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初等部
初恋 sideルスラン
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俺がしばらく抱きしめながら背中をさすっていると、シエノークはだんだんと落ち着いてきたようで、俺の服を汚したことを謝罪しながら離れた。
非常に名残惜しかったが、仕方ない。俺は気を取り直して、シエノークと俺を無言で見守っていた男に視線を移し、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「……誰?」
この男誰?
シエノークの何?
しれっと『シエノークが正直に言って、そこの坊ちゃんが怒ったとしても、俺が守るから』とか言ってたの忘れてないしずっとムカついている。
シエノークを安心させて正直な気持ちを聞くために言ったのはわかっているが、それでもムカつく。だって俺が悪者でコイツがヒーローみたいな言い方だったじゃん。ムカつく。
俺が話してる間ずっと後ろで大人しく見守ってたのも余裕を感じてなんか嫌だった。
理不尽な嫉妬であることはわかっているがそれでも腹が立つものは腹が立つ。
理由があってシエノークの父親からシエノークを助けられなかったシエノークの兄とかならギリギリ許せるからそれなら早く教えてほしい。雰囲気が似てるからそうであると信じたい。
他人だったら俺の部屋の枕が無事じゃないかもしれない。
しかし男は、男を紹介しようとするシエノークを遮り、よくわからないことをごちゃごちゃ言って名乗ろうとしなかった。
マジでなんなんだよ!!誰だよ!!と思っていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あの~……っ、お口、挟みま~す……」
振り返ると、そこにいたのはキィだった。後ろにはミャフもいる。
「は……っ!?お前らなんで出てきて……っ!?」
「いやー。のっぴきならない事情がありましてー」
「坊ちゃんの護衛、やらせてもらってます……!ミャフ&キィです……っ!こっちがミャフで、私がキィ……」
こいつらは基本、他人の前では姿を現わさない。人目を避け、隠れた状態での行動を得意としているからだ。
それなのに出てきたということは、よっぽどの事情があるのだろうが……、だとしたら本当にこの男はなんなんだ?シエノークの隣にいて大丈夫なやつなのか?
「坊ちゃんが自己紹介しないのにはボクもキィも賛成してますー」
ミャフがそう言うので、思わず「そうなのか……?」と呟いた。護衛としての実力がある上に国の裏側にも精通しているミャフとキィが自己紹介するなと言うのだから、きっとそうした方がいいのだろう。しかし何故……?
「はい……っ!坊ちゃんの貴重な貴重な……、……うーん……、……学園内で会話できる子……?であるその子のことは我々も大切にしたいのです……っ!」
「えっ?こいつ他に会話できるやついないの?」
「こいつとか言うな失礼だろ」
いけない、つい噛みついてしまった。
「その子の心のケアができるのは今の所そこの人と坊ちゃんくらいみたいですから、グレーゾーンを攻めてでもそこの人と坊ちゃんがお互いに避けなくていい状態でいたほうがいいかなって、我々も思います……っ!」
「そもそも仲のいい二人がお互いを避けてて絶対に同時に二人と話せない状況自体がストレスですよねー」
「それで、ここからが本題なんですけど……っ!教会と政府だと、いまだに教会の方が立場が上なのって……みなさんご存知ですよね……?」
ここまで何の話か全然わかっていなかったが、次のミャフの発言で、ようやく気付いた。
「教会の方が立場が上なのでー。例えば王家の人間がテオスの家の子を騙して名乗らずに接触したりしてー、そのことがバレるとー、不敬罪やらなんやらで結構な罪に問われる可能性がありますー」
「まァそうだな」
「……は?」
あっコイツもしかして王家の人間!?!?
ミャフは例え話として言ってたけど絶対そうだ!!
今までごちゃごちゃ言って頑なに自己紹介しなかったのはこいつが王家の人間で、俺がテオスの家の人間で、本来ならお互いに避けなければいけない立場だったからか。
確かに、シエノークがさっきみたいにパニックになってるときに、いちいちお見合いして譲り合っている暇はない。
言いたいことはわかった。
わかったが、
じゃあシエノークとは他人じゃねーか!!
兄じゃねぇ!!
ふざけんな!!
