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講義は続くよ、どこまでも

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 スーハー、スーハー……。

 一度深呼吸して、うちの極悪ロリババアに乱された精神を整える。
 ……うし!
 十分に頭も冷えたな。ついでに、流血も止まった。
 もう大丈夫だ。

「よし、わかった! んじゃ、次の工程に入るとしよう」

「「……ほっ」」

 なんか二人が、心底安心したように胸をなでおろした。
 講義の続きが、そんなに楽しみなのだろうか。
 むふふ。かわいいやつらめ。

「紙が折れたら、次は糊で紙同士をくっつけていくぞ。やり方は簡単。紙の外側の端同士を貼り合わせる。それだけだ。――こんな感じにな」

 二つ折りにした二枚の紙をくっつけてみたものをユーリとクレアに見せる。
 二枚でやると、V字型の紙同士がくっついて、アルファベットのWのような形になる。

「これを紙の数だけくり返す。どうだ、わかったか?」

「「うん!」」

 大きく頷いた二人は、早速自分たちの作業に入った。 
 二人とも思いの外器用で、なかなかきれいに紙同士を貼り合わせていく。
 そう言えば、こいつらの両親って服の仕立て屋をやっているんだっけか。
 これは二人とも、親の才能を十分に受け継いでいるということだろうな。
 将来が楽しみなこって。

「ヨシマサ、終わった!」

「わたしも!」

 しばらくすると、二人が自慢げにくっつけた紙を広げてみせた。
 ビローンと広がるVVVVVVVVVVVって感じに蛇腹状になった紙。
 よしよし。
 二人とも問題なくできているようだな。

 ちなみに、セシリアも二人の横で糊付けに挑戦していたのだが……。

「……おい、セシリアよ。なんだこれ?」

「…………。……お主の教え方が悪かったと、そういうことじゃろうな」

 ブスッとふくれっ面で、自分が作り出した異次元物質を眺めるセシリア。
 いや、俺の説明と見本を見れば、こんな三次元的でアクロバティックな代物はできねえはずなんだが……。
 二つ折りの紙をどう使ったらできるんだよ、この苦痛にのたうち回るミミズの立体図。
 人の字や絵を散々下手だなんだとけなしてたクセに、てめえも工作は落第点じゃねえか。

「わらわ、神様じゃし。こういう下々の者が行う作業は向かんのじゃ」

 何やら傲岸不遜な言い訳を垂れる、我らが不器用姫。
 まあ、こうなったらさすがにリカバリー不可能だし、放っとこう。
 俺は親の仇を見るようにミミズの立体図を見つめるセシリアを捨て置き、講義を再開した。

「OK。んじゃ、最後に表紙を貼り付けるぞ。ほれよ!」

 二人にあらかじめ作っておいた表紙を渡す。
 今回は、横長の布に厚紙二枚を並べてはりつけたものを表紙として使う。
 厚紙同士は少し間を開けて布に張り付けてあり、真ん中に隙間が空いている。
 ここが背になる部分だな。
 昨日、試しに自分で作って見て背に必要な幅を計算したから、これで本を問題なく開けるはずだ。

「いいか、二人とも。背をくっつける向きには気を付けろよ。逆向きにくっつけちまうと、全ページ白紙な上、中途半端にしか開かない本になるからな」

「バカにしないでよね、ヨシマサ。そんな間違い、しないわよ!」

 自信たっぷりのクレアが、淀みなく作業を進めていく。
 ユーリも右に同じって感じだ。
 まあ、こいつらのこれまでの作業振りからして、これくらいお茶の子さいさいだろう。
 優秀な生徒を持って、俺もうれしいよ。

 ――と思ったら、セシリアが俺の服の裾を引っぱってきた。 

「ヨシマサよ、何かすごいことになったのじゃが……」

「…………。なあ、セシリアよ。お前は一体何がしたかったんだ」

 どういうマジックを使ったのか、表紙を使ったことでミミズが蝶に化けていた。
 今にも動き出しそうなほどの迫力だな、このオブジェ。正直、迫力あり過ぎて逆にキモイ。
 こんなもん生み出すとは、こいつはこいつで、ある意味大物かもしれん。
 紙一重で単なるバカの可能性も高いが……。

 まあいいや。
 このオブジェからは、なんか脳がやられそうな禍々しさを感じるし、見なかったことにしよう。

「「できた!!」」

 そうこうしている内に、二人とも作業を終えたようだ。
 完成した本をパラパラめくって、ユーリとクレアは感動とうれしさがないまぜになったような表情をしている。

「どうだ、二人とも。初めて自分の本を手にした気分は?」

「もう最高!?」

 本を抱きしめ、クレアがその場でくるくると回る。
 ユーリも、満足そうな様子で本をいろんな角度から見つめていた。
 どうやら二人とも、自分で作った本に満足したようだな。
 よかった、よかった。

「ありがとう、ヨシマサ! この本、わたしの宝物にするね!」

「ぼくも大切にする。我がままに付き合ってくれて、ありがとう」

「どういたしまして。まあ、俺も久しぶりに楽しかったよ」

 俺がそう言って微笑むと、二人はもう一度「ありがとう!」と言って、万桜号から飛び出していった。親に見せて自慢するんだとさ。
 やれやれ、子供は本当にせわしないね。

 ともあれ俺も二人の後を追うように、万桜号の外へ出る。
 外は日が完全に上り、すっかり夏真っ盛りの陽気になっていた。

 照りつける太陽の下、凝った肩をバキバキ鳴らしながら伸びをする。
 ああ、仕事の後のほどよい疲れ。何とも心地よい。
 良い仕事をした後は、実に気分がいいものだ。
 
 ――と、思っていたんだけどな。

 まさか直後に、あんな形でもう一頑張りすることになるなんて……。
 この時の俺は、そんな未来を知る由もなかったのだった。
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