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魔女の孫と宝石の人3
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「お客さま、違和感はありませんか」
「ああ。ここまで完全に痛みが引くとは思わなかった。魔女の秘薬はすごいのだな」
「んふふ。ばあばの秘薬はすごいんです。次は三日後に来ることできますか?それまでに治癒の薬を作っておきます」
ばあばの薬を褒められたのが嬉しくて、自分の手柄でもないのに誇らしくて胸を張る。その拍子に男の旅装の胸元までが、目深に被ったフードの陰から見えた。厚い胸板に、よく鞣してキレイに艶出しした革鎧を着けている。
「君は治癒の薬も作れるのか?」
「体を治す薬は秘術の中でも簡単なものなのでわたしでも問題ありません。ただ、材料を買いに行く時間を頂きたいです」
ひと昔前の魔女たちは様々な材料を自ら採集に行ったり、荒くれ者と取引して手に入れたりしていたらしいが、今は大抵の材料は闇市で手に入る。
「どこまで行くのだ?一人で行くのか?」
「カガリナの闇市まで行きます。一人は一人ですが、村の乗り合い馬車で行くので実質一人ではないです」
小心者なのであまり人混みは得意ではないが、久々に村外に出るので少しわくわくする。
「君一人では心配だ。私も共に行こう」
先程は俺の薬は信用してくれている様子だったのに、俺の人柄は信用してもらえないらしい。初対面の相手なので仕方がないが、少しばかり寂しい。
「経費をカサ増し請求したりしませんよ。薬作りは本業ではないのであまり商売っ気は出さないことにしてます」
「そういうことではない。君のような子供一人で闇市など、拐かされでもしたら大変だ」
俺は虚をつかれて、ぽかんとしてしまった。
やはりこの人はとてもとても優しい人なんだろう。嬉しくてついさっきしぼんだ心がふわふわになる。真っ直ぐ優しさを言葉にしてくれることがむず痒くて、指先をさりさりと擦り合わせる。
「…わたし、子供じゃないです。先月18になったのでもう成人です」
「18、そうか。子供扱いをしてしまってすまない。だが、君が魅力的なことには変わりない。明日は私も同行する。午前中の馬車か?」
魅力的、だなんて初めて言われた。嬉しさと恥ずかしさで、心がふわふわを通り過ぎてぽわぽわの泡みたいになる。
「はい。朝八時の馬車で行こうかと思っています」
「では、七時に迎えに来ていいだろうか」
頬まで泡になろうとしているのか、ほわほわと温かく軽くなる。明日もこの人に会えると思うと、朝起きるのがすごく楽しく幸せなことのような気がしてくるのは何故だろう。
俺は無言で頷いた。「では、今日は暇しよう」と立ち上がりうちを出ていこうとする男を見送る為、玄関までついて行く。
「ああ、そうだ。まだ名乗っていなかった。私はセブという。君の名を聞いてもいいだろうか」
「え、あ、オレ、じゃない。わたしはハバトです」
「そうか。では、ハバト。明日からまたよろしく頼む」
酷く久し振りに、こんなに優しく名を呼ばれたからだろうか。とくとくと、心臓の鼓動が早い。
「はい。よろしくお願いします、セブさん」
知らない人の目を見るのはとても怖いことだ。でも、この人の、セブさんの目を真っ直ぐ見てお話がしたい。そんなことを思うのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
俺は勇気を出して、顔を上げた。そして、息を飲んだ。
とてもとても高価な宝飾品を見たような心地がした。
プラチナブロンドの長い髪は、肩にかかり背に流れているだけなのに艶があり美しい。無造作に分け流された前髪の毛先が顔の輪郭にかかる具合さえ、まるで計算尽くされた完璧なもののように見える。
彼の顔立ちは、その美しい御髪に決して見劣りせず華やかで端正だ。長いまつ毛に縁取られた切れ長の目と凛々しい眉、高い鼻梁と、引き結ばれている大きな口。どれをとっても精巧な作りの美しい男神像のようだ。
そして、何より純度の高いエメラルドのようなとても濃い緑の瞳が、どこまでも高貴で神秘的な印象を与える。
見なければ良かった。こんな人の横に醜い俺が立つなんて、おこがましくて恥ずかしい。
「ハバト。やっと顔を見せてくれた」
セブさんが端正なかんばせを柔らかく解して、それはそれは美しく微笑んだ。
その完璧さに俺は怖気づく。セブさんの声は変わらず優しく心地よい。彼は、最初から何も変わっていない。なのに、急に卑屈さを取り戻した俺の心が、セブさんを近寄り難い存在と判じて遠ざけたがっている。
俺は声も出せずに俯き後退る。
「どうした、ハバト。私は何か怯えさせてしまうことをしただろうか。なあ、ハバト。もう一度その顔を見せて欲しい」
俺ははっとした。そうだ。俺は今、俺の顔じゃないんだった。ばあばのお気に入りだった、可愛らしい女の子の姿だ。
この姿なら、彼のそばに立っても許されるのだろうか。
俺はそろりと顔を上げた。眩しい宝飾品と目が合う。怖い。でも、俺は目をそらさなかった。
「セブさん、わたしはあなたに安寧で健やかな暮らしを取り戻してもらいたいです」
セブさんは少し驚いたようで一瞬だけ笑みを消したが、すぐにまた破顔した。
「何とも頼もしいな。楽しみにしている」
「はい。おまかせくださいませ。ではセブさん、また明日」
俺はビクついた気持ちを隠すように、出来るだけ明るく笑って手を振る。
「ああ。明日、楽しみにしているよ、私の可愛い魔女」
