友人たちのいる星

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友人たちのいる星

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「やあやあ、こんにちは。初めまして。遠い異星の地に住む友人たち」

 宇宙船からエヌ星に降りてきた彼が、まず口に出したのは、そんな他愛もない挨拶だった。
 翻訳機という、かわった装置を持つ彼は、宇宙を股に掛ける、商人だと名乗る。

 星々を渡り、文明が根付いているような星があれば、そこに着陸。
 原住民とコミュニケーションを試み、意思の疎通ができるようならば、商品のサンプルを渡す。

 そのサンプルの中で相手が気に入ったものがあれば、母星に連絡をとって、商品を発注し交易に繋げるという流れだ。

 つまり彼は星単位で、ビジネスマンのそれを行なっているといえる。

「いやはや、あなたが貿易をするために、われわれの星に降り立ったのだとは、いざ知らず。
 最初は隕石と間違えるなどという、とんだご無礼を……」
「いいえ、職業柄慣れているので、構いませんとも。
 こういう仕事に就いているとね、どうしても身の危険を感じてしまうこともありまして。
 それでもあなたたちと友人関係を築きたく、われわれの星を代表して、こうしてはるばるやってきたしだいです」

 友人関係とは、大変なものだ。いわんや、惑星同士ともなればなおさら。

 商人が以前降り立った星では、意志疎通がとれず噛み殺されそうになったり、地面から吹き出る毒ガスに、やられそうになったりしたこともあるという。

「それは大変なお仕事なのですね。
 宇宙開拓という分野には、繰り出したことがないわれわれには、想像もできないことだ」
「ええまあ。しかし、そんな非道い文明に比べ、あなたたちエヌ星の方々は、こうして意思の疎通がとれる。
 つまりは、ビジネスの話を進められる余地がある、立派なお客様だ。
 そして、われわれにとってお客様は、神様も同じです。是非とも、われわれの商品を一度、使ってみてください。
 なに。この船にある商品は、無料で使っていただいて構いませんとも」
「本当ですか、それはなんと気前のいい……」

 集まったエヌ星人たちは、異星の者と触れあう機会の無かったらしく、段々と彼の持ち込んだ商品に興味を持ち始めた。

 しかし、そこはビジネス。中々うまくいかないというのは、宇宙のどこへ行こうとも同じことらしい。

「これはなんでしょうね。なにに使うものなのか見当もつきませんが」
「ええ。お答えさせていただきますと、これはサスマタという道具です。
 こうやって、相手を取り押さえるために使うものです。
 力がない人でも、簡単に暴れる相手を制圧できる。優れものですよ」
「はぁ、なるほど……なんのために取り押さえるんだろう、可哀そうに……」

 エヌ星人は、頭をポリポリと掻きながら、首をかしげた。
 よく理解できなかったのかな、そう思って商人がさらに説明しようとしたが、今度は別のところから質問が飛んできた。

「これはなんでしょう。見たところ、この棒切れとセットなのでしょうか」
「そうです、これは鍵と錠の類ですね。
 こうやって扉にくくりつけて、鍵を回すことで、扉を勝手に開けられないようにするんです」
「へぇ、そうなのか。別に扉くらい、開けられてもいいと思うのだけれど……」

 どうも、商品の説明がうまくいかない。
 もちろん、別の星に来ればそこの文化があり、自分達の星の物が簡単に売れるとは限らない。
 商人にとって、そういうことには、慣れっこであった。

 しかし、ここまで話が進まない経験はない。
 気の長い商人も、流石に自分が彼らにからかわれているのではないか。
 そういう気色の悪さを覚えて、ついつい声をあらげてしまう。

「どういうことです。あなたたちはわたしと、真面目に取引をする気が、あるのですか。
 さっきから商品を見るなり、やれ分からないだの、やれ可哀想だの。
 はあ。さてはあなたたち、適当に話を終わらせて、わたしを追い返す気だ」
「止めてください。どうしたのです急に。事情は分かりませんが、本当にわれわれには、品物の有用性が理解できないのです」

 おや、ためしに怒ってみたけれど、これはエヌ星人たちにも悪意はないようだ。
 そう思った商人は、彼らへの非礼を詫びると、商品の説明が通じない理由の調査を始めた。


 最初はもしかしたら、自分の説明が悪かったのかな、とも思ったが、事はそう表面的な問題ではなかった。
 根本から、彼らの考え方は違ったのだ。

「なるほど。つまりあなたたちエヌ星の方々は全て、同じ記憶を共有しているのですね」
「はぁ。あなたたちの星では違うのですか。立派なものなのですね」

 エヌ星人二人が集まり手を合わせると、お互いの記憶を共有できるという法則を、商人は見つけた。
 そうすることで彼らは見たもの触ったもの、全ての経験を共有し、様々な価値観でものを考え、星の文明の発展に繋げてきたわけだ。

