神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

文字の大きさ
46 / 121
第二章 戴冠者を襲うもの

1ジャックの再来

しおりを挟む

 ガキン!
 泣き叫ぶような金属の音が、鼓膜を揺らして耳小骨に届いた。
 アリオストロがフロンの短剣をその剣で止めたのだ。
 そう理解が及んだ頃には、フロンは体勢を立て直すために一歩後ろに下がった。何が起きた。思わず息を呑みながら一部始終を見ていたメアリーの目に、金髪の少女がカクンと膝を折るのが見えた。
 フロンの標的が金髪の少女であったのだ。フロンの持つ短剣は依然として金髪の少女に向けられていた。

 アリオストロはそんな二人の間に割って入るような形で立っていた。その額に汗を流しつつ剣を更に構える姿を見れば、一見してそれなりの実力者に見えるものの、メアリーの目には虚勢を張っているようにしか見えなかった。

 あの馬鹿何を――そう思うと同時に彼の目が若干泳いでいるのが見た。
 これは何か考えがあって割り込んだわけではないのだろうな。助けを求めるように視線を向けられたメアリーは半ばやけくそで杖を持ってアリオストロの横に並び立つ。

「ここでの戦闘は感心しないね」
「全くその通りだ」

 便乗するようにアリオストロがそう言うのを聞きながら、メアリーは更に詰める。

「一応、弁解は聞くが?」
「そうだ、聞こう」

 もう黙ってくれないかな。
 そんな思いを呑み込んでメアリーはフロンを見れば、彼女はなんてことないように「生き残った戴冠者が認めればいいんでしょう?だったらまず後ろ盾のない奴から殺していくのが楽じゃない?ねぇ?」そう言った。
 確かに合理的に言えばフロンの言葉は何も間違っていない。
 この場を見れば、次期王候補を連れていないのは金髪の少女のみ、後ろ盾がないと見えるだろう。だがフロンの考えは早計にも感じる。もしかしたら現在この場にいないだけで、別の場所にいるかもしれない。それを考えれば軽率と考えられる。

「彼女に後ろ盾がいる可能性を考慮してないのでは?」

 メアリーのその言葉に、フロンは楽しげに目を細めながらアリオストロとメアリーの後ろにいる金髪の少女を見つめた。

「あるけどさ、それだともっと厄介じゃん」
「厄介……厄介ねぇ……」
「あれ、もしかしてメアリーは気がついてない感じ?」
「いや、要するにそこまで慎重な奴がおいそれと戴冠者を外に出すことなく囲い込むんじゃないかってことだろう?」

 メアリーの言葉にフロンは猫のように目を細める。
 それから「やっぱり頭がいいね」と楽しげにそうメアリーに向かって言った。

 メアリーはフロンの考えには賛成であった。
 こうまでして庇い立てておいてと思うが、もし金髪の少女が選んだ王候補がいてそいつがとても臆病で慎重なら、戴冠者同士で潰し合うのを待っていることだってするだろう。
 そしてその際には万が一金髪の少女が殺されないように安全な場所で隔離する可能性だってある。

 だからこそぶっちゃけ殺してしまった方が楽だと思うが、それでも、とメアリーはアリオストロを見た。
 偶然か気まぐれか、それとも体が勝手に動いてしまったか、まぁ理由はどうであれ、メアリーが選んだ次期王候補が決めた道だ。それに刃向かってまで彼女を殺す動機はないし、選んでしまったからには責任を持ってもらいたい。

 本当は逃げ出すのがベストなのだが、こうなってしまったら仕方ないと言う想いももちろんある。

 まぁ要するに、アリオストロの味方でありたいと思ったのだ。

「どうしたら退いてくれる?」
「それはこっちのセリフなんだけど?」

 メアリーの言葉にフロンはすんとして表情で回答する。
 言葉では通じないだろう。そんな気はしていた。だがすぐに戦闘なんて出来ない、正直なところさっきのアリオストロの攻防だってまぐれである可能性が高い。
 どうする。メアリーは脳をフル回転させて考える。
 お話し合いで時間を稼げる自信はあったがその後のことがどうしても危惧せざる終えなかった。

「ちょっとあんた達!神聖な場所で何してんのよ!!」

 重苦しい沈黙の中、アンジェリカの声が特別大きく響いた。
 皆の視線がアンジェリカに降り注ぐ。想定していなかったのだろう、びくつく肩を見て無鉄砲に割り込んだなと思えば、アンジェリカの後ろにいた男が動いた。

