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第9章 俺と母ちゃんの富士五湖修行
7話
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コトン……
ガラス張りの窓は闇夜に紛れ、まるで黒い壁のようだった。
そこに、温泉に入る俺の姿が映し出される。
自分の顔ってとても不思議だ。
他の人はただの他人だと認識するのに、自分を見ると複雑な気持ちが湧いてくる。
俺の顔は、痩せ型で以前よりもクマが減っている。
目鼻はくっきりしていて、昔見た自分の顔よりも余裕があるような顔だった。
そうか、顔って人柄を移す鏡のようなんだ。
きっと、変わろうと努力すると人は顔立ちが変わるのかもしれない。
まあ、それはさておき……とにかく温泉が気持ちが良かった。
お風呂だと湯冷めが早いのだけれど、温泉だと芯から温まるような感覚があって心地いい。
「たまに1人で温泉行くのもいいのかもしれないな。」
そういって、俺は温泉を後にした。
「戻ったよ~。」
「あら、早かったのね!」
「母ちゃんは風呂戻るの早くないか?もっと味わってもいいんだぞ?」
「実は母ちゃんのぼせるのが早くてね。」
「そうかい。」
母ちゃんは小さいおちょこに日本酒とイカそうめんなどを片手にブログを書いていた。
「どう?ブログの方は。」
「うん、いい感じ!談合坂で投稿したものは……いいねが150件ついてる。」
「150件!?」
いやいや、スタートとしては順調過ぎるだろ!
何をどうしたらそんないいねを貰えるのだろう。
「……母ちゃん?ちなみにアカウント名はなんてやってる?」
「え?橘遥香だけど?」
「それだぁぁぁぁぁ!」
母ちゃんは元々数万人のファンを持つ人気AV女優……それがブログを始めたなんてきいたらコアなファンはチェックするのも無理はないと思う。
「いや~、AVやめて歳をとっても人は私のことを好きで居てくれるんだね!ありがたい。」
「そのメンタルあれば何でもできそうな気がする。」
普通はAV女優やってたなんて黒歴史化する人がいる中、母ちゃんは敢えて強みに変えているのだ。
あまりにも覚悟が決まりすぎたその姿勢に脱帽せざるを得ない。
「ねね!そんなことより見てよあれ!」
母ちゃんは窓の方に指を指す。
俺はその先を見ると漆黒の暗闇の中月明かりで照らされた子抱き富士と精進湖があった。
今日は満月なので湖の形まではっきりと見えている。
「すげー綺麗だな。」
「ね!これをみながら飲む日本酒は最高よ!山梨って水が綺麗なのか透明感があって柔らかい味わいしてる。」
「ごめん、未成年なので分からない。」
「なによ~!いつかちゃんと飲みに行きましょ、それも母ちゃんの夢なんだから!」
はいはい、と適当に相槌を打つ。
やはり親としては子どもと飲むのは嬉しいものなのだろうか。
「んじゃあ、疲れたしそろそろ寝るか。」
「……ねえ、直輝?たまには一緒に寝ない?」
「やだ。」
「いや、反応早すぎでしょ。」
相手は高校生だぞ?
それに子供としては最も反抗期に近い年頃なので少し距離感が近すぎじゃないかとツッコミをいれたくなる。
「……まあ、たまにはいいか。」
「ありがとう~!」
そして、ダブルベッドで俺と母ちゃんが横になる。
高校生にもなってこんなこと……なんてぼやきたくなる。
しかし、本能なのか不思議と安心感が生まれてしまうことも感じた。
俺はその懐かしさを感じつつ、それが永遠でないことも感じてしまう。
年齢差が少ないとはいえ、俺もあと数年したら母ちゃんの元を離れてしまう。
そして、人並みに仕事して人並みに家庭を持って、気がついたら母ちゃんは弱って……いつかは亡くなってしまうかもしれない。
高校生が見るには随分先を見すぎているのかもしれ無いけど、この感覚も二度と来ないかもしれないのだ。
