稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

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魔女の孫と宝石の人1

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 王都から遥か北東へのびる街道を延々と行った先。街道が途絶え、更に続く心許ない荷車道を歩き切った先にある、小さな村のそのまた外れに優秀な魔女が住んでいた。
 魔女、とは言っても飽くまで人なので、高齢のかの魔女もそろそろ身罷ったのではないか、というのが村の外での専らの噂だった。
 その噂は、その小さな村、ハービルまでくれば村人からすぐさま肯定されることなのだが、ハービル村の者にとっては、彼女は魔女というより気のいい普通の婆さまで、村人たちは特段彼女の死の知らせを村外に広めることはしなかった。
 だから、濃石の森の魔女が体の不自由を理由に魔女を引退してから四年、亡くなってから二年経つが、未だに魔女の秘薬を求めてやってくる旅人が稀に現れる。その旅人たちから「魔女は不在だ」と、「来ても無駄足になるぞ」と村の外へ広めてくれたらいいのだが、残念ながらそうはならなかった。

 不在の魔女に代わり仕事をこなして、大抵のものを用立ててしまう存在がこの村にはいたからだ。










「あ。加湿草の群生地拡がってるなあ。多めに採っちゃおうかな」

 傍から見ればやたらひとりごとのデカいやつだろうな、と思いつつ、俺は今日も鬱蒼とした森の中で、薬草摘みに精を出す。声や物音を大きく立てるのは、単純に熊よけになるからだ。ただ、それが癖になって、一人暮らしの家の中でも馬鹿デカいひとりごとを言ってしまうようになった。でもそこはひとり者。誰も咎めやしないし、俺も最近は開き直っている。

 重ねて背負っていた、手製の平ザルを一枚外して、その上に加湿草を乗せられるだけ乗せる。それを二枚分いっぱいにしたら、またそれを他のザルと一緒に背負い直し、また森を進む。

 ざくざく、足音に合わせて、りんりん、熊よけ鈴も鳴る。

 山菜も見つけ次第丁寧に摘んで、先程と同じく平ザルに上げて並べる。確かもち米のストックがいくらかあったはずだから、今日は山菜おこわが作れる。何とも心が踊る。

 ざくざく、りんりん、ざくざく、りりりん。

 更に追加で木の実をひと握り程と、ミントを少しばかり採って、俺は帰路についた。


 俺が住んでいる濃石の森は、北方にだだっ広く連なる山脈の裾野から繋がる森で、昼間も薄暗く、時々嫌にデカい魔獣も山から降りてくる為、あまり村人も好き好んで入らない。そんな森だ。
 ただ、俺からすればここは物心ついた時から暮らす実家で、不自由も多いが良いところもいっぱいある。その良いところの一つが、山菜ときのことアナグマがよくとれるところだ。
 更に、村を東に行けば遠浅の海があり、村を南下すれば穀倉地帯が広がり、美味いものにこと欠かない。
 “ばあば”がここを気に入り長く居着き、結果として終の棲家としたのは、食の満足度が高い場所だからというのが大きかったようだ。

 まさか食道楽の為にこんな辺鄙で陰鬱な森で暮らしている人間がいるとは普通思わないらしく、それを人に話すとだいたい変な顔をされた。どんな顔をされても、ばあばはからからと笑うので、俺は嫌な気持ちになったことはなかった。


 そんなばあばが死んで約二年。俺は、ばあばとの思い出と愛着がいっぱいのここを離れるきっかけも理由もなくて、ばあばの真似事をしながら住み続けている。





 自宅裏手の汲み上げ井戸で手を洗い、折れてしまいそうな古くてちゃっちい鍵で解錠して裏口から自宅に入った。ささやかな土間に背負っていたザルを下ろし、上着に付いた草などを払いつつ汚れた長靴を脱いで、上がり框に揃えて置いておいた部屋履きに履き替える。
 秋口とはいえまだ日は長く、日中動き回ると薄っすら汗をかく。あまり魔法で楽をしては天国のばあばに小言を言われてしまいそうだが、ついつい誘惑に負けて風魔法を起こして汗を乾かした。あー、気持ちいい。
 贅沢ついでに、レモンのシロップ漬けを氷魔法で少し凍らせて、それを湯冷ましに放り込んで一気に飲み干した。あー、うまい。

