、わかってくれたらいいんです」
「……自分の家にそこまで愛着はありませんが、このバンダージェムには愛着があるんです。正統な継承者としてこれを受け継ぐべく、幼少の頃より訓練を受けていましたので」
「自分の武器を信頼する気持ちが、俺にも伝わって来ました。その包帯でこれからもリィナを守ってあげてください。俺も剣の腕を磨いておきます」
役目を終えた竜牙剣を鞘に戻す。
その一連の動作をサザンカさんは食い入るように見つめる。
「竜の牙の剣……まさか、そんな切り札があったとは驚きました」
「うちのギルドのマスターが俺にくれた大切な剣なんです。今まで何度も命を救われましたし、何度も人の命を救うことが出来ました。まだまだこの剣にふさわしい冒険者にはなれてませんが、いつかはそうなるつもりです」
「お互い道半ば……ですね」
それから、俺とサザンカさんは自然な会話が出来るようになった。
彼女が包帯で片目を隠している理由は、一気に両目を潰されないため……というのは建前で、実際はただのオシャレ。
気分によって隠す目を変えているので、謁見の時とは見えてる目が違うんだってさ。
年齢は17歳で、俺の1つ上、シウルさんの1つ下だ。
サザーランド家の正統な後継者であり、家の中では発言力がある方らしい。
俺から彼女に話したことは、リィナとの思い出だ。
何が好きで何が嫌いか、小さい頃はどういう性格だったか……などを記憶を手繰って、時間が許す限りサザンカさんに伝えた。
彼女があまりに真剣に聞くもんだから、間違ったことを話していないかヒヤヒヤしたけど、案外リィナとの思い出は覚えているもので……自分でも驚いた。
おかげでまた少し、実家に顔を出したくなった。
時間が経ち、サザンカさんはリィナの元へ帰る準備を始める。
「……それでは、そろそろ失礼します。こんな夜分に押しかけたにもかかわらず、ワタクシの話を聞いていただきありがとうございます。それに素敵な思い出話まで……大変光栄です」
「こちらこそ、色々聞かせてもらってありがとうございます。リィナのこと、よろしくお願いします」
「ええ、もちろん。では、おやすみなさいませ、ユート様」
「おやすみなさい、サザンカさん」
サザンカさんは入って来た時と同じ窓から出て行った。
彼女の姿はすぐに夜の闇に紛れ、見えなくなった。
俺はふぅ……っと一息つき、ベッドに腰掛ける。
サザンカさんの行動には度肝を抜かれたけど、話し終わってみれば有意義な時間だった。
おかげで今のリィナの気持ちが少しは理解出来た……気がする。
「ク~……」
「ロック……あ、寝言か」
ロックは寝息を立てながら、ゆっくりしっぽを振っている。
一体どんな夢を見ているのかな?
「明日から通常業務に戻るし、俺もそろそろ寝ないとな」
北に行っている間に仕事が溜まっているかもしれない。
部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込もうとしたその時、コンコンコンッと部屋の扉がノックされた。
「は、はいっ」
思わず声が裏返る俺。
扉の向こうから聞こえてきたのは、キルトさんの声だった。
「あ、ユートくん。大丈夫だった?」
「えっ……はいっ、まったく大丈夫ですっ」
「そう、なら良かったね」
足音が扉の前から遠ざかっていく。
流石はギルドマスターというべきか……。
建物への侵入者は、それが良い者であれ悪い者であれ、把握しているということだ。
「おかげで俺も安心して眠れる……」
今度こそベッドに潜り込み、目を閉じる。
「おやすみ、ロック」
「ク~……」
ロックの寝言を聞きながら、俺は眠りに落ちた。
ロックが俺の目の前を飛んで、その存在をアピールしてくる。
自分だけ何もやらせてもらえないのが不満なんだろう。
「大丈夫だ、ロック。お前にもちゃんと仕事がある! ゴミの焼却処分っていうロックにしか出来ない最後の仕事がな!」
「ク~!」
それを聞いたロックは納得したようで、おとなしく床に着地した。ずいぶんと空を飛ぶのが上手くなったけど、やっぱり地面を歩く方が楽みたいだ。普段は今まで通りテクテクと4本の脚で駆け回っている。
そんなこんなでギルドのメンバー全員が仕事をし、片付けは比較的短時間で終わった。
