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後日談
【後日談4】彼のいない日2
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「ああ、奥方じゃねえか。鋼鉄のやつの目がねえからってほっつき歩いてんのか?」
セドリックさんに先導されて屋敷に入ると、オリヴィアさんではなくその旦那さんのエドワーズさんがなぜか居間のソファーでふんぞり返っていた。威圧感のある太く低いドスのきいた声に、小心者の俺の肩はびくりと跳ねる。
「あんたハバト様にそんな口聞ける立場じゃないっすよ。もうてめえの嫁への頭悪い嫌がらせはやめたんじゃねえんすか」
うまく言葉が出ずにびくつく俺を背にかばって、傍若無人な相手に傍若無人に挑むセドリックさんがすごい。気分を害したらしく、エドワーズさんの眉間に深いシワが寄る。
「うちの嫁の部下共は弱えくせに気が強えのばっかで嫌んなるわ。目上の人間の務めとして、悪ガキがナメた真似出来ねえように躾けなきゃいけねえよなあ」
怒気が立ちのぼって目に見えそうなエドワーズさんが、コメカミに青筋を立ててソファーからゆっくりと立ち上がる。無意識に一歩後ずさった俺とは逆に、セドリックさんはいかにも受けて立つと言わんばかりに、胸の前で腕を組んで仁王立ちする。空気がぴりぴりしていて心臓ごと俺が飛び跳ねそう。二人がお互い腰の剣に手をかけてないことだけが救いだ。
どうしよ。いや、俺にはどうしようもないけど。
俺がきょどきょどとセドリックさんの背中を掴もうかどうか悩んでいると、不意にエドワーズさんのうめき声が聞こえて驚いた。顔を大きく仰向かせて、腰を押さえたエドワーズさんがよろよろと後ずさって、元いたソファーに倒れ込む勢いで沈んだ。
一瞬セドリックさんが何かしたのかと思ったが、エドワーズさんの巨体がソファーに収まると、その斜後ろに立っているオリヴィアさんが目に入って合点がいった。オリヴィアさんの両手には鞘に収められたままの直剣が何本か抱え込まれている。どうやら、エドワーズさんはその直剣の束で後ろから腰をどつかれたらしい。当のオリヴィアさんは慣れたものなのか、旦那さんをぶっ倒した後とは思えないほど涼しげだ。
「ハバト様、少々ご無沙汰してしまいましたね。お仕事の帰りですか?何か困り事でもありましたか?」
にこやかなオリヴィアさんにつられて俺もへらりと笑う。久しぶりに見るオリヴィアさんは少しだけ髪が伸びていて、柔らかく波打つオリーブ混じりの黒が頬を縁取るさまがとても女性らしくたおやかだ。
「あの、オリヴィアさんに会いたくて来たんです。最近会えなくて、寂しかったので」
「あら。可愛らしい事言ってくださいますね。せっかくですから、今からお茶でもご一緒しませんか」
どうやら社交辞令ではなく本当にお茶に誘ってくれたらしく、オリヴィアさんは手早くセドリックさんにお茶と菓子の用意を言いつけると、「今日は天気が良いので応接室の窓際のテーブルに行きましょうか」と俺に部屋の移動を促した。
「おい、リヴィ。俺の方が先約だろう」
腰を押さえてソファーに深く沈んだまま、エドワーズさんが苦しげな声でオリヴィアさんを呼び止める。振り返ったオリヴィアさんは、長く長く溜め息をついた。
「何ふざけたことを言ってるんだ。私は勤務中だぞ。仕事の邪魔をしに来た身内などより、愛らしい主が優先に決まっているだろう」
オリヴィアさんがまるで親しい友人相手のように俺の肩を抱き寄せた。完全に当て擦りだろう。どうやら、仕事の邪魔をするエドワーズさんに怒ってるらしい。
「夫より他の男を優先するな!」
「そんな屁理屈が通ると思うなら、今すぐ君は王立騎士団を辞めてこい。そんな考えの騎士に出来る任務なんて一つもないだろ」
ぐっ、と言葉を詰まらせたエドワーズさんをオリヴィアさんが鼻先で笑い、セドリックさんが「他の女と結託して嫁の仕事の邪魔なんてしてた男に言われたくもねえやな」と横から失笑した。
「フランシス。私に早く構って欲しいなら、片付けの手伝いでもしたらいい。脳筋な君には適した解決法だ」