その後の会話についてはよくわからなかったので半分くらい聞き流した。
ただ、キィの「貴方はそもそも元平民の第三王子で、政治に関わることが許されていない立場です……っ!」という言葉には、なるほどな、と思った。
そういえば、第三王子のイヴァンは、12歳まで平民の孤児として教会で過ごして、それから王家の人間だと判明して王都に連れていかれたのだと聞いたことがある。
だからあんなに流暢な平民口調で話すのか。
教会にいたことがあり、平民の口調で話すという部分で一瞬親近感が湧きそうになったが、だとしてもやっぱムカつくなと思い直した。
三人が話している間にどこかに着地したようで、改めて「……ツェントル王国第三王子、イヴァン・アポ・ツェントルです。よろしくお願いします」と言われた。
……ええと、確かミャフとキィが自己紹介するなと言っていたから……、……偽名を使えばいいのか?
「……レフ・ゴールド、……です。シエノークの同級生の」
俺が偽名を名乗ったのを確認すると、イヴァンは手を差し出してきた。
握手するつもりだ。
死んでもしたくない。
あっでも隣にシエノークがいる。
シエノークに握手を拒否する姿は見せたくない。
カッコ悪いから。
俺は一旦死ぬことにし、心を殺してイヴァンと握手した。
イヴァンと手を離した後、俺は一番重要な質問をした。
「……イヴァンとシエノークはどういう関係なんだ?」
本当にどういう関係なんだ?
イヴァンはまず、「イヴァン様、な。ボロが出てるぜ坊ちゃん」と返してきた。
いちいちムカつくやつだ。
正しいからこそムカつく。
許せん。
「ま、友人みたいなもんだよ。……俺ァ長期休暇を息苦しい王都で過ごしたくなくてな。春季休暇中、平民のときに過ごしてたソバキン領に逃げて、ソバキン伯爵家の離れにお邪魔してたんだ。そこでソバキン家にいたシエノークに出会って、仲良くなった」
なるほど、12歳まで平民として過ごしていたなら、王都で貴族に囲まれていると息苦しいのはわかる。非常にわかる。こいつに共感するのは癪だが。
俺が入学式をサボったノリで、ソバキン領に逃げたのだろう。
シエノークがソバキン家にいた理由がわからなかったが、貴族同士なら家に遊びに行くこともあるのかもしれないと思い、俺はとりあえず「そうなのか……?」と呟いた。
ここで、シエノークが口を開いた。
「……僕がソバキン家にいたのは、お父様を亡くしたからです」
息を呑む。
シエノークの父……、……おそらくは、シエノークに傷をつけた張本人。
……もう、いないのか。
シエノークは、今後父親を憎めるようになったとしても、復讐することさえもできないのかと、やるせない気持ちになった。
声を震わせ、言いながら涙を浮かべるシエノークは、……きっと、自分に酷いことをした父親が亡くなってしまったことに、心から傷ついたのだろう。
生きていても死んでいてもシエノークを傷つけ続けるシエノークの父親。怒りを通り越して、淡々と祈るような気持ちになる。
どうか、地獄に落ちていますように。
ソバキン伯爵夫妻がヴォルコ領とシエノークの面倒を見ると申し出たため、シエノークはソバキン家で過ごすことになったのだ、とシエノークは続ける。
「そこにやってきたのがイヴァン様です。イヴァン様は僕を心配して、たくさん目をかけてくださいました。勉強を教えてくださったり、……僕が今日のように取り乱したとき、落ち着かせてくださったりもしました。今ではすっかりイヴァン様のことを信頼しています」
「お?嬉しいこと言ってくれんなァ」
顔を見合わせ笑い合う、イヴァンとシエノーク。
ふーーーん。
傷心のシエノークにつけ入ったんだ。
それで俺にそんな幸せそうな光景を見せつけてるんだ。
へぇ~~~~。
なんとかして気迫だけでこいつの寿命を縮められないかなと思い殺気を飛ばしていると、イヴァンも流石に気づいたようで、「え?……あ、そういう……?」と呟いた。
「いやお前それ俺じゃなきゃ死んでるぞ?」
「……………………」
「なんか言えって……」
クソッあんまり効いてないのかよ……!!と思っていたら、シエノークが俺の服の裾を握った。