役割分担って……良いものだな! 過去に所属していた悪徳ギルド『黒の雷霆』では、すべての作業が俺1人に押しつけられていた。その頃とは大違いだ。
片付けが終わった後は、みんなそれぞれの部屋へと引き揚げていく。
王都に来たばかりの族長とフゥは相当疲れているだろうからな。
早めに休むように促しつつ、困ったことがあったら遠慮なく俺を叩き起こしてほしいとみんなに言っておく。
俺は俺で北の街から帰って来たばかりで疲れているから、ちょっとやそっと声をかけられたくらいじゃ起きない自信がある。
ゆえに「叩き起こしてくれ」……だ。
「久しぶりの自室は落ち着くなぁ~」
「ク~」
俺は自室のベッドに座り、ロックはテーブルの上に乗っかって伸びをする。
旅の終わりは帰って来た自分の家の良さを再確認することで締めくくられると、何かの冒険記で読んだことがあるが、まさにその通りだと思う。
第二の故郷とも言える『キルトのギルド』の1号室は、俺にとって最高の癒やし空間だ。
「……おっと、カーテンが開きっぱなしじゃないか」
王都の通りに面した窓のカーテンを閉めるべく、俺は立ち上がる。
この時間ともなると、下町をうろつく人もあまり……。
シュル……シュルシュルシュル……シュル…………。
「な、なんだ……?」
外から窓の隙間を通って、白く細長い布のようなものが室内に入り込んで来る。
「これは……包帯?」
「はい、その通りです」
突然ぬっと窓の向こうに現れたのは、包帯だらけの女性だった!
俺は驚き、悲鳴も上げられないまま腰を抜かす。
「あ、申し訳ございませんユート様。このような訪ね方になってしまい」
「え、あ……あなたは……サザンカ……さん!?」
「はい、サザンカ・サザーランドでございます」
リィナの身辺警護を担当するメイドさん……。
クラシカルなメイド服に身を包み、肌のほとんどが包帯に覆われている。
彼女は今、その包帯を触手のように操り、窓の内側に張りつかせることでロープのように固定し、2階までよじ登って来たんだ……!
ツッコミどころが多過ぎて、何から触れていいのかわからない……。
いや、身辺警護を担当する彼女がいきなり俺のところへ来たってことは、聞くべきことは1つ!
「リィナに何かあったんですか!?」
「いえ、特に何も。ディナーもすべて平らげておられました。健康そのものです」
「そ、そうですか……」
とりあえず、良かった……。
徐々に落ち着きを取り戻した俺は、立ち上がって再び窓に近寄る。
「中に……入りますか?」
「ええ、お願いします」
窓を開いてサザンカさんを中に招き入れる。それと同時に、自分の武器がどこに置いてあるのかを確認する。
俺は彼女のことをほとんど知らないし、訪ねてきた理由も見当がつかない。
場合によっては……身を守る必要があるかもしれない。
「重ね重ね申し訳ございません。夜分遅くに、こんな訪ね方をしてしまって」
「ああ、それは……別に気にしてませんよ」
本当は結構気になったけど、今は彼女がここに来た理由を聞く方が大事だ。
「それでご用件は……」
「ラコリィナ様を守る者として、ユート様と1対1でお話がしたいと思いました。そう、謁見の間では出来なかった、さらに深い話を……。今現在、ラコリィナ様がどういう状況に置かれているのか、ラコリィナ様がどういうお考えを持っているのか……。それを私の口から直接伝えるべく、馳せ参じた次第です」
「そう……ですか」
サザンカさんから敵意は感じられない。
ロックも大きなあくびをして、眠たいことを隠さない。警戒すべき相手の前で、こんな行動はしないはずだ。俺は警戒を解いてベッドに腰を下ろす。
「ぜひ、聞かせてください。あと立ち話もなんですので、どうぞお掛けください」
「では、失礼して……」
サザンカさんも椅子に腰掛ける。
すると、当然テーブルの上にいるロックとの距離は近くなる。
いつもなら何かしらのリアクションを起こすロックだが、今日はもう眠いのか視線をサザンカさんに向けるだけだ。
「ドラゴン……か。生きているうちに会えるとは思わなかったな」
そうつぶやいて、ロックの頭を撫でるサザンカさん。
包帯で隠されていない右目は、好奇心旺盛な子どものようにキラキラ輝いていて、この瞬間だけ彼女の素が見えたような気がした。
……ん? 見えているのは右目……?
