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鋼鉄様の食客6
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ゴツリゴツリ、足音が近付いて来るのを、死刑宣告を待つかのような気持ちで俯き耐え忍ぶ。
「ハバト、私に顔を見せてくれ」
優しくて柔らかくて、でもいつもより甘い気がするその声に胸が締め付けられる。そちらを振り向かずに俺はよろよろと立ち上がり、「ごめんなさい。帰ります」と再び前門に向かって歩き始めた。
「ハバト?どうした?」
背後から怪訝そうな声が迫ってきて、すぐに腕を掴まれてしまった。掴まれたのが左腕だったので、声こそ飲み込んだが痛みでびくりと左肩が不自然に逃げた。すぐさま腕は離されたが、代わりに肩を抱き寄せられ、俺は逃げ場をなくした。数ヶ月ぶりに見る彼は、相変わらず完璧な美しさを湛えていた。白金色の髪が俺の頬をくすぐる。
俺の顔を覗き込んだセブさんの手が、不意に俺の前髪に軽く押さえるように触れた。たぶん、血が少し残っていたのだろう。
「エドワーズ士長」
一瞬、それが誰の声だがわからなかった。それ程、普段聞く心地よい低音と違った、重く地を這う声だった。
「はい」
セブさんに呼ばれ、オリヴィアさんが俺たちの前に片膝をついた。
「ハバトの護衛は貴公に一任していたと思うが、何故、私のハバトがこのような痛ましい怪我をしている?」
「全て、私めの不徳の致すことでございます。どのような処罰もお受け致します」
オリヴィアさんの言葉に無言で頷いたセブさんを、恐ろしい気持ちで見た。違う。オリヴィアさんは何も悪くない。悪いのは、全部、俺だ。
「駄目です…違うんです。この怪我はわたしがいけなくて、自業自得なんです、オリヴィアさんは関係ないんです。お願い。お願いします。オリヴィアさんを咎めないで。お願い…」
セブさんを振り仰いで縋る。罪悪感が胸を満たして、押し出された涙がとめどなく流れた。醜いだろう俺の泣き顔を見つめて、セブさんは何故か眉尻を下げて困ったように笑った。
「何故伝わっていないのだろうな。言っただろう。私は君が大切なのだと。君がこのように傷付くのが許せない。だが、ハバトの涙は本当に愛らしくてどうにも敵わない」
セブさんの顔が近付いて来て、いつかのように俺の涙を唇で拭った。彼の優しさが、触れる体温が、甘やかな声が、それら全てが嬉しいだなんて思っちゃいけない。彼は、俺が縋っていい相手じゃない。彼には愛する人がいるんだから。
「駄目、です」
俺の目尻に、頬に、優しく触れるその唇を両手で遠ざける。
「ハバト?」
戸惑った声で俺の名を呼んだセブさんの腕が、困惑からか緩んだ。その隙をついて彼から離れる。
三歩程後ずさったところで、ぺこりと頭を下げる。
「叙爵式へのお誘い、ありがとうございます。お元気そうな顔を見れたこと、何より嬉しいです。今後のご活躍、お祈り申し上げております」
「ハバト、何を言っている。やっと、私は君を」
「ごめんなさい、もういらないんです。俺はあなたに触れてもらう資格はないんです。気付くのが遅くて本当にごめんなさい、“バルダッローダ様”」
俺が“正しく”彼の名をを口にした途端、セブさんの深緑の瞳が鋭利で冷徹に細められた。笑みが消えた口元は強く引き結ばれ、顔立ちの精巧さが際立つ。
「ハバト」
何の感情も込められていない声だ。でも、なんとなく怒っているように思う。
「…はい」
セブさんが一歩こちらに近付く。その足元を、俯き見つめる。大きな手がこちらに伸ばされるのを、絶望に近い気持ちで目で追う。彼に触れられることは、本当は嬉しくて、でも酷く疚しくて、それが綯い交ぜになってどうしたらいいのかわからない。その長い指が俺にまもなく触れるという瞬間、再び俺の目から涙がひとつほろりとこぼれた。
それに驚いたように彼の指はしばらくその場に留まったが、俺に触れることなく静かに握り込まれ引き戻された。
