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エピローグ
白紙の本の物語
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総司と葵が目を開けると、そこは元の図書室だった。
窓の外は日が暮れ、大きな三日月が出ている。
「ここは……学校の図書室?」
「ぼくたち、帰ってきたのかな……」
ぼう然とした様子で、顔を見合わせる二人。まだ夢見心地といった顔だ。
すると、カウンターの方から女の人の声が聞こえてきた。
「あら? あなたたち、まだ帰ってなかったの? もう閉室の時間は過ぎているわよ」
「神田先生!」
注意するような口調で話しかけてきたのは、学校司書の神田先生だ。
なつかしい先生の姿に、総司の気がゆるむ。おかげで口をついて、タイムトラベラー御用達の質問が飛び出してしまった。
「先生、あの、今日は何日ですか?」
「へ? 十五日よ。急にどうしたの? まさか、転寝しちゃって寝ぼけているとか?」
おかしそうに笑いながら、先生が壁にかけたカレンダーを示す。
日めくりカレンダーの日付は四月十五日。総司たちが、本の世界へ送りこまれた日のままだ。加えてカレンダーの上にある壁時計を見てみれば、針は五時十分を指していた。
「たったの三十分くらいしか経っていない……」
「どういうことなの、ソージ。わたしたち、あっちで一カ月以上過ごしていたのに……。もしかして、今までのは全部夢だったの?」
「そんなまさか! 二人とも同じ夢を見るなんて、あるわけないよ」
総司が戸惑いながらも首をふる。
二人とも、まるで狐につままれたような心地だ。
あの世界での出来事は、本当に夢だったのか。カイたちとの出会いは、ただの幻だったのか。
答えがわからず、もやもやとした思いが、総司と葵の心を満たした。
「二人とも、何かあったの?」
総司と葵のただならぬ雰囲気に気づいたのだろう。神田先生も、不思議そうな様子で二人を見ている。
と、そこで先生が総司の手元に目を向けた。
「あら? 総司君、その古そうな本は何?」
「え? ああ、ええと、この本は……」
神田先生に言われ、総司は自分がまだ白紙の本を持ったままであることに気づいた。
何気なく、手の持った本へ目を落とす総司。そして彼は、「え!」とおどろきの声を上げた。
「アオイ、見て!」
「どうしたのよ、ソージ。そんな血相を変えて」
言われた通り、葵も総司が持つ本をのぞきこむ。
次の瞬間、彼女も総司同様、おどろきで目を丸くした。
「本が……白紙じゃなくなってる!」
そう。総司の手にあったのは、あの白紙の本ではなかったのだ。表紙には綺麗な絵が描かれ、背表紙には『カイの大冒険』と箔押しのタイトルが刻まれている。
中を見てみれば、そこには無数の文字で懐かしい冒険の数々が描かれていた。
そして、本の最後のページには――。
「あはは」
最後のページを見た総司と葵が、とびっきりの笑顔になる。そこには、満面の笑みをうかべるカイとアイリスの挿絵が描かれていたのだ。
カイとアイリス、他のみんなも確かにここにいる。
仲間たちの存在を本から感じ、二人の心がじんわりと温かくなる。
すると、その時だ。本が再び光を放ち、総司と葵を包みこんだ。
* * *
光が弱まり、二人が眼を開けると、そこは真っ白な空間だった。
「ここは、一体……」
「わたしたち、また本の世界に来ちゃったの?」
辺りを見回す総司と葵。しかし、その表情に不安や恐怖はない。
ここはきっと怖いところではない。
そんな確信が二人にはあった。
すると……。
――総司君、葵さん。
二人を呼ぶ声が、白い世界に響く。それは、総司たちは本の世界に導いた、あの声だ。
しかし、今回はそれだけで終わらなかった。
なんと二人の前に、突然一人の若い女の人が現れたのだ。
ゆるい三つ編みがよく似合う、ほんわかした温かみを感じさせる女性だ。彼女は、総司と葵に笑いかけ、ペコリと頭を下げた。
――ありがとう、総司君、葵さん。カイとアイリスを助けてくれて。この本の物語を、もう一度つむいでくれて。本当に、本当にありがとう。
今まで頭の中に聞こえてきた声と同じ声で、彼女は総司と葵にお礼を言う。
総司と葵はすぐに悟った。彼女は、この物語を書いた作者さんなのだと……。
二人に助けを求めてきたのは、本に宿った作者さんの思いだったというわけだ。
そして彼女は、願いを聞き届けた二人に、感謝を伝えに来てくれたのだろう。
ただ――。
「あの、お顔を上げてください」