その仕草があまりにも可愛くて、殺気を飛ばしていたことも忘れて笑顔を浮かべて「どうした、シエノーク」とデロデロに甘い声を出してしまった。
「……いえ、なんだか寒い感じがして……。……少し、不安になりました。でも、もう寒くなくなったので、大丈夫です」
そう言って、俺を安心させるように、にこっと笑いかけてくれるシエノーク。可愛い。
……俺の殺気が少し伝わっていたのか……、今度から殺気を出す時は気を付けねば。
それにしても可愛い笑顔だ。小動物のようだ。俺の服をにぎにぎする様子も無垢で可愛い。守りたい。噛みつきた……、
……すぐに頭を無にした。
俺の化け物は、隙あらば出てきてしまう。
「僕、イヴァン様と、……レフ様が、お互いに避けなくてもいい状態になってくれて、嬉しいです。……あ、えっと、人の多いところで会うのは相変わらずまずいかもしれませんが……、人気のないところなら関われ……ますよね?」
「そうですねー」
「そうなります……っ」
「よかった……です。……よければ、また三人でお話ししましょう……?」
えっ。
うーん。
イヴァンとは関わりたくない。
……いやでも、イヴァンとシエノークが二人きりで話すくらいなら俺もいた方がマシなのか……?
そんな俺の逡巡は、次のシエノークの発言で吹き飛んだ。
「好きな人と好きな人には、やっぱり、仲良くしてほしいから……」
「え゜っ?」
人間が発する音じゃない謎の音を出してから、遅れてシエノークが『好き』という言葉を放った衝撃が全身を襲った。
すすすすすすすすき?
イヴァンと?俺が?
どっちがどう好きなのかで全ての話が変わってくる。
聞きたくない気持ちももちろんあったが、聞かなかったら聞かなかったで絶対後悔すると思い、「す、好きって、どういう……?」と尋ねてみた。
シエノークはきょとんとした後、俺の服をまたにぎにぎして考え込んだ。無意識だろうか。可愛い。癒される。
シエノークは、まずイヴァンについて話し始めた。
「イヴァン様のことは、信頼しています。イヴァン様は、僕の傷を癒そうとしてくれる人だと、心から信じています。そんなイヴァン様が近くにいると安心できます。だから、好きです。信頼と安心が含まれた『好き』。僕に兄がいたらこんな感じなんだろうなって思うような、そんな『好き』です」
「うんありがとうよくわかった一旦レフの方に行こう頼む本当に頼む」
イヴァンが慌てて遮る。
おっといけない。無意識に殺気が漏れていたようだ。
ちょっと先に出会ったくらいで信頼を獲得しやがってよと思ってしまった。
今回はシエノークには伝わらなかったようで、シエノークは不思議そうに首を傾げた後、次は俺に言及してくれた。
「ル、……レフ様に対しては、かっこいいな、すごいなって気持ちが強いです」
シエノークの素直な称賛が、怒りで荒んでいた俺の心に染み渡る。
「大きくて、鍛えてて……、体だけじゃなくて心も強くて、賢くて。才能に溢れているけれどそれに胡座をかかずに努力しようとする姿勢も素敵です。目標に向かって一直線に進む素直でまっすぐな心も綺麗だなって思います」
……俺のこと、そんなに見てくれていたんだ。
顔が熱くなる。
喜びのあまり爆発しそうになる。
シエノークは、決して俺の上辺だけを褒めたりはしなかった。
努力を、目標を、姿勢を褒めてくれた。
それが何よりもうれしかった。
俺の全てを肯定してもらえたような気がした。
「……尊敬と憧れの『好き』、です」
ふにゃり、と浮かべた笑顔は、図書館で見たのと同じ、大きな愛にあふれた笑顔だった。
心臓が止まる。
多分止まった。
死んだ。
……だってこの笑顔は、シエノークの『大切な人』に向けられるものだと思っていた。
俺じゃない大切な人がいることが、だんだんと妬ましくなっていた。
……それがイヴァンなんじゃないかと、焦っていた。
俺はイヴァンには絶対敵わない。あんなに冷静に対応できない。努力で得た知識で補っているけど、実のところ頭の回転もそこまで速くない。怒りっぽくてガキ臭い。
俺は、ここからどうあがいても、イヴァンには勝てないんじゃないかと、後ろ向きな気持ちになっていた。
それなのに、シエノークはこうやって、俺を愛すように笑いかけてくれている。
……少しは、期待してもいいのだろうか?
