稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

文字の大きさ
16 / 83

魔女の代行

しおりを挟む
 翌朝、朝一の乗り合い馬車でハービルまで戻った俺は、自宅前でセブさんと分かれてすぐに台所にこもった。当然ながら、セブさんの治療薬を作るためだ。こんなに魔女の薬を作ることに気が急いたことなんて今まで一度もない。早くセブさんの役に立ちたい。


 セブさんに伝えていた通り、治療薬作りは然程難しいものじゃない。ただ、誰でも作れるわけじゃないのは、単純に魔女の秘術とされているものは総じて魔力の扱いが特殊でコツがいる。あと、調合に関しては魔力量もある程度は多くないと難しいかもしれない。合成の火は途中で消えてしまうと性質が安定しないから。俺は一般的な魔法はあまり得意じゃないけど、運良く魔女の秘術向きの魔力操作は得意だ。でも、俺は男だから魔女にはなれない。だから、ばあばは俺に秘術の真髄までは教えなかったのだろう。


 普段からちまちまと作りためて保存している乾燥薬草類を数種、物置小屋から持ってきて、昨日カガリナで買い集めたものたちと共に作業台に並べる。今回作るものは、石化の呪いを希釈する効果と、食われた神経を呪いから吐き出させる反転の効果を付与した薬液に、人体の置換え素材を含ませたものだ。
 大振りな乳鉢を取り出して、材料を粉砕しながら魔力を少しずつ流して均一に含ませる。魔力を取り込みにくいものから順番だ。それをひたすら繰り返してから、合成用の火で鍋に湯を張る。この湯にも魔力を流すが、効果を付与する為の下地なのでこちらは流動的な魔力だ。そこに材料を全て入れて、魔力でかき混ぜながら一つずつ効能の強さを高めたり抑えたり、更に方向性を与え揃え整える。それを繰り返す地味な作業だ。
 効能の整合性と薬液濃度の安全値を取り終え、治療薬の原液が完成する頃には、窓の外が夕暮れの橙色に陰り始めていた。
 大きく伸びをすると、面白い程背骨がきしんだ。ずっと棒立ちだったから足の裏と膝が痛い。

「ふああ、腹減ったあ」

 そういえば朝飯も昼飯も食い忘れてた。なにか作る程の気力はないのでパン屋にでも行こうと考えながら、完成した治療薬を丁寧に瓶に詰め替える。

 今頃、セブさんは何してるんだろう。騎士の仕事はなかなか多忙だと聞く。そんな忙しいのが当たり前な人が、こんな何もない田舎にいたら嫌になってどこかへ行ってしまったりしないだろうか。今朝家前まで送ってくれた時に治療を明日したい旨は伝えておいたから、それまでこの村に滞在しているとは思うけど。
 今、宿に行ったら迷惑だろうか。

「会いたいな」

 耳奥までくすぐるような低い声で名前を呼んでもらいたい。優しく笑いかけてほしい。あと、出来たらキスもしてもらいたい。

 そこまで考えたらもうダメだった。帰ってきてから木椅子の上に無造作に放ったままになっていた帆布の鞄に治療薬の瓶を突っ込み、ローブを羽織って俺は家を出た。



 夕方の村は少しだけ賑やかだ。それは仕事を終えた男たちが村の外から戻ってくるから。家路を急いだり、酒を飲み交わしたり。俺は普段あまりこの時間に出歩かないが、こういう雰囲気も嫌いではない。
 パン屋でちょうど焼き立てだったチーズのパンと売れ残りのクッキーを買った。
 この村には宿屋がなく、セブさんは泊まっているのは酒屋が臨時でやっている民宿だ。酒屋の店番の少年にセブさんの所在を聞くと、昼過ぎに出た切り戻って来ていないとのことだった。浮かれきっていた気持ちがしんなりしぼんだ。セブさんの行きそうな場所など、俺には見当もつかない。

「あんた、あの客人からばあさんの代わりに仕事請け負ったんだろう。できんのか?」

 酒屋にはあまり馴染みがないが、長く住んでいるのでお互いなんとなく存在は知ってる。この少年は確か店主の末の息子さんだったかと思う。俺より二、三歳下だったと記憶している。
 少年の声には不信感が含まれてるようだった。魔女の仕事ぶりは村の人には見せないので、力量を疑われても仕方がない。

「はい。わたしがこなしても問題ない依頼でしたのでお受けしました。ご心配頂かなくても大丈夫です」

「魔力が高くないとダメなんじゃないの?」

「施術に支障のない程度の魔力はありますし、セブさんには信用頂いてます」

 俺が少しムッとしてしまったのを相手も感じ取ったらしく、「ああ、ごめん。興味があってつい」と愛想笑いを声色に乗せた。

「急ぎの用なら客人の部屋で待ってたらいいよ。夜までには帰ってくるだろ」

「えっ。いいんですか?怒られません?」

「大丈夫。だってあんたは客人に信用されてるんだろ?ほら。そこにいられたら他の客の邪魔になるからさっさと部屋に上がれよ」

 そう言って会計台の横にある階段を指して急かされた。店内混み合っているわけではないが、確かに店の者からすれば客でない人間の相手は面倒なのだろう。
 自宅でそわそわしているより、セブさんの部屋でそわそわしている方がまだマシな気がして、少年の「上がって右手の奥の部屋な」という声に頷いて部屋へ向かった。