彼女に伝えたいことがあったのは総司たちも同じ。二人は、真っ直ぐ作者さんを見つめ、こう言った。
「ぼくたちの方こそ、ありがとうございました。あんなにも素敵な物語に出会えて、すごくうれしかったです」
「カイたちと出会えて、いっしょに冒険できて、わたしたち、すごく楽しかったです!」
先ほどの作者さんと同じように、総司たちもペコリとお辞儀をする。
二人にとって、人生の宝となるような出会いと冒険。そこへ導いてくれた彼女に、総司と葵もあふれんばかりの感謝を伝えた。
――楽しかった、か……。うふふ。そう。そう言ってもらえて、私もとてもうれしいわ。
総司と葵――最高の読者たちの感想を聞き、彼女がふわりとほほ笑む。
すると、白い光が再び総司と葵を包み始めた。
彼女との束の間の語らいが、もう終わりを迎えるのだ。
光が次第に強くなり、女の人の姿は見えなくなっていった――。
* * *
ハッとして、総司と葵が周囲を見回す。そこはもう、いつもの図書室だった。
「二人とも、どうかしたの?」
急におかしな行動を取った総司たちへ、神田先生が首を傾げながら聞く。どうやら先生には、本の光も何も見えなかったらしい。
一方、総司は「なんでもありません」といたずらっ子のような笑みで答える。
そう。それはまるで、カイのような笑顔だ。
「それよりも先生、ぼく、この本を借りたいんですけどいいですか?」
「え? ええ、もちろん」
「やった! ありがとうございます!」
本をしっかり胸に抱き、総司が神田先生に向かって頭を下げる。
そうしたら、葵が不満そうな声を上げた。
「あ、ソージだけずるい。私もその本を読みたいよ!」
「なら、いっしょに読もうよ、アオイ」
「うん! そうこなくっちゃ!」
すぐに貸し出しの手続きをして、総司と葵は図書室を飛び出していく。
そのまま校舎を出た二人は、競うように校庭を駆け抜けた。
「ソージ、はやくはやく! 急いで帰って、その本読むんだから!」
「待ってよ、アオイ。そんなに急がなくても本は逃げないよ」
前を走る葵が、家に着くまで待ちきれないといった様子で総司を呼ぶ。総司からも、言葉とは裏腹に、早く本が読みたいという思いが伝わってくる。
月明かりに照らされる街の中、二人は思い出の詰まった本を手に、満面の笑みで家路に着くのだった。
〈了〉
窓の外は日が暮れ、大きな三日月が出ている。
「ここは……学校の図書室?」
「ぼくたち、帰ってきたのかな……」
ぼう然とした様子で、顔を見合わせる二人。まだ夢見心地といった顔だ。
すると、カウンターの方から女の人の声が聞こえてきた。
「あら? あなたたち、まだ帰ってなかったの? もう閉室の時間は過ぎているわよ」
「神田先生!」
注意するような口調で話しかけてきたのは、学校司書の神田先生だ。
なつかしい先生の姿に、総司の気がゆるむ。おかげで口をついて、タイムトラベラー御用達の質問が飛び出してしまった。
「先生、あの、今日は何日ですか?」
「へ? 十五日よ。急にどうしたの? まさか、転寝しちゃって寝ぼけているとか?」
おかしそうに笑いながら、先生が壁にかけたカレンダーを示す。
日めくりカレンダーの日付は四月十五日。総司たちが、本の世界へ送りこまれた日のままだ。加えてカレンダーの上にある壁時計を見てみれば、針は五時十分を指していた。
「たったの三十分くらいしか経っていない……」
「どういうことなの、ソージ。わたしたち、あっちで一カ月以上過ごしていたのに……。もしかして、今までのは全部夢だったの?」
「そんなまさか! 二人とも同じ夢を見るなんて、あるわけないよ」
総司が戸惑いながらも首をふる。
二人とも、まるで狐につままれたような心地だ。
あの世界での出来事は、本当に夢だったのか。カイたちとの出会いは、ただの幻だったのか。
答えがわからず、もやもやとした思いが、総司と葵の心を満たした。
「二人とも、何かあったの?」
総司と葵のただならぬ雰囲気に気づいたのだろう。神田先生も、不思議そうな様子で二人を見ている。
と、そこで先生が総司の手元に目を向けた。
「あら? 総司君、その古そうな本は何?」
「え? ああ、ええと、この本は……」
神田先生に言われ、総司は自分がまだ白紙の本を持ったままであることに気づいた。
何気なく、手の持った本へ目を落とす総司。そして彼は、「え!」とおどろきの声を上げた。
「アオイ、見て!」
「どうしたのよ、ソージ。そんな血相を変えて」
言われた通り、葵も総司が持つ本をのぞきこむ。
次の瞬間、彼女も総司同様、おどろきで目を丸くした。
「本が……白紙じゃなくなってる!」
