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第二章 戴冠者を襲うもの
1ジャックの再来
しおりを挟むガキン!
泣き叫ぶような金属の音が、鼓膜を揺らして耳小骨に届いた。
アリオストロがフロンの短剣をその剣で止めたのだ。
そう理解が及んだ頃には、フロンは体勢を立て直すために一歩後ろに下がった。何が起きた。思わず息を呑みながら一部始終を見ていたメアリーの目に、金髪の少女がカクンと膝を折るのが見えた。
フロンの標的が金髪の少女であったのだ。フロンの持つ短剣は依然として金髪の少女に向けられていた。
アリオストロはそんな二人の間に割って入るような形で立っていた。その額に汗を流しつつ剣を更に構える姿を見れば、一見してそれなりの実力者に見えるものの、メアリーの目には虚勢を張っているようにしか見えなかった。
あの馬鹿何を――そう思うと同時に彼の目が若干泳いでいるのが見た。
これは何か考えがあって割り込んだわけではないのだろうな。助けを求めるように視線を向けられたメアリーは半ばやけくそで杖を持ってアリオストロの横に並び立つ。
「ここでの戦闘は感心しないね」
「全くその通りだ」
便乗するようにアリオストロがそう言うのを聞きながら、メアリーは更に詰める。
「一応、弁解は聞くが?」
「そうだ、聞こう」
もう黙ってくれないかな。
そんな思いを呑み込んでメアリーはフロンを見れば、彼女はなんてことないように「生き残った戴冠者が認めればいいんでしょう?だったらまず後ろ盾のない奴から殺していくのが楽じゃない?ねぇ?」そう言った。
確かに合理的に言えばフロンの言葉は何も間違っていない。
この場を見れば、次期王候補を連れていないのは金髪の少女のみ、後ろ盾がないと見えるだろう。だがフロンの考えは早計にも感じる。もしかしたら現在この場にいないだけで、別の場所にいるかもしれない。それを考えれば軽率と考えられる。
「彼女に後ろ盾がいる可能性を考慮してないのでは?」
メアリーのその言葉に、フロンは楽しげに目を細めながらアリオストロとメアリーの後ろにいる金髪の少女を見つめた。
「あるけどさ、それだともっと厄介じゃん」
「厄介……厄介ねぇ……」
「あれ、もしかしてメアリーは気がついてない感じ?」
「いや、要するにそこまで慎重な奴がおいそれと戴冠者を外に出すことなく囲い込むんじゃないかってことだろう?」
メアリーの言葉にフロンは猫のように目を細める。
それから「やっぱり頭がいいね」と楽しげにそうメアリーに向かって言った。
メアリーはフロンの考えには賛成であった。
こうまでして庇い立てておいてと思うが、もし金髪の少女が選んだ王候補がいてそいつがとても臆病で慎重なら、戴冠者同士で潰し合うのを待っていることだってするだろう。
そしてその際には万が一金髪の少女が殺されないように安全な場所で隔離する可能性だってある。
だからこそぶっちゃけ殺してしまった方が楽だと思うが、それでも、とメアリーはアリオストロを見た。
偶然か気まぐれか、それとも体が勝手に動いてしまったか、まぁ理由はどうであれ、メアリーが選んだ次期王候補が決めた道だ。それに刃向かってまで彼女を殺す動機はないし、選んでしまったからには責任を持ってもらいたい。
本当は逃げ出すのがベストなのだが、こうなってしまったら仕方ないと言う想いももちろんある。
まぁ要するに、アリオストロの味方でありたいと思ったのだ。
「どうしたら退いてくれる?」
「それはこっちのセリフなんだけど?」
メアリーの言葉にフロンはすんとして表情で回答する。
言葉では通じないだろう。そんな気はしていた。だがすぐに戦闘なんて出来ない、正直なところさっきのアリオストロの攻防だってまぐれである可能性が高い。
どうする。メアリーは脳をフル回転させて考える。
お話し合いで時間を稼げる自信はあったがその後のことがどうしても危惧せざる終えなかった。
