嫌われ魔女の狂愛毒林檎

三浦みそ汁

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第三章

魔女さんが最新の情報をアップしました。共有しますか?

 
 三か月後――――

 薄暗い石畳みの通路にコツコツと靴音が響く。
 しかも長い影が、道の真ん中で揺らめいて不気味だ。
 もしかしたら幽霊かもしれない。
 コツコツ――
 コツコツ――コツ……
 靴音と影は、ある鉄格子の前でピタリと止まった。
「お久しぶりです」
「ああっ……大魔術師様! すみません今、灯りを点けますね」
 暗かった空間に魔法の光が灯り、明るさに満ちる。
 照らされたのは幽霊……ではなく、レグルスと柵を隔てて粗末な椅子に座っている中年の男だった。男は栗色の髪が痛み少し頬がこけているが、穏やかな笑みを浮かべている。
「もう直ぐ、あとちょっと出所ですね」
「ええ、こうして十年以上もの間こんな所に足を運んでくれて本当に有難いです」
 此処は王都の地下牢――――
罪人が犇めいている。
この牢は独房のようだが、レグルスとこの罪人との関係は一体……。
「その……ご報告がありまして……」
「はい、なんでしょう」
「さっ、サラと入籍して結婚しました」
 緊張した面持ちでレグルスがそう告げると、男は驚いた後、鳶色の目を潤ませ涙を流す。
「嗚呼――あの子は、お嫁さんになったのですねっ」
「報告が遅れてすみません……ごたごたしていたもので」
レグルスが照れくさそうに言う。
 男は、涙を袖で拭きながら「ええ、はい。分かります。お忙しいですよね大魔術師は」と言って頷く。
「ソウジュさん……いや、お義父様に無事お伝えできて良かったです」
 この罪人がレグルスに『お義父様』と呼ばれるという事は、彼はサラの父である。名はソウジュ。元治癒魔法師だ。
 二十年前、彼は娼婦達を奉仕活動で無料治療していた。その時に、誘拐されて娼婦になったという盲目の娘、マデリンと出会い後にサラを授かった。
「あの子の母も天国で喜んでいます。あの子は母と瓜二つ。もし子供ができたら、きっと安産ですよ……でも、産後は気を付けないと」
 マデリンはサラを産んで間もなく流行病で亡くなってしまう。ソウジュは寝ずに治療し看病したが駄目だった。
「大丈夫です。産後もしっかり私が付き添います。それに、一流の産婆と医者を予約しています……二年前から。あっ、治癒魔法師としてお義父様も是非立ち会ってください」
 義理の息子はまだ娘と付き合ってもない頃から、医者を予約している。名医なので早いこと予約するに越したことはないが、何かしら順番がおかしい。
「本当ですかっ、有難うございます」
 残された生後間もない、それも『魔性』の娘を抱えて生活することは困難を極める。
 彼は弟子を育成している最中で、マデリンを身請けするのに莫大な金もかかった。金銭的に余裕がない。
 今の自分ではもう育てられない。かといって『魔性』の娘を信用して預けられる人もいない。皆がみな誘拐犯に見える。『魔性』は娼館や奴隷市で法外な値段で売れるのだ。
環境にも追い詰められた彼はある決断をする。世間から護り遠ざけ、山奥の女子修道院にサラを置いたのだ。書置きと一冊の絵本を添えて。
 サラが持っていた絵本は修道院長が買ったものではなく、父からの贈り物だった。
 修道院長は『事情を話すにはまだ早い』と悩んで、自分が買ったと嘘を吐いたのだ。
 書置きは詮索されるのが嫌だったのだろう〈必ず迎えに来ます。サラの父、ソウジュ〉としか書かれていなかった。
「まだ未来の話ですが……、子供が生まれたらぜひ抱っこもして上げでください。サラが抱っこして私が抱っこした次に」
「ええ、その時は抱かせてください。こちらこそ最初に気の早い先の話をしてすみません。はははっ。それにしても、今思い返せば不思議なものです。サラが、『魔性』なのは分かっていましたが……魔力があるのには驚きました。そのおかげで大魔術師様の所に弟子入りできたのですから。きっとあの子は、前世で徳を積んだのでしょう」
 ソウジュは環境を整えお金を工面し、サラが八歳に成る前に迎えに行くはずだった。
 そして何とかサラが八歳を迎える前日、準備をして家を出た途端逮捕される。金の工面の仕方が良くなかったのだ。見知らぬうちに騙されて、彼は違法魔草の取引に巻き込まれてしまっていた。
 違法魔草の罪は重く仮釈放なしの長期刑が決まる。
 もう娘に会えない。そればかりか子供の魔力調査で魔法使いに『魔性』と分かって娼館に売られてしまったかもしれない。彼は絶望した。無気力なまま半年を過ごし食事も喉が通らず死に瀕した所、この男……レグルスが訪ねてきたのである。
 サラを引き取る際に、レグルスは修道院長から秘密裏に書置きを預かっていたのだ。
『出生に関わるので調査員にも内緒にしていましたが、もしあの子に何かあったら大変ですので』と。