俺は顔を真っ赤にして視線を泳がせながら、「……ぇ、あ、俺、かっこいい……?」と呟いていた。シエノークに尋ねるつもりはなく、ほとんど無意識に口から出た言葉だった。
「はい!『皆』そう思ってます!」
突き落とされた。
……いや嬉しいけどね!?
嬉しいけど……!!
シエノークが俺の全てを肯定して愛を向けてくれたことには変わりないけど……!!
それあれじゃん、なんか例えば歌って踊るかっこよくて有名な男がいたとして、その男を遠くで見ながら皆で『かっこいい~すごい~』ってきゃっきゃしてるノリじゃん……!!
皆そう思ってるし僕もその皆の中の一人に過ぎませんよみたいなぁ……!!
なんか……なんか違う……!!
……壁がある……!!
ショックで顔を覆っていると、「ルっ、……レフ様!?どうしました!?」とシエノークが気にかけてくれた。
「……いや……、……」
なんか……なんだろう……シエノークって俺とこれ以上仲良くなるつもりなかったりするのかな……。……もしかして相互に絆を深める対象として見てもらえてない……?
いや、そこまで決めつけるのは早計だ。
一旦持ち帰り検討したく、俺は「帰る……」と言って、ドゥフ寮に足を向けた。
******
それからどう帰ったかもう全然覚えていない。気が付いたら寮のベッドの上で大の字になっていた。
認めよう。
俺はシエノークが好きだ。
多分恋愛的な意味でだ。
図書館で会ったときに一目惚れしてたんだと思う。
他の男と仲良さそうにしてたら嫉妬するし独り占めしたくなる。
むちゃくちゃに恋している。
でも、
「脈……ない……のかな……」
シエノークが俺を恋愛できる対象として見ている気がまるでしない。
遠くから見守れたら満足です……!みたいなオーラを感じる。
辛い。
俺は全然シエノークと至近距離でイチャイチャしたいのに。
非対称で辛い。
「ないですねー」
「皆無でしたね……っ!」
「お前らには聞いてない!!」
「理不尽ー」
「アツェ寮まで響いたらどうするんですか……っ!」
いつのまにかベッドの隣にいた護衛は本当にうるさい。うるさいが、悲しきかな、今の俺には相談できる相手がこいつらしかいない。
「……どうやったらそういう目で見てもらえると思う……?」
「すみませんー恋愛は専門外ですー」
「皆目見当もつきません……っ!」
終わった。
絶望した。
もうどうしたらいいかわからない。
俺が途方に暮れていると、ミャフが耳を疑うことを言った。
「そういうのは第三王子の方が詳しいんじゃないですかねー」
思わず「はぁ!?」と声を上げる。
「あいつに相談しろってのか!?」
「じゃあ一人で頑張れますか……っ?」
「それは……っ」
無理だ。
だって恋とか初めてでどうしたらいいかわからない。
国のために勉強と鍛錬ばっかりしてたからそういう話題にもすごく疎い。
一応、休日になったら教会に行って平民たちと話せるが、教会の人たちは聖女の甥である俺を神聖視してるから、恋愛相談をするとショックを与えてしまいそうで気が引ける。
教会の人に相談して悲しませるよりはイヴァンに相談する方がマシではある。
マシではあるが、屈辱だ。
何が悲しくて貴族代表であるところの王家の人間かつ俺の前でシエノークとべたべたするような男に相談しなきゃいけないんだ。
……だが、シエノークの様子を見るに、シエノークにとってイヴァンは兄であって、恋愛対象ではないようだ。イヴァンも、シエノークを大切に思いこそすれ、惚れている様子はなかった。一応、恋敵ではない。
だとしても、だとしてもだが、……他に相談できる相手がいないのも事実だ。
しばらく悩んだ末に、……とりあえず一人で頑張ってみて、無理そうなら相談も検討してやらないこともないかな、と思った。
非常に名残惜しかったが、仕方ない。俺は気を取り直して、シエノークと俺を無言で見守っていた男に視線を移し、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「……誰?」
この男誰?