振っていた手を取られて、手の甲にかすめる程度の口づけをされた。俺が驚いて無言で手を引っ込めるさまをセブさんは楽しそうに笑って、そのまま玄関扉の外に消えていった。
「ああ。ここまで完全に痛みが引くとは思わなかった。魔女の秘薬はすごいのだな」
「んふふ。ばあばの秘薬はすごいんです。次は三日後に来ることできますか?それまでに治癒の薬を作っておきます」
ばあばの薬を褒められたのが嬉しくて、自分の手柄でもないのに誇らしくて胸を張る。その拍子に男の旅装の胸元までが、目深に被ったフードの陰から見えた。厚い胸板に、よく鞣してキレイに艶出しした革鎧を着けている。
「君は治癒の薬も作れるのか?」
「体を治す薬は秘術の中でも簡単なものなのでわたしでも問題ありません。ただ、材料を買いに行く時間を頂きたいです」
ひと昔前の魔女たちは様々な材料を自ら採集に行ったり、荒くれ者と取引して手に入れたりしていたらしいが、今は大抵の材料は闇市で手に入る。
「どこまで行くのだ?一人で行くのか?」
「カガリナの闇市まで行きます。一人は一人ですが、村の乗り合い馬車で行くので実質一人ではないです」
小心者なのであまり人混みは得意ではないが、久々に村外に出るので少しわくわくする。
「君一人では心配だ。私も共に行こう」
先程は俺の薬は信用してくれている様子だったのに、俺の人柄は信用してもらえないらしい。初対面の相手なので仕方がないが、少しばかり寂しい。
「経費をカサ増し請求したりしませんよ。薬作りは本業ではないのであまり商売っ気は出さないことにしてます」
「そういうことではない。君のような子供一人で闇市など、拐かされでもしたら大変だ」
俺は虚をつかれて、ぽかんとしてしまった。
やはりこの人はとてもとても優しい人なんだろう。嬉しくてついさっきしぼんだ心がふわふわになる。真っ直ぐ優しさを言葉にしてくれることがむず痒くて、指先をさりさりと擦り合わせる。
「…わたし、子供じゃないです。先月18になったのでもう成人です」
「18、そうか。子供扱いをしてしまってすまない。だが、君が魅力的なことには変わりない。明日は私も同行する。午前中の馬車か?」
魅力的、だなんて初めて言われた。嬉しさと恥ずかしさで、心がふわふわを通り過ぎてぽわぽわの泡みたいになる。
「はい。朝八時の馬車で行こうかと思っています」
「では、七時に迎えに来ていいだろうか」
頬まで泡になろうとしているのか、ほわほわと温かく軽くなる。明日もこの人に会えると思うと、朝起きるのがすごく楽しく幸せなことのような気がしてくるのは何故だろう。
俺は無言で頷いた。「では、今日は暇しよう」と立ち上がりうちを出ていこうとする男を見送る為、玄関までついて行く。
「ああ、そうだ。まだ名乗っていなかった。私はセブという。君の名を聞いてもいいだろうか」
「え、あ、オレ、じゃない。わたしはハバトです」
「そうか。では、ハバト。明日からまたよろしく頼む」
酷く久し振りに、こんなに優しく名を呼ばれたからだろうか。とくとくと、心臓の鼓動が早い。
「はい。よろしくお願いします、セブさん」
知らない人の目を見るのはとても怖いことだ。でも、この人の、セブさんの目を真っ直ぐ見てお話がしたい。そんなことを思うのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
俺は勇気を出して、顔を上げた。そして、息を飲んだ。
とてもとても高価な宝飾品を見たような心地がした。
プラチナブロンドの長い髪は、肩にかかり背に流れているだけなのに艶があり美しい。無造作に分け流された前髪の毛先が顔の輪郭にかかる具合さえ、まるで計算尽くされた完璧なもののように見える。
彼の顔立ちは、その美しい御髪に決して見劣りせず華やかで端正だ。長いまつ毛に縁取られた切れ長の目と凛々しい眉、高い鼻梁と、引き結ばれている大きな口。どれをとっても精巧な作りの美しい男神像のようだ。
そして、何より純度の高いエメラルドのようなとても濃い緑の瞳が、どこまでも高貴で神秘的な印象を与える。
見なければ良かった。こんな人の横に醜い俺が立つなんて、おこがましくて恥ずかしい。
「ハバト。やっと顔を見せてくれた」
セブさんが端正なかんばせを柔らかく解して、それはそれは美しく微笑んだ。
その完璧さに俺は怖気づく。セブさんの声は変わらず優しく心地よい。彼は、最初から何も変わっていない。なのに、急に卑屈さを取り戻した俺の心が、セブさんを近寄り難い存在と判じて遠ざけたがっている。
俺は声も出せずに俯き後退る。
「どうした、ハバト。私は何か怯えさせてしまうことをしただろうか。なあ、ハバト。もう一度その顔を見せて欲しい」
俺ははっとした。そうだ。俺は今、俺の顔じゃないんだった。ばあばのお気に入りだった、可愛らしい女の子の姿だ。
この姿なら、彼のそばに立っても許されるのだろうか。
俺はそろりと顔を上げた。眩しい宝飾品と目が合う。怖い。でも、俺は目をそらさなかった。
「セブさん、わたしはあなたに安寧で健やかな暮らしを取り戻してもらいたいです」
セブさんは少し驚いたようで一瞬だけ笑みを消したが、すぐにまた破顔した。
「何とも頼もしいな。楽しみにしている」
「はい。おまかせくださいませ。ではセブさん、また明日」
俺はビクついた気持ちを隠すように、出来るだけ明るく笑って手を振る。
「ああ。明日、楽しみにしているよ、私の可愛い魔女」
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