美形令息の犬はご主人様を救いたい

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ソバキン家にて

守りたいのです(上) sideヴェルナ

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 シエノークにいさまが来てから、ヴェルナの毎日は、とっても楽しくなりました!
 一人でお夕飯を食べなくてよくなって、なにより、退屈なときにシエノークにいさまのお部屋に行ったら、いつでもお話してくれるのです!

「それでね、内緒ですよ?ヴェルナ、こっそり厨房に入ってみたのです。そしたら、りんごがこーんなにあって!」
「そんなにたくさん……。使用人さんも、みんなお腹いっぱいになれそうですね」
「そうなんです!そのくらいあったのです!ヴェルナ、見てるだけでお腹いっぱいになりました!」

 いつもヴェルナばっかりお話ししちゃうけど、シエノークにいさまはにこにこしながらずっとずっと聞いてくれました。
 ヴェルナはお話がへたっぴだから、大人の人にお話しすると、よく聞き返されます。そうして、伝わらなかったって、悲しくなります。でも、シエノークにいさまは、ヴェルナの心が読めるのかなって思うくらいヴェルナが言うこと全部わかってくれて、聞き返したり、うんざりした顔をしたりしませんでした。

 まだあんまり動けないシエノークにいさまに、もっともっと楽しい話をしようって思うから、楽しいことを探すようになって、ヴェルナの毎日はどんどん楽しくなっていきました。
 シエノークにいさまが来てから明るくなったって、おとうさまにもおかあさまにも、使用人さんにも言われました。

 シエノークにいさまはすごいのです。国立学園で習う内容を、もういっぱい知ってるって、先生が言っていました。シエノークにいさまは、きっと優秀な領主になるって。
 ヴェルナも将来、ソバキン領の領主になるから……、優秀なシエノークにいさまと一緒にお仕事するために、ヴェルナもいっぱい頑張ろうって思いました。
 それで、今までよりお勉強を頑張るようになって、そうしたら、お勉強ってとっても楽しいんだってことにも気が付きました。

 それもこれも、シエノークにいさまが来てくれたおかげです。



 どうしましょう。ヴェルナ、シエノークにいさまのこと大好きです!



 おとうさまに、イヴァンさまが来るって言われたとき、前の夏のことを思い出して、……大好きなシエノークにいさまが、イヴァンさまに怒られて怖い思いをしたら嫌だなって思いました。
 だから、ヴェルナが守りますってシエノークにいさまに言ったら、イヴァンさまに何かされたのか聞かれました。
 ヴェルナは、前の夏のことをシエノークにいさまにお話ししました。

 その後、なんだかシエノークにいさまの様子がおかしくなって、ぼんやりとしながら、僕は『兄』だから謝罪させなきゃって、言っていました。
 なんだか嫌な感じがしたけど、シエノークにいさまの言ってることも間違ってる感じがしなくて、だからなにも言えなくて、もやもやしたまま話が終わってしまいました。

 ヴェルナは、なにが嫌だったんでしょう?



 イヴァンさまがやってきて、シエノークにいさまがイヴァンさまとお話しして、そうしたら、イヴァンさまは本当に謝ってくれました。
 怒ってたとか、ヴェルナが嫌いだったとか、そういうわけじゃないって言ってくれました。
 ヴェルナ、イヴァンさまのこと勘違いしてたんだって恥ずかしくなりましたが、イヴァンさまが『ヴェルナ嬢なら離れに来てもいい』って言ってくださって、恥ずかしい気持ちも吹き飛びました。

 それなら、シエノークにいさまも連れて行っていいでしょうか!?
 シエノークにいさまとイヴァンさまのところに遊びに行けたら、それは、きっとすごく楽しいです!

 その後すぐ、シエノークにいさまがイヴァンさまに最後の挨拶をしてしまったから、イヴァンさまが行ってしまいそうになって、ヴェルナは慌ててシエノークにいさまも離れに行っていいか尋ねながら、シエノークにいさまの腕を引いて、

 ……シエノークにいさまが痛そうな声を出しました。



 シエノークにいさまの声を聞いたイヴァンさまが、着替えさせてやってくれって言いました。傷跡が擦れてるって。

 ヴェルナが、
 ヴェルナが引っ張ったから、痛くなった?