シエノークの何?
しれっと『シエノークが正直に言って、そこの坊ちゃんが怒ったとしても、俺が守るから』とか言ってたの忘れてないしずっとムカついている。
シエノークを安心させて正直な気持ちを聞くために言ったのはわかっているが、それでもムカつく。だって俺が悪者でコイツがヒーローみたいな言い方だったじゃん。ムカつく。
俺が話してる間ずっと後ろで大人しく見守ってたのも余裕を感じてなんか嫌だった。
理不尽な嫉妬であることはわかっているがそれでも腹が立つものは腹が立つ。
理由があってシエノークの父親からシエノークを助けられなかったシエノークの兄とかならギリギリ許せるからそれなら早く教えてほしい。雰囲気が似てるからそうであると信じたい。
他人だったら俺の部屋の枕が無事じゃないかもしれない。
しかし男は、男を紹介しようとするシエノークを遮り、よくわからないことをごちゃごちゃ言って名乗ろうとしなかった。
マジでなんなんだよ!!誰だよ!!と思っていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あの~……っ、お口、挟みま~す……」
振り返ると、そこにいたのはキィだった。後ろにはミャフもいる。
「は……っ!?お前らなんで出てきて……っ!?」
「いやー。のっぴきならない事情がありましてー」
「坊ちゃんの護衛、やらせてもらってます……!ミャフ&キィです……っ!こっちがミャフで、私がキィ……」
こいつらは基本、他人の前では姿を現わさない。人目を避け、隠れた状態での行動を得意としているからだ。
それなのに出てきたということは、よっぽどの事情があるのだろうが……、だとしたら本当にこの男はなんなんだ?シエノークの隣にいて大丈夫なやつなのか?
「坊ちゃんが自己紹介しないのにはボクもキィも賛成してますー」
ミャフがそう言うので、思わず「そうなのか……?」と呟いた。護衛としての実力がある上に国の裏側にも精通しているミャフとキィが自己紹介するなと言うのだから、きっとそうした方がいいのだろう。しかし何故……?
「はい……っ!坊ちゃんの貴重な貴重な……、……うーん……、……学園内で会話できる子……?であるその子のことは我々も大切にしたいのです……っ!」
「えっ?こいつ他に会話できるやついないの?」
「こいつとか言うな失礼だろ」
いけない、つい噛みついてしまった。
「その子の心のケアができるのは今の所そこの人と坊ちゃんくらいみたいですから、グレーゾーンを攻めてでもそこの人と坊ちゃんがお互いに避けなくていい状態でいたほうがいいかなって、我々も思います……っ!」
「そもそも仲のいい二人がお互いを避けてて絶対に同時に二人と話せない状況自体がストレスですよねー」
「それで、ここからが本題なんですけど……っ!教会と政府だと、いまだに教会の方が立場が上なのって……みなさんご存知ですよね……?」
ここまで何の話か全然わかっていなかったが、次のミャフの発言で、ようやく気付いた。
「教会の方が立場が上なのでー。例えば王家の人間がテオスの家の子を騙して名乗らずに接触したりしてー、そのことがバレるとー、不敬罪やらなんやらで結構な罪に問われる可能性がありますー」
「まァそうだな」
「……は?」
あっコイツもしかして王家の人間!?!?
ミャフは例え話として言ってたけど絶対そうだ!!
今までごちゃごちゃ言って頑なに自己紹介しなかったのはこいつが王家の人間で、俺がテオスの家の人間で、本来ならお互いに避けなければいけない立場だったからか。
確かに、シエノークがさっきみたいにパニックになってるときに、いちいちお見合いして譲り合っている暇はない。
言いたいことはわかった。
わかったが、
じゃあシエノークとは他人じゃねーか!!
兄じゃねぇ!!
ふざけんな!!