 いずれは同じ記憶を共有する運命共同体。自分という概念が曖昧である代わりに、星の住民みんなが自分のようなもの。
 だから、彼らは誰かに妬まれたり嫉まれたりといった当たり前の恐怖とも、ほとんど無縁でもあった。

 自分を羨む人などいないし、他人はみな自分なのだから、泥棒をしてやろうなんて変な気を起こす者もいなければ、誰かを憎くて殺してやろうなんて考える者もいない。
 これでは犯罪を防ぐためのサスマタや錠などが、売れるはずもない。
 そもそも最初につかった友人という言葉だって、彼らには良く分かっていなかったらしい。

「どうやら、エヌ星のことを理解していただけたのですかな」
「ええ。いっても分からないかもしれませんが、素晴らしすぎて少し悔しいくらいだ。
 あなたたちのように、われわれも平和に暮らしたいものです」

 しかし、これはチャンスでもある。争いがないということは、すなわちこのエヌ星には、相手を騙す者がいないということだ。
 つまり、この星で彼を怪しむという考え自体が、存在しないということになる。

「やはりわたしは、あなたたちエヌ星の方々と、友人になりたい。
 友人とは、われわれの言葉で持ちつ持たれつ、対等な関係を表す物です。
 あなたたちのように清廉潔白な人々は、われわれの星では美徳とされるのですよ」
「そんな誉めないでくださいよ。なにも出ませんから……」

 誉められ慣れていないのだろう。そういいつつ、彼らはあからさまに嬉しそうだった。

 嘘をつかない、疑わない、おだてればすぐに信じ混む。
 こんなに商売をしやすい星もない、このチャンスは逃せないぞ。
 だから商人は、彼らに見せる商品を変えることにした。

「こんなのはどうでしょう。これは、われわれの星の食べ物です。
 ようは果物を乾かして作った、菓子の類いなんですがね。これがまた、風味が凝縮されて、いい味がする。
 ほら、遠慮せずに皆さんで分け合って、食べてみてください」
「うーん、食べたけれどよく分からない。
 どうやらあなたの体の構造と、われわれの身体の構造は違うらしい。
 こちらでも有識者を集めて、会議をしてみましたが、どうもあなたのいうフウミやアジ、という物がよく分からなかったんです。
 しかもあなたが紹介してくれた食べ物は、どれも栄養価がとても低くて……いってはなんですが、われわれには不要の物かと」
「なんだって、それは驚いた」

 よくよく話を聞いてみると、彼らエヌ星人は物を摂取して栄養をとる、ということはするらしいが、商人の星での舌べろに相当する、味を感じる気管が存在しないようだった。
 なるほど。味を感じないのなら、もっと効率を重視して栄養をとる方法など、いくらでもある。

 うまくいかないものだなあ、どうしたものだろう。
 ついに行き詰まった商人が頭を抱えていると、エヌ星人の子供が、突然声をあげた。

「ねえ、これすごいよ。これ食べたら身体が信じられないくらい動くんだ」
「なんだって……」

 どうやらその子供は、興味本意で商人の持ってきた「チョコレート」という菓子をかじったらしい。
 チョコレートは、カカオという木に実る種の一部を細かく砕き、焙煎して、ウシという動物の体液などと混ぜ合わせて、固めたものだ。

 製造工程を説明するとなんだか、得体の知れないものの気もするが、商人の星では最も人気の商品のひとつ。
 しかし、食べれば先程の子供のように身体が活性化される、という効果は聞いたことがない。

 だから商人にとっても、それは予想外の出来事だった。

「これはすごい。わたしはちょっと舐めてみただけなのですが、今まで感じたことのないくらい、身体が活性化されたようです。
 今ならどのくらい活動しても、疲れることがなさそうだ。
 わたしも沢山の同胞たちと記憶を共有してきましたが、こんな清々しい経験は、初めてだ」
「なるほど。あなたたちの身体とわたしたちの身体は違うと分かっていましたから、そういうこともあるのでしょう。
 しかし驚いたなあ、チョコレートをそんなに気に入っていただけるなんて」


 商人が持ち込んだ噂のチョコレートとやらの事実は、瞬く間にエヌ星全土に広まった。
 もしそれが商人の星ならば、やれ権利の主張だの、やれ情報の信憑性だので、思うように話は進まなかっただろう。

