稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

文字の大きさ
28 / 83

耐える冬1

しおりを挟む
 ばあばが息を引き取った時、とんでもない“悲しい”がやってきて、誰もいないのをいいことに何時間も泣いた。世の中にはこんなに悲しいことがあること、こんなに悲しいことをみんな乗り越えて生きていること、それが信じられないって思いながら泣いた。
 涙が枯れて心がカラカラになってから、村の人に声をかけてばあばの火葬を手伝ってもらった。ばあばが長くないことは、ばあば本人が村の人たちによく伝えていたので、俺がしょぼくれてぼそぼそと手伝いをお願いしても嫌な顔せず手を貸してくれた。
 村の人たちは俺にはあまり関心がなかったけど、ばあばを慕っている人が多かったように思う。これと言った揉め事もなく、ばあばの骨は村の共同墓地に埋葬された。

 ばあばのいなくなった家にいたら、今度はとんでもない“寂しい”がやってきて、枯れたと思っていた涙がまたシトシトこぼれた。でも、最初は“ばあばがいないこと”が寂しくて泣いてたのに、ずっと泣いてたら今度は“ひとりぼっちの可哀想な自分”のために涙が出てきた。結局自分のことしか考えてない、自己中心的な自分が見えて、恥ずかしくて惨めな気持ちになった。
 それから三月程、俺は家から極力出ない生活を送った。寂しさを紛らわせる方法を知らなくて、ただただ“寂しい”を反芻して、心が麻痺していくのを待っていた。

 あの時の俺からしたら、今の俺の“寂しい”なんて大したことじゃないんだ。だって、彼は死んだわけじゃない。彼は、死んだりなんかしない。約束してくれたじゃないか。必ず帰って来るって。





 セブさんが遠征に出てからまた三月程が過ぎ、濃石の森も冬が深まった。寒さは厳しいのだが、雪は薄く積もる程度しか降らない場所なことが救いだ。森の中の動植物が減って、湖は薄氷を張るが、少し足を伸ばして海沿いまで出れば魚も手に入る。馬車が止まるわけではないので小麦や米も村で買える。だから、生きることに困ることなんてないんだ。ただ、いつも胸の中にずしりと重いものが沈んでいて、ふとした時に何も出来ない自分を消してしまいたくなるだけで。

 彼をこの家で見送ってからずっと、俺は彼からの便りを待ち続けている。あの真っ白な封筒が不意に届くのではないか。もしくは、玄関扉が丁寧に四度叩かれるのでないか。日がな一日そんなことばかり考えている。ミラルダさんには腑抜けと呼ばれ、納品をせっつかれる始末だ。

 ここ最近は国外がきな臭いなんていう、更に心の沈む話もミラルダさんから聞かされたばかりだ。
 西南に隣接するエイレジン共和国の動きが怪しいという噂が、こんな田舎にまで流れて来ているのだとか。元々エイレジンはこの数年他国との国交も最小限で、国内情勢が不透明な国だ。それが今、周辺国との共和同盟への加盟を拒絶し、俺たちが住むバルデス王国を含む周辺国との軋轢が明確になった形だ。
 エイレジンは他国侵攻するつもりなのではないか、とまことしやかに囁かれ始めたのは、エイレジンが根本的な土地由来の魔力資源が少ないためらしい。そのおかげで魔獣も湧きづらいが、魔力を持って生まれる人間も少なく、魔獣から得られる天然の魔力含有素材も手に入りづらい。魔道具や魔力製品の作り手も素材もないから、他国と比べて充足した便利で豊かな暮らしが送れない。
 魔獣被害が少ないことは何より安全で、その暮らしに慣れた国民には悪いことではないだろうが、国民全てが平和で慎ましい生活を望むとは限らない。

 もし自国バルデスとエイレジンが戦争にでもなれば、またセブさんたち騎士が駆り出されるのだろう。過去には魔力を持つ国民が徴兵されたとも聞くから、正直言えば俺も他人事ではない。そうわかっているのに、気になってしまうのはセブさんのことばかりなのだ。セブさんにはいつでも安寧で、健やかに生きていて欲しい。
 彼が騎士であることすら、憎らしく思えてしまう。思わず、長く重い溜め息が漏れた。





 日のある比較的温かいうちに納品分の調味料を作ってしまおうと、腰掛けていた木椅子から立ち上がる。木椅子がキイと鳴いた。軋みのない新しい椅子は、なんとなく使わず空けたままにしている。いつでも帰って来てもらえるように、彼の椅子は空けておきたい、だなんて子供じみた願掛けだ。

「魔女さんいるかー?」

 玄関扉から聞こえた声に、物置きに向かいかけていた足を止める。聞き覚えのある声だ。誰だったっけ?
 玄関に向かいながら慣れた呪文を呟きローブを羽織る。

「はい。お待たせしました」

 扉を開けると、冷たい針のような外気がぶわりと部屋に吹き込む。目の覚める思いでゆっくり顔を上げると、そこには防寒装備をきっちり着込んだ長身が立っていた。顔の大半を防風布で覆っているが、大振りなゴーグルを外し見えた深い青色の瞳がにこりと笑ったことで、俺はすぐに誰かを理解した。

「スペンサーさんでしたか。お久しぶりですね。外は冷えるのでよろしければ中にどうぞ」

「ああ。ありがとう。お邪魔するよ」

 体に付いた粉雪を払ってから、スペンサーさんは玄関をくぐった。
 木椅子を暖炉の近くに寄せてから、そこに座るように勧めた。ギイ、キイと木椅子がまた鳴いた。

「今日は何用ですか?」

「単刀直入に言うと、至急、即効性の治療薬を作れるだけ譲って欲しい。出来れば、視力の喪失や四肢欠損も治せるようなものをだ」

 どくりと心臓が強く押し潰される。それは、誰に使うのですか?と問いたい気持ちをぐっと抑えて、「わかりました。可能な限りお力になりましょう」と答えた。

「お時間はどれ程頂けますか?材料をカガリナの闇市まで買いに行かないといけません。滞り無く材料を買って戻れれば、明日の朝にはお渡し出来ます」

 問題は材料の調達や作成の時間より、雪道を馬車がどれだけ支障なく走れるかにかかっている。その旨も伝えると、スペンサーさんはさもありなんと言わんばかりに大きく頷いた。

「カガリナへは僕が向かおう。そういったことのためにも、今日ジョスリーンでここまで来た。ジョスリーンは騎士団内の使役魔獣の中でも断トツの速さなんだよ」

 王都からここまで半日で駆けるあの魔獣がいるなら確かに安心だろう。俺はスペンサーさんに促されるままに必要な材料を雑紙に書き連ねてそれを渡した。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。

佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。 オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

番だと言われて囲われました。

BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。 死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。 そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。

処理中です...