 あの所々破けた日誌には、ソウジュの関わる内容が綴ってあった。
 ソウジュとの面会で『娘には出所するまで内緒にしてほしい』とお願いされたので、レグルスはこの約束を守ってまだサラには父親の事は告げていない。
 ――それにしても満期で過ごすとは律儀な男だ。私ならこんな埃臭い所、一分でもごめんだね。
 レグルスが自分の権限で刑期短縮を申し出たのに対し、ソウジュは『後ろめたい事はせず、ちゃんと償って娘に会いたい』と断ったのだ。
「そうだ、お義父様に最新情報をお見せしたい。昨日のサラです……」
 レグルスは手鏡を懐から取り出し、呪文を唱え鏡面をソウジュに見せる。
「ああっ、サラ! ははっ、絵本を読んでいるのか……。おっ、この本は!」
 鏡には、レグルスが取り上げた絵本『魔法使いと雪のお姫様』を、おやつを頬張りながら床で寝そべって読んでいるサラの姿が映し出されていた。
 この手鏡は録画機能がある。トゥクルの力だ。レグルスは日頃、鏡で自分も映していたが、十年前からサラも映していたのだ。
 こっそり今まで映して編集し、面会の度にソウジュに娘の成長を見せていた。
 サラの処女を奪ったあの営みも盗撮して記録している。彼はさっき間違えてそれを義父に見せやしないかひやひやしていた。
 危険物だが、愛の記録なので消す気はない。
 あんな事やこんな事を、娘にさせていると知れたら斬首刑ものである。
だいたい弟子に手を出した事自体許されない。 
 しかし外堀は埋めたい。
 以前、交際したいと殺される覚悟で相談したら、ソウジュに『良かったです。思いやりのある優しい方にサラは好かれて。それに長い間の面会で、いかにあの子を大魔術師様が大事にしてくれているか私は分かっていました。本当にサラは幸せ者です』とあっさり受け入れられたのだ。
 どうもこの義理の父親は目が節穴である。
「それにしても、この絵本は新品のように綺麗だ……」
「あっ、傷んでぼろぼろになっていたので」
「そうか修復魔法か、なるほどー」
「ええ、妻の宝物ですから! ちゃんと大切にしてあげたい」
 気のせいか、レグルスの声が少し上ずっている。何かやましい事があるのだろうか。
「それにしてもサラは本当にマデリンによく似ている……。絵本と言えば、私が図書館から借りてきた点字の絵本を、妻がお腹にいるサラに読み聞かせてあげたのを思い出します」
 亡き妻と娘が重なるのか、在りし日の光景をソウジュは目を閉じて思い出していた。
「心中お察しいたします……」
 その姿に沈痛な表情をしてレグルスは慰める。
 ――サラは外見こそ母似なのだろうが、中身はこの男に似ている。知らずに父親と同じ治癒魔法の道を望んだ時は驚いた……。
 治癒魔法は、優しい性格の者が多くて金を吊り上げたりしないし頻繁に無料奉仕活動もする。ソウジュもそうだ。  だが、その所為で魔法使いなのに裕福ではなかった。
 母の死と貧しさが親子を引き裂いた、悲しい親子の物語。しかし、心の中では笑いが込み上げてしょうがない。
 ――あははっ! こりゃ可笑しい。やっぱり正直者が馬鹿を見るな! まぁ、お陰様で私はサラと巡り逢えてとっても幸運! 
 レグルスにとって、亡きマデリンは恋のキューピット程度にしか思えない。
 ――お義母様に感謝の気持ちとして、墓前に好物だったと聞くレタスをお供えしよう!
 マデリンのお墓は、牢に入っているソウジュの代わりに、レグルスが管理していた。サラを掌握できる材料は、何でも狡猾に手に入れる。
「痛み入ります……」
「そうだ、もう一つ……半年後に身内だけで簡単な結婚式を済ませようと思います。その頃にはお義父様も出所なさっていると思うので、是非ご出席を」
「なんと、花嫁姿まで見られるとはっ!」
 レグルスは娘の晴れ姿をみせてやろうと、彼の出所まで式を先延ばしにしていたのだ。
「それと最後に、以前にもお聞きしましたが……どうしてもその、もう一度だけ確認したくって」
「何でしょう?」
「あの……父に成った時に子が」
「あーあれですね。心配いりません。私で実証されています」
 にこやかに微笑むソウジュに、レグルスは胸をなでおろす。どうもこれを聞きたくて彼は牢獄へ来た模様。報告はついでである。
「安心しました……。あっ、そろそろ友達を見送りにいかなくては」
「お見送りとは、ご友人はご旅行かなにかですか?」
「ええ、長期で外国へ――」
「外国へ長旅とは船で周遊ですかね。わざわざ見送って差し上げるなんて大魔術師様は友人思いだ。喜ばれますよ」
「えーほんと、大喜びと思います! さて、彼は私の事が待ち遠しいと思うので失礼しますね。ではまた――」

 おどけてそう言うと、レグルスはソウジュに手を振って去った。

    ※※※
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