なかなか重さがあるだろう直剣の束を、オリヴィアさんはエドワーズさんの分厚い胸板に向かって投げ渡しながら「階段下の収納にしまってこい」とさも当然のように指示する。反発するかと思ったけど、エドワーズさんは不満そうに唸りながらも意外にすんなりと立ち上がった。
「…どこまで終われば、リヴィは俺の相手をしてくれるんだ?」
切れ長の真っ黒な三白眼が、まっすぐオリヴィアさんだけを見つめる。見つめられたオリヴィアさんはしてやったりとくすくす笑った。
「そうだなあ。東側の客間全て空にしたら私も帰れるよ。近衛騎士君、頑張ってくれるか?」
「任せろ」
剣束を片手で軽々鷲掴んで、エドワーズさんがズンズンと足早に部屋を出ていく。その後ろ姿はなんだかはわくわくしてる子供みたいに見える。
「エドワーズさんは思ってたよりずっと素直なんですね」
俺のぼんやりとした感想に、オリヴィアさんではなく、その横に立ったセドリックさんが心底呆れたような表情で「今ご機嫌だからっすよ」と教えてくれた。
「士長は元々別居婚だったんすけど、今回の引き抜きで士長が王都で暮らすことになってあのおっさん浮かれてんすよ」
よく考えてみれば、オリヴィアさんは公爵家の騎士で、エドワーズさんは王族の近衛騎士なのだから一緒にいられる時間はきっと少ない。エドワーズさんはあんなにオリヴィアさんのこと大好きなのに、別居婚なんて相当につらかっただろう。
「それはさぞ嬉しいでしょうね。俺なら泣いて喜ぶかも」
「じゃあ、ハバト様とフランシスは気が合うかもしれませんね」
「あ、泣いたんですね」
セドリックさんは「言ってやるなよ」とゲラゲラ笑いながら部屋を出ていった。たぶん、お茶を淹れに厨房に向かったんだろう。
「さて、脳筋が頑張ってくれてる間に私たちは休憩しましょう。応接室から見える薔薇もだいぶ見頃ですよ。宜しければまた散策しましょうか」
淀みなく歩くオリヴィアさんに先導されて廊下に出る。
「んふふ。嬉しいです。オリヴィアさんのお時間が許すようならぜひ」
以前この屋敷の庭を散歩した時は、もうここに来ることなんてないと思っていたのに不思議なものだ。
応接室は玄関を挟んで反対の東側にある。玄関ホールに立ち入ると、つい先程奥さんの言いつけ通り仕事に向かったはずのドスのきいた声が聞こえてきた。
セドリックさんに先導されて屋敷に入ると、オリヴィアさんではなくその旦那さんのエドワーズさんがなぜか居間のソファーでふんぞり返っていた。威圧感のある太く低いドスのきいた声に、小心者の俺の肩はびくりと跳ねる。
「あんたハバト様にそんな口聞ける立場じゃないっすよ。もうてめえの嫁への頭悪い嫌がらせはやめたんじゃねえんすか」
うまく言葉が出ずにびくつく俺を背にかばって、傍若無人な相手に傍若無人に挑むセドリックさんがすごい。気分を害したらしく、エドワーズさんの眉間に深いシワが寄る。
「うちの嫁の部下共は弱えくせに気が強えのばっかで嫌んなるわ。目上の人間の務めとして、悪ガキがナメた真似出来ねえように躾けなきゃいけねえよなあ」
怒気が立ちのぼって目に見えそうなエドワーズさんが、コメカミに青筋を立ててソファーからゆっくりと立ち上がる。無意識に一歩後ずさった俺とは逆に、セドリックさんはいかにも受けて立つと言わんばかりに、胸の前で腕を組んで仁王立ちする。空気がぴりぴりしていて心臓ごと俺が飛び跳ねそう。二人がお互い腰の剣に手をかけてないことだけが救いだ。
どうしよ。いや、俺にはどうしようもないけど。
俺がきょどきょどとセドリックさんの背中を掴もうかどうか悩んでいると、不意にエドワーズさんのうめき声が聞こえて驚いた。顔を大きく仰向かせて、腰を押さえたエドワーズさんがよろよろと後ずさって、元いたソファーに倒れ込む勢いで沈んだ。
一瞬セドリックさんが何かしたのかと思ったが、エドワーズさんの巨体がソファーに収まると、その斜後ろに立っているオリヴィアさんが目に入って合点がいった。オリヴィアさんの両手には鞘に収められたままの直剣が何本か抱え込まれている。どうやら、エドワーズさんはその直剣の束で後ろから腰をどつかれたらしい。当のオリヴィアさんは慣れたものなのか、旦那さんをぶっ倒した後とは思えないほど涼しげだ。
