右肩に取り憑いた美貌の背後霊が、俺を溺愛執着する神様だった話

こぶじ

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1:《二日目》1

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《二日目》
 とある夜、急に頭の中で何かが大きく弾けて目が覚めた。
 鼓膜とか目玉とか喉奥とか、内側から弾かれて、耳も目も声も利かなくなった。俺の中の一体どこにそんなもん入ってたんだってくらい、“知らないはずの”いろんな記憶がわさわさ溢れてきて、狭い頭の中をぐるぐる回る。
 完っ全に脳味噌がおかしくなった。俺このまま死ぬんだ。そう思ったのに、怯えながら耐え忍んでるうちに、嵐みたいなそれはいつの間にか止んでいた。
 どれくらい時間が経ったのかわからないけど、俺は自室の木床の上で亀みたいにうずくまっていた。生きていた事に驚く。

 ぱしぱし瞬く。目は普通に見えている。薄いカーテン越しのサンサンの日の光が眩しい。東側の窓が明るいからたぶん朝だ。
 あー。声を出してみる。少しがさがさで酒ヤケみたいな声だけど呂律も回るし、耳も恐らくまともだと思う。
 腕に力を入れて上体を持ち上げて、太ももと膝に力を込めてケツを上げ、ゆっくりゆっくり立ち上がる。脳味噌が少しゆらゆらしてて気持ち悪いけど、しばらくじっと耐えてたらだいぶ治まった。
 節々が軋むような気もするが狂いなく動ける。

 誰が見てるわけもないのに、アピールするように大袈裟に伸びをしてから特大の溜め息を吐く。

 時計を見ると、いつも家を出る時間ぎりぎりだった。うわあ。早く仕事行く支度しねえと。わざとデカい声で独りごちた。

 窓の外から、ご近所の奥さんたちがおしゃべりしてるのがよく聞こえる。夕方に雨が降るらしい、明後日まで粉屋が定休日、翌年首都では第二王子の成人祝いがあるらしい、なんて話をぼんやり聞きながら最速で身支度して家を出た。

 職場までの町中も相変わらず賑やかだ。そこを早足に駆け抜けて、ほぼ一区分横断した先に俺の勤務先である診療所がある。
 町外れの小さな診療所は、くたびれたおっさん医師のジュリアン先生と、その娘さんで看護師のマルヴィナ、そして新人医師の俺の三人だけで運営してる。
 今日は朝早く来て書類仕事を片付けようと思ってたのに大遅刻だ。空元気のあいさつをしながら診療所の扉を開けた。

「マヌエル、寝坊か?」

 ジュリアン先生が、俺のやろうと思ってた書類作業をすでに進めていた。昨日までの繁忙で溜まりに溜まった、起票だけして整理しきれていない診療経費や診療費の伝票類が主だ。

「まあそんなとこっす。いい夢見損ねました」

「寝坊の割にはクマが凄いな。また夜更かししてたんだろう。本当にどうしようもない弟子だ」

 説教臭い事を言いながら穏やかに微笑む師匠の手元から書類を奪いつつ、「俺、他に変なとこありますか」って洗濯済みの白衣を押し付けながら聞いたら柔和に首を振られて「いつも通り寝癖がオシャレだよ」とおじさんジョークを言われた。無言で包帯箱から出した三角巾を頭に巻いたら、「掃除屋さんみたいだねえ」とか微笑まれたから、「じゃあ俺は今日一日医師ではなく掃除屋です。ご愛顧ください」って拗ねたら苦笑いで謝られた。


「それで先生、首都での学会はどうでしたか」

 この片田舎から首都までは片道丸々三日かかる。それを往復だ。且つ、この国の国教である主教会が主催する医術学会は、中日休みを挟んで計三日間ある。それに参加したジュリアン先生の不在は約十日だ。
 その間も診療時間も縮めず、診療件数も制限せず、二人で乗り切った俺とマルヴィナを褒めてもらいたい。
 もしかしたら、今朝の体調不良と記憶の混濁は、疲労困憊から来てるのかもしれない。俺が真面目なばっかりに、うっかり命を削っちまったなあ。
 ジュリアン先生からは、「留守番お疲れさん」とかるーい労いの言葉だけもらった。

「医療技術の新法がいくつか挙がってたけど、どれもうちだと設備不足で手出しが難しかったな。汚くて悪いけど要点書き起こしてあるから後で渡そう。あと、いくつか有益な新薬と魔導具が開発されてたから、そっちは開発製造元が出してる資料がある。一緒に渡すから見といてね。予算組み直していくつか仕入れよう」

 上司が仕事熱心なおかげでやり甲斐が尽きずありがたい。礼を言ってから、いそいそと白衣を羽織って診療記録の紙束をめくるジュリアン先生相手につらつらと申し送りする。


 問題無い。今日も俺はいつも通りだ。問題無いったら問題無い。





 近所のじいちゃんばあちゃんだらけの午前診療を終え、一心不乱に昼休憩を書類整理に費やしていたら、通りがかったマルヴィナに哀れまれてパンをいくつか恵まれた。齧りついてから、そういえば朝から何も口にしてなかった事に気がついた。道理でやたらとうまいわけだ。

「マヌ、ずいぶんと機嫌がいいのね。今日ずっと鼻歌をうたってるじゃない。楽しいことがあったならわたしにも教えて」

 楽しいとか、本当にそういうのじゃない。本当に。
なんて言ったらいいのか。とりあえず「腹の調子がいい」って適当言ったら「じゃあ、仕事終わりに夕飯を一緒に食べに行きましょう」なんて更に踏み込まれた。普段だったら速攻で断る誘いだけど、今日だけは「そうしよう」と食い気味に頷いた。

「どうしたの?わたしの誘いに乗るなんて珍しいね。やっぱり良い事あったんじゃない?」

 別に機嫌が良いから誘いに乗るわけでも、楽しくて鼻歌なんぞ歌ってたわけでもない。
 ただ単に、“黙ったらまずい”からうろ覚えの子供の手遊び歌なんてもんをふんふんして誤魔化してるだけだ。

「あの港近くの定食屋がいい。静かな酒場なんて絶対嫌だからな」

「なあに?わたしとじゃオシャレなお店に行きたくないってこと?」

「うーん。さあなー」

 それ以上答える気はないから、俺はまたふんふんを再開する。今度はどっか遠くの国の国歌だ。不思議そうな顔したマルヴィナを無視して書類整理に戻る。
 聞くなよ。俺もよくわかんねえんだから。“黙ったら聞こえちゃう”んだから仕方ないだろ。

 今朝の頭ん中大爆発の後から、右目の視界ぎりぎりに“いる”のだ。背後から俺の右肩の上に顔を覗かせる形で、見知らぬ男の横顔が。凝視する勇気はまだない。
 重さのないそれがずっとずっとずーっと、ぼそぼそと何かをしゃべっている。これ、聞いたら駄目なやつだろ、たぶん。逆に、これ聞いた方がいいって可能性ある?簡単健康法とか市場のお得情報とか甘味屋おすすめメニューのクチコミとか囁いてたりする?
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