その後の会話についてはよくわからなかったので半分くらい聞き流した。
ただ、キィの「貴方はそもそも元平民の第三王子で、政治に関わることが許されていない立場です……っ!」という言葉には、なるほどな、と思った。
そういえば、第三王子のイヴァンは、12歳まで平民の孤児として教会で過ごして、それから王家の人間だと判明して王都に連れていかれたのだと聞いたことがある。
だからあんなに流暢な平民口調で話すのか。
教会にいたことがあり、平民の口調で話すという部分で一瞬親近感が湧きそうになったが、だとしてもやっぱムカつくなと思い直した。
三人が話している間にどこかに着地したようで、改めて「……ツェントル王国第三王子、イヴァン・アポ・ツェントルです。よろしくお願いします」と言われた。
……ええと、確かミャフとキィが自己紹介するなと言っていたから……、……偽名を使えばいいのか?
「……レフ・ゴールド、……です。シエノークの同級生の」
俺が偽名を名乗ったのを確認すると、イヴァンは手を差し出してきた。
握手するつもりだ。
死んでもしたくない。
あっでも隣にシエノークがいる。
シエノークに握手を拒否する姿は見せたくない。
カッコ悪いから。
俺は一旦死ぬことにし、心を殺してイヴァンと握手した。
イヴァンと手を離した後、俺は一番重要な質問をした。
「……イヴァンとシエノークはどういう関係なんだ?」
本当にどういう関係なんだ?
イヴァンはまず、「イヴァン様、な。ボロが出てるぜ坊ちゃん」と返してきた。
いちいちムカつくやつだ。
正しいからこそムカつく。
許せん。
「ま、友人みたいなもんだよ。……俺ァ長期休暇を息苦しい王都で過ごしたくなくてな。春季休暇中、平民のときに過ごしてたソバキン領に逃げて、ソバキン伯爵家の離れにお邪魔してたんだ。そこでソバキン家にいたシエノークに出会って、仲良くなった」
なるほど、12歳まで平民として過ごしていたなら、王都で貴族に囲まれていると息苦しいのはわかる。非常にわかる。こいつに共感するのは癪だが。
俺が入学式をサボったノリで、ソバキン領に逃げたのだろう。
シエノークがソバキン家にいた理由がわからなかったが、貴族同士なら家に遊びに行くこともあるのかもしれないと思い、俺はとりあえず「そうなのか……?」と呟いた。
ここで、シエノークが口を開いた。
「……僕がソバキン家にいたのは、お父様を亡くしたからです」
息を呑む。
シエノークの父……、……おそらくは、シエノークに傷をつけた張本人。
……もう、いないのか。
シエノークは、今後父親を憎めるようになったとしても、復讐することさえもできないのかと、やるせない気持ちになった。
声を震わせ、言いながら涙を浮かべるシエノークは、……きっと、自分に酷いことをした父親が亡くなってしまったことに、心から傷ついたのだろう。
生きていても死んでいてもシエノークを傷つけ続けるシエノークの父親。怒りを通り越して、淡々と祈るような気持ちになる。
どうか、地獄に落ちていますように。
ソバキン伯爵夫妻がヴォルコ領とシエノークの面倒を見ると申し出たため、シエノークはソバキン家で過ごすことになったのだ、とシエノークは続ける。
「そこにやってきたのがイヴァン様です。イヴァン様は僕を心配して、たくさん目をかけてくださいました。勉強を教えてくださったり、……僕が今日のように取り乱したとき、落ち着かせてくださったりもしました。今ではすっかりイヴァン様のことを信頼しています」
「お?嬉しいこと言ってくれんなァ」
顔を見合わせ笑い合う、イヴァンとシエノーク。
ふーーーん。
傷心のシエノークにつけ入ったんだ。
それで俺にそんな幸せそうな光景を見せつけてるんだ。
へぇ~~~~。
なんとかして気迫だけでこいつの寿命を縮められないかなと思い殺気を飛ばしていると、イヴァンも流石に気づいたようで、「え?……あ、そういう……?」と呟いた。
「いやお前それ俺じゃなきゃ死んでるぞ?」
「……………………」
「なんか言えって……」
クソッあんまり効いてないのかよ……!!と思っていたら、シエノークが俺の服の裾を握った。