 しかし、エヌ星人は記憶を共有できるため、話を独り占めする者も、疑う者もいない。
 だから、権利や信憑性といった障害はまたたくまにクリアしてゆく。

「すごいですよ。聞いてください」
「どうしたんですか」
「この間あなたからいただいた、チョコレートとやら、皆で分けてみたんです。
 そして研究の結果、なんとわれわれが摂取すると力がみなぎり、通常よりもうんと力が発揮できることが分かったのです」
「はあ、この間もそうでしたものね。それが今回伝えたかった、研究の結果でしょうか」
「いえいえ、違いますよ。更なる効果があることが分かったんです」

 エヌ星人がいうには、チョコレートを摂取することで、彼らは驚異的な身体能力だけでなく、頭脳や記憶力といった頭の方面への活性化にも、一時的にだが役立つことが分かった。
 そして成長期の身体づくりに良く、老化する肉体を若返らせ、あらゆる病気に効き、しかも美容にまでいいとの研究結果が出たという。

 まさに、チョコレートは彼らにとって、完成された食品であるようだった。

「しかしこの間もらったサンプルのチョコレートだけでは、まるで足りません。
 あれは継続的に摂取することで、効果を示すもののようだ。それにわれわれは世界中の人に、この素晴らしい食品を配りたい。
 どうかあなたたちから、この食品を輸入させては、いただけないでしょうか。
 もちろん、代わりの物ならなんでも、用意しますとも」
「本当ですか、それはありがたい。わたしもここに来た甲斐があったというものだ」

 商人はそれを聞くとほくほく顔で、自身の宇宙船に戻っていった。
 これから母星と連絡をとって、交易の準備を整えなければならない。


 しばらく滞在して分かったのだが、ここの星は自分達の星と比べ、とても文明が進んでいる。
 文化や社会学は記憶が共有できることにより、独特の価値観を生み、娯楽は溢れるほどあって、どれも自分の星と比べ物にならないほど楽しい。

 医療の発展だって、星の住人皆が医者の知識を持っているようなものだから、より長く生き、いつまでも健康に暮らしている。

 今まで宇宙に繰り出すことがなかったのも、文明が劣っているというわけでは全くない。
 むしろ進んだ文明により、自分達で資源を使いきることなく活用できていたため、星の外になにかを求める必要がなかった、ということだろう。


「ふうん、なるほど。素晴らしい星を見つけたのだな。早速われわれの方でも交易の準備を始める」
「はい。それがよろしいかと」

 母星にいる上司に、商人は連絡をとった。
 すると上司はニヤリと笑って、不穏なことをいう。

「お前。原住民どもとはまだ、交換する内容を正確には、決めていないのだったな」
「はい」
「なら、チョコレートこれだけに対して、これだけの資源を寄越せと交渉するんだ」

 送られてきたデータを見て、商人は目玉が飛び出そうになるほど驚いた。
 たかがチョコレートに対して、こんなに資源をとりあげるなんて、とんでもないことだ。ぼったくり以外のなにものでもない。

 ついに真面目に商売するのを止めたかと思ったが、上司はいかにも悪そうな顔で続けた。

「やつらはこちらの星のチョコレートを、喉から手が出るほど欲しがっているんだろう。ならばそれを利用して、星ごと吸い付くしてやるのだ」
「そんな、正気でございますか」
「ああもちろん。正気でなければ商売など、できるはずもなかろう。
 やつらはチョコレートを手にいれるためなら、なんでも出すといったんだ。その言葉に従うまでさ」
「しかし彼らには、なんと説明すれば……」
「こちらの星で天変地異が起こったから、原料がとれにくくなった。だからそれだけ、価値も高くなったのだ、とでも説明しておけ。
 文明は発達しているが、疑うことを知らぬ奴らだ。どうせこちらの要求も、簡単に受けてくれるだろうよ」
「しかし、それは良心が咎めます……」

 これでは、エヌ星人たちを奴隷にするのも同然だ。
 あんなに気のいい連中を騙し、奪いとる。そんなことをして、許されるのだろうか。
 しかしここで上司に逆らえば、今後商人の仕事をするも、難しくなるかもしれない。

 商人はひとり、友情と仕事のあいだで葛藤した。

「おい、どうした」
「やはりわたしにはできません。彼らはわれわれの友人、そんな裏切る真似ができるはず、ないじゃあないですか」
「言わせてもらうが、これはお前のためでもあるんだぞ。
 この交易が成功すればわれわれの星は、彼らの文明を吸収し、もっと豊かになる。
 もちろん、最大の功労者であるところのお前には、沢山の富と、人々からの名誉が約束されるだろう。
 そうだな、一度これを見てみろ」