「ハバト様、少々ご無沙汰してしまいましたね。お仕事の帰りですか?何か困り事でもありましたか?」
にこやかなオリヴィアさんにつられて俺もへらりと笑う。久しぶりに見るオリヴィアさんは少しだけ髪が伸びていて、柔らかく波打つオリーブ混じりの黒が頬を縁取るさまがとても女性らしくたおやかだ。
「あの、オリヴィアさんに会いたくて来たんです。最近会えなくて、寂しかったので」
「あら。可愛らしい事言ってくださいますね。せっかくですから、今からお茶でもご一緒しませんか」
どうやら社交辞令ではなく本当にお茶に誘ってくれたらしく、オリヴィアさんは手早くセドリックさんにお茶と菓子の用意を言いつけると、「今日は天気が良いので応接室の窓際のテーブルに行きましょうか」と俺に部屋の移動を促した。
「おい、リヴィ。俺の方が先約だろう」
腰を押さえてソファーに深く沈んだまま、エドワーズさんが苦しげな声でオリヴィアさんを呼び止める。振り返ったオリヴィアさんは、長く長く溜め息をついた。
「何ふざけたことを言ってるんだ。私は勤務中だぞ。仕事の邪魔をしに来た身内などより、愛らしい主が優先に決まっているだろう」
オリヴィアさんがまるで親しい友人相手のように俺の肩を抱き寄せた。完全に当て擦りだろう。どうやら、仕事の邪魔をするエドワーズさんに怒ってるらしい。
「夫より他の男を優先するな!」
「そんな屁理屈が通ると思うなら、今すぐ君は王立騎士団を辞めてこい。そんな考えの騎士に出来る任務なんて一つもないだろ」
ぐっ、と言葉を詰まらせたエドワーズさんをオリヴィアさんが鼻先で笑い、セドリックさんが「他の女と結託して嫁の仕事の邪魔なんてしてた男に言われたくもねえやな」と横から失笑した。
「フランシス。私に早く構って欲しいなら、片付けの手伝いでもしたらいい。脳筋な君には適した解決法だ」
なかなか重さがあるだろう直剣の束を、オリヴィアさんはエドワーズさんの分厚い胸板に向かって投げ渡しながら「階段下の収納にしまってこい」とさも当然のように指示する。反発するかと思ったけど、エドワーズさんは不満そうに唸りながらも意外にすんなりと立ち上がった。
「…どこまで終われば、リヴィは俺の相手をしてくれるんだ?」
切れ長の真っ黒な三白眼が、まっすぐオリヴィアさんだけを見つめる。見つめられたオリヴィアさんはしてやったりとくすくす笑った。
「そうだなあ。東側の客間全て空にしたら私も帰れるよ。近衛騎士君、頑張ってくれるか?」
「任せろ」
剣束を片手で軽々鷲掴んで、エドワーズさんがズンズンと足早に部屋を出ていく。その後ろ姿はなんだかはわくわくしてる子供みたいに見える。
「エドワーズさんは思ってたよりずっと素直なんですね」
俺のぼんやりとした感想に、オリヴィアさんではなく、その横に立ったセドリックさんが心底呆れたような表情で「今ご機嫌だからっすよ」と教えてくれた。
「士長は元々別居婚だったんすけど、今回の引き抜きで士長が王都で暮らすことになってあのおっさん浮かれてんすよ」
よく考えてみれば、オリヴィアさんは公爵家の騎士で、エドワーズさんは王族の近衛騎士なのだから一緒にいられる時間はきっと少ない。エドワーズさんはあんなにオリヴィアさんのこと大好きなのに、別居婚なんて相当につらかっただろう。
「それはさぞ嬉しいでしょうね。俺なら泣いて喜ぶかも」
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「あ、泣いたんですね」
セドリックさんは「言ってやるなよ」とゲラゲラ笑いながら部屋を出ていった。たぶん、お茶を淹れに厨房に向かったんだろう。
「さて、脳筋が頑張ってくれてる間に私たちは休憩しましょう。応接室から見える薔薇もだいぶ見頃ですよ。宜しければまた散策しましょうか」
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「んふふ。嬉しいです。オリヴィアさんのお時間が許すようならぜひ」
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