神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第四章 ハイドロの殺人鬼

1神への疑心

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「よろしくお願いします。シモンさん」
「お、おう、突然どうした」
「いえ、ちゃんとした契約をするのでそのための挨拶です」
「がめついのバレてるぞメアリー」
「黙れアリオストロ」

 渾身の肘鉄がアリオストロの鳩尾に入る。
 「グフ」だか「ごあ」だか悲鳴をあげるアリオストロを無視してメアリーはもう一つ気になったものへと視線を向けた。
 ギャビンが手にする書類。見るからにぼろぼろであるそれは、遠目から見ても殴り書きのされたような書類というよりはメモのようなものだった。
 メアリーの視線に気がついたのか、ギャビンがメアリーにその書類を手渡す。
 そう言えば本が禁止された世界で書類はありなのか、そんな考えがメアリーの頭の中によぎる。なんというか、そう言ったところが甘く感じる。まぁそれはいいかとメアリーは書類をサラッとアリオストロやローランドが見れる位置で捲った。

「これは……」
「今までのコネクターによる事件発生場所と時間帯、目撃者の情報とおおよその推測ね」
「これって……」

 ローランドが書類の一部分を指さす。
 メアリーとアリオストロがそこに視線を向けるとどこかで聞いたことのある言葉が記されていた。

「それは殺害現場に残される血文字で書かれた文章だ」

 そこに書かれていたのは、

『人のつみよ、人のごうよ、今この時、晒される日が来た。

 豊穣の地は枯れ果て、
 世界は嘆き、
 この地に芽吹く命は悉く消え去るでしょう。

 どうか、受け入れ、諦め、罰を受けるその日を待つのです。

 だが、玉座に座る正しき王の言の葉で、
 世界は救いを与えるだろう』

 見間違えではない。
 それは簒奪者ウェヌスタのダリアが口にしていた言葉だ。メアリーは堪らず顔を上げてシモンとギャビンを見て「この言葉知っています」と告げる。隠し立てするつもりはない。正直なところ今までの会話でシモンやギャビンが裏切るとは思えなかったし、何よりも情報を出し渋って依頼未達成、報酬もなしの方が痛かった。

「どこでだ、どこで知った」

 シモンが眉間に皺を寄せてそう聞く。
 それにアリオストロが「簒奪者ウェヌスタのダリアってやつから聞いた」と素直に答えた。

 それにしても、ここにきて厄介になってきた。
 メアリーは殺人鬼コネクターを単独犯罪とどこかしらで考えていたのだが、ここに来てコネクターの支援者、もしくはコネクターが所属している組織があることに内心舌を打った。拗れてくるな。そう思うも、メアリーは後者ではないと考えた。もし、コネクターが簒奪者ウェヌスタに所属しているのならこの街はすでに陥落しているだろう。

 それこそあのダリアという女が動くはずだ。
 戴冠者であるメアリーたちに釘を刺す時間があるのなら彼女がハイドロの自警団を抹殺して簒奪すればいい。

 それをしないのには何か理由があるのだろう。
 表立って動かないのは、コネクターの支援者で止まっているのには何か理由が。

「ちょっと待ってもらっていい?」

 そこでメアリーは次の段階へと話を進めようとするシモンたちを止めた。
 理由は簡単である。ある違和感に今更ながら気がついたからだ。メアリーたちをハイドロに向かわせようとしたのはジャックだ。ジャックが持ってきた依頼によってメアリーたちはリトスに行くついでにハイドロに行こうと決めた。
 それが何故、ダリアにバレたのか。
 いやそもそも、リトスに行こうとすることを何故簒奪者ウェヌスタが知っていたのだ。

 何か言い知れぬ違和感が心を支配する。

 ダリアはたまたま聞いたと言っていたが、ただ道を歩いていて戴冠者に出会う、メアリーたちに出会う確率はいくつだ。
 元より、メアリーたちがリトスに行こうとすることを知れるのは誰か、話を持ちかけたアーテニーとアンジェリカだが、あの二人がわざわざ来させたくない場所に誘うなんて馬鹿なことはしないだろう。
 だったら、あの会話を聞いていた誰かが簒奪者ウェヌスタと繋がっているのではないか。

 あの話を聞いていた司祭みたいな人か?
 いや、ありえない。意図してあの立場になっているのであればもっと別の方法で攻撃を仕掛けていただろう。
 では、あの場で起きたイレギュラーとは?