「…二日後の叙爵式には来てくれるのだろう?」
「…はい」
「好みではないだろうが、君のためにドレスを用意した。どうか、それを着て欲しい」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
「今すぐ馬車を用意させる。どんな小さな傷も、屋敷で必ず手当てを受けなさい。君が自らを大事にしなければ、今度こそエドワーズ士長に責任を取らせる」
「んっ!だ、…え、と、わかりました…」
オリヴィアさんを盾に取るなんて卑怯だ。少しスネた気持ちで、上目遣いでセブさんを盗み見ると、彼はまた困ったように少しだけエメラルドを綻ばせた。
「エドワーズ士長、ハバトが無茶をしないようしかと見張ってくれ。ハバトが望むなら、式当日の身支度も貴公が手伝ってやってくれ」
頑なに頭を垂れていたオリヴィアさんが立ち上がり、「は!」とセブさんに騎士の礼をした。
セブさんが背後から人を呼び付け、馬車をここに寄越すようにと指示を出す。それを、俺はオリヴィアさんに背を撫でられながら聞いていた。
「セバス様、ご機嫌麗しゅう。やっとお顔を見せてくださいましたわね。ずっと執務室にこもったきりで全然出て来てくださらないんだもの」
つい先程の憤怒を露程も感じさせない完璧な淑女の微笑みと所作で、ベルさんがセブさんに気安い挨拶をした。それに「ああ」と気のない返事を返す彼の態度は、親しい仲とは言え周りから不敬と取られたりしないのだろうか。
俺は小心者らしくびくつきながら、二人の邪魔をしてしまわないように、オリヴィアさんに「あちらに座って馬車を待ちます」と最初に勧められた長椅子を指差した。オリヴィアさんは一度強くベルさんを睨みつけてから、「そうしましょう」と慈愛に満ちた微笑みで俺を長椅子へ促した。
セブさんの横を通り過ぎる瞬間、凛々しい目元を眇めてベルさんを見ていた彼から「キサマノセイカ」とぞっとするほど低い低い呟きが聞こえたような気がした。
驚いて振り向くが、見えた彫りの深い端正な横顔はかすかに微笑んでいて、やはり何かの聞き間違いだろうと俺は胸を撫で下ろした。
「ハバト、私に顔を見せてくれ」
優しくて柔らかくて、でもいつもより甘い気がするその声に胸が締め付けられる。そちらを振り向かずに俺はよろよろと立ち上がり、「ごめんなさい。帰ります」と再び前門に向かって歩き始めた。
「ハバト?どうした?」
背後から怪訝そうな声が迫ってきて、すぐに腕を掴まれてしまった。掴まれたのが左腕だったので、声こそ飲み込んだが痛みでびくりと左肩が不自然に逃げた。すぐさま腕は離されたが、代わりに肩を抱き寄せられ、俺は逃げ場をなくした。数ヶ月ぶりに見る彼は、相変わらず完璧な美しさを湛えていた。白金色の髪が俺の頬をくすぐる。
俺の顔を覗き込んだセブさんの手が、不意に俺の前髪に軽く押さえるように触れた。たぶん、血が少し残っていたのだろう。
「エドワーズ士長」
一瞬、それが誰の声だがわからなかった。それ程、普段聞く心地よい低音と違った、重く地を這う声だった。
「はい」
セブさんに呼ばれ、オリヴィアさんが俺たちの前に片膝をついた。
「ハバトの護衛は貴公に一任していたと思うが、何故、私のハバトがこのような痛ましい怪我をしている?」
「全て、私めの不徳の致すことでございます。どのような処罰もお受け致します」
オリヴィアさんの言葉に無言で頷いたセブさんを、恐ろしい気持ちで見た。違う。オリヴィアさんは何も悪くない。悪いのは、全部、俺だ。
「駄目です…違うんです。この怪我はわたしがいけなくて、自業自得なんです、オリヴィアさんは関係ないんです。お願い。お願いします。オリヴィアさんを咎めないで。お願い…」
セブさんを振り仰いで縋る。罪悪感が胸を満たして、押し出された涙がとめどなく流れた。醜いだろう俺の泣き顔を見つめて、セブさんは何故か眉尻を下げて困ったように笑った。
「何故伝わっていないのだろうな。言っただろう。私は君が大切なのだと。君がこのように傷付くのが許せない。だが、ハバトの涙は本当に愛らしくてどうにも敵わない」