その仕草があまりにも可愛くて、殺気を飛ばしていたことも忘れて笑顔を浮かべて「どうした、シエノーク」とデロデロに甘い声を出してしまった。
「……いえ、なんだか寒い感じがして……。……少し、不安になりました。でも、もう寒くなくなったので、大丈夫です」
そう言って、俺を安心させるように、にこっと笑いかけてくれるシエノーク。可愛い。
……俺の殺気が少し伝わっていたのか……、今度から殺気を出す時は気を付けねば。
それにしても可愛い笑顔だ。小動物のようだ。俺の服をにぎにぎする様子も無垢で可愛い。守りたい。噛みつきた……、
……すぐに頭を無にした。
俺の化け物は、隙あらば出てきてしまう。
「僕、イヴァン様と、……レフ様が、お互いに避けなくてもいい状態になってくれて、嬉しいです。……あ、えっと、人の多いところで会うのは相変わらずまずいかもしれませんが……、人気のないところなら関われ……ますよね?」
「そうですねー」
「そうなります……っ」
「よかった……です。……よければ、また三人でお話ししましょう……?」
えっ。
うーん。
イヴァンとは関わりたくない。
……いやでも、イヴァンとシエノークが二人きりで話すくらいなら俺もいた方がマシなのか……?
そんな俺の逡巡は、次のシエノークの発言で吹き飛んだ。
「好きな人と好きな人には、やっぱり、仲良くしてほしいから……」
「え゜っ?」
人間が発する音じゃない謎の音を出してから、遅れてシエノークが『好き』という言葉を放った衝撃が全身を襲った。
すすすすすすすすき?
イヴァンと?俺が?
どっちがどう好きなのかで全ての話が変わってくる。
聞きたくない気持ちももちろんあったが、聞かなかったら聞かなかったで絶対後悔すると思い、「す、好きって、どういう……?」と尋ねてみた。
シエノークはきょとんとした後、俺の服をまたにぎにぎして考え込んだ。無意識だろうか。可愛い。癒される。
シエノークは、まずイヴァンについて話し始めた。
「イヴァン様のことは、信頼しています。イヴァン様は、僕の傷を癒そうとしてくれる人だと、心から信じています。そんなイヴァン様が近くにいると安心できます。だから、好きです。信頼と安心が含まれた『好き』。僕に兄がいたらこんな感じなんだろうなって思うような、そんな『好き』です」
「うんありがとうよくわかった一旦レフの方に行こう頼む本当に頼む」
イヴァンが慌てて遮る。
おっといけない。無意識に殺気が漏れていたようだ。
ちょっと先に出会ったくらいで信頼を獲得しやがってよと思ってしまった。
今回はシエノークには伝わらなかったようで、シエノークは不思議そうに首を傾げた後、次は俺に言及してくれた。
「ル、……レフ様に対しては、かっこいいな、すごいなって気持ちが強いです」
シエノークの素直な称賛が、怒りで荒んでいた俺の心に染み渡る。
「大きくて、鍛えてて……、体だけじゃなくて心も強くて、賢くて。才能に溢れているけれどそれに胡座をかかずに努力しようとする姿勢も素敵です。目標に向かって一直線に進む素直でまっすぐな心も綺麗だなって思います」
……俺のこと、そんなに見てくれていたんだ。
顔が熱くなる。
喜びのあまり爆発しそうになる。
シエノークは、決して俺の上辺だけを褒めたりはしなかった。
努力を、目標を、姿勢を褒めてくれた。
それが何よりもうれしかった。
俺の全てを肯定してもらえたような気がした。
「……尊敬と憧れの『好き』、です」
ふにゃり、と浮かべた笑顔は、図書館で見たのと同じ、大きな愛にあふれた笑顔だった。
心臓が止まる。
多分止まった。
死んだ。
……だってこの笑顔は、シエノークの『大切な人』に向けられるものだと思っていた。
俺じゃない大切な人がいることが、だんだんと妬ましくなっていた。
……それがイヴァンなんじゃないかと、焦っていた。
俺はイヴァンには絶対敵わない。あんなに冷静に対応できない。努力で得た知識で補っているけど、実のところ頭の回転もそこまで速くない。怒りっぽくてガキ臭い。
俺は、ここからどうあがいても、イヴァンには勝てないんじゃないかと、後ろ向きな気持ちになっていた。
それなのに、シエノークはこうやって、俺を愛すように笑いかけてくれている。
……少しは、期待してもいいのだろうか?