俺は母ちゃんに背を向けながら声をかける。
「なあ、母ちゃん……いつか俺たち離れ離れになるかもしれない。家族ってそんなもんだよな。そうなったら……母ちゃんはどうするんだ?1人はキツイだろ、再婚とかするのか?」
随分ズバズバ言ってしまった。
旅行なのに不安にさせてどうするんだと自分の軽率さを憎んでしまう。
すると、母ちゃんは俺の方向を向いてこう語った。
「再婚なんか、しないわよ。
そうなったら直輝としての家族の形は歪んでしまうじゃない。それにひとりじゃないわ、直輝が一人前の大人になって、たまにその子どもが遊びに来て……おばーちゃん!って言われながら唐揚げを作ってあげる。それってめっちゃ幸せじゃない?」
確かに、その風景は幸せそのものである。
想像するだけでもいい夢が見られそうだ。
「私ね、お父さんや家族みんなが死んじゃった時……死のうと思ったの。直輝を身ごもっていたのにね。」
「そうなの?」
「そうよ。」
その言葉にゾッとしてしまう。
もし、母ちゃんが自害の選択をしたらこの日常も無いわけだ。運命とは……ある意味ほんの少しの違いで大きく変わってしまう。この日常も母ちゃんが生み出した奇跡なのだ。
「なんで、生きようと思ったの?俺だったら死を選ぶかも。」
「簡単よ、辛いことがあったからこそ生きてみたいと思ったの。」
まだ、俺には理解の出来ない回答だった。
「死のうと、学校の屋上にたった時に色んなものを見たんだ。青く澄んだ空……そして浜辺が白く煌めく海辺、緑と調和した街並み。死ぬ瞬間にこんなに世界は残酷で美しいのかと思ったら……生きてみたくなっちゃった。この子どもにも美しい世界を見せたくなったの。」
俺は……言葉が出なかった。
決して簡単な決断ではなかったと思う。
その先にAV女優になるなんて決断があるわけだし、死ぬほうが楽な選択だったかも知れない。
でも、母ちゃんは敢えて辛い道を選んだんだ。
その先の幸せを見て。
やはり……俺はまだ母ちゃんに叶わなかった。
「なあ、母ちゃん……今日は、くっついて寝ていいか?」
「なあに~?甘えたいの?このマザコン~。」
「うっせぇ!だまってろ!」
「はいはい。」
母ちゃんの少し高めの体温が体に感じる。
どこかそこは安心感があって、懐かしささえ感じた。
それは、幼少の頃に母ちゃんに強く愛されていた証拠だろう。
俺は少しずつ……頭の働きが鈍くなって……意識が……朦朧としてきた。
「おやすみ、直輝。」
そう語りかける母ちゃんの声が聞こえる頃には俺は深い眠りについていた。
最後の母の体温に安心し身を委ねるように。
ガラス張りの窓は闇夜に紛れ、まるで黒い壁のようだった。
そこに、温泉に入る俺の姿が映し出される。
自分の顔ってとても不思議だ。
他の人はただの他人だと認識するのに、自分を見ると複雑な気持ちが湧いてくる。
俺の顔は、痩せ型で以前よりもクマが減っている。
目鼻はくっきりしていて、昔見た自分の顔よりも余裕があるような顔だった。
そうか、顔って人柄を移す鏡のようなんだ。
きっと、変わろうと努力すると人は顔立ちが変わるのかもしれない。
まあ、それはさておき……とにかく温泉が気持ちが良かった。
お風呂だと湯冷めが早いのだけれど、温泉だと芯から温まるような感覚があって心地いい。
「たまに1人で温泉行くのもいいのかもしれないな。」
そういって、俺は温泉を後にした。
「戻ったよ~。」
「あら、早かったのね!」
「母ちゃんは風呂戻るの早くないか?もっと味わってもいいんだぞ?」
「実は母ちゃんのぼせるのが早くてね。」
「そうかい。」
母ちゃんは小さいおちょこに日本酒とイカそうめんなどを片手にブログを書いていた。
「どう?ブログの方は。」
「うん、いい感じ!談合坂で投稿したものは……いいねが150件ついてる。」
「150件!?」
いやいや、スタートとしては順調過ぎるだろ!
