神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第四章 ハイドロの殺人鬼

5殺人鬼コネクター

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 どう誤魔化そうか、そう思ったときジャックの言っていた言葉をメアリーは思い出した。

「ああ、実は」

 メアリーはローランドに目を向ける。
 そうすればローランドはメアリーの思うままに「それをいうのはまずいと思います!」と叫んだ。シモンとギャビンが目を少しだけ見開く。視線がメアリーからローランドへと自然に移ったところでメアリーは内心ガッツポーズをした。

 これでメアリーへの言及がなくなる。
 メアリーが「記憶の戴冠者」であることを告げようとしたと勘違いしたローランドは目を回しながら「あの、その」としどろもどろに言葉を繰り返す。後のことは上手くローランドがかわすだろう。自分にできないことを早々に他人に押し付けたメアリーは、しかし次のシモンの言葉で後悔することになった。

「隠し事のある奴には、悪いが依頼は任せられないな」

 まずいな。
 メアリーは必死に助けを求めようとするローランドの視線を受け入れながらそう思った。戴冠者ということのメリット、デメリットは十分メアリーも把握している。かといってこのまま黙ればパーティーの信用問題へと発展してしまうだろう。
 アリオストロもそのことは理解しているらしい。
 いや彼だからこそ、そういったことには敏感だ。万が一、あるか無いかは知らないが信用が落ちて冒険者プレートの没収なんてなればアリオストロの人生は転落する。

 アリオストロの唾を呑み込む音が嫌に大きく響く。

 このまま黙るなんてもっとダメだ。
 それを悟ったメアリーが両手をあげて降参の意を示した。

「ここって防音性っていいですか?」
「もちろん。誰にも聞かれないわ」

 ギャビンの言葉にメアリーはローランドを見た。
 彼女も腹を括ったのかその顔は真剣で、どこか緊張を纏った姿は子鹿のようだった。

「もちろん、戸の締まりも良いと考えて?」

 戸の締まり。
 それはある諺を使った隠語でもあった。簡単に言って仕舞えば「ヒトの口に戸は立てられぬ」という諺……ようするに黙ってられるよな?というメアリーの挑発でもある。
 それに気がついたシモンがその険しい顔立ちを更に深くしてメアリーを見た。
 それにメアリーは心臓がばくばく鳴る感覚を覚える。冷や汗が垂れて、額から顎に伝う。それから手先の感覚がなくなっていくのを感じながら、メアリーは努めて己が鶯鳴であると自分に言い聞かせた。

 そうすれば己のもっと冷たい自分が出ると思ったからだ。

「子どもに圧をかけるのはやめなさいよ」

 緊張が走る空間。
 その沈黙を破ったのはギャビンだった。ギャビンはパンっと両手で手を叩いて二人の沈黙の決戦を止める。それから後方で震えるアリオスとロとローランドを指さした。
 苛立ちを隠そうともしないシモンがタバコを吸う。
 それを見ながらギャビンは「まったく」と声を出してそれからメアリーの方を見た。

 メアリーはメアリーで緊張から抜け出せないままでいた。
 今まで鶯鳴の部分が強かったメアリーならいざ知れず、こなすことのできた場であっても今のメアリー……今を生きていることを自覚したメアリーにとっては厳しい場であった。
 だからこそ、メアリーの視線は今だにシモンに向いていたし、緊張の糸は切れることがない。

「メアリーちゃん」

 そう呼びかけられて初めてメアリーはシモンから目を離すことに成功した。
 少々大人相手に舐めくさった態度をしてしまった自覚はあるので気まずそうに視線を揺らしながらギャビンを見る。そうして見たギャビンはどこか優しそうな目をしていた。

 誰かを想起させる目だ。

 それが誰だかわからない。
 だがぼんやりと思い出すそのヒトはキトンを着ていたから多分だがこの国の人物であるのだろう。しかし、それが誰だったのか、どんな顔をしていたのか思い出せない。