「ちょっとあんた達!神聖な場所で何してんのよ!!」
重苦しい沈黙の中、アンジェリカの声が特別大きく響いた。
皆の視線がアンジェリカに降り注ぐ。想定していなかったのだろう、びくつく肩を見て無鉄砲に割り込んだなと思えば、アンジェリカの後ろにいた男が動いた。
輝くような白髪。色白な肌。何よりも驚くのはその瞳だった。白目の境が分からないほどの白銀の瞳。
全身が宝石のような男は、衣装は豪華なものの、宝石は腰に帯刀された剣の持ち手部分だろうか、そこに一つだけルビーが埋まっている。それ以外は全部銀と空色で構成されている。その服は西洋のドレスのような華やかさを持ちつつも、それでいて主人を引き立てるような美しさを持っている。
どれも一級品だ。
今まで目立たなかったことが可笑しいほどの美貌を持った男は、アンジェリカを静止するように目の前にスッと手をかざした。
「アンジェリカ」
「でもアーテニー!」
その名前にメアリーはアリオストロが風呂場であったヒトだとすぐに思い出す。
彼は異質な瞳でフロンとその後ろにいた男に視線を向ける。
「そちらの言い分もわからなくないがアンジェリカが言った通りここは聖域だ。真に神を信仰するものならばこの場を血に染めるなんて愚行はしないだろう」
アーテニーは続いて、
「それから止めない君もどうかと思うよ」
そう言った。
言われた男は一瞬面食らったように惚けた後、苛立ちを抑えずに乱暴に「フロン」と自身の戴冠者の名前を呼んだ。それにフロンは「はーい」とだけ気だるそうに答えてから短剣を下ろした。ふう、と息を吐いたのはメアリーかアリオストロか、だが次の瞬間寒気がした。それだけアリオストロは瞬時にしゃがみ、それからメアリーはべだっと床に倒れるように回避した。
フロンの短剣が水平に振られたのだ。
ちょうどアリオストロの首に向かって、ついでにメアリーも狩れるようにと振われたそれ。鋭利な刃が空気を切り裂いてフロンが「あれ」と言う。メアリーとアリオストロは金髪の少女の隣に並び立つ形で数歩後ろにバックステップする。
「いけたと思ったのに」
続いて追撃がやってくる。
急いで持ち直した杖をフロンに向けた瞬間。視界が白色で塗りつぶされた。
キン!
高音の金属同士の共鳴の音が聞こえる。
メアリーはそこで己の顔に覆い被さっているのが布だと理解した。視界が晴れる。煤の香りのする旗が重力に従って垂れ下がったのだ。
そしてそこにあったのは、フロンの短剣を鉄靴で踏むことで止めて、メアリーの杖の軌道を旗の持ちてで逸らしたランの姿があった。
「しつこいよ」
ランの黄金の瞳がフロンを見る。
だが、フロンは一切気にしないように「だって可哀想じゃん」とだけ答えた。
「権力者に飼われるくらいならさ、ここで死んだ方がマシよ」
その言葉にランは一切眉を顰めない。
ただただ真っ直ぐフロンを見つめるだけで、メアリーのことを見ようともしない。
まるで同意を求めるように金髪の少女に「ね?」と尋ねるフロンは、己を阻止するランを迷惑そうに「だからさ、邪魔なんだよ」と睨んだ。
金髪の少女の体がびくつく。
この沈黙をどう切り抜けるか、そこまで考えたメアリーはアリオストロの異様な様子を察知するのが遅れた。
アリオストロは訳が分からなかった。
フロンの言い分も、この膠着状態も、何が何だかわからない。体が勝手に動いたためにこうしているだけで自分が何を考えてそうしたかわかってなかった。
けれども今、なぜ逃げることを選ばずに金髪の少女を助けたのか理解できた。
それは社会的弱者であるアリオストロだけがわかる気持ちだろう。そしてだからこそ代弁できる言葉でもあった。
「ここで死んだ方がマシとか、その理由はよく分からないけど、どんな理由があってもマシかマシじゃないかを決めるのは本人だ!勝手に他人が決めるんじゃねぇ!!」
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