 言われた扉を開けると、まず目に入ったのは大きな木箱の山だった。極端に狭いというわけでもないが、半分近くが物置きとして使われている。いかにも間借りというていで勝手はよくなさそうだ。掃除はされているようだったが、ベッドも簡易のもののようだし、長駆のセブさんでは足がはみ出してしまうのではないかと心配になる。

 椅子すらないので、積まれている木箱をひとつとってひっくり返し、そこに座る。意外と頑丈で、しばらく座るくらい大丈夫そうだ。
 特にやることもないので、もう一つ木箱を引き寄せてその上に帆布の鞄を置く。中から先程買ってきたチーズのパンを取り出してすぐさまかじる。塩気のあるチーズと小麦の優しい甘さが空きっ腹に染み渡る。水も買ってくればよかったなあ。鞄をあさって、底の方から蜂蜜酒の小瓶を取り出して、少しだけ口に含む。程よい甘さで、酒気も薄く飲みやすい。昨日娼館からローレンスさんの宿屋に戻る馬車の中で、蜂蜜酒が気になっていることをセブさんに話したら当たり前のように買い与えられてしまった。
 鞄の中を更にひっくり返そうとして、深い青色の液体が入った瓶が目に入り手を止める。治療薬の瓶だ。合成の火の残滓が抜けきっていないので、青色には例によって僅かに鈍色の光沢がある。これは万が一割ってしまうと面倒なので、取り出してベッドの枕横に避難させてから、また鞄の中に手を突っ込んでクッキーの入った紙袋を引っ張り出した。

 俺好みの硬めのクッキーをガリガリかじっていると、部屋前の廊下からかすかに複数名の足音と人の話し声が聞こえた。セブさんかと期待してしまったが、あの心地よい低音は混じっていないようだ。セブさんじゃないなら関係ないので、チーズのパンを再度手に取ったが、何故か足音がこの部屋前で止まった。
 ここにいることを店主か誰かに咎められるのかと身を縮こませていると、扉がゆっくり開き、見知らぬ男が二人迷いなく部屋に入ってきた。店主でもその家族でもないと思う。

「お前が魔女か?」

 しゃがれ声で中肉中背の男が、明らかにこちらを見ながら問うた。俺に魔女かどうか聞く時点でこの村の住人ではない。魔女の秘術を求める人がこんなに立て続けに来たことは初めてで少しだけ驚く。

「わたしは魔女ではありません。この村の魔女は死んだと、村の者に聞いていませんか」

「魔女の仕事を代わりにしてるんだろ?なら魔女と何が違う」

「傍から見ればそうかもしれません。でも魔女は誰でもなれるわけではありません。魔女にご用があるのであれば、別の村の魔女をお探しください」

 しゃがれ声の男は扉前から動かないが、もう一人のがっしりした体格の男が何故か淀みなく俺の方へ向かってきた。相手の意図が読めないことに狼狽えてしまう。

「魔女じゃなくて構わないんだ。魔女並みの魔力を持ってるならそれでいい」

 体格のいい男は俺から半歩程離れた場所で足を止めたが何も話さず、しゃがれ声の男だけが話し続ける。不思議な二人組だ。
 魔女の秘術が必要なのではなく、魔力が必要な用件とはなんだろう。少しばかり興味がわいてしまった。

「使える魔法に偏りがありますが、魔力量だけであればわたしも少なくないと思います。魔力量が関係するとは、どういったご用件なんですか?」

「そうだな。まずは、俺らの上司に会ってもらおうか」

 しゃがれ声の男が酷く含みのある笑みを浮かべたのとほぼ同時に、体格のいい男が俺を羽交い締めにした。微塵も予想していなかったことに、酷く驚き動揺する。荒事とは無縁の俺が力で敵うわけもなく、抵抗らしい抵抗もできないまま男の太い腕で首を締められ、俺の意識はそこで途切れた。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話

紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。 理想の彼氏はスパダリよ! スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。 受:安田陽向 天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。 社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。 社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。 ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。 攻:長船政景 35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。 いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。 妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。 サブキャラ 長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。 抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。 兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。 高田寿也:28歳、美咲の彼氏。 そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。 義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。

中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと

mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36) 低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。 諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。 冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。 その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。 語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。

辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆ 辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。 けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。 孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。 年齢差、身分差、そして心の距離。 不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

処理中です...