 そうだ。ああ、理解した。

 メアリーはある存在を思い出す。
 アンジェリカが騒いでいた異例の五人目の戴冠者。その戴冠者の中に裏切り者、簒奪者ウェヌスタの陣営がいる。
 であれば、メアリーたちの話を聞き、それを流した……そして釘を刺しにきた。
 うん、これの方がメアリーは納得できた。というか、今までの不明瞭だった部分が浮き彫りになった気がした。

「オーケー、ごめん。話を続けよう」
「何か思い出したんじゃないか?」

 シモンな疑問にそれを答えるか迷った。
 正直なところどこまで戴冠者の話が通っているかわからない状態であえて混乱することを言う意味がない。だが、誠実か否かの問題として今メアリーが考えた情報を共有する価値はある。
 どうすればいいか。

 それを考えていると隣のアリオストロが軽い感覚で「いいんじゃないか」と言った。

「お前が考えたこと言っても」
「それはなぜ?」
「え、えー、えーっと、一人で考えるよりもみんなで考える方が色んな案が出るから?」

 アリオストロのその何気ない言葉に、メアリーは固まった。
 固まってから「ふふ」と笑い始める。胸がなんだか暖かいような、それでいて肩の力が抜けるようなそんな気分になった。なんというか今まで考えたことが馬鹿らしい、そんなふうに思えてしまう。

 だからとことん笑ってからメアリーは真面目な表情をした。

「選ばれし戴冠者が四人だけと言う話をジャックさんから聞いていますか?」
「ああ、大層な名前がついた四人がいるとは聞いたな」
「むしろ今はその噂がメジャーよ。聞こうと思わなくても聞こえてくるくらいなんだから」
「なら話が早い。選別の儀に集まったのは五人です」

 メアリーがそういうとシモンとギャビンの眉間の皺が増えた。
 神をも恐れぬ所業。反セウズ神派のシモンでさえそんな突拍子もないことを考えない。だが、実際それを成し遂げた人物がいる。それに複雑な感情を抱えるようにシモンが「それで?」と続きを促した。

「異例の五人目。それが簒奪者ウェヌスタの手先の可能性があります。でなければ私たちの目的地がリトスであることを向こうは知れない」

 そこでローランドもアリオストロも合点がいったらしい。
 顔を顰めて「確かに」とメアリーの言葉を肯定した。

「そしてダリアは私たちがリトスに行くことをハイドロに行くことを止めた。確実にハイドロの件に簒奪者ウェヌスタが一枚噛んでいる可能性がある」
「なるほどな」
「多分ですが、殺人鬼コネクターを支援しているんでしょう。北の街ポスはすでに簒奪者の手によって占領された。それをしないってことは殺人鬼コネクターはただの協力者」
「そうやって考えると、思想の一致の合理的な協力関係かもしれないわね」

 ギャビンがそう告げる。
 これには思わずと言うようにシモンが唸った。
 個人相手だと思っていた対象が後ろ盾に厄介な組織を引き連れている。それだけでも面倒くさいのにその相手が随分と場慣れしていること、その事実が重くのしかかる。

 ここでローランドが控えめに手をあげた。
 メアリーが「はい」と話の主導権を軽く与えれば、彼女は詰まるように、

「あの、北の街ポスの陥落はみなさん知っていたのですか?」

 そう聞いてきた。
 それにはシモンが仏頂面で答える。

「ああ、ソピアの連中が騒いでいたな」
「アタシたちも最初聞いたときは驚いたのよ?」

 そう答える二人にローランドは困ったような表情をした。
 それから考えるようにして、

「それでは南の街が陥落していることは知っていますか?」

 そう訊ねた。
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