 魔法を使えば、暮らしはいくらでも楽になる。でも、ばあばは慎ましい暮らしを好んで、料理も掃除も洗濯も繕いものも、ひと通り俺に仕込んでくれた。
 軋みの酷くなった木椅子に腰掛けて、壁際に置いた頑丈な硬木の揺り椅子を少し寂しい気持ちで見つめる。

「ばあば、ちゃんとおこわはお供えするから一緒に食べようね」

 ひと息つき、もち米を水に浸そうと腰を上げたところで、玄関扉が品よく四回叩かれた。

 来客は正直苦手だ。どうにも自分の醜い見た目を人に見られるのが怖い。チビの頃はよく村の子供たちに不細工だとか不気味だとか、からかわれて泣いていた。
 だから、ばあばの魔法を見様見真似で覚えて、人と会う時は顔と声を少女に変える癖がついた。俺が男であること自体、ばあばが死んでしまった今となってはきっと誰ひとり知りはしない。


 玄関に向かいながら、もう無意識に変装魔法の呪文を口の中で呟く。最後に、上着掛けにかかったばあばお古のロングローブを羽織って、フードを目深に被れば完成だ。

「何用ですか?」

 玄関を細く開けて、外に立つ客人の足元を見る。使い古されているが、よく磨かれた上等そうな革製の編み上げブーツがあった。膝下が長く、靴サイズがなかなか大きいので、きっと長身の人なのだろう。俺には初対面の人の顔を見る度胸はないので答え合わせは出来ないが。

「突然の訪問すまない。ここに、精良と噂の濃石の森の魔女が住むと聞いてここまで来た者だ。秘術をお借りすることはできるだろうか」

 耳奥を心地よく震わせるような、非常に低く落ち着いた男の声だ。

「濃石の森の魔女は二年前に死に、今この森に魔女はおりません。どういった用向きかわかりませんが、別をお頼りくださいませ」

「…魔女の不在は村の民宿で聞いた。だが、魔女の直弟子が代わって秘術を施してくれるとも聞いて来た。君がその弟子なのではないのか?」

 目の前の男は腰を折ったのか、心地よい声が少しだけ近くなる。反射的にびくりと俺の体が震えてしまった。男が若干慌てた様子で「ああ、驚かせてすまない」と半歩下がった。
 優しい、人なのかもしれない。初対面の人間を信頼するなとばあばには口酸っぱく言い含められているので、こちらからこれ以上近づくことはしないけれど。

「正式な弟子ではありません。なので、秘術の真髄には触れられませんが、簡単なものでよろしければ施しましょう」

「ああ。助かる。ありがとう」

 安堵の息を吐いた男を、軽い会釈のみで自宅内に誘う。何故か男はすぐには入らず、しばらく無言で立ち尽くしている。それを俺は扉を押し開けたまま待つ。

「魔女の家に入るのは躊躇われますか」

「…ああ、いや。逆だ。そのように容易く見知らぬ者を引き入れるのは不用心ではないか、と」

 やはり、この人は優しい人なのではないだろうか。胸がほこりと温かくなる。

「魔女の残した薬も財産ももう残っておりませんし、盗まれるようなものは何もありません。ご心配ありがとうございます」

「私が理由もなく人を殺す人間の可能性だってある。もっと警戒してくれ」

「…?あなたは、そんな物騒な人なのですか?」

「違う」

「そうですよね。良かったです。中へどうぞ。お嫌でなければお茶をお出しします」

 俺はずっと顔を俯かせているのでわからないが、男は頷いたのかもしれない。一拍おいて男は魔女の家に足を踏み入れた。
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