 喉に引っかかる違和感を感じながら、メアリーはギャビンに向き直る。
 そうすればギャビンがオレンジジュースを注ぎながら口を開く。

「アタシもシモンも口は硬いから、だから安心して欲しいわ」

 メアリーは差し出されたコップの中に入っているオレンジジュースの水面を見て思考する。
 馬鹿正直に語るつもりはない。たとえ本当にシモンとギャビンの口が固くとも、この国には魔術と呼ばれる万能なものがあるのだ。その中にヒトの記憶を覗き込んだり、またはヒトを洗脳することのできる術があるかもしれない。
 考えればキリがないが、ないとは言い切れないのが魔術だ。

 ならばとメアリーは決断する。

「私は、私がこのパーティーの要。セウズ神に認められた戴冠者。記憶の戴冠者です」

 ローランドのことは伏せて己の身分だけを開示する。
 何かあっても自分ならどうにかできる。そんな傲慢な考え方もあったかもしれない。だからこそ、自分だけの本当の役職を開示した。
 疑われることはなかった。
 というか、むしろなんだか納得した様子で、シモンはカウンターに置かれた酒っぽいものを煽る。

「なるほどな。ジャックの野郎が特別だと言った理由がわかった」

 そしてシモンはその瞳だけをメアリーたちに向けて、

「それで神様が認めたお前は俺たちの敵なのか?」

 そう言った。

「敵?というのは?」

 話に食いついたのはメアリーではなくローランドだった。
 ローランドは今現在メアリーに守られたことにちょっとしたショックを受けていた。そんなに頼りがいがないだろうか。
 もちろん、メアリーが策略の上でそうしたことは理解している。だが理解と納得は別物だ。だから少しでも役に立てるようにメアリーの言葉を黙殺してそう聞く。

「優生劣性を決めて差別を肯定する神なんてな、俺は信じちゃいねぇ」
「シモン」

 咎めるギャビンの言葉を無視してシモンは続ける。

「俺が信じるのは俺の決めた正義だ。劣性の民をヒトじゃないというのであれば、そういう思想を持つ神様ってやつの使者ならお断りだな」
「シモン!!」

 この言葉はこの国ではどれほど罰当たりな言葉なのだろうか。
 メアリーは驚愕するアリオストロとローランドの様子を見てそんなことを思う。ギャビンはとっても焦った様子でシモンの名前をさらに咎めるよう叫ぶ。

 多分このシモンの考えは異端審問にかけられるほど悪しき考え方なんだろう。

 メアリーは他人事のようにそう思う。だってそうだ。メアリーにとっては神なんてもの、この国の方なんてものはここ最近知ったもので、神の有り難さというものを理解していない。理解していないヒトがシモンを糾弾できる訳もない。
 だからメアリーは先ほどよりもずっと冷静に、

「勝手に選んだのあっちだし」

 そう宣った。
 それにギャビンが目を見開く。それからシモンも驚いたように瞬きをした。

「私よくわかってないんですよ。この国のこともこの制度のことも」

 グラスに触れる。
 冷たく冷え切ったオレンジジュースの温度がやけにしっくりとメアリーの中に流入されてくるような感覚になる。

「多分、みんなが思うような場所で生きてないんで」

 思い出すのは孤児院の快適な暮らし。
 日常というのはああいうことを言うのだろう。その程度の思い出しか残っていない、そんな暮らし。
 自分は恵まれていたのだろう。

 この世界を歩くたびにその考えは強くなる。

 いじめも差別もなかった。
 それどころか平等に知識は与えられていたし、生きることの大切さを教わった。

「優生学が間違っているとかは言いません。そう言う考えもあるんだなって思うし、まぁ時代遅れっていうかしょうもないな、とは思いますがその程度です」

 だからあの神のセウズ神の使者かと言われても、メアリーは困ることしかできない。
 立場はそうであっても、心からそれを自分のものだとは思えなかったからだ。

「でも確かに思っていることはあります。ヒトは平等です。幸せも残酷も不幸も幸福も、全て齎されるべきもので、生きているのであれば誰もがいらないものだとは思いません」

 だから劣性の民とかそういう括り、正直興味ありません。
 メアリーは淡々と答える。だってそれが本心だったし、偽る必要もなければ、大袈裟にいう必要もないからだ。
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