セブさんの顔が近付いて来て、いつかのように俺の涙を唇で拭った。彼の優しさが、触れる体温が、甘やかな声が、それら全てが嬉しいだなんて思っちゃいけない。彼は、俺が縋っていい相手じゃない。彼には愛する人がいるんだから。
「駄目、です」
俺の目尻に、頬に、優しく触れるその唇を両手で遠ざける。
「ハバト?」
戸惑った声で俺の名を呼んだセブさんの腕が、困惑からか緩んだ。その隙をついて彼から離れる。
三歩程後ずさったところで、ぺこりと頭を下げる。
「叙爵式へのお誘い、ありがとうございます。お元気そうな顔を見れたこと、何より嬉しいです。今後のご活躍、お祈り申し上げております」
「ハバト、何を言っている。やっと、私は君を」
「ごめんなさい、もういらないんです。俺はあなたに触れてもらう資格はないんです。気付くのが遅くて本当にごめんなさい、“バルダッローダ様”」
俺が“正しく”彼の名をを口にした途端、セブさんの深緑の瞳が鋭利で冷徹に細められた。笑みが消えた口元は強く引き結ばれ、顔立ちの精巧さが際立つ。
「ハバト」
何の感情も込められていない声だ。でも、なんとなく怒っているように思う。
「…はい」
セブさんが一歩こちらに近付く。その足元を、俯き見つめる。大きな手がこちらに伸ばされるのを、絶望に近い気持ちで目で追う。彼に触れられることは、本当は嬉しくて、でも酷く疚しくて、それが綯い交ぜになってどうしたらいいのかわからない。その長い指が俺にまもなく触れるという瞬間、再び俺の目から涙がひとつほろりとこぼれた。
それに驚いたように彼の指はしばらくその場に留まったが、俺に触れることなく静かに握り込まれ引き戻された。
「…二日後の叙爵式には来てくれるのだろう?」
「…はい」
「好みではないだろうが、君のためにドレスを用意した。どうか、それを着て欲しい」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
「今すぐ馬車を用意させる。どんな小さな傷も、屋敷で必ず手当てを受けなさい。君が自らを大事にしなければ、今度こそエドワーズ士長に責任を取らせる」
「んっ!だ、…え、と、わかりました…」
オリヴィアさんを盾に取るなんて卑怯だ。少しスネた気持ちで、上目遣いでセブさんを盗み見ると、彼はまた困ったように少しだけエメラルドを綻ばせた。
「エドワーズ士長、ハバトが無茶をしないようしかと見張ってくれ。ハバトが望むなら、式当日の身支度も貴公が手伝ってやってくれ」
頑なに頭を垂れていたオリヴィアさんが立ち上がり、「は!」とセブさんに騎士の礼をした。
セブさんが背後から人を呼び付け、馬車をここに寄越すようにと指示を出す。それを、俺はオリヴィアさんに背を撫でられながら聞いていた。
「セバス様、ご機嫌麗しゅう。やっとお顔を見せてくださいましたわね。ずっと執務室にこもったきりで全然出て来てくださらないんだもの」
つい先程の憤怒を露程も感じさせない完璧な淑女の微笑みと所作で、ベルさんがセブさんに気安い挨拶をした。それに「ああ」と気のない返事を返す彼の態度は、親しい仲とは言え周りから不敬と取られたりしないのだろうか。
俺は小心者らしくびくつきながら、二人の邪魔をしてしまわないように、オリヴィアさんに「あちらに座って馬車を待ちます」と最初に勧められた長椅子を指差した。オリヴィアさんは一度強くベルさんを睨みつけてから、「そうしましょう」と慈愛に満ちた微笑みで俺を長椅子へ促した。
セブさんの横を通り過ぎる瞬間、凛々しい目元を眇めてベルさんを見ていた彼から「キサマノセイカ」とぞっとするほど低い低い呟きが聞こえたような気がした。
驚いて振り向くが、見えた彫りの深い端正な横顔はかすかに微笑んでいて、やはり何かの聞き間違いだろうと俺は胸を撫で下ろした。
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