「シエノークにいさま、ヴェルナが引っ張ったの、痛かったですか……?」

 聞かなくたってわかっていたのに、ヴェルナはシエノークにいさまにそう尋ねていました。

「いえ、大丈夫ですよ。このくらい慣れっこです」

 そう言って、何事もなかったかのように、いつも通りに笑うシエノークにいさまは、痛くなかったとは言いませんでした。

 痛かったのです。
 声が出てしまうくらい痛かったのです。
 ヴェルナが大好きなシエノークにいさまに痛い思いをさせたのです。
 この家に来たとき、あんなに弱って、今にも消えてしまいそうだったシエノークにいさまに。
 
 ヴェルナが、シエノークにいさまを傷つけたのです。

 守りたかったのに。

 涙が我慢できなくて、泣きながら謝って、シエノークにいさまを困らせてしまいました。

 その後、皆でシエノークにいさまの傷跡を確認して……、もっと悲しい気持ちになりましたが、すぐにイヴァンさまが『治療でましになる』って言ってくださって、少しだけほっとしました。

「ヴェルナ嬢、そんなに泣くとみんな悲しいぜ。……触ったら痛む傷は、この辺の盛り上がった傷だ。今度から、このあたりには触らないことと、急に手を引っ張らないってことに気をつける。これでおしまい。な?」

 そう言って、ヴェルナを泣き止ませようとしてくれるイヴァンさま。
 ヴェルナは、素直に「……、は、い……。気をつける、です」と頷きました。



「……ヴェルナ様、申し訳ありません……」

 傷の確認が終わって、シエノークにいさまが部屋着を着てから、シエノークにいさまがそう言いました。

「……え?」
「悲しい思いをさせて、泣かせてしまいました」
「えっ、シエノークにいさまは悪くないです!」

 悪いのは、ヴェルナなのです。シエノークにいさまに痛い思いをさせて、勝手に泣いたヴェルナが悪いのです。

「……。……そう、でしょうか。……僕は、『兄』らしいことも、なにも言えなくて……。……これじゃ、イヴァン様の方が『兄』ですね」

 そう言って、悲しそうに微笑むシエノークにいさま。
 ヴェルナの息が詰まりました。



 シエノークにいさまは、そんなにヴェルナの『兄』でいたいのでしょうか。

 ……ヴェルナの頭に、シエノークにいさまと会った日のことが浮かびました。

 きっと違います。シエノークにいさまは、『兄でいたい』のではなくて、『兄でいなきゃ』と思っているのです。
 シエノークにいさまは、ヴェルナが、にいさまになってくださいって言ったから、きっと、それからずっと、兄でいなきゃって思っていたのです。シエノークにいさまは優しいから、ヴェルナに言われたことを守ろうってしてくれていたのです。

 シエノークにいさまが『兄だから謝罪させなきゃ』って言ったとき、嫌な気持ちになった理由がわかりました。

 シエノークにいさまが、『兄』として頑張らなきゃって、『そうじゃなきゃだめだ』って思っていそうだったのが、嫌だったのです。
 だって、兄じゃなくてよかったのです。きょうだいじゃなくてよかったのです。話を聞いてくれればそれでよかったのです。ヴェルナと一緒にいてくれればそれでよかったのです。
 そのことを教えてくれたのは、誰でもない、シエノークにいさまです。シエノークにいさまが一緒にいてくれたから、ヴェルナは、ヴェルナが本当にほしかったものに気づけたのです。
 イヴァンさまはたしかに『兄』みたいですが、イヴァンさまがいたらシエノークにいさまはいらないなんて、思いません。
 ヴェルナが大好きなのは、大好きになったのは、『兄』じゃなくて、『シエノークにいさま』だから。

「……ヴェルナは、『シエノークにいさま』が好きです!」

 ヴェルナは、お話がへたっぴです。
 それでも、伝えました。
 いつだってヴェルナの言いたいことをわかってくれたシエノークにいさまなら、きっとわかってくれると思ったから。

「イヴァンさまのほうが『兄』らしいとか、ヴェルナ、わかんないです。ヴェルナ、なにが『兄』らしいのか、知らないです。でも、もしも、イヴァンさまの方が兄らしくっても、ヴェルナは『兄』じゃなくて『シエノークにいさま』がいいから、いいのです。『兄』らしくなくって、いいんです!ヴェルナは、『シエノークにいさま』のことが、大好きだから!」

 だから、悲しいお顔しないでください。そう言って、両手でシエノークにいさまのほっぺたを包みました。

 そうしたら、シエノークにいさまの目がまんまるになって、それから、美しいお顔で笑って、「ありがとうございます」って言ってくれました。
 その笑顔は、心からの笑顔に見えました。

 やっぱり、わかってくれました。



 ******



 イヴァンさまに、傷跡を治療した後なら、シエノークにいさまも離れに行っていいって言ってもらえて、ヴェルナの楽しみが増えました。
 早くお医者様が見つかって、元気になってくれたらいいなって思いました。

 イヴァンさまが来た次の日、シエノークにいさまと離れに行くのが楽しみで、いてもたってもいられなくなって……、ヴェルナだけで離れに行ってみることにしました。
 シエノークにいさまが行っても危なくないか、ヴェルナが『ていさつ』するのです!
 ……イヴァンさまがいるところが危ないはずないから、本当は、ヴェルナが行きたくなっただけだけど……。