 輝くような白髪。色白な肌。何よりも驚くのはその瞳だった。白目の境が分からないほどの白銀の瞳。
 全身が宝石のような男は、衣装は豪華なものの、宝石は腰に帯刀された剣の持ち手部分だろうか、そこに一つだけルビーが埋まっている。それ以外は全部銀と空色で構成されている。その服は西洋のドレスのような華やかさを持ちつつも、それでいて主人を引き立てるような美しさを持っている。

 どれも一級品だ。

 今まで目立たなかったことが可笑しいほどの美貌を持った男は、アンジェリカを静止するように目の前にスッと手をかざした。

「アンジェリカ」
「でもアーテニー!」

 その名前にメアリーはアリオストロが風呂場であったヒトだとすぐに思い出す。
 彼は異質な瞳でフロンとその後ろにいた男に視線を向ける。

「そちらの言い分もわからなくないがアンジェリカが言った通りここは聖域だ。真に神を信仰するものならばこの場を血に染めるなんて愚行はしないだろう」

 アーテニーは続いて、

「それから止めない君もどうかと思うよ」

 そう言った。
 言われた男は一瞬面食らったように惚けた後、苛立ちを抑えずに乱暴に「フロン」と自身の戴冠者の名前を呼んだ。それにフロンは「はーい」とだけ気だるそうに答えてから短剣を下ろした。ふう、と息を吐いたのはメアリーかアリオストロか、だが次の瞬間寒気がした。それだけアリオストロは瞬時にしゃがみ、それからメアリーはべだっと床に倒れるように回避した。

 フロンの短剣が水平に振られたのだ。
 ちょうどアリオストロの首に向かって、ついでにメアリーも狩れるようにと振われたそれ。鋭利な刃が空気を切り裂いてフロンが「あれ」と言う。メアリーとアリオストロは金髪の少女の隣に並び立つ形で数歩後ろにバックステップする。

「いけたと思ったのに」

 続いて追撃がやってくる。
 急いで持ち直した杖をフロンに向けた瞬間。視界が白色で塗りつぶされた。

 キン!

 高音の金属同士の共鳴の音が聞こえる。
 メアリーはそこで己の顔に覆い被さっているのが布だと理解した。視界が晴れる。煤の香りのする旗が重力に従って垂れ下がったのだ。
 そしてそこにあったのは、フロンの短剣を鉄靴で踏むことで止めて、メアリーの杖の軌道を旗の持ちてで逸らしたランの姿があった。

「しつこいよ」

 ランの黄金の瞳がフロンを見る。
 だが、フロンは一切気にしないように「だって可哀想じゃん」とだけ答えた。

「権力者に飼われるくらいならさ、ここで死んだ方がマシよ」

 その言葉にランは一切眉を顰めない。
 ただただ真っ直ぐフロンを見つめるだけで、メアリーのことを見ようともしない。
 まるで同意を求めるように金髪の少女に「ね?」と尋ねるフロンは、己を阻止するランを迷惑そうに「だからさ、邪魔なんだよ」と睨んだ。

 金髪の少女の体がびくつく。
 この沈黙をどう切り抜けるか、そこまで考えたメアリーはアリオストロの異様な様子を察知するのが遅れた。

 アリオストロは訳が分からなかった。
 フロンの言い分も、この膠着状態も、何が何だかわからない。体が勝手に動いたためにこうしているだけで自分が何を考えてそうしたかわかってなかった。
 けれども今、なぜ逃げることを選ばずに金髪の少女を助けたのか理解できた。
 それは社会的弱者であるアリオストロだけがわかる気持ちだろう。そしてだからこそ代弁できる言葉でもあった。

「ここで死んだ方がマシとか、その理由はよく分からないけど、!勝手に他人が決めるんじゃねぇ!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

捨てられた悪役はきっと幸せになる

ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。 強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。 その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。 それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。 「ヴィヴィア、あなたを愛してます」 ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。 そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは? 愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。 ※本作は、一般的な爽快ざまぁ・即溺愛を主軸とした作品ではありません。 主人公は苦悩や葛藤を抱えながら選択を重ねていくタイプの物語です。 また、人によっては元鞘に見える展開や、ヒーローが執着・独占欲強め(ヤンデレ寄り)と感じられる描写があります。 残酷な描写、精神的トラウマ描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...