 そこに映し出されたのは、エヌ星と交易をしたときに予想される売上と、商人に支払われる予定である給料の額だった。

 商人の頭に、母星に戻った後の生活が広がる。
 それだけの金があれば、星に置いてきた妻や子供と共に、ずっと不自由なく暮らすことができる。

 夢だった仕事以外での宇宙旅行、いやそれどころか宇宙船そのものだって買える。
 美味しくて高級な物を飽きるほど食べ続けることもできるし、ずっと娯楽にうつつをぬかしていても、有り余るほどの金が手に入るのだ。

 あれも欲しい、これも欲しい、あれもやりたい。
 気付けば商人は、今まで築いてきたエヌ星人たちとの友情も忘れ、母星へ帰った後の生活に、胸を膨らませていた。

「決まったか」
「はい。是非やらせてください」

 商人は笑顔で宇宙船を飛び出し、エヌ星人のもとへ向かった。


「われわれの星と交易する、算段がつきました。早速準備に取り掛かりましょう」
「ええ、それなんですが……」

 しかし、エヌ星人たちに取引の内容を伝えようとすると、彼らは突然、商人を取り囲んだ。
 そして抵抗する彼を、紐のようなものでぐるぐる巻きにしてしまう。
 これでは逃げることなど、とうてい不可能だ。

「おい、なんなんだ突然。どういうことか説明してくれ」
「いやあ、素晴らしい。あなたたちが伝えてくれた物資や文化は、とても素晴らしかったですよ。
 特にチョコレート。そしてこの、他人を脅してなにかを得る、という考えや価値観は、今まで長い時間この星を運営していたわたしたちには、考えもつかないことでした……」

 商人がエヌ星に持ち込んだチョコレートは、確かに素晴らしいものだった。
 しかし彼らはそれ以上に、誰かと争ったり、物を奪うという価値観に、興味を示していたのだ。
 星の住民全員が、商人にそれを秘密にしていたらしい。

「あなたには本当のことを聞く権利くらいあるでしょう。
 正直に告白させてもらいますと、あなたと母星のやりとりが気になって、われわれはそれを、こっそり聞かせてもらったのですよ」
「まさか、そんな……」

 会話を聞かれていたのなら、言い逃れのしようもない。
 彼らにとって商人たちは、もはや自分たちを脅かす存在なのだ。

「そして、われわれは考えました。
 高い物資を払い、あなたたちのいいなりでずっといるより、あなたたちを脅して奪った方が、簡単に沢山のチョコレートを得ることができます」
「なんだって、とんでもないことを考えたな」

 この星の技術力なら、そんなこと簡単にできてしまう。
 商人は恐怖で顔から、血の気が引いてゆくのを感じた。

「しかし、それならわたしを捕らえておく必要はないはずだ。早くわたしを、解放してほしい」
「いえ、それはいけません。あなたはわれわれの生活について、知りすぎてしまった。
 星に帰ったあなたが広めた話により、万が一にでもわれわれの弱点をつかれたら、計画は台無しだ」

 それは先程まで、商人がやろうとしていたことと、なにも変わらない。
 友人であろうと構わない。他人を騙し、蹴落とし、束縛し、そして自分だけが特をして満足する。
 そして彼らに、他人を脅かすということを教えたのも、誰でもない商人自身である。

 それでも彼は、この仕打ちに対して、涙を流して訴えた。

「そんな、あんまりだ……なんでそんな、非道いことをするんだ。
 わたしはあなたたちを、友人だと思っていたのに……」
「おかしなことをいいますね。われわれは今でも、あなたたちを大切な友人だと思っていますよ。
 あなたたちの星では、相手と持ちつ持たれつ、対等な関係の相手のことをいうんでしょう。
 あなたたちはわたしたちを脅かそうとした。だから、われわれもあなたたちを脅かす。
 至極対等じゃあ、ないですか」

 その言葉に、商人はなにもいい返せなかった。
 やがて、エヌ星人たちはまたたくまに武器や宇宙船を開発し、遥か彼方宇宙の向こうにある、友人たちのいる星を侵略するために、旅立ってゆく。



 その様子を、捕まった商人はなす統べなく、見守るしかなかった。

 友人関係とは、大変なものだ。いわんや、惑星同士ともなればなおさら────
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