俺は顔を真っ赤にして視線を泳がせながら、「……ぇ、あ、俺、かっこいい……?」と呟いていた。シエノークに尋ねるつもりはなく、ほとんど無意識に口から出た言葉だった。
「はい!『皆』そう思ってます!」
突き落とされた。
……いや嬉しいけどね!?
嬉しいけど……!!
シエノークが俺の全てを肯定して愛を向けてくれたことには変わりないけど……!!
それあれじゃん、なんか例えば歌って踊るかっこよくて有名な男がいたとして、その男を遠くで見ながら皆で『かっこいい~すごい~』ってきゃっきゃしてるノリじゃん……!!
皆そう思ってるし僕もその皆の中の一人に過ぎませんよみたいなぁ……!!
なんか……なんか違う……!!
……壁がある……!!
ショックで顔を覆っていると、「ルっ、……レフ様!?どうしました!?」とシエノークが気にかけてくれた。
「……いや……、……」
なんか……なんだろう……シエノークって俺とこれ以上仲良くなるつもりなかったりするのかな……。……もしかして相互に絆を深める対象として見てもらえてない……?
いや、そこまで決めつけるのは早計だ。
一旦持ち帰り検討したく、俺は「帰る……」と言って、ドゥフ寮に足を向けた。
******
それからどう帰ったかもう全然覚えていない。気が付いたら寮のベッドの上で大の字になっていた。
認めよう。
俺はシエノークが好きだ。
多分恋愛的な意味でだ。
図書館で会ったときに一目惚れしてたんだと思う。
他の男と仲良さそうにしてたら嫉妬するし独り占めしたくなる。
むちゃくちゃに恋している。
でも、
「脈……ない……のかな……」
シエノークが俺を恋愛できる対象として見ている気がまるでしない。
遠くから見守れたら満足です……!みたいなオーラを感じる。
辛い。
俺は全然シエノークと至近距離でイチャイチャしたいのに。
非対称で辛い。
「ないですねー」
「皆無でしたね……っ!」
「お前らには聞いてない!!」
「理不尽ー」
「アツェ寮まで響いたらどうするんですか……っ!」
いつのまにかベッドの隣にいた護衛は本当にうるさい。うるさいが、悲しきかな、今の俺には相談できる相手がこいつらしかいない。
「……どうやったらそういう目で見てもらえると思う……?」
「すみませんー恋愛は専門外ですー」
「皆目見当もつきません……っ!」
終わった。
絶望した。
もうどうしたらいいかわからない。
俺が途方に暮れていると、ミャフが耳を疑うことを言った。
「そういうのは第三王子の方が詳しいんじゃないですかねー」
思わず「はぁ!?」と声を上げる。
「あいつに相談しろってのか!?」
「じゃあ一人で頑張れますか……っ?」
「それは……っ」
無理だ。
だって恋とか初めてでどうしたらいいかわからない。
国のために勉強と鍛錬ばっかりしてたからそういう話題にもすごく疎い。
一応、休日になったら教会に行って平民たちと話せるが、教会の人たちは聖女の甥である俺を神聖視してるから、恋愛相談をするとショックを与えてしまいそうで気が引ける。
教会の人に相談して悲しませるよりはイヴァンに相談する方がマシではある。
マシではあるが、屈辱だ。
何が悲しくて貴族代表であるところの王家の人間かつ俺の前でシエノークとべたべたするような男に相談しなきゃいけないんだ。
……だが、シエノークの様子を見るに、シエノークにとってイヴァンは兄であって、恋愛対象ではないようだ。イヴァンも、シエノークを大切に思いこそすれ、惚れている様子はなかった。一応、恋敵ではない。
だとしても、だとしてもだが、……他に相談できる相手がいないのも事実だ。
しばらく悩んだ末に、……とりあえず一人で頑張ってみて、無理そうなら相談も検討してやらないこともないかな、と思った。
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