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10:暴君の二の足1(マクシミリアン視点)
陽光に当たると黄金色に透ける灰がかった茶色の髪と、同じく灰寄りの茶色の瞳の中にはよく見ればの酷く細かな砂金のような金色が散っている。その瞳の中まで儚く美しいことを、どれだけの人間が知っているのだろう。
男の声色なのに、あいつの声は見た目と同じくどこか浮き世離れした清廉さがある。その声が、俺の名を呼ぶ時だけ特段甘くなる。
そんな声で呼ばれ続けて尚、正気でいろという方が無理な話だ。
「あの、マクシミリアンさま」
いつものものより幾分固い声。俺が腰を下ろしている座席の斜め後ろから向けられたそれに対して、俺は何度目かの無反応を突き通す。
毎朝繰り返されている俺とクリフのこのやり取りに、講義室内の同級たちの大半が意識を向けている事が嫌でもわかる。
「マクシミリアンさま」
泣いてしまうだろうか、なんて最初は馬鹿らしいことすら考えていた。泣いて欲しいのは単なる俺の願望だ。泣いて縋ってくれたならそれに応えてもいいんじゃないかと、ここに来ても自分にばかり都合のいい事を考えている。
頑なに動かない俺に焦れたのは、クリフではなく俺の隣席にいたアランだった。聞かせる為のような特大の溜め息を吐くと、「本当にいい加減にしろよお前」と俺の方に首を伸ばし悪態をついてから席を立った。
「クリフトン。今日は俺とあっちの席に座ろう」
クリフの肩を抱き寄せて、アランはさっさと前方中央の空席へ無抵抗なクリフを連れ去ってしまう。人に無用に触る質でないアランが、敢えてクリフに身体を寄せているのはどう考えても俺への当て付けだ。
「マクスさん、アンタ本当に極端だよなあ。暴君なんて言われてる癖に純情過ぎて同情するよ」
訳知り顔のバイロンは面倒で気に食わないが、何も言い返せるものがなく「うるせえ」とぼやくしかなかった。
クリフが学院に入学して来た時、院内は大いにざわついた。あれだけの美貌は初見で好意も悪意も集める。その上であの擦れの無い性格、そして成績上位の特待生だ。無関心でいられる人間の方が少ない。ただし、本人はその事に気付いているのかいないのか微妙な所だ。
集めに集めたぐちゃついた関心だが、あいつが俺と懇意にしていると知れると幾らかが削がれた。俺と反りの合わない、俺と関わり合いたくない人間は如何にも多いのだ。この時程好き放題敵を作りまくってきた自分の行いに感謝することなど、俺の人生の中ではもうないだろう。
だから、いっそ便乗してやろうと思った。クリフを守る為という口実で、「特待生のクリフトンは、マクシミリアン・ブゼルの取り巻きだ」と、完全にあいつを囲い込んだ。
その勢いのまま早々に恋人にしてしまいたかったが、どうせうまくいくわけがない。
クリフは俺の心根を善良だと勘違いしているが、俺はあいつに欲情する汚い男のうちの一人でしか無い。クリフと出会ったあの夜は、その虫螻が運良くより汚い他の虫螻を追い払っただけ。それに端から善意があって助けたわけじゃない。ただ単に俺の気分で気に食わない屑共を好きに殴り付けた結果だ。そんな恩とも言えないもん振りかざして、あいつの愛を強請り取ろうなんて下衆な真似してたまるか。
『取り巻きCが商業科の男子生徒に強姦されたらしい』
数日前、そんな胸糞の悪い噂が、趣味の悪い尾鰭を付けて学院内に流れた。その話を耳にした瞬間、全身が冷水を浴びたように冷たく重くなった。冷えた脳味噌が噂の真偽を確認しろと叫ぶと同時に、噂を口にした全員を殺してやりたいと繰り返す。
即時確保したクリフに事実を問えば、「そんな噂になってるんですか?レイくんのおかげで未遂です」なんて軽く笑う。「マクシミリアンさまに気にかけてもらうほどのことじゃないです」だと。屈託を覚えないその安直さに怒りを覚えると同時に、俺自身の奸悪に顔を顰めたくなった。
どんなに取り繕おうと、俺は内心ではあの闊達なクリフが全てを憂いて塞いで俺だけを倚みにすればいいと、本気で思っているのだ。無恥で醜悪な独占欲だ。自分自身のあまりの身勝手さに反吐が出る。
「いろいろ思うところがあるのはわかるけどさ、クリフトン放ったらかしてたら危ねえんじゃねえの。マクスさんの後ろ盾が無くなったなんて思われたらそれこそ最悪じゃん」
パラパラと教科書を繰りながらバイロンが潜めた声で呟く。吐く言葉全てに苛立ちが混じっている。こいつも、アランと同じくクリフを俺の傍に戻させたいのだ。
光度を落とした講義室内の中、前面の大投影板に写される映像に合わせて老教師が粛々と教本を読み上げている。気怠い空気が眠気を呼ぶ講義で、室内には机に顔を伏している生徒も多い。
