神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ

綴咎

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第二章 ヒトビトの原罪

2不治の病

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「しかも、どのタイミングで接触されたんだろうね。彼、運命の糸で縛られているよ」

 他人事のようにそういったジャックの次の言葉で、さらに疑問が深まる。
 運命の糸と彼は言った。それがどういう意味か、そもそもの話比喩的なものなのか、それとも魔術的な意味なのか、その真意を測れずにメアリーはジャックを凝視する。そうすれば、ジャックは愉快そうに目尻を緩ませながら「おっと、君たちは知り得ない話だったかな?と揶揄うようにいう。
 こういうところどうにかならないのだろうか、ならないから今のこの性格なのだろう。
 そんな自問自答を繰り返して、メアリーはジャックに「それで?」と問うた。

「それで運命の糸とは?」
「ネタバラシかい?そういうのってつまらなくない?」
「ヒトの命がかかっています」

 理性的なローランドの言葉にジャックはまるで今思い出したかのようにヘラヘラと笑いながら「そうだったね」と口にする。
 そのなんとも適当なことか、人生というものを完全に舐め腐っている。いや、ただの劇のようにしか受け止めてないというべきか、しれば知るほどジャックという男はヒトとしてどこか欠落しているかのように見えた。

 ジャックはゆるくカールした髪を耳の後ろにかけてから、ゆらゆらと足を動かす。
 そこに緊張のきの字もない。ただあるのは余裕。ひたすらに突き詰めた他人事。そんな空気を、雰囲気を肌で感じながらメアリーは警戒するようにジャックを見た。

「運命の糸っていうのは避けられない命運を引き寄せるものだ。ある時点においてある行動をすれば確定された未来に繋がる。その一つの連動が運命の糸と呼ばれる」
「ふーん」

 アリオストロのわかってなさそうな声が木霊する。
 それに面白いというように笑ったジャックは「そう例えば」と人差し指を空に向かってさして例え話を始めた。

「例えばアリオストロが訓練のために剣を振り下ろそうとする。そうすればどうなる?」
「そんなの的が壊れるか、俺がビビって何も斬れませんでしたで終わる」
「なんでちょっと誇らしげにいうんだよ」

 アリオストロのドヤ顔にメアリーは思わずそう言った。
 普通はできないことを恥じるものではないのか、だがまぁできないことをできると自信満々にされるよりはいいのか、絶妙な感情が心の舞台でステップを踏んでダンスしているがそれはそれこれはこれ。とりあえずメアリーは訓練でさえビビると豪語するアリオストロの側頭部をぶん殴った。

「いたぁ!」
「痛くて結構。痛くしてるんだから」
「ふふ、愉快なのは変わらないね。そう、アリオストロの言う通りどうなろうと的に剣が振り下ろされるのは決まった事象だ。君が訓練をしようと決め、君が剣を持ち、的に向かって振り下ろされた時点で的は斬られる運命になる」
「それが運命の糸というのであれば、その何に関係するのでしょうか」
「おっと、性急なのは良くないことだ。もっと気軽に聞こう。どうやら向こうの決着も早く着くものではなさそうだからね」

 そう言ってジャックはコロシアムにいるへロスとインペリオを見下ろす。
 それに倣ってみれば、へロスとインペリオが硬直状態であるところが見えた。確かに時間がかかりそうだ。まぁだからといってジャックの世間話にいつまでも付き合うつもりはないのだが。

「じゃあ例えば、訓練をしようとする前にお腹が減ったら?あるいは誰かに呼ばれた、もしくはその気じゃなくなったら?」
「それは色々あるだろ、色々」
「そう、未来はいろんな可能性がある。だがお腹が減ったらご飯を食べる。誰かに呼ばれたらそのヒトのいるところに向かう、やる気がなかったらサボる。そう言った動作によって齎される結果というのは想像がつくだろう」
「ほほん」
「それを運命の束。未来のあらゆる可能性。必ずやってくる様々な事象という」