確か謁見の間の時は右目を隠して、左目を見せていたはず……。
「では、現在ラコリィナ様が置かれている状況からお話ししましょう」
視線をこちらに向けた時には、彼女の表情は真顔に戻っていた。
むぅ……なんともミステリアスな人だ。
リィナのことだけじゃなく、彼女自身のことも聞かせてもらいたいところだな。
「今、王城の中にラコリィナ様を慕う者は……それなりにいます」
「それなりに……いるんですか?」
俺は思わず聞き返す。
いくら国王の実子とはいえ、いきなり出て来た田舎娘であることに変わりはない。
てっきり、周りは敵だらけと思っていたんだが……。
「まあ、味方がいるのは良いことなんですが……どうして、そんなことに?」
「一番の理由は、やはり亡くなられた王子や王女の評判が悪かったことでしょう。彼らに仕えるくらいなら、王としての能力が未知数でも、純粋で優しいラコリィナ様の方がいいと考える者がいるのです」
「なるほど、暴君の僕になるよりはマシって考え方ですね」
「若者ほどその考えの者が多いように感じます。王家に仕える家系に生まれたからといって、歪んだ王に命を捧げたいとは思わない……。ワタクシもその1人です。でも、ラコリィナ様はとても気丈で、聡明で、博愛の心を持ったお方です。ワタクシは今、自分の意志でラコリィナ様に尽くしたいと思える……! ただ決められた通りに生きるだけだったワタクシの人生を、あのお方は変えてくださったのです。さながら、白馬に乗った王子様がいきなり目の前に現れたようなときめき……。あぁ、ワタクシはラコリィナ様と出会うため、サザーランド家に生まれたのです!」
頬を赤らめながら、もじもじとしているサザンカさん。
誰かに言われた通りに、ただ漠然と生きるだけだった人生を変えてくれた白馬の王子様……か。
そりゃ、リィナを慕ってくれるわけだな。
それはつまり、俺にとってのロックや、キルトさんみたいな存在なんだ。
人生を変えてくれた存在のために働きたいと思うのは、当然の流れだと思う。
俺の中で今、サザンカさんは信頼出来る人間になりつつある。
こうしている今もなお、自分の世界に入り込んでリィナを褒め称える言葉をぶつぶつ言い続けている姿が演技とは思えない。
「あの……サザンカさん。そろそろ話の続きを……」
「ハッ……! ワタクシとしたことが、ラコリィナ様のことになるとつい……」
ちょっと愛が重過ぎる気もするが、これを忠誠心だと考えれば、より信頼出来る。
サザンカさんは「コホンッ」と咳払いをし、話を本題に戻す。
「えっと、先ほど慕う者はそれなりにいると話しましたが、その一方で、ラコリィナ様を認めていない者も相応にいるのです。特に年寄りども……あ、長年王家に仕える者からの反発は大きいです。ラコリィナ様が粛清を行わないのをいいことに、公然と不平不満を口にしています」
「まあ、そういう問題も出ますよね……」
「サザーランド家も内部では意見が割れています。ただ、我が家はまだ静観している方で、王家に仕える他の家の中には、亡くなられた王子たちの妻や子との繋がりをさらに強めているところもあると聞いています。このままでは、いずれ衝突することは避けられないかと……」
「また暗殺で王位を争うことになる……か」
ここまでは凡人の俺にも予測出来る事態だ。
問題はどうやってそれを回避するかだが……。
話し合って解決する気はしないし、平民の俺が間に入れる気もしない……。
うつむいて考え込む俺に、サザンカさんは穏やかな声で言う。
「とはいえ、すぐには行動を起こさないと思います。今の状況はどの勢力にとっても想定外のもの……。本格的に王位を争う前に、次に担ぎ上げる人物の選定や、それを後押ししてくれる支援者を揃える必要があります。逆に言えば、今のうちに我々はラコリィナ様こそが王にふさわしいと、国民に知らしめる必要があるのです」
国民の支持を得れば、容易には殺せなくなる……か。
人気のある王を殺したところで、その証拠を掴まれ真実が暴かれたら、国民は暗殺の指示を出した人物を王と認めるわけないもんな……。
実際、亡くなった先代国王は温厚な人物だったと聞く。
あまり表立って行動する人物ではなかったから印象が薄かったが……今ならより胸を張って先代の王は名君だったと言える。