俺は無言で斜前方にある小振りな昆布茶色の後頭部をじっと見つめる。時折隣に座るアランの方に傾ぐ事があっても、その頭がこちら振り返る事はない。俺が拒絶したんだから当たり前だ。大して広くもない講義室だが、その距離が酷く遠くもどかしさすら覚える。
男の声色なのに、あいつの声は見た目と同じくどこか浮き世離れした清廉さがある。その声が、俺の名を呼ぶ時だけ特段甘くなる。
そんな声で呼ばれ続けて尚、正気でいろという方が無理な話だ。
「あの、マクシミリアンさま」
いつものものより幾分固い声。俺が腰を下ろしている座席の斜め後ろから向けられたそれに対して、俺は何度目かの無反応を突き通す。
毎朝繰り返されている俺とクリフのこのやり取りに、講義室内の同級たちの大半が意識を向けている事が嫌でもわかる。
「マクシミリアンさま」
泣いてしまうだろうか、なんて最初は馬鹿らしいことすら考えていた。泣いて欲しいのは単なる俺の願望だ。泣いて縋ってくれたならそれに応えてもいいんじゃないかと、ここに来ても自分にばかり都合のいい事を考えている。
頑なに動かない俺に焦れたのは、クリフではなく俺の隣席にいたアランだった。聞かせる為のような特大の溜め息を吐くと、「本当にいい加減にしろよお前」と俺の方に首を伸ばし悪態をついてから席を立った。
「クリフトン。今日は俺とあっちの席に座ろう」
クリフの肩を抱き寄せて、アランはさっさと前方中央の空席へ無抵抗なクリフを連れ去ってしまう。人に無用に触る質でないアランが、敢えてクリフに身体を寄せているのはどう考えても俺への当て付けだ。
「マクスさん、アンタ本当に極端だよなあ。暴君なんて言われてる癖に純情過ぎて同情するよ」
訳知り顔のバイロンは面倒で気に食わないが、何も言い返せるものがなく「うるせえ」とぼやくしかなかった。
クリフが学院に入学して来た時、院内は大いにざわついた。あれだけの美貌は初見で好意も悪意も集める。その上であの擦れの無い性格、そして成績上位の特待生だ。無関心でいられる人間の方が少ない。ただし、本人はその事に気付いているのかいないのか微妙な所だ。
集めに集めたぐちゃついた関心だが、あいつが俺と懇意にしていると知れると幾らかが削がれた。俺と反りの合わない、俺と関わり合いたくない人間は如何にも多いのだ。この時程好き放題敵を作りまくってきた自分の行いに感謝することなど、俺の人生の中ではもうないだろう。
だから、いっそ便乗してやろうと思った。クリフを守る為という口実で、「特待生のクリフトンは、マクシミリアン・ブゼルの取り巻きだ」と、完全にあいつを囲い込んだ。
その勢いのまま早々に恋人にしてしまいたかったが、どうせうまくいくわけがない。
クリフは俺の心根を善良だと勘違いしているが、俺はあいつに欲情する汚い男のうちの一人でしか無い。クリフと出会ったあの夜は、その虫螻が運良くより汚い他の虫螻を追い払っただけ。それに端から善意があって助けたわけじゃない。ただ単に俺の気分で気に食わない屑共を好きに殴り付けた結果だ。そんな恩とも言えないもん振りかざして、あいつの愛を強請り取ろうなんて下衆な真似してたまるか。
『取り巻きCが商業科の男子生徒に強姦されたらしい』
数日前、そんな胸糞の悪い噂が、趣味の悪い尾鰭を付けて学院内に流れた。その話を耳にした瞬間、全身が冷水を浴びたように冷たく重くなった。冷えた脳味噌が噂の真偽を確認しろと叫ぶと同時に、噂を口にした全員を殺してやりたいと繰り返す。
即時確保したクリフに事実を問えば、「そんな噂になってるんですか?レイくんのおかげで未遂です」なんて軽く笑う。「マクシミリアンさまに気にかけてもらうほどのことじゃないです」だと。屈託を覚えないその安直さに怒りを覚えると同時に、俺自身の奸悪に顔を顰めたくなった。
どんなに取り繕おうと、俺は内心ではあの闊達なクリフが全てを憂いて塞いで俺だけを倚みにすればいいと、本気で思っているのだ。無恥で醜悪な独占欲だ。自分自身のあまりの身勝手さに反吐が出る。
「いろいろ思うところがあるのはわかるけどさ、クリフトン放ったらかしてたら危ねえんじゃねえの。マクスさんの後ろ盾が無くなったなんて思われたらそれこそ最悪じゃん」
パラパラと教科書を繰りながらバイロンが潜めた声で呟く。吐く言葉全てに苛立ちが混じっている。こいつも、アランと同じくクリフを俺の傍に戻させたいのだ。
光度を落とした講義室内の中、前面の大投影板に写される映像に合わせて老教師が粛々と教本を読み上げている。気怠い空気が眠気を呼ぶ講義で、室内には机に顔を伏している生徒も多い。
俺は無言で斜前方にある小振りな昆布茶色の後頭部をじっと見つめる。時折隣に座るアランの方に傾ぐ事があっても、その頭がこちら振り返る事はない。俺が拒絶したんだから当たり前だ。大して広くもない講義室だが、その距離が酷く遠くもどかしさすら覚える。
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