そう。総司の手にあったのは、あの白紙の本ではなかったのだ。表紙には綺麗な絵が描かれ、背表紙には『カイの大冒険』と箔押しのタイトルが刻まれている。
中を見てみれば、そこには無数の文字で懐かしい冒険の数々が描かれていた。
そして、本の最後のページには――。
「あはは」
最後のページを見た総司と葵が、とびっきりの笑顔になる。そこには、満面の笑みをうかべるカイとアイリスの挿絵が描かれていたのだ。
カイとアイリス、他のみんなも確かにここにいる。
仲間たちの存在を本から感じ、二人の心がじんわりと温かくなる。
すると、その時だ。本が再び光を放ち、総司と葵を包みこんだ。
* * *
光が弱まり、二人が眼を開けると、そこは真っ白な空間だった。
「ここは、一体……」
「わたしたち、また本の世界に来ちゃったの?」
辺りを見回す総司と葵。しかし、その表情に不安や恐怖はない。
ここはきっと怖いところではない。
そんな確信が二人にはあった。
すると……。
――総司君、葵さん。
二人を呼ぶ声が、白い世界に響く。それは、総司たちは本の世界に導いた、あの声だ。
しかし、今回はそれだけで終わらなかった。
なんと二人の前に、突然一人の若い女の人が現れたのだ。
ゆるい三つ編みがよく似合う、ほんわかした温かみを感じさせる女性だ。彼女は、総司と葵に笑いかけ、ペコリと頭を下げた。
――ありがとう、総司君、葵さん。カイとアイリスを助けてくれて。この本の物語を、もう一度つむいでくれて。本当に、本当にありがとう。
今まで頭の中に聞こえてきた声と同じ声で、彼女は総司と葵にお礼を言う。
総司と葵はすぐに悟った。彼女は、この物語を書いた作者さんなのだと……。
二人に助けを求めてきたのは、本に宿った作者さんの思いだったというわけだ。
そして彼女は、願いを聞き届けた二人に、感謝を伝えに来てくれたのだろう。
ただ――。
「あの、お顔を上げてください」
彼女に伝えたいことがあったのは総司たちも同じ。二人は、真っ直ぐ作者さんを見つめ、こう言った。
「ぼくたちの方こそ、ありがとうございました。あんなにも素敵な物語に出会えて、すごくうれしかったです」
「カイたちと出会えて、いっしょに冒険できて、わたしたち、すごく楽しかったです!」
先ほどの作者さんと同じように、総司たちもペコリとお辞儀をする。
二人にとって、人生の宝となるような出会いと冒険。そこへ導いてくれた彼女に、総司と葵もあふれんばかりの感謝を伝えた。
――楽しかった、か……。うふふ。そう。そう言ってもらえて、私もとてもうれしいわ。
総司と葵――最高の読者たちの感想を聞き、彼女がふわりとほほ笑む。
すると、白い光が再び総司と葵を包み始めた。
彼女との束の間の語らいが、もう終わりを迎えるのだ。
光が次第に強くなり、女の人の姿は見えなくなっていった――。
* * *
ハッとして、総司と葵が周囲を見回す。そこはもう、いつもの図書室だった。
「二人とも、どうかしたの?」
急におかしな行動を取った総司たちへ、神田先生が首を傾げながら聞く。どうやら先生には、本の光も何も見えなかったらしい。
一方、総司は「なんでもありません」といたずらっ子のような笑みで答える。
そう。それはまるで、カイのような笑顔だ。
「それよりも先生、ぼく、この本を借りたいんですけどいいですか?」
「え? ええ、もちろん」
「やった! ありがとうございます!」
本をしっかり胸に抱き、総司が神田先生に向かって頭を下げる。
そうしたら、葵が不満そうな声を上げた。
「あ、ソージだけずるい。私もその本を読みたいよ!」
「なら、いっしょに読もうよ、アオイ」
「うん! そうこなくっちゃ!」
すぐに貸し出しの手続きをして、総司と葵は図書室を飛び出していく。
そのまま校舎を出た二人は、競うように校庭を駆け抜けた。
「ソージ、はやくはやく! 急いで帰って、その本読むんだから!」
「待ってよ、アオイ。そんなに急がなくても本は逃げないよ」
前を走る葵が、家に着くまで待ちきれないといった様子で総司を呼ぶ。総司からも、言葉とは裏腹に、早く本が読みたいという思いが伝わってくる。
月明かりに照らされる街の中、二人は思い出の詰まった本を手に、満面の笑みで家路に着くのだった。
〈了〉
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楽しみに追いかけてます!
最近の展開あついですね。ワクワクします。
さくのくじら様
感想、ありがとうございます。
また、返信が遅くなり申し訳ありません。
そう言っていただけると、とてもうれしいです。
この先も、少しでも楽しんでいただければ幸いです。