 その日は雪が降っていたから、寒くないように服をたくさん着て準備しました。
 準備を終えて、出発!しようと扉を開けて、
 ……こんな言葉が聞こえてきました。

「外道だな、ヴォルコ伯爵は」

 げどう。
 ヴェルナは、その意味を知らなかったけど、なんだかすごく酷い悪口な気がして、固まってしまいました。
 ヴォルコ伯爵って、シエノークにいさまのことです。シエノークにいさまが、悪く言われているの?
 でも、その人たちは、ヴェルナもよく知る、ソバキン家の使用人さんでした。シエノークにいさまはいい子だねって、たくさん言ってくれた人たちでした。だから、そんなわけないってすぐに思いました。
 使用人さんたちは、ヴェルナがいるのに気づかずに話し続けます。

「本当ですよ。シエノーク様が本当に可哀想で……。火傷痕も切り傷も、鞭の痕も酷くてね。せめて体重は増えてきているようでよかったですが、……子供を皆してあんな姿にさせるなんて、ヴォルコ家は何かに取り憑かれていたのでしょうかね……」
「少なくとも、ヴォルコ伯爵、……元伯爵か。元伯爵は、どこかおかしかったんでしょうねぇ」
「そうですね。実の息子を死にかけるまで虐待する精神なんて、まるで理解できませんよ」
「……あぁ、そういえば王都でも……」

 聞いているうちに、悪く言われてるのは、シエノークにいさまじゃなくて、シエノークにいさまのお父様だってわかりました。

 ……シエノークにいさまは、『かわいそう』なの?
 ……シエノークにいさまのお父様は、『おかしかった』の?

 この優しい使用人さんたちが言うなら、それは、きっとそうなんだと思いました。
 でも、でも、そんなこと言わないでくださいとも思いました。
 だって、もしもヴェルナが、ヴェルナのことや、イサクお父様のことそんな風に言われたら、……すごく、悲しいです。

 ……目の前を、黒い影が通り過ぎました。
 すごい勢いで走るその影は、……泣きそうな顔をした、シエノークにいさまでした。

「……シエノークにいさま!?」

 シエノークにいさまは、ヴェルナの呼びかけに振り返ることもなく、走って行ってしまいました。
 聞こえていなかったのでしょうか。
 追いかけようとして、
 ……もしも追いついても、ヴェルナは今のシエノークにいさまに何を言っていいかわからないって思いました。
 もしかしたら、もっと悲しませるようなことを言ってしまうかもしれません。

 途方に暮れて、使用人さんの方を振り返りました。
 使用人さんたちは、ヴェルナがシエノークにいさまの名前を呼んだことで、ようやくヴェルナとシエノークにいさまがいたことに気が付いたみたいで、驚いた顔をしていました。
 使用人さんたちは、シエノークにいさまが泣きそうな顔をしていたのに、気づいたでしょうか。
 ……いいえ、きっと、気づかなかったのでしょう。

 なら、言わなきゃ。
 見ていたヴェルナが、言わなきゃ。

「シエノークにいさま、泣きそうな顔してました」

 ヴェルナの言葉に、二人はもっと驚いた顔をして、それから気まずそうに床を見ました。

「……シエノークにいさまが、ここに来る前どんなふうに過ごしてたのか、ヴェルナ、聞いてないからわからないです。でも、でも、もしも、ヴェルナが、ヴェルナのことかわいそうって言われたら、イサクおとうさまはおかしいって言われたら、すごく悲しいから、だから、シエノークにいさまも、悲しかったんだと思うです」

 シエノークにいさまの気持ちを考えながら話していたら、ぽろぽろ、涙がこぼれていました。

 ……ヴェルナの言葉で、伝わるかわからなかったけど、でも、でも、これも、伝えなきゃ。

「シエノークにいさま、とっても静かで、いても、いるってわからないときあるです。だから、ソバキン家でお話しするときは、どこで話してても、シエノークにいさまはいないって思ってても、シエノークにいさまが聞いてるかもしれないです」

 これは、シエノークにいさまと一ヶ月過ごして、気が付いたことでした。
 シエノークにいさまは、きっと誰にも気づかれないで、お話を聞くことができてしまうのだと思います。
 だから、だから、

「おねがい、です。シエノークにいさまがいるこのおうちで、シエノークにいさまが悲しくなること言うの、やめて、ください……」

 この家で、シエノークにいさまの家族を悪く言わないで。

 使用人さんたちは、慌ててヴェルナに駆け寄って、背中をさすりながら、「ごめんなさい」「気を付けます」と言ってくださいました。
 ヴェルナのお願いは、なんとか伝わったみたいです。

 でも、もう、『ていさつ』する気にもなれなくて、その日はおうちの中で過ごしました。
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