なぜなら、父である国王が亡くなってすぐに殺し合いを始めた者たちが、少なくとも父が生きている間はおとなしくしていたからだ。
俺の憶測も入っているが……血の気の多い子たちも、父を暗殺して権力を手に入れるのは不可能だと判断したんだ。
それだけ、多くの人に支持されていた王だったんだと俺は考える。
しかし、そんな王の落胤――平たく言えば隠し子のリィナが同じように民衆の支持を受けるために何が出来るのか、俺には皆目見当がつかない……。
正直、本当に王家の血を引いているのか、不審がっている人が大半ではなかろうか……。
俺が頭を悩ませていると、サザンカさんは今リィナが頑張っていることを話し始めた。
「ラコリィナ様は演説の経験がないにもかかわらず、王位を継いですぐに城の中庭に王国の民を出来る限り招いて、自分自身の言葉をお伝えになりました」
王位を継いですぐということは、俺がまだ北にいた時の話か。
「はたから見れば怪しげな出自……集まった国民からは心無い言葉を浴びせられることもありましたが、ラコリィナ様は『王に直接暴言を吐けるなんて平和な国だね!』と、演説の後に笑顔を見せていました。しかし……本当はとても動揺しておられるのがわかりました」
それが当然だ。暴言を言われ慣れている俺だって、聞き流すことが上手くなっても、心の痛みが消えるわけではないんだ。それを田舎で平和に暮らしていただけのリィナが……。
俺の前では明るく振る舞っていたけど、あれは俺を心配させまいとした強がりだったのか……。
「それ以降、ラコリィナ様は国民の前に出ていません。しかし、出自が怪しまれている以上、先代国王のように静かに職務をこなすだけでは印象が好転しないでしょう。何としても前に出る勇気を……! そう思っていた時、ユート様が現れたのです」
深刻な表情をしていたサザンカさんの顔がフッと緩んで笑顔を見せる。
「ユート様が帰られてから、ラコリィナ様はどんどん表に出る職務の予定を組んでいます。ユート様との再会が、ラコリィナ様に立ち向かう勇気を与えたのです」
……きっと、リィナも不安だったんだろう。それは女王として王都に呼ばれた時からではなく、2年前に俺が家を飛び出した時からずっと。
安否を知らせる手紙すら送らず、俺はちっぽけなプライドを守っていた。そんな俺との再会を喜んで、困難に立ち向かう力にまでしてくれる家族がいるありがたさ。それが今、心の底から実感出来た。
「ラコリィナ様はユート様と再会出来たことを、心の底から喜んでおられます。それはあなたが思っている以上に強い喜び……。でも、それを直接伝えるのには、恥じらいがあるのです。だからこそ、従者であるワタクシがユート様に伝えに来ました。これは知っておいた方が良いことだと……そう思いましたから」
「ええ、ありがとうございます……サザンカさん。リィナの本当の気持ちを聞けて良かったです。俺、もっと気を引き締めます! 自分に大したことは出来ないかもしれませんが、それでもリィナが頼ってくれるような兄でいようと思います」
「とても心強いお言葉です。我々の味方はいないわけではありませんが、決して多いとも言えません。いずれユート様やお仲間の力を借りる時が来ると思います」
そう言うと、サザンカさんは椅子から立ち上がった。
「ラコリィナ様のお気持ち……確かにお伝えしました。最後に何かユート様からラコリィナ様へ伝えたいお言葉はありますか?」
サザンカさんはもう帰るつもりか……。
なら、彼女自身のことを聞くのは今しかない。
「あ、よろしければ帰る前に、サザンカさんのことを聞かせてくれませんか?」
俺はいたって普通にそう言った。
……つもりだったのだが、サザンカさんはギョッとして、そのまま動かなくなった。
そして数秒後、顔を真っ赤にしながらグイッとのけ反った。
「お、およよよ……っ! まさか本命はワタクシだったのですかっ……!?」
「ほ、本命って何の話ですか!? 俺はまだあなたのことをよく知らないから、これから協力するうえで最低限のことは知っておきたいと思っただけですよ! ほら、その触手みたいに動く包帯のことも全然わかりませんから……!」
サザンカさんの体に巻き付いていた包帯が緩み、波に揺られる海藻のように動いている。
彼女の精神状態と連動しているのか!?
