怖い話集 ホラー

ハイヒール

深夜の街、薄暗い路地を一人歩く真理は、靴屋のショーウィンドウに目を奪われた。そこには、真っ赤なハイヒールが輝いていた。異様に魅力的で、まるで彼女を呼んでいるかのようだった。真理は思わず店に入り、その靴を手に取った。

「試着してみる？」店主の声に驚き、振り返ると、年老いた女性がにっこり笑っていた。真理は気がつくと、ハイヒールを履いていた。ぴったりとしたその感触は、まるで彼女の足に宿っているかのようだった。

「どう？似合ってるわよ。」店主の言葉に真理は自信を持った。しかし、帰り道、靴を履いた瞬間、異変が起こった。歩くたびに、靴が何かを引き寄せるかのように、自らの意思で進んでいくのだ。足元には誰もいないはずの影がひしめいていた。

真理は恐怖に駆られ、靴を脱ごうとしたが、まるで靴が彼女の足に根を生やしたかのように動かなかった。その夜、彼女は不安な夢にうなされた。夢の中で、赤いハイヒールは彼女を古びた舞踏会に誘っていた。そこで踊る人々の顔は、全て無表情だった。

翌日、真理は靴屋に戻り、店主に尋ねた。「この靴は…何かあるんですか？」

店主は、神秘的な微笑みを浮かべて答えた。「その靴は、特別なもの。履いた者を魅了し、忘れられない夜を与える。しかし、代償がある。」

その言葉の重みを感じながら、真理は再び恐れを抱いた。彼女は靴を脱ごうとしたが、今度は靴が彼女を拒絶した。彼女の足が、ただその靴を求めていたのだ。

その晩、真理は再び夢の中で舞踏会に参加した。今度は、彼女も無表情で、周囲の人々と同じように踊っていた。踊り続ける中で、彼女は自分の存在が薄れていくのを感じた。ハイヒールの魔力に捕らえられ、もう元の自分には戻れない。

目が覚めると、真理は街の片隅に立っていた。周囲には誰もいない。靴を見下ろすと、赤いハイヒールは真新しいままだった。しかし、彼女の心の中には、もう彼女の意志は存在しなかった。

街の噂では、真理は行方不明になったという。しかし、時折、赤いハイヒールを履いた影が薄暗い路地を歩くのを見かける者がいる。彼女の無表情な姿は、もう一度、誰かを舞踏会へ誘う準備をしているのかもしれない。