 わかってなさそうなアリオストロの声が響く中、メアリーは必死に頭をフル回転させていた。
 つまりはなんだろう。ある時点で発生した動作から予測できる未来が運命の糸とでも呼ぶのか、いやそれにしてはなんというか先ほどの比喩が抽象的すぎると感じるが。

「まぁ要するにその束の一つが運命の糸。それに絡まれたら最後、そのヒトは決まった運命を辿るんだよ」

 ラプラスの悪魔とかそういう次元の話だろうか。
 そうなればとっても面倒くさいというか、正直なところ理解するのに時間がかかるというか、要するにメアリーは理解することを放置した。必要であればまた必要な時に出てくるだろう。そんな希望的観測な感情で右から左に情報を流していくことに決める。

「例えお腹が空いてようと、誰かに呼ばれようと、その気じゃなくとも運命の糸に囚われれば最後、決まった行動をする」

 彼、唐突に見えなかたっかい?
 それは行動がという意味か、それとも言動がという意味なのか、メアリーは話半分に聞いていたから察することはできなかった。できたのはただ「インペリオは誰かによって操られている」という曖昧な思考で、運命の糸とか束とかそういうもので説明するべき事象だったのかという疑問だけだった。

「要するに操り人形ってことじゃないか」
「あー、似てるんだけどね。致命的に違うんだよ根本的なところが」

 そうは言っても、出ている情報を聞く限りそう納得したほうが早いじゃないか。
 そんなメアリーの態度に気がついたのか、苦笑いするようにジャックは頬を釣り上げる。

「言っただろう。お腹が空けば、誰かに呼ばれれば、その気じゃなかったら。所謂その動作たちは自主的なもの、最初から考えていない、あるいはしようとしていない行動に関しては運命の糸は作られない。だから操っているという言葉は違う。簡単に言って仕舞えば、強制力のある後押し」

 はぁ?
 そう言った表情がメアリー、アリオストロ、ローランドの顔に出てくる。
 さっぱりわからなくなった。いや、最初からジャックは理解させようとしていないのかもしれない。そんな気さえしてしまう。だってジャックはそう混乱するメアリーたちを見て心底楽しそうに笑うのだ。
 これは最初から理解できないとわかっていてそうしたのだ。
 そう考えがまとまるには遅くなかった。

「今現在、インペリオは告解するという運命の糸に絡まれてそのために動いている。インペリオは敬虔な信者だ。己の血族が行ったことがいかに悪烈で醜悪なことであったかをどこかで理解したんだろう。そして彼に告解することで罪悪感を紛らわせる方法を誰かから伝えられた。そして彼はヒト目の多いところでそれを実践しようとした。そういう運命に、所謂運命の糸に引っ張られて今ここであんなことをしている」
「というと?」

 訳のわからない話を聞くことに耐えかねたアリオストロが結論を急かす。
 そうすればジャックはあげていた人差し指で片頬を押しながら「つまり、これは第三者によって齎された状況ということだろう」と楽しげに言った。

「それで、その第三者がいたとして目的は?」
「さぁ?大方、罰を目の前で見せるためとかじゃない?」

 急に雑になった回答にメアリーは眉を潜ませる。
 そうすればジャックは「僕は預言者じゃないからね」と揶揄うように答えた。

「さてメアリー。いや、メアリーたちよ。君たちはこの世界に理を超越したものがいるとは知っているかい?」

 理を超越したものというのならそれは神では?
 何度目かの思考にメアリーは反応が遅れた。そしてその間がジャックにウィリアムたちとの接触を悟られる隙を作ってしまった。

「どうやら知っているみたいだね。まぁその話は後々聞くとして、彼らがヒトを憎んでいることを知ってはいるだろうか?」

 思わぬ言葉にメアリーたちは固まる。
 憎む。憎むと言ったか、しかも「たち」とはどういう意味だろうか。やはりダグザはウィリアムと同じなのか。そう思った時、会場がブーイングの嵐に吹き荒れた。
 
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