「あ、ああ……え? なんだ、そういうことでしたか……。お騒がせしてすみません。ちょっとした若気の至りです」
「は、はあ……」
ちょっとした若気の至りとは一体……と思っていると、緩んでいた包帯が再びピシッと彼女の体に巻き付いた。
やはり精神と連動して動いている……。
あの包帯は怪我の治療のために巻かれているのではない。何かしらの魔法道具なんだ。
「ユート様のおっしゃったことはもっともです。私も協力者として、手の内を明かしましょう。ただし、早めにラコリィナ様の元に帰りたいので手短に……です」
サザンカさんは人差し指をピンと立てて言った。
その指に巻かれている包帯は、またもやゆらゆらと動き出していた。
「すでにお察しだと思いますが、この包帯は傷を覆うための物ではありません。これは我が身を守る鎧なのです」
「鎧……? このふにゃふにゃした包帯が?」
そこらへんのナイフでも簡単に切断出来そうに見える。とてもじゃないが、これを巻いて身を守れるとは思えない。
だが、サザンカさんがこの状況で冗談を言うとも……。
「その名をバンダージェム。我がサザーランド家に伝わる王神器でございます。まあ、少々長いので普通に包帯と呼ぶことも多いのですが」
「バンダージェム……王神器?」
「古の王より授かりし神器――簡単に言うと、現代の魔法技術でも再現不可能なほど高い性能を持った魔法道具です。王家に仕える家系の中でも、力を持った一部の家系にのみ継承されています。家によって継承されている王神器の姿かたち、性能はまったく違いますが、どれも並の武器とは一線を画す力を秘めているのです」
一族の中で脈々と受け継がれる神器……。
非常に少年心をくすぐられる代物だが、敵に回る可能性があることを考えると、素直にワクワク出来ない部分も……なんて考えていると、サザンカさんが自分の持つ王神器の説明を始めた。
「王の側近を代々務めるサザーランド家の王神器バンダージェムは、包帯のように長く、軽く、切り離したり、くっつけたりも出来ます。さらに意のままに動く柔軟性、衝撃も魔法も通さない耐久性を持っています。なので、このように体に巻き付けて超軽量の鎧として使っているのです」
サザンカさんがガバッと自分のメイド服のスカートを持ち上げると、包帯でぐるぐる巻きにされた彼女の脚や腰、お腹があらわになった!
このメイド服……上と下が一体型で、ワンピースみたいになってるんだ!
道理でスカートを上げるとお腹まで見えちゃうわけだ……!
「ちょ、ちょっと!! 全部見えてますよっ!」
「安心してください。下着は見えてません。そもそも着けてませんから」
「そういう問題じゃ……って、下着を着けてない!?」
「ええ、素肌で触れ合う面積が広い方が、バンダージェムの制御能力が増すのです。とても強い一体感があるおかげで、自分の手足のように動かせます。しかも、バンダージェムには浄化の力があって、体を清潔に保ってくれます。それはそれとして、ちゃんと毎日シャワーは浴びていますが」
さっき聞いたリィナが置かれている状況とか、リィナの本心とか、全部吹っ飛びそうなほど驚かされたが……なんとか心を落ち着けて話を続ける。
「とりあえず、スカートを戻してもらっていいですか? 体に巻かれていることはわかったので」
「では、話も戻して……バンダージェムはその特性上、複数の敵を瞬時に捕縛するロープとしても機能します。王と我が身を守りつつ、瞬時に敵を捕らえて無力化する……。それがこの王神器の戦闘スタイルなのです。反面、高い攻撃能力は持ち合わせていません。側近として、万が一にも王を巻き込むような攻撃を行うわけにはいきませんからね」
「なるほど、防御と捕縛の王神器がバンダージェムなんですね」
その家系の役割に合った王神器が受け継がれているということか。
中には破壊と殺戮みたいなヤバい代物もあるのかなぁ……。
「……不安そうですね、ユート様」
「え、ああ、まあ確かに……」
「我が王神器の力を疑っておられるんでしょう?」
「……へ?」
サザンカさんは真顔だが、わずかにムッとしているような雰囲気がある。
別の意味で浮かべた不安な表情を、変に捉えられてしまったか……。
「あのっ……」
誤解を解こうと口を開いた矢先、包帯が巻かれたサザンカさんの拳が俺の顔の前に突き出された!