何をどうしたらそんないいねを貰えるのだろう。
「……母ちゃん?ちなみにアカウント名はなんてやってる?」
「え?橘遥香だけど?」
「それだぁぁぁぁぁ!」
母ちゃんは元々数万人のファンを持つ人気AV女優……それがブログを始めたなんてきいたらコアなファンはチェックするのも無理はないと思う。
「いや~、AVやめて歳をとっても人は私のことを好きで居てくれるんだね!ありがたい。」
「そのメンタルあれば何でもできそうな気がする。」
普通はAV女優やってたなんて黒歴史化する人がいる中、母ちゃんは敢えて強みに変えているのだ。
あまりにも覚悟が決まりすぎたその姿勢に脱帽せざるを得ない。
「ねね!そんなことより見てよあれ!」
母ちゃんは窓の方に指を指す。
俺はその先を見ると漆黒の暗闇の中月明かりで照らされた子抱き富士と精進湖があった。
今日は満月なので湖の形まではっきりと見えている。
「すげー綺麗だな。」
「ね!これをみながら飲む日本酒は最高よ!山梨って水が綺麗なのか透明感があって柔らかい味わいしてる。」
「ごめん、未成年なので分からない。」
「なによ~!いつかちゃんと飲みに行きましょ、それも母ちゃんの夢なんだから!」
はいはい、と適当に相槌を打つ。
やはり親としては子どもと飲むのは嬉しいものなのだろうか。
「んじゃあ、疲れたしそろそろ寝るか。」
「……ねえ、直輝?たまには一緒に寝ない?」
「やだ。」
「いや、反応早すぎでしょ。」
相手は高校生だぞ?
それに子供としては最も反抗期に近い年頃なので少し距離感が近すぎじゃないかとツッコミをいれたくなる。
「……まあ、たまにはいいか。」
「ありがとう~!」
そして、ダブルベッドで俺と母ちゃんが横になる。
高校生にもなってこんなこと……なんてぼやきたくなる。
しかし、本能なのか不思議と安心感が生まれてしまうことも感じた。
俺はその懐かしさを感じつつ、それが永遠でないことも感じてしまう。
年齢差が少ないとはいえ、俺もあと数年したら母ちゃんの元を離れてしまう。
そして、人並みに仕事して人並みに家庭を持って、気がついたら母ちゃんは弱って……いつかは亡くなってしまうかもしれない。
高校生が見るには随分先を見すぎているのかもしれ無いけど、この感覚も二度と来ないかもしれないのだ。
俺は母ちゃんに背を向けながら声をかける。
「なあ、母ちゃん……いつか俺たち離れ離れになるかもしれない。家族ってそんなもんだよな。そうなったら……母ちゃんはどうするんだ?1人はキツイだろ、再婚とかするのか?」
随分ズバズバ言ってしまった。
旅行なのに不安にさせてどうするんだと自分の軽率さを憎んでしまう。
すると、母ちゃんは俺の方向を向いてこう語った。
「再婚なんか、しないわよ。
そうなったら直輝としての家族の形は歪んでしまうじゃない。それにひとりじゃないわ、直輝が一人前の大人になって、たまにその子どもが遊びに来て……おばーちゃん!って言われながら唐揚げを作ってあげる。それってめっちゃ幸せじゃない?」
確かに、その風景は幸せそのものである。
想像するだけでもいい夢が見られそうだ。
「私ね、お父さんや家族みんなが死んじゃった時……死のうと思ったの。直輝を身ごもっていたのにね。」
「そうなの?」
「そうよ。」
その言葉にゾッとしてしまう。
もし、母ちゃんが自害の選択をしたらこの日常も無いわけだ。運命とは……ある意味ほんの少しの違いで大きく変わってしまう。この日常も母ちゃんが生み出した奇跡なのだ。
「なんで、生きようと思ったの?俺だったら死を選ぶかも。」
「簡単よ、辛いことがあったからこそ生きてみたいと思ったの。」
まだ、俺には理解の出来ない回答だった。
「死のうと、学校の屋上にたった時に色んなものを見たんだ。青く澄んだ空……そして浜辺が白く煌めく海辺、緑と調和した街並み。死ぬ瞬間にこんなに世界は残酷で美しいのかと思ったら……生きてみたくなっちゃった。この子どもにも美しい世界を見せたくなったの。」
俺は……言葉が出なかった。
決して簡単な決断ではなかったと思う。
その先にAV女優になるなんて決断があるわけだし、死ぬほうが楽な選択だったかも知れない。
でも、母ちゃんは敢えて辛い道を選んだんだ。
その先の幸せを見て。
やはり……俺はまだ母ちゃんに叶わなかった。
「なあ、母ちゃん……今日は、くっついて寝ていいか?」
「なあに~?甘えたいの?このマザコン~。」
「うっせぇ!だまってろ!」
「はいはい。」
母ちゃんの少し高めの体温が体に感じる。
どこかそこは安心感があって、懐かしささえ感じた。
それは、幼少の頃に母ちゃんに強く愛されていた証拠だろう。
俺は少しずつ……頭の働きが鈍くなって……意識が……朦朧としてきた。
「おやすみ、直輝。」
そう語りかける母ちゃんの声が聞こえる頃には俺は深い眠りについていた。
最後の母の体温に安心し身を委ねるように。
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