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第一章 呼び覚まされた記憶
4旅立つもの
しおりを挟む「そう言えば、その小物……売るんだろ」
ふとアリオストロが視線を暖炉の上にあるテーブルのようなものに目を向けてからそういった。
メアリーは二個目のマカロンを頬張って、咀嚼しながら「いや?」と答える。驚いたように目を見開かせたアリオストロを見てメアリーはわかっていないなと言うように肩を竦めた。
実際メアリーはあれらの小物が金銭に変換できると思っている。
だが、金銭へと返還してもその金銭がまだ流入中であるのだから、売ったとしても得た金がどのくらいの価値があるのか、それで交渉をもちかけられるのか、といった心配要素もあった。
そのため、すぐに売るつもりはない。それに……
「足がつくからね。神都ニフタに行く道中に場所を割られて襲撃なんて、間抜けなことしたくないよ」
そうそれだ。
物を売れば、それは巡る。もし、盗まれたことを知られればブルゴーニュであったら流通経路を探るだろう。それで潜伏場所やこれからの進路を知られる可能性がある。だから、今のメアリーたちにとってはこの黄金で作られた高価なものもたびの錘でしかない。それでも持っていくのは、今後のことを考えて……。
「物々交換としてジャックさん及びその関係者に対価として渡すんだよ」
あそこはこちらの意図を悟ってくれるだろう。
たとえ悪趣味だろうが、スリル好きだろうが関係ない。使えるものは使う。利用されるする関係と言ったのはあっち側なんだから、その言葉を信じて今は動くしかない。そうメアリーは考えていた。
メアリーは再び紅茶に口をつける。
鼻を擽るアールグレイの濃い香りが、鶯鳴だったときの記憶を擽った。
あれは確か学会に愛弟子を連れて行って参加した時だ。
そこでメアリーはにたようなものを出し物としてもらったことを思い出す。甘く渋く滑らかな紅茶を口の中で楽しみながらそんな想像をし、そう言えばと、ふと「ああ、その愛弟子に殺されたんだっけ」とぽたり、心の中で滲み渡るように事実を確認した。
なんで鶯鳴を殺したんだろうか。
メアリーはそのことが気になった。特に恨みだとか、憎しみだとかそう言う感情はない。あのときのメアリーはできる事を全てやり遂げていたのだから、ま、別にいいかなんてことも思っていた。ただ気になるのは動機だけ、あれほど慕っていてくれたのに、急に転身したのはなぜなのか、やはりメアリーが作り出した神に嫉妬したのか、あれを独占したいと思ったのか……その真意はわからないが、いつの日か知れればいいなとも思う。
それこそこの国にいるセウズ神というものに問うというのも面白いかもしれない。
そんなことを考えていると不意にノック音が聞こえた。
ピクリとまゆが動いた。アリオストロに目配せし「さっきのことをバラすなよ」という意味で見つめれば「何も喋るな」とアリオストロは曲解した上で頷く。
それを見送ってから、メアリーは「どうぞ」と声をかけた。
「失礼する」
入ってきたのは白地のキトンに青色のマントを着たシャルルだった。
想定外の来客に一度頭が真っ白になって固まったメアリーだが、すぐにソファーから立ち上がって軽く会釈した。
それに倣うようにアリオストロも行動すれば、満足したというようにシャルルは主賓席と呼ばれる席に座り、堂々と「座っていいぞ」といった。
それにおずおずというように着席するアリオストロとは対比的にメアリーは眉を顰めてから乱暴に腰を下ろす。
怒ったように見えるがメアリーは内心「青いな……」とこぼしているだけだった。
ブルゴーニュのあの態度を見てからこのような態度をとっているということも加味すれば、彼は立場を全く分かっていないように見える。戴冠者はいわば神の使者。それを相手に上から目線を露骨に出したのは、きっと誰よりも王に向いているというプライドからだろう。
メアリーはそれに対抗するように先に飲みかけの紅茶に手を伸ばした。
そうすれば、シャルルはわかりやすく眉間に皺を寄せたのだ。
領主の子供よりも先に紅茶に手をつけるのは領主以上の階級のみ、この世界だときっと領主か神に当たるのだろう。
それを今、メアリーが破った。破ったように見せた。事実メアリーの方が階級としては上だ。万物の頂点であるセウズ神の使者。領主なんかよりも変え難い存在である。
そしてそれはシャルルも知っていた。
だが、シャルルは疑っていたのだ。この女が本当に神の使者なのか、薄汚れた姿でやってきた彼女たちが神の使者であっていいのか。
戴冠者をそうだと判別できるのは、セウズ神のみだろう。だから偽装なんていくらでもできる。ただしそんな不敬者がいるとは思えないが、念には念をという意味で今回シャルルは独断でこの場に来たのだ。
「率直に言おう、君が戴冠者である証明をしてほしい」
鋭い視線がメアリーに向かう。
メアリーは優雅にティーソーサーにティーカップを置いて、それから冷めた目でシャルルを見た。
メアリーとシャルルの睨み合いはしばらく続いた。
アリオストロは突然始まったその戦いに、緊張から体を強張らせる。
最初に動いたのはメアリーだった。
「証明……証明と言っても、ここにジャックさんに連れてこられたでは満足できませんか?彼の話ではあなたのお父様とジャックさんが契約して、その契約の下、戴冠者をここに連れてきた。あなたの発言はジャックさんを間接的に疑うことになりますが?」
メアリーの言葉に今度は眉の一つも動かさず、すかさずシャルルは発言する。
「ジャックの件は知っている。だがあいつも騙されている可能性はなくもないだろう」
「おや、彼の審美眼を疑うと」
「そこまでは言っていない。だが、お前が詐欺師ならその可能性だってあると言っているんだ」
同じような物ではないか。
そのような言葉はこの場では合わないだろう。さて次のターンなんというか、そう思ったときまさかの人物が間に入った。
「……メアリーが戴冠者じゃないっていう証明もできないじゃないか」
それは今まで沈黙を貫いてきたアリオストロの言葉だった。
彼はこのことを自分のことだと深く感じたのだ。もしメアリーが戴冠者でないのならアリオストロも騙されているということになる。その可能性はできることなら考えたくなかった。自分の階級も知らないのにも関わらず、誰にでも生きる権利があると言ってれたこと、その言葉が何よりも変え難い宝物である。
だからこの言葉にはアリオストロの切実な想いが乗っていた。
メアリーは彼の勇気ある行動に一瞬目を瞬かせた。
それから、彼の言葉に鶯鳴であった時の「悪魔の証明」という言葉を思い出す。
胸の中で眠っていた蛇が目を覚ましたようなそんな気がした。
どうしてかわからないが、その蛇がシャルルの喉元を噛んだような幻視を得る。
「アリオストロの言う通り、私がそうでないと言う証明をあなたはできませんよね」
乗じたメアリーの言葉に、初めてシャルルは言葉が詰まったような気がした。
シャルルにはどうしてもメアリーが戴冠者でないと……負けを宣言させる必要があった。
なぜならシャルルの父、ブルゴーニュの暴走を止めたかったからだ。
「いいかシャルル、お前は領主では収まらない。必ずこの国の空の玉座に座る男になるのだ」
思い出すのは何度も父から聞いた夢想だ。
不確かな玉座に執着し、あらゆる手を使う父を見てきたシャルルにとって戴冠者とは日常を守る上で不要な存在だった。
「……暴論だ」
だからシャルルは彼らの言葉にそう口にして反抗を続けた。
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