思わず「ひえっ……」と声が出る俺。
「この腕に……ユート様の剣を振り下ろしてみてください。それでハッキリします」
実際にバンダージェムの防御力を試してみろってことか……。
でも、俺の剣だと本当に彼女の腕を切り落としかねないし、従うわけにはいかないな。
「俺の方も手の内を明かします」
「……ん? どういうことでしょう?」
首をかしげるサザンカさんの前で、ベッドに立てかけてあった竜牙剣を鞘から抜く。
本気の戦闘中じゃないから刃の色は白銀のままだけど、何というか……貰ったばかりの頃より、刃に風格のようなものが出て来ている。
紅色のオーラをまとっていなくても、普通の武器にはない凄みが今の竜牙剣にはある。
「この剣の刃は竜の牙から削り出された物なんです。普通の剣とはまったく切れ味が違います。それを人に向けて振り下ろすことは……出来ません」
「そ、それは……」
竜牙剣の風格にサザンカさんは気圧されている。
このまま誤解も解いてしまおう。
「さっき俺が不安げな顔をしていたのは、攻撃的で危険な王神器が敵に回った時のことを考えていたからです。その時、俺はリィナを守ることが出来るのか……と。もちろん、どんな相手であれ戦う覚悟はありますけどね」
俺の言葉を聞いて、サザンカさんは突き出した拳を下ろし、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。早とちりをしてしまいました」
「いえ、わかってくれたらいいんです」
「……自分の家にそこまで愛着はありませんが、このバンダージェムには愛着があるんです。正統な継承者としてこれを受け継ぐべく、幼少の頃より訓練を受けていましたので」
「自分の武器を信頼する気持ちが、俺にも伝わって来ました。その包帯でこれからもリィナを守ってあげてください。俺も剣の腕を磨いておきます」
役目を終えた竜牙剣を鞘に戻す。
その一連の動作をサザンカさんは食い入るように見つめる。
「竜の牙の剣……まさか、そんな切り札があったとは驚きました」
「うちのギルドのマスターが俺にくれた大切な剣なんです。今まで何度も命を救われましたし、何度も人の命を救うことが出来ました。まだまだこの剣にふさわしい冒険者にはなれてませんが、いつかはそうなるつもりです」
「お互い道半ば……ですね」
それから、俺とサザンカさんは自然な会話が出来るようになった。
彼女が包帯で片目を隠している理由は、一気に両目を潰されないため……というのは建前で、実際はただのオシャレ。
気分によって隠す目を変えているので、謁見の時とは見えてる目が違うんだってさ。
年齢は17歳で、俺の1つ上、シウルさんの1つ下だ。
サザーランド家の正統な後継者であり、家の中では発言力がある方らしい。
俺から彼女に話したことは、リィナとの思い出だ。
何が好きで何が嫌いか、小さい頃はどういう性格だったか……などを記憶を手繰って、時間が許す限りサザンカさんに伝えた。
彼女があまりに真剣に聞くもんだから、間違ったことを話していないかヒヤヒヤしたけど、案外リィナとの思い出は覚えているもので……自分でも驚いた。
おかげでまた少し、実家に顔を出したくなった。
時間が経ち、サザンカさんはリィナの元へ帰る準備を始める。
「……それでは、そろそろ失礼します。こんな夜分に押しかけたにもかかわらず、ワタクシの話を聞いていただきありがとうございます。それに素敵な思い出話まで……大変光栄です」
「こちらこそ、色々聞かせてもらってありがとうございます。リィナのこと、よろしくお願いします」
「ええ、もちろん。では、おやすみなさいませ、ユート様」
「おやすみなさい、サザンカさん」
サザンカさんは入って来た時と同じ窓から出て行った。
彼女の姿はすぐに夜の闇に紛れ、見えなくなった。
俺はふぅ……っと一息つき、ベッドに腰掛ける。
サザンカさんの行動には度肝を抜かれたけど、話し終わってみれば有意義な時間だった。
おかげで今のリィナの気持ちが少しは理解出来た……気がする。
「ク~……」
「ロック……あ、寝言か」
ロックは寝息を立てながら、ゆっくりしっぽを振っている。
一体どんな夢を見ているのかな?
「明日から通常業務に戻るし、俺もそろそろ寝ないとな」
北に行っている間に仕事が溜まっているかもしれない。
部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込もうとしたその時、コンコンコンッと部屋の扉がノックされた。
「は、はいっ」
思わず声が裏返る俺。
扉の向こうから聞こえてきたのは、キルトさんの声だった。
「あ、ユートくん。大丈夫だった?」
「えっ……はいっ、まったく大丈夫ですっ」
「そう、なら良かったね」
足音が扉の前から遠ざかっていく。
流石はギルドマスターというべきか……。
建物への侵入者は、それが良い者であれ悪い者であれ、把握しているということだ。
「おかげで俺も安心して眠れる……」
今度こそベッドに潜り込み、目を閉じる。
「おやすみ、ロック」
「ク~……」
ロックの寝言を聞きながら、俺は眠りに落ちた。
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