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冒険者ギルドの創始者

フィストルの覚悟

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「あなたは何故ここで森の恵みを独り占めしているんですか? そんなに食料が必要なようにも見えませんが」

 先輩が死霊術師に話しかけます。向こうは警戒しているようですが、今のところ何か術を使う様子はありませんね。見たところ本人が半アンデッド化しているのでいざとなったら自分で戦うのでしょうけど。

「そうすればここに多くの生物がやってくるじゃろう? それを倒してアンデッドとして使役するのじゃよ」

 なるほどわかりやすい。でもそんなに部下を増やしてどうするつもりなのでしょうか。

「そんなにアンデッドを増やしてどうするんです?」

 先輩が尋ねると、老人の顔に自嘲気味の笑みが浮かびました。

「惰性じゃよ」

「惰性?」

「己の目的のために死霊術を極めようとした、その名残じゃ。もう果たせなくなった目的のために、な」

 これは、たぶん深く聞かない方がいいような気がします。でも先輩はきっと……。

「ではなぜ最近になって恵みの森で活動を始めたのですか?」

「……あそこにはもう、いられなかった」

「あそことは?」

「極寒の地クリスタ」

 この国よりはるか北、ハイネシアン帝国の治める地にある、常に雪と氷に覆われた場所です。死体を保存するのには丁度いいでしょうね。

「クククク……ハハハハハ!」

 突然笑い声を上げるジョージの身体から、黒いオーラが噴き出します。年老いているとはいえ、普通の人間だった顔が、徐々にやつれ、肉が無くなっていき、ついには白骨化してしまいました。これが彼の戦闘モードということでしょう。

「傭兵の間で伝説のように語られるモンスターがいる。魔術を極めた者が自らの身をアンデッド化し、死を超越した存在。最強のアンデッドモンスター、リッチだ。今は亡きカイバスタ王国とハイネシアン帝国の戦争でハイネシアン帝国が投入したリッチは、数千人のカイバスタ兵を一瞬で灰塵かいじんに変えたという。今から十年ほど前の話だ」

 サラディンさんが剣を構えて言います。なるほど、世界に名を轟かす一流の傭兵である彼が応援を必要とするわけです。私も魔法を使うために意識を集中し――

「駄目だよ。任せてって言ったでしょ」

 先輩が私達二人の前に立ちはだかって止めました。

「無茶をするな!」

「何を言ってるんですか、サラディンさん。僕の覚悟を見るって言ったでしょう? 僕はね、とんでもなく無茶なことをしようとしているんですよ。そのためにはこのぐらいの無茶、どうってことないです」

「ククク、視えるぞ……お主も過大な夢を追うはぐれ者じゃな。目的のために『道』を外れ、一体何を望む? 夢破れた時、後に残るのは数多の犠牲を出した事実と後悔、そして何も得られなかった絶望感のみじゃぞ」

 不死王リッチはその魔性の瞳で先輩の現状を視たのでしょう。

「あなたは多くの犠牲を出したことを後悔しているんですね。ならば今からでも遅くはありません。その力を人類のために使ってみませんか? その方が、きっと娘さんも喜ぶと思います」

「!!」

 大きな賭けに出ましたね。先輩はジョージ・アルジェントという人物の背景を既に調べていたのでしょう。おそらく、サラディンさんに声をかける前から。

 でも、相手の心に深く入り込むのは非常に危険です。

 不死王は両手を頭上に掲げ、魔力を集中させました。強力な魔法を使う予備動作です。おそらく、この魔法が発動したら私達三人ともなすすべもなく即死するのでしょう。

「儂は! ただあの子を救いたかったんだ!!」

「諦めるんですか?」

「!?」

「通常の魔術では救えなかったから死霊術に救いを求めたんですよね? でもそれも無駄だった。なら、未だ存在すら知られていない奇跡の秘術を探してみるっていう手もありますよ。まだ人類は世界の20パーセントしか開拓していないのに、残りの80パーセントに賭けてみようとは思わないんですか?」

 この先輩の言葉は、予想もしていなかったのでしょう。不死王は魔力を収め、その場に崩れ落ちて膝と手を地面に付け、そのまま地面に向かって叫びました。

「何を……何を言っておるのだ! お前は宮廷魔術師で、都市に雇われた傭兵と共にやってきて。儂の悪行を止めようとしているのだろう!」

「そうですよ。こんな意味の無い悪事を惰性で繰り返すより、もっと建設的なことをしましょうよ。娘さんを救う方法はまだあるかもしれません。あなたの力はエルフや凶悪なモンスターと渡り合うのにも役立つはずです」

「……人類のために、この力を振るえと言うのか」

「娘さんを救うついででいいです。それで僕たちは助かりますから」

 不死王はその場で立ち上がり、先輩に顔を向けます。その顔は白骨ではなく、元の老人の顔に戻っていました。どうやら戦意はなくなったようです。

「儂は……儂は、何ひとついいことをしてこなかった!」

「これからすればいいじゃないですか。あなたは悪人じゃないんですから」

 サラディンさんが剣を納めました。私も警戒を解きます。もう勝負は決まりましたからね。ジョージ・アルジェントが少しの間無言で先輩の顔を見つめ、また口を開きました。

「よかろう、儂はここを去る。じゃがお主の目的に協力することは無いぞ、一人で未開の地を探索するとしよう」

「風評を気にしているのですか?」

「お主には既に頼れる仲間がおるじゃろう。儂のようなはぐれ者は目的の邪魔になるだけじゃ」

 先輩はジョージ・アルジェントを仲間にしたかったようですが、これは相手の言い分の方が正しいですね。これから新しい組合を立ち上げようとするのに、悪さをしていた死霊術師が仲間にいたら貴族達の理解を得ることは難しいでしょう。戦力としては破格ですが、いくらなんでも仲間にするのは無理があります。

◇◆◇

 死霊術師が去り、ドライアドも安心してくれました。サラディンさんに依頼したアレジオンセスから謝礼も貰い、私達はアーデンに戻ってきました。

「君の覚悟は見せてもらった。正直なところ、危なっかしいな。リーダーとして組織を任せるのは怖い」

 ですよねー。あんな調子で危険な賭けをする人に命は預けられないでしょう。

「だから、私も副長として組織の運営に関わらせてもらう。それでいいかな?」

 前の言葉にがっかりした顔をしていた先輩の表情がパッと明るくなりました。

「はい、お願いしますサラディンさん!」

 ちょっと不安ではありますが、サラディンさんならきっと先輩のことを上手くサポートしてくれるでしょう。頑張って下さいね!

「三人いればひとまず届け出はできる。承認が下りるまでに時間がかかるから、すぐにギルドの結成を申請しておこう」

 えっ?

